20231231

第一部『苦海浄土』

本を読む速度は遅い。だが、この作品は、意図的に、更に遅く、ゆっくりとしたペースを保って読んだ。


全集で読んでいる。石牟礼道子全集不知火では、この作品は、第二巻の第一部を構成する。今は第二部の『神々の村』を読んでいる。

通読してみると、『苦海浄土』は第一部『苦海浄土』、第二部『神々の村』、第三部『天の魚』の三部作であり、これらはどの作品も有機的に結びついており、一体化されている事が分かる。

なので『苦海浄土』という作品についての感想は、第三部『天の魚』を読んだ後になってから、ブログにアップしたいと思っている。

この文章は『苦海浄土』と言う、類まれな作品を読み続けている途中経過の報告という意味合いになる。

第一部『苦海浄土』を読むのは、これで三度目になる。最初に読んだのは、この作品が発表された直後の事ではなかっただろうか?

強い衝撃を受けた。

その強い衝撃は、今回、既に無い。告発だった水俣病の実態は、既知の事実となった。

その代わり、この作品の持つ、文章の美しさに驚いた。特に方言が美しい。

地質調査で天草は訪れた事がある。なので方言の持つ、イントネーションは何となく分かる。これは、とても幸運な事だと感じた。

そして、この作品が、水俣病の告発の書というだけではなく、水俣病を通して見通された、深い、魂の記録である事が、十分に感じられた。

水俣病は『苦海浄土』によって、その意味合いが途方もなく、深い物に掘り下げられたのだ。

石牟礼道子は、本書のあとがきで「白状すればこの作品は、誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの」と告白している。

本書は正確な意味での水俣病の「記録」ではない。石牟礼道子による創作が、ふんだんに散りばめられている。だが、その事は、本書の持つ価値を、少しも引き下げるものではないと私は考える。石牟礼道子の創作が散りばめられる事で、水俣病の実情が、底引網の様に過不足なく、世の中に報告されたのだ。

『苦海浄土』三部作を、全集で、通読するのは、今回が初めての事となる。読み終わって、私が、どの様な感想を持つのか、今から楽しみだ。

20231226

石牟礼道子と〈古典〉の水脈

これは石牟礼道子の本ではない。石牟礼道子についての本である。

なぜこのような言わずもがなの事を書くかと言うと、この本を読んでいて、私は溜まらず何度も本を閉じてしまったからだ。


論考が杜撰なのではない。むしろ逆で、どの論考も石牟礼道子に対する愛情が溢れていて、しかも深く鋭い掘り下げがなされており、見事な論集になっている。

なぜ私が本を何度も閉じてしまったかというと、それらの論考に刺激され、石牟礼道子自身の本に向かって行きたいという衝動に駆られたからだ。

本書の論考は石牟礼道子の作品に「浄瑠璃や説経節、近代以前にしたためられた地誌、紀行文など広い意味で〈古典〉と呼ぶことのできるジャンルやテクストからの影響や引用が認められること、またそうした箇所が彼女の文学や思想を読み解くうえで重要な手がかりになりうること」という問題意識を共通項として持つ事を特徴としている。

これは、石牟礼道子の作品を深く読み込んでいる事。そして〈古典〉に通暁している事の2点を同時にクリアしていないと、手掛ける事が出来ない論集である。

本書を読んでいて、あの箇所はそうだったのか!と強い衝撃を持って、再認識させられる事が何度もあった。

その意味で、本書は石牟礼道子再発見の為の本であると言って構わないと思う。

同時に、当然の事ながら、私の石牟礼道子読解の底の浅さを、痛烈に指摘されたような気分に陥った。

石牟礼道子は、私にとっても、常にどこかしら気になる、特別な存在だった。そして、彼女の作品に触れる度に、自分が未知の高みに引き上げられるような、感覚を持たされた。

にもかかわらず、私は極浅い読みでしか、石牟礼道子を読むことしか出来ていなかったのだ。これは、私の読書体験に、根本的な変革をもたらす、一大事件だった。

石牟礼道子自身の本に飛びつきたい衝動を抑えて、私はなんとか本書を最後まで読み通すことが出来た。これによって、私は石牟礼道子を読む、新たな視座が与えられたと考えている。

この機会を逃すのは勿体なさすぎる。全17巻の石牟礼道子全集を、最初は『苦海浄土』から始めて、読破したいという欲求に、私は今強く突き動かされている。

月に1巻ずつ読み進めて行っても、全巻読破には2年近くの時間が必要だ。その間、他の本には、残念ながら縁遠くなってしまうだろう。その意味で、この計画は一種の賭けである。その賭けの結果がどうなるか?それは(何でもそうだが)やってみなければ分からない。

20231111

〈悪の凡庸さ〉を問い直す

本書の前提になっている2冊の本がある。

1冊は言わずと知れたハンナ・アーレントの問題作『エルサレムのアイヒマン─悪の陳腐さについての報告』であり、もう1冊はそれに異を唱える形で出版されたベッティーナ・シュタングネトの『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』である。

私はたまたまこの2冊を読んだ事がある。なので本書を読み進めるに当たって、何ら抵抗を感じる事なく、過ごす事が出来た。

これは幸運な事だった。

だが、読み終えて、この2冊を例え読んでいなくても、本書を読み進めるには、さほど問題は無いのでは無いかという結論に至った。

本書には、それだけ丁寧な引用と注釈が施されている。


『エルサレムのアイヒマン』が発表されてから、もう60年が経つ。この間この著作は、様々な場面で引用され、悪の陳腐さ─現代では悪の凡庸さ─の概念も、頻繁に人口に膾炙して来た。その間に〈悪の凡庸さ〉の凡庸化(矢野久美子)と呼びうる現象も起きて来た。また哲学の面で、歴史の面で、研究も大きく進み、従来の意味合いでの〈悪の凡庸さ〉概念は、その有効性を含め、洗い直しが必要ではないか?そうした問題意識が芽生えて来た。

本書は、その問題意識を明確化する為に書かれたものと言って良いだろう。

本書は2部に分けられる構成を持っている。

第1部には〈悪の凡庸さ〉をどう見るかについて、各研究者の論考が置かれている。いずれの論考も、〈悪の凡庸さ〉の概念を丹念に検証しており、読み応えがある。

第2部では1〈悪の凡庸さ〉/アーレントの理解をめぐって。2アイヒマンの主体性をどう見るか。3社会に蔓延する〈悪の凡庸さ〉の誤用とどう向き合うか。の3つのテーマを設定し、思想研究者と歴史研究者の間での座談会が組まれている。

読んでいて感じたのは、ハンナ・アーレントによって「発見」された〈悪の凡庸さ〉概念は、言わば地上の望遠鏡によって発見された惑星であり、本書によってアップデートされた〈悪の凡庸さ〉概念は、ハッブル宇宙望遠鏡によって、鮮明化された像であろうという感覚だ。解像度が上がり、ピントもしっかりあって来たのだ。

論考は〈悪の凡庸さ〉概念は無効なのではないか?という地平まで視野を広げたものだったが、座談会を通して、確認されたのは、〈悪の凡庸さ〉概念は、未だ古びておらず、未来に渡って生き続けるだろうという点を再確認するに至っていると思う。

この結論に、私は全面的に賛同する。

これはシュタングネト『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』を読んだ時にも感じた事で、この本は決してアーレントの〈悪の凡庸さ〉概念を否定する為に書かれたものではないという感想を持ったのだ。

確かに俗流の〈悪の凡庸さ〉概念の中には、不適切と言わざるを得ないものも出始めている。それには、全力で注意せねばならない。だがハンナ・アーレントの著作を丁寧に読み解き、その意図を注意深く受け取るならば、〈悪の凡庸さ〉概念がもたらすものは、未だに豊富に存在しているだろう。

本書の末尾には、参考になる書籍などが豊富に挙げられている。それらを含んで、〈悪の凡庸さ〉概念についての思考を深めて行くには、本書はタイムリーな出版だったと感じている。

本書は出るべくして出た、貴重な論集である。

20231108

セミコロン

その存在は勿論知っていた。だが英語に初めて触れてから50年になるが、今迄英作文で、一度たりとも使った事は無い。それが私にとってのセミコロンだった。

本書の訳註にある通り、セミコロンはコンマより重く、ピリオドより軽い区切りの事だ。だが有り体に言って、その使い方は全く分かっていなかった。文章を書く時もそうだが、読む場合に、どの様な差を付けたら良いのか、それさえも分かっていなかった。


本書の題名は『セミコロン─かくも控えめであまりにもやっかいな句読点』となっている。原題は”SEMICOLON : How a Misunderstood Punctuation Mark Can Improve Your Writing, Enrich Your Reading and Even Change Your Life”だ。『セミコロン:誤解を受けている句読点が書き方を洗練させ、読み方を充実させ、さらには生き方まで変えてくれる訳』となるのだろうか?

これは大ごとだ。生き方まで変えるのだ。心して読まねばなるまい。

本書は大きく分けて、4つのパートで構成されている。

1つ目はセミコロンの数奇な歴史を辿るパート。

セミコロンの発明・受容の経緯から、文法書(文法・語法だけでなく、約物の使用法など、表記に関するルールも掲載した書籍)の成立まで。文法家の悪戦苦闘を楽しく眺めているうちに、ひとつの重要な事実が浮かび上がって来る。カッチリとした決まりを人為的に定めても、実際の使われ方は実に多様で、規則の縛りを自由自在にすり抜けて行くのだ。このせめぎ合いは本書全体を通して、繰り返し浮上して来る。

4・5章で扱われる「規則」は、句読点の使い方を定めたルールではなく、句読点を用いて書かれた「法律」が俎上に上げられる。

アメリカでもイギリスでも、ある時期を境に条文内の句読点の解釈をめぐって、訴訟が立て続けに勃発する。何と、人の命が左右される事態と相なるのだ。その結末やいかに?

実は、法の条文というものは、自動的・機械的に解釈が一つに決まるものではなく、いつ、誰がどのような意図で書いたものか、それを慎重に見極める必要がある。;を使っていたものが:に変えられただけで、その意味が大きく変わる。その醍醐味は、本書最大の見せ場のひとつだ。

7章では、打って変わって、英語の盟主がセミコロンを巧みに活用した文章を鑑賞し、その効果が生じる仕組みを考察する。よもやレベッカ・ソルニットの原文を読む事になろうとは、夢にも思わなかった(けれど楽しかった)。

そして最後は、倫理的なコミュニケーションへと読者を誘うパートだ。これこそ本書の中心的なメッセージであり、ここまでの話題は全て布石だったとも言える。

本書を最後迄通読すると、セミコロンという句読点が、いかに微妙で深い意味合いを帯びているかを理解する事が出来る。

そして、私もセミコロンを使ってみたいというイケナイ誘惑に心が囚われるのを感じている。

先に示した様に、本書ではかなりの寮の英語原文を読まされる。これは許される事なら是非、声に出して、音読してみる事をお勧めする。そうすることで、セミコロンの効果が、よりリアルに感じられるだろう。

それにしても、この様な本をよくぞ訳して下さったものだ。さぞや苦労した事だろう。

本書の最後には、丁寧な訳者解説が付せられている。これは本書を見事に要約した、優れた解説になっている。この訳者解説を読むのが、本書を通読した者だけに限られるのは、実に勿体ないので、本稿に引用させて頂いた。

20231028

男同士の絆

長い間積読状態にあった本をようやく読んだ。

クラスの男女比がほぼ1:1だったのは中学まで。高校は女子を受け入れ始めたばかりで、クラスに3人。大学・大学院は理系を選んだので更に女子は少なくなった。まさに男塊の中で過ごしていた私にとってホモソーシャルという概念は、必要にして欠くべからざるものだった。だが、興味を強く持っていても、イギリス文学にそれほど精通している訳でもなく、どことなく難しそうな佇まいに、今迄手をこまねいていた。


著者イヴ・K・セジウィックの『男同士の絆─イギリス文学とホモソーシャルな欲望』は、シェイクスピアからディケンズに至るイギリス文学の古典を題材に、「ホモソーシャル」概念を、私たちにとって使用可能にしてくれる、画期的な著作だ。

著者はこの著作の前に『クローゼットの認識論』という著作を発表しており、本作は、その続編という位置付けで良いと思う。

緻密な議論である。

ホモソーシャル概念は、検索したり伝え聞いていた範囲で理解していたものでほぼフォローできていた。その概念が、イギリス古典文学の中で、どの様に具体的に展開されているかを、微に入り細に入り論証して行く。

ホモソーシャルは同性間の人間関係の事を言い、本書では特に男性同士の連帯と絆に着目し、類似の概念とも誤解されるホモセクシャルとも異なり、女性のパートナーのいる異性愛者の男性間の絆を指す。

しかし、セジウィックの力点はそこを超え、女性をパートナーとする男性のホモソーシャル関係が、実は男性間の絆を引き裂きかねない女性を嫌悪し、排除することで成立し、政治的欲望に貫かれている事を指摘するに至っている。本書は男性優位体制批判の本でもある。

と、同時に濃密な男性間の友情関係は時として男性同性愛関係と混同されかねない。そこで男性同性愛者は、このホモソーシャル・クラブからは排除される。「ホモソーシャル連続体」はかくして女性嫌悪(ミソジニー)と男性同性愛嫌悪(ホモフォビア)によって支えられる事になる。女性のパートナーを持つ異性愛の男性たちは、女性を恐れ、女性交換によって男性秩序を維持しているのであり、しかもそれは同性愛嫌悪と連動しているのである。

この洞察は、男性中心社会の強制的異性愛体制のからくりを暴き、また女性差別批評(フェミニズム)と同性愛差別批評(ゲイ批評)の合体として、新たな批評(クイア批評)を用意した点で画期的だ。

本書の衝撃は、副題に言う「ホモソーシャルな欲望」にある。つまり「ホモセクシャル」とは一線を画した、非エロスの大勢であるはずの「ホモソーシャル」関係の中に、著者は「欲望」を発見する。友情が同性愛と区別出来ない可能性を見るのだ。

エロスとしての同性間の友情。これについては、同性愛ではない男女でも容認するだろう。また一方で、友情の純粋さや精神性を汚すものとして、エロス+友情関係に「パニクってしまう」者も多い。

著者の言う「ホモセクシャル・パニック」は自己の同性愛的要素を認知した衝撃から、同性愛差別と抑圧が生まれる過程を見事に記述している。

20230922

敗北を抱きしめて

必読の書と言えるだろう。

言わずと知れたジョン・ダワーの第二次世界大戦後の日本を描いた歴史書である。以前この本は持っていたのだが、引っ越しに伴い売却してしまって、今回改めて図書館で借り、紐解いてみた。増補版とあるが、文章に取り立てて変更はなく、画像類の差し替えがある程度のものらしい。


読んでみて強く感じたのは、私と言う人間が、まごう事ない戦後の子だという事実だ。思想・信条、そしてちょっとした趣味・嗜好に至る迄、戦後という文脈の下に照らし出して読み解かねば、十分な解釈は不可能だという事を思い知った。

私は時の政府が「もはや戦後ではない」と宣言した、丁度その年に生まれている。その様に宣言しなければならない程、日本はまだ戦後の真っ只中に居たという事なのだろう。それもその筈だ。その年は敗戦からまだ10年と経っていない。

従って、ジョン・ダワーのこの著作を、まさに私の事が書かれているという思いで、丹念にページを繰った。


よく調べられ、そして丁寧に練り込まれたジョン・ダワーの文章は、戦後の日米関係を中心に展開される。そして、添えられた画像もまた、戦後の日米関係を如実に照らし出す。

例えば有名な裕仁とマッカーサーが並んだ写真は、それが誰が勝者かを、端的に表す写真としてだけでなく、マッカーサーが裕仁と伴にある事を意味するものだと解釈される。

事実、マッカーサーが天皇を生かしたまま政治的に利用する方針を立てたのは、終戦後ごく早い時期だったらしい。

この方針によって日本は、戦争の最高責任者に責任を取らせないという、摩訶不思議なやり方で、戦後が始まったのだが、その影響は今も確実に響いている。

日本は第二次世界大戦後、アメリカに占領され、敗戦国として歩み始めた訳だが、それ故に、極めて幸福な占領時代を経験したと言って良いだろう。そしてその政策の下に幸福な民主主義社会の到来を夢見たのだ。

だが戦後世界は束の間の協力関係をすぐ終え、資本主義vs共産主義の対立関係が支配する情勢へと変化する。占領されていた日本は、その影響を少しは受けたが、直接巻き込まれる事なく、アメリカとの蜜月時代を過ごした。

まさに敗北を抱きしめて戦後をやり過ごしたのだ。

その中で幾つかの革命を抱きしめようとした者もあった。それは戦後の「上からの革命」の文脈の延長上に当然のように夢見られたものだったが、それを許すほど世界情勢は単純ではなかった。

現にその世界情勢に巻き込まれる形で、隣国ではいまだに南北に分断された形でしか、存在できていない。

現在世界情勢はまた、きな臭さを帯始め、その中で日本は敗戦を経験せずに凋落を迎えている。そうした時期に、この本を読めたのは幸福な出会いだった。

現在に至る迄というスパンで、時代を戦後という文脈の下に読み直す事が出来たからだ。確かな事は、戦後はいまだに続いていると言う事だ。

20230905

大規模言語モデルは新たな知能か

最初のうちは驚いた。

そして、こんな面白いおもちゃがあるか!とばかりに使い倒した。

ChatGPTの出現だ。

何を聞いても答えが返って来るのだ。それもかなり自然な対話の形式で。

だが、村野四郎の『惨憺たる鮟鱇』の冒頭に掲げられている「へんな運命がわたしを見つめている」と言うリルケ(とされている)の詩句が、どの詩からの引用なのかを問うたところ、ドウィノ悲歌第2部第1歌冒頭からの引用だと答えが返って来た辺りから、こりゃ答えを鵜呑みに出来ないなと、警戒しながら付き合い始めた。

リルケだったら一通り読んでいる。ドウィノ悲歌には第1部も第2部もなく、どの詩の冒頭にも、該当する詩句はない。その位の知識はあった。


本書を読んでみると、そうした、存在しない情報を作り出してしまう現象は幻覚(hallucination)と呼ばれ、大規模言語モデルの致命的な問題であり、一朝一夕には解決しないものらしい事が分かった。

重要な事は、機械を通じて常に真実にアクセスできるという考えは捨てて、完全には信用できない情報の中から有益なものを見つけ出す方法を確立する事だ。

だがこれは言うは易く、行うは難しである。大規模言語モデルが作り出す幻覚は、手が混んでおり、一流の専門家にも、本当かどうか区別が付かない程、正確に見えてしまうものがあるのだ。

提出された結果に、いちいち疑いを持ち、必ず裏を取る態度が必要だろう。

本書には、そうした大規模言語モデルが、どの様な経緯で開発されて来たもので、どんな仕組みで動いているのかと言った事柄から、大規模言語モデルとこれから、どう付き合って行ったら良いのか?と言った事柄までが、理路整然と語られている。

何しろ相手は情報を扱う機械である。持っている知識量では、てんで敵わない事は明らかだ。だが、悪気はないもののたまに嘘をつく。更に厄介な事に、これも悪気はないのだが、差別的な発言もしれっと披露する。

そうした性格を持つ相手を、うまく活用しつつ付き合うにはどういう批判的な視点が必要なのか?いわゆるこちらの側のリテラシーと言う奴が、モロに問われる時代がやって来たと言う事なのだろう。

本書を読んで、大規模言語モデルと言うものは、突然出現した怪物ではなく、それまでの情報工学の文脈の延長上に開発された技術である事が分かった。革命的なのは未知のデータでも巧く予測できる様になることを汎化と呼び、汎化が出来る能力を汎化能力と呼ぶが、機械学習の最大の目標は、その汎化能力を獲得することにあるという事だ。

本書を読んで、大規模言語モデルもまた、ムーアの法則がもたらした、ひとつの結果である事が分かった。

どの様に過去の技術の歴史があり、どの方向に未来を描いているかも朧げながら分かった。本書を読んで、大規模言語モデルと言う謎の地を歩く、詳しい地図が与えられた様な気がした。これからの付き合い方が楽しみだ。

20230902

中世哲学入門

これを読書と呼んで良いのか迷う。

本書全体を通じて、中世哲学は難しいぞ!と、そればかりが書かれている。

2/3以上が用語の解説に費やされており、それらにもこの語は日本語には訳しにくいぞ!という、注意書きが必ずと言って良い程付けられている。

確かに難しい。それに加えて、文章には山内志朗氏独自の言い回しが多く、それに慣れるのに数日を要した。理虚的存在などと言われても、未だに何の事か腑に落ちない。


だが、著者が中世哲学に、真っ向から、極めて誠実に向かい合おうとしている事は伝わって来た。決して衒学趣味ではない。

中世哲学の最盛期は、今から800年程前だ。それだけ年月が経っていれば、言葉の使い方から、現在と異なっていたと考えた方が自然と言うものだ。それを敢えて現代語で書こうとすれば、その書き方が、従来と異なった物になる。

未だ影響力を持っていると言っても、神の存在を疑うのが当たり前の様な現在から、神が絶対的な存在感を持っていた時代の哲学を紐解いてどうする。そんな「悪魔の囁き」にも、何度か誘惑された。だが、歴史はその時代に立ち戻って、その時代の感性で読まなければ、理解には程遠い。その事は、今迄の読書で、深く学んで来た。

著者が本気ならば、こちらも本気で臨むだけだ。

新書にしては分厚い本書を、図書館の貸し出し期限を気にしながら、遮二無二読み進めた。どうにか、余裕を持って、読み終える事が出来た。

読んでいて、この分野の知識が、私には決定的に欠けていたと言う事実に気付かされた。カントは、最後の中世哲学の徒であったと言う。そう言われても、何の事か分からない。その程度にカントも理解出来ていなかったという事だろう。

読み終えて、何が分かったか?と問われても、答えに窮する。ただ、頭の中を、山内語で訳された、様々な用語が、励起状態の気体分子の様に、飛び交っているだけだ。

だが、ヨーロッパがイスラームに比べて、後進地域だった頃から、イスラームからアリストテレスなどの知識を逆輸入して、台頭してゆく過程で、中世哲学が極めて重要な位置を占めていた事は理解出来た。

そして、これらの中世哲学の知識は、ドゥルーズやフーコーなど現代哲学を読み解くには必須の知識(特に存在論)らしい事にも気付けた。

著者によると、中世哲学の研究も、本書でようやく六合目に達した様なものだと言う。学問の深さは、素人には見通せない程に、深く険しい。

だが、その研究を、著者が愉しんで行っている事は、十分に伝わって来た。その愉しみ方に触れる事が出来、私も楽しかった。

学問には、ひとつの無駄もないのだ。

20230828

竹取工学物語

主に竹にフォーカスし、植物を土木工学者の眼で見たらどう見えるか?それを主題にしている。

身の回りに、竹製品は多い。溢れかえっているとすら言える。それだけ竹は「使える」素材だと言う事だろう。

だが、その竹の「使い易さ」とは一体なんだろうか?その事については、今迄余り深く考えた事が無かった。


動物は周辺の環境が嫌になれば、移動して場所を変える事が出来る。だが植物は一度根を張ってしまえばそこの環境に順応せざるを得ない。

その点に目を付けて、筆者は動物を「機械」構造物。植物を「土木」構造物と思っていると言う。動力があり、陸や空を移動する自動車や飛行機は機械構造物であるし、その場から決して動くことのない橋やトンネルは土木構造物だ。

そうした土木工学者の視点から見ると、竹を始めとする、植物は、その場に適応する為に、非常に合理的な形状を持っている事が分かる。

著者はその合理性を、幾つかの数式を交えて、理系の眼で考察する。

例えば、竹の維管束は、外側に密に分布しているが、この構造は、竹自身が、自らの身体を支える上で、実に見事な配列である事が分かる。

鉄筋コンクリートの様に二種類以上の異なる材料を組み合わせた構造を「複合構造」と呼ぶが、竹は正にその複合構造物以外の何物でもないのだ。

そして著者の眼は、竹を乗り越えて、他の植物にも向かう。

そこに見出せるのは、光を求めて身体を大きくする事に適応した、各種植物の実に見事な合理性だ。

生物の合理的な形態を模倣し、様々な形で応用するという、所謂「生物形態模倣」をバイオミメティックスと呼ぶ。私はその事を、この本から学んだが、それは、古くから様々な人工物に用いられてきた手法だろう。

そればかりではなく、本書から学んだ基本的な概念は多い。

断面2次モーメントなどは、今迄、聞いた事もない概念であり、それを理解するのには、多少の労力を必要としたが、著者の分かり易い説明によって、腑に落ちる所迄理解する事が出来た。

ちょっとその気になって見回せば、世界は謎に満ち溢れている。そしてその謎は、少しの工夫で、合理的に理解する事が出来る。

その事は、いつもの事ながら、私にとっては大きな驚きに満ちている。

本書と出会う事によって、世界の植物はそれぞれに合理的な形態を保っている事を知った。またひとつ、世界が新しく見えて来た。

20230826

レオナルド・ダ・ヴィンチの源泉

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品についての、緻密な考察が繰り広げられている。

レオナルド・ダ・ヴィンチという人物は、幼少の頃から、何かと気になり続けて来た人物だ。だが、本書の著者田辺清氏程には、ダ・ヴィンチに関して、思い巡らしをしてこなかった。


田辺氏は、作品のひとつひとつに対して、その作品がダ・ヴィンチの真筆であるかどうか?作品に描かれている人物のモデルは誰か?と言った基本的な事柄についても、作品に残された走り書き、従来からなされて来た研究などを丁寧に採り上げ、具体的な論拠に基づいて、ひとつひとつ結論を導き出している。

著者の守備範囲は、ダ・ヴィンチの技法、様式から、様々な文学表現迄と、途方もなく広い。

論文の主題は多岐に渡るが、中でも著者の博士論文を元にした、レオナルド・ダ・ヴィンチの《自画像》についての、比較的長い論考が印象に残った。


有名な絵だ。

私はついぞ、この作品がダ・ヴィンチの自画像であるという事を、疑う事などして来なかった。だが、レオナルド・ダ・ヴィンチの研究者の間では、この作品はダ・ヴィンチの自画像なのかどうか?ダ・ヴィンチの手によるものなのかどうか?などは、長年疑問に付されていたテーマらしい。

作品の技法が、ダ・ヴィンチのものとするには、拙過ぎるというのだ。

そう言われてみると、この「赤チョークによる老人の絵」は素描として、《聖アンナと幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子像》などと比べると、描き方が荒い。

だが著者は、レオナルド・ダ・ヴィンチが老年に至って、その利き腕である左手が麻痺状態にあったという証拠を見出す。《自画像》に見られる拙さは、それ故の結果であると言うのだ。

また著者は、ダ・ヴィンチの時代、及びやや時代が下った頃の文献から、ダ・ヴィンチの容貌を記したものを列挙する。

それらは《自画像》に見られる容貌と整合性がある。

それらを証拠として、著者は《自画像》のモデルは、レオナルド・ダ・ヴィンチ本人であると結論する。この辺りの議論の進め方は、極めて慎重であり、実証的だ。

この、議論に対する慎重さと、実証性は、他の論文にも共通する特徴だと読み取れる。それ故に、本書を通読した後に残る感動は、一種異様な迄の迫力を感じさせる。

本書の残念なところは、参照されている絵画、彫刻などの作品がいずれもモノクロである事だ。その為、私は作品の内、主要なものは、Webによる検索や、本棚にある画集を参照せざるを得なかった。

だが、本書は、論文にしては読み易く、お蔭で比較的短時間で読破する事が出来た。

読み終わって、レオナルド・ダ・ヴィンチという人物に対する姿勢を、改めて正す事が出来た充実感を感じている。

数多いダ・ヴィンチ論の中でも、質の高い論集だったと感じている。

20230824

カフカはなぜ自殺しなかったのか?

フランツ・カフカは結核で亡くなっている。自殺ではない。

考えてみると、これはとても意外で不思議な事だ。本書はその疑問を、カフカの日記や手紙を読解して行く事で、解き明かそうとしている。


カフカは何かと言うと、すぐに自殺を考え、口にしている。この事実は、私たちの持つ、カフカのイメージと、大変整合性を持っている。

彼は自殺する事を、常に意識しながら生きていたのだ。

本書のテーマははじめにに端的に記されている。

彼はどう生きて、なぜ自殺したいと思い、なぜ自殺しなかったのか?

カフカは周りの人々から、どの様に見られていたのだろうか?その疑問に、カフカの恋人ミレナはこう答えている。

あの人の本には驚かされます

でも、

あの人自身にはもっともっと驚かされます。

カフカの書いた本、例えば『変身』には、確かに驚かされる。朝、目が醒めたら虫になっていたという、最初の1行から、びっくりさせられる。しかもそれは、特別な出来事として描かれているのではなく、さも、当たり前の出来事の様に描かれているのだ。これに驚かされずに、どうしろと言うのか?

そうしたカフカの本以上に、カフカ本人にはもっと驚かされるのだと言う。どんな人物だったのか?

私たちは知らず知らずのうちに、この本の続きを読みたくなり、気が付いた時には、この本にどっぷりと引き摺り込まれている。

カフカの日記や手紙は、本人の願いとは裏腹に、残されているものは全て、今でも読む事が出来る。だが、それをする為には、全集と格闘しなければならず、しかもそれ故に、日記と手紙を別々に読まねばならない。

本書では、それらが年代別に並び替えられ、カフカの日記や手紙が持つ詩情を強調する為、分かち書きで紹介されている。

これはとても親切な事で、何よりもまず読み易い。

カフカはなぜ自殺しなかったのか?

その問いには、本書は、一定の結論には至っているが、明確には答えていない。微かに答えが仄めかされているが、明確なものではない。

その理由としても取り上げられている概念として、言語隠蔽というものが紹介されている。下手に言葉にする事で、言葉にする事が出来たものしか残らず、他の肝心なものが消え失せてしまうという意味だ。

言葉を用いて表現する者は、言葉に絶望していなければならないとも言っている。

この概念には、大きく肯けるところがある。

カフカは人生に絶望していた。だが、それ故に生きたとも言えるのではないだろうか?

自殺という則を、超える事を、敢えてしなかったのではないか?

この本は、カフカの生きた軌跡を追う事で、カフカをより理解する手掛かりを、読者に与えている。

カフカの日記や手紙、そしてカフカの研究書を、もっと読みたくなった。

或いはそれこそが、本書の狙い所なのかも知れない。

20230818

招かれた天敵

千葉聡『招かれた天敵─生物多様性が生んだ夢と罠』。

兎にも角にも著者の知識量の多さに圧倒された。薄からぬ本のどのページにも、多くの情報がみっしりと詰め込まれている。


レイチェル・カーソンはその著書『沈黙の春』で殺虫剤の大量散布により化学薬品で汚染され、命の賑わいが失われた世界の恐ろしさを、読者の脳裏に鮮烈に焼き付けた。

そこで登場したのは、天敵の導入による、生物学的な駆除法だった。問題はそれで解決される筈だった。当初の目論見では。

だが、現実にはその生物学的駆除法もまた、多くの困難や不都合を産み出してしまった。その事が、豊富な実例を引き合いに出しながら、丁寧に解き明かされている。

地球上の多様な生物たちは、長い地質学的時間を掛けて、その地に根付いている。だが、人間は欲から、その地質学的時間を無視して、遠い海外から特定の生物を自分たちのテリトリーに移植する。

問題が起こらない訳はない。

その問題を解決する為に、人はまた無茶をする。

この本にも書かれているが、成功は失敗の源とすら言えるのだ。物事は、最初のうちは巧く行っている様に見えるのだ。だが、長い目で見ると、その中に取り返しのつかない問題が潜んでいる。

その、失敗の実例の多くが、この本に記載されている。根本的な解決法はあるのか?それは、この本では明らかにされない。

現在、世界経済はグローバリゼーションの波に翻弄されている。

多くの生物種が、遠い海外を挟んで、頻繁にやりとりされている。その為の解決法も、多く提唱されているが、この本にある通り、抜本的な解決法ではない。

だが、この本でも、農業は基本的には可能であり、失敗は成功の源である事が記されている。要は私たちはまだ、生物学を少ししか知っていないという事なのだ。

私たちは多くの生物に依存して、存在している。ならばその生物について、もっと基本的な知識を獲得しなければ、ならない。

その基本的な作業は、まだ、始まったばかりだ。

20230808

向日葵

はっきりと憶えている。

‘79年の夏だった。私は妙に高揚した向学心に駆られ、西は島根県から東は丹沢山地迄のグリーンタフ地域を、闇雲に駆け巡っていた。

この年の経験が、後の私の人生を決めたと言っても大袈裟ではない。フィールドワークの充実だけではなく、その年に鳥取大で行われた地質学会で、タービディティー・カレントの実験を行った平朝彦さんの講演を、食い入るように見詰めていた。その事で、それ迄どちらかと言うと火成作用に傾きがちだった興味が、堆積学の方向に、大きく方向転換されたのだ。

私は日本全国のグリーンタフを叩き、記載し、考え、そしてまた歩くを繰り返していた。

当時の私は、矢鱈と体力があり、いくら歩いても、疲れるという事を知らなかった。山道を日速30km程のペースで、駆け巡っていた。

だが、嫌でも時は巡る。

私は後に自分のフィールドになる富士川流域の支流、福士川渓谷の調査を終え、ひとり身延線に乗り込んだ。

まだ冷房車など普及されている時代ではなく、富士駅に向かう上り列車の窓を全開にし、吹き込んで来る風の心地良さを全身で味わっていた。

井出駅を出発した後の事だった。

私は車窓から、大輪の向日葵が、その花を揺らしているのを見た。

その時、私は何故か、夏をではなく、夏の終わりを全身に感じ取ったのだ。


向日葵と言えば普通夏を代表する花であり、盛夏を感じても、何の不思議もない。だが、その時に全身を貫く様に、余りにも強く意識したのは、日本列島を駆け巡った’79年の夏が、今終わろうとしている、その事だった。

身延線の車窓から、一瞬だけ見えたその向日葵の姿は、何故か記憶に強く焼き付き、その詳細を、私は未だ明瞭に再現する事が出来る。

以来、向日葵は、私にとって盛夏の花ではなく、夏の終わりを告げる花となった。

向日葵の花は今年も咲いた。

今日も水銀柱はぐんぐんと上昇し、長野にも熱中症アラートが発令された。

だが、暦は知っている。今日は立秋。

本棚からアーダーベルド・シュティフターの『晩夏』を、そっと取り出した。

20230806

ACE

アンジェラ・チェン『ACE アセクシャルから見たセックスと社会のこと』。

言葉としては、私はアセクシャルという存在を知っていた。

だが、この世でアセクシャルであるとは、どういう意味を持つのかという様な事柄については、この本を読むまで無知だった。その事を素直に白状する。


対象が男であれ、女であれ、セックスを必要としない存在を、Asexual(エイセクシャル)と言い、その頭文字で省略してASEまたはACEと自称する事が多い。特に後者ACEはトランプの切り札と同じスペルであり、自らのプライドを込めて自称する場合、そちらの方が頻繁に使われる様だ。

性的な対象として、女でも男でもOKな存在をバイセクシャルというが、そうした存在があるのであれば、両方とも願い下げな存在もあり得るだろう。

私の中ではアセクシャルはそうした、論理的な帰結として認識されていた。

この本はそのアセクシャルである著者が、自らのセクシャリティーをどの様に自覚して来たのか?そして、それをどの様に守って来たのかを、他のアセクシャルな存在を含めて、記述した、貴重な論考になっている。

私はシスジェンダーの男性という、最もマジョリティな存在として、生きて来た。取り立てて自らのセクシャリティーを主張しなくても、これと言って抵抗を感じたことはない。

だが、性的マイノリティーとして生まれた場合は、そうは行かない。

筆者も、セックスを望んで当然とする社会の圧力に対して、自分はセックスを必要としていないのだという事実を、自らを含めて、納得してもらう事だけでも、多大な労力を費やして来た事を語っている。

その上で、様々な人間関係を深めてゆくには、どうあれば良いのか?

提起される諸問題は、複雑で解決困難な場合が多い。

例えば、単純な性抑圧とどう違うのか?

筆者はそれらを豊富な実例と、幅広い博識、鋭い表現力で丁寧に解説している。

私は大学時代、Sexuality研究会なる組織をでっち上げていた。元々Sexualityの問題には興味がある。だが、昨今のLGBTQ+の方々をはじめとする、性的少数者の問題を、十分に理解していたとは到底思えない。この本でも、目を大きく見開けたと感じるところが多い。

加えて、著者は名前からも分かる通り、中国系アメリカ人だ。そこにはインターセクショナリティーの問題も、当然の様に関わって来る。ACEという問題系は、人種問題と交差する事で、より解決困難になる。

世の中は複雑で微妙な問題だらけだ。

後半役者解説にもあるが、この本はショーン・フェイの『トランスジェンダー問題』と併せ読む必要があるのではないかと強く感じた。

20230805

タンネ

実は3日前からSSさんとの会話で知っていた。

日本橋浜町にタンネというパンの店があった(もう過去形にしなければならない)。パンと言えばイギリスパンとフランスパンしか無かった時代、ドイツパンという豊穣な世界がある事を、私もこのタンネで知った口だ。


そのタンネが今日5日で店を閉める。

HPを見るとタンネは93年に誕生したらしい。

これには少しびっくりした。

93年と言えば、私が森下に住み、最もタンネを利用していたのは、その頃ではなかっただろうか?

私は知らずして、開店直後のタンネに通っていた事になる。

タンネでの買い物は楽しかった。

パンの種類が実に多かった。硬めのお菓子のようなプレッツェルから、堂々とした食事パン、ブールまで、ドイツパンはそのヴァリエーションが豊富で、とてもではないが、全製品を制覇する事は、叶わぬ願いだった。

今でこそ、ちょっとした地方都市に行けば、どこにもドイツパンの店はあるが、93年頃には、ドイツパンを入手するには、このタンネに行かねばならず、質実共に充実した、貴重な店だった。

その為タンネでは、93年には既に、注文販売で、全国にドイツパンを届けるシステムが完成していて、森下を離れても、暫くはタンネからパンを調達していた。

だが、その後私の東京時代の拠点であった池袋(ここは知る人ぞ知るパン屋の宝庫だ)にも、ドイツパンの店が出来始め、店先で、実際にパンを見ながら、迷いながら購入する楽しさには叶わず、いつしかタンネからのパンの購入は止んでしまっていた。

HPによると、タンネのドイツパンのヴァリエーションは、200種類を超えていたようだ。さすがはドイツパンの開拓を担っていたパン屋だけの事はある。この豊穣さは他の店を、今でも圧倒していたと思う。

以来丁度30年間、タンネはドイツパンの世界を日本に知らせる、最先端の店の位置を保ち続けて来た。

閉店の理由はHPでは詳しくは分からない。それなりの理由があるのだろう。

タンネの閉店を知って、私はブールとひまわりパンを、密かに注文した。

これで私とタンネとの付き合いも終わりになる。私はタンネの始まりと終わりに、かろうじて付き合う事が出来た事になった。

タンネからのパンが、いつ届くのかは分からない。だが、届いたら、地元のドイツパンの店のパンと味を比べながら、じっくりと噛み締めようと思う。

私とタンネとの付き合いは、驚きと感動の連続だった。その終わりを、私は私なりの華やかな封印で飾ろうと思う。ドイツパンという世界を教えてくれたタンネへの精一杯の感謝を込めて。

20230729

科学革命の構造

話題になっている本を、滅多にこのブログでは取り上げない。

その意味では、今回は例外になるだろう。

話題沸騰中のトマス・S・クーン『科学革命の構造』新版をようやく読み終えた。


まず驚いたのはその読み易さだ。


私は’76年に旧版を読んでいる。つまり47年振りの再読になった訳だ。



当時は、地質学でプレート・テクトニクスが完成されようとしていた。つまり私はクーンの言うパラダイムシフトとその終焉を身を以て体験しながら『科学革命の構造』を読んでいた事になる。


そうした「実例」に助けられながら、私は旧版『科学革命の構造』を何とか読み通した。だが、読解にかなり苦労しながらだった事を覚えている。


新版『科学革命の構造』には、そうした読解に苦しむ点が全くなかった。


旧版は中山茂さんの訳だったが、中山さんと言えばトマス・S・クーンの弟子であり、よもや訳に難点があろう筈がない。私はそう信じていた。


そのよもやが実はあったのだ。


新版『科学革命の構造』は、旧版にあった間違いが訂正されているだけではなく、全体的に訳が熟れており、読み易くなっている。


スラスラと読めるのだ。


だが、『科学革命の構造』が読み易くなっていたのは、訳が改良されている為だけではないだろう。


76年当時、私はパラダイムやアノマリーなどの用語を理解し、慣れるのにかなり苦労した記憶がある。


現在、そうした用語は、広く人口に膾炙し、日常会話でも使われる程になっている。


新版『科学革命の構造』が読み易かったのは、そうした時代によって議論が消化されて来たと言う歴史的側面も大きいと感じた。


だが、冒頭に掲げられ、新版の「売り」にもなっているイアン・ハッキングによる序説は話が別だ。


これには手を焼いた。


私は旧版とは言え、以前に『科学革命の構造』を一通り読んでいたので、話に着いて行く事が出来たが、『科学革命の構造』のエッセンスを凝縮し、煮詰めた様なこの序説を、新しい読者がいきなり読んで行くのは、無理がある。


イアン・ハッキングが述べている通り、この序説は、本文を読み終えてから読むのが筋というものだろう。


トマス・S・クーンが『科学革命の構造』を出版したのは’62年の事だった。それから61年の月日が流れた。


科学革命の研究も、飛躍的に発展し、それはもはやトマス・S・クーンの独壇場ではなくなっている。


だが、今回改めて新版『科学革命の構造』を読んでみて、パラダイムという言葉を産んだこの本が、まさに科学史に於けるパラダイムシフトだったと言う感慨が全身を包むのを感じた。


この本は長い時代の風雪に耐えて来た。だが、時代はまだこの本を必要としているのだろう。


確かに古典にはなっているが、この『科学革命の構造』が述べている内容には、まだ現代人が必要としている新鮮な刺激が含まれている。


世に、名著と呼ばれ得る書物は稀だが、この『科学革命の構造』は、まさに名著と呼ぶべき存在なのだと思う。


読み易くなったとは言え、私はこの本を読み終えるのに9日間を必要とした。


この本にはそれだけ価値のある、宝物の様な内容がある。

20230718

キーボードが効かなくなる

数日前から予兆はあった。

リターンキーを押しても改行されない。そんな出来事が稀にあったのだ。それでも、その時は、操作をやり直せば簡単に機能が復帰していた。なので、それ程不安に思わず、使い続けていた。

異変は昨日の朝から始まったと言って良い。リターンキーを何度押しても効かない。それどころか、英数・かなキーも効かなくなっていた。

Keyboardの掃除はあまりしない。なので、埃が溜まったのかと考えた。キーを取り外し、掃除機で掃除した。これで一件落着の筈だったのだが、現実はそう甘くなく、それ迄、何度かキーを押しているうちに機能していたリターンキーが全く無反応になり、矢印キーの上も効かなくなってしまった。

正直かなり焦った。これでは殆ど何も出来ない。

iMacを使う事を控え、iPhoneで出来る事をやっていた。

だが、それにも限界がある。

調べてみるとiMacのWireless Keyboardは13,000円程する。困った。今の私にはそれだけの金額を工面する余裕はない。

ダメ元で、使わなくなった機器を仕舞ってある棚を捜索した。もしかしたら以前のiMacに使っていたKeyboardが捨てられずに残されているかも知れない。

探してみると棚の奥の方に、それらしきものの縁が見える。

上に乗っていた物を取り出し、それを引き出してみた。

やった!

なんと言う幸運か。古いKeyboardは捨てられずに取ってあった。

棚から取り出した物を型付け、古いKeyboardを接続してみた。

使える!

USBポートを一つ占有する事になるが、古い有線Keyboardは無傷のまま存在していた。


写真上が今迄使っていた新しいWireless Keyboard。下がこれから使う事になる古いKeyboardだ。

使ってみると、古いKeyboardは、全てのキーが使える事が分かった。

危機は脱した!

新しいKeyboardになってから、もう10年近く経つ。すっかりそれに慣れてしまって、ブラインドタッチなど、古いKeyboardには、まだ若干不慣れな所がある。

リターンキーの位置など、Keyboardの縁を基準に、探っていたらしい事も分かってきた。

古いKeyboardにはテンキーも付いていて、新しいKeyboardにした時、かなり不便な思いもしたのだが、今ではもうすっかりテンキー無しに慣れてしまい、滅多な事がなければテンキーは使わない様になっていた。

だがかな入力をしている最中に数字を入力する場合など、テンキーを必要とする場面はいくらでもある。

これも要は慣れだろう。ブラインドタッチを含め、古いKeyboardに慣れるのも、そう長くは掛かるまい。

だが、iMac本体より先にKeyboardに逝かれてしまうとは、夢にも思わなかった。今はただ、古い物を捨てない自分の貧乏性に感謝するばかりだ。

20230701

ハンナ・アーレント、三つの逃亡

ハンナ・アーレントの伝記をアメコミで読める稀有な本。

内容はほぼ事実に則している。だが、著者の想像力が欲するのか、所々にフィクションが混じる。例えばアインシュタインやビリー・ワイルダーとの対話や、アーレントとブリュッヒャーがニューヨークへむかう船上でマルク・シャガールと遭遇する場面などがあるが、そうした史実はない。その意味では、本書は史実を基にした著者ケン・クリムスティーンの純然たるコミックとして読まれるべきものなのだろう。


また本書には、細かい字で各時代の哲学者、文化人、社会状況などが描写されている。これはハンナ・アーレントが生きた時代を知る上で、恰好の仕掛けと言えるだろう。

ハンナ・アーレントの人生が、ドラマチックであった事はよく知られている。本書はその波乱に満ちた人生を、「逃亡」をキーワードに整理し、分かり易く描き出している。彼女はその人生を、まさに綱渡りの様に渡り歩いたのだ。

第一の逃亡がベルリンからパリへの逃亡(亡命)。第二の逃亡がパリからニューヨークへの逃亡(亡命)であることは、本書にも明示されているが、第三の逃亡が何を指しているのかは、本書の中でははっきりとは明示されていない。だが、おそらくそれは「ハイデガーとの決別」および「哲学との決別」を指しているのではないかと解釈した。

だが、彼女は死の直前まで『精神の生活』という大著を、タイプライターに差し込んだままにしてあった。そのハンナ・アーレントが哲学と決別したとは、私にはどうしても納得出来ない描写だった。

本書は、ハンナ・アーレントという人物を知る、入門書としても読めるが、彼女を詳しく知る者にとっては、それ故に気付く事が出来る、「隠された仕掛け」に満ちている。ある程度ハンナ・アーレントの著作や伝記を読み込んでから、本書を読むという読み方にも、十分耐えられるコミックになっていると思う。

本書の中でハンナ・アーレントは常に、緑色の服を着て登場する。その為に、部分的にしか描写されていなくても、読者にはそれがアーレントであると、簡単に認識出来るのだが、この緑色は何を象徴しているのだろうか?

私にはそれが『過去と未来の間』の表紙を意識したものに思えるのだが、まだ理解が浅いだろうか。

20230626

梅川、忠兵衛

言わずと知れた近松門左衛門の人形浄瑠璃『冥土飛脚』の翻案。飛脚忠兵衛を、緒方洪庵の門下生として、遊女梅川を武家の育ちとして設定を変え、現代に蘇らせている。

あ・うん♡ぐるーぷによる第8回公演。脚本・演出はさとうしょう。場所は銀座8丁目、新橋の博品館劇場。


間宮家の養子である忠兵衛は、日本医学の祖とも呼ばれる緒方洪庵から絶対的な信頼を得る若き医者であった。学問にしか興味が無かった堅物の忠兵衛が、運命の相手梅川と出会ったのは新町の遊郭であった。二人は出逢った瞬間から、互いに強く惹かれあい、恋に落ちた。

しかし育ちは武家の娘ながら、金が物を言う苦界の遊女に成り果てた梅川と、出世を約束された忠兵衛。二人の前に立ちはだかる障害の壁は途方もなく高かった。

周囲の反対に追い詰められた梅川と忠兵衛は、梅川を身請けする為に、幕府の公金に手を付け、追われる身となり、やがて雪の降り頻る中、二人だけの世界を求めて心中に旅立つ。

横内正、原田大二郎をはじめとするベテランの俳優陣と若手がうまく噛み合った演技は、観ていて安心出来た。

しかし3時間半に及ぶ長丁場はやや苦痛だった。もう少し刈り込めたと思う。だが、近松門左衛門が原作となれば、そうも行かなかったのだろうか?

また場の展開が全て溶暗だけと言うのは頂けない。その場に流れる音楽も8割は同じ曲。少し飽きた。

心中シーンを先駆ける雪の精の乱舞は見事な演出だった。

やりたい事がはっきりしている芝居は、観ていて心地よい。

忠兵衛の養母、間宮妙役の演技が、出番は少なかったが、台詞回し、舞台への立ち方共に安定しており、巧かった。妙に印象に残った。

20230619

ブログへの回帰

ほぼ1ヶ月、ブログを更新しなかった。

何をやっていたのかと言うと、新しいSNSに幾つか手を出していた。

イーロン・マスクによるtwitter破壊が、予想を遥かに上回る規模で進んでいる。このままだとtwitterは有料でなければ参加することも不可能になりそうな勢いだ。

そろそろtwitterに代わるSNSを模索しなければならなくなって来たのではないか。そう思い、最初はMastodonに手を出した。

今になって始めた訳ではない。発足当初から登録はしてあったのだが、熱心な投稿者では無かった。改めて何人かをフォローし、その方の属するインスタンスに登録するを繰り返していたらいつの間にか13ものインスタンスに増えた。


「twitter 代替」で検索するとBlueSkyなる招待制SNSが始まっているという。Nさんという親切な方に招待コードをねだって、手を出した。それが今月の始めの頃だったという訳だ。

休眠状態だったMisskeyも始動し始めた。

twitterを含めて、全てpushucaで検索出来る様にしてある。

考えてみるとtwitterからして、上手く行ってないという自覚はあった。新しく手を出したSNSでも、同じ失敗を繰り返しているだけという気もしている。

変化があったのは、twitterはSNSの中でも、参加者の年齢層が高い部類に入るらしい事に気が付いたという事がある。

BlueSkyもMisskeyも年齢層が矢鱈と低い。10代が主流なのではないだろうか?

早い話が、話題について行けていない。

新しいSNS用のアプリを導入し、その使い方を覚えた。それだけが成果だったと言う気もしている。

最初のうちは何とか努力して、投稿を続けていたが、そのうちに疲れて来た。

いっその事、全てのSNSから撤退する事も考えたが、それ程の事でもない様な気もしている。

だが、やはり私の活動の原点はブログにあると言う事にも気付き始めている。

この1ヶ月の間、読んだ本は何冊かあるが、その記録は残せなかった。その事には後悔もある。

それもこれも、私がブログを放置していた事が原因だろう。

少し、SNSへの悪あがきが過ぎた様だ。

そこへの参加も辞めないが、活動の主戦場を再びブログに戻そうと思っている。

果たして更新頻度は上がるだろうか?

20230520

独裁者の料理人

著者ヴィトルト・シャブウォフスキもまた料理人である。

料理人が料理人について書く。それだけでも十分に意義のある仕事だと思う。だが料理人が相手にした人物たち。これが尋常ではない。

彼らは誰に料理を提供して来たか?それを挙げれば成程と思うだろう。

カンボジアのポル・ポト。イラクのサダム・フセイン。ウガンダのイディ・アミン。アルバニアのエンヴィル・ホッジャ。キューバのフィデル・カストロ。並べてみるまでもなく、彼らは錚々たる独裁者と呼ばれる存在である。


著者はスロバキア系ハンガリー人のペーテル・ケレシュ監督の『歴史の料理人」という映画を見て、頭の中でパッと閃いたと言う。

歴史の重要な瞬間に料理を作っていた人たちは歴史について何が言えるだろう。

サダム・フセインは何万人ものクルド人をガスで殺すよう命じた後、何を食べたのか?その後、腹は痛くならなかったのか?二百万近いクメール人が飢え死にしかけていたとき、ポル・ポトは何を食べていたのか?フィデル・カストロは世界を核戦争の瀬戸際に立たせたとき、何を食べていたのか?そのうちだれが辛いものを好み、だれが味の薄いものを好んだのか?だれが大食漢でだれがフォークで皿をつつくだけだったのか?だれが血のしたたるビーフステーキを好み、だれがよく焼いたのを好んだのだろう?

今迄にこうした切り口で書かれた本が無かったのが不思議なほど、シンプルで魅力的なテーマだ。

かくして著者は大陸から大陸を渡り歩き、独裁者の料理人を探し出しては、インタヴューを試みる。

だが、その作業は、実際に行ってみると、著しい困難を伴うものだった。

まず、当の料理人が生きていなければならない。

食という生きてゆく上で欠かせない、基本的な営み。だが、その食を提供する相手が独裁者である場合、料理を作る事そのものが命懸けの作業となる。

上手くいって当たり前、それどころか、何人もの人間の命を救う事にも繋がる。だが、しくじったらどうなるか?答えは火を見るよりも明らかだろう。

料理人が生きていて、運よく出会えたとしても、相手が自分に、独裁者の料理人だった時代の事を語ってくれるかどうかは、これまた判じものだ。

命懸けの状態は、独裁者が去った後も続くものだ。

料理人が独裁者に仕えるようになった動機や独裁者との距離感は、それぞれに異なる。ある者は心酔から、ある者は恐怖から、独裁者に料理を提供していた。

料理を提供するという行為を通じて、独裁者に接してきた彼らは、独裁者の特殊な場面を目撃して来た者だ。逆に言えば、料理人が語る独裁者の像は、それ自体が唯一無二の、特殊な姿を描写している事になる。

そこで語られる独裁者の姿は、子ども帰りをしてしまったような、甘えと独断が横行する姿だ。

本書の原題はJak nakarmić dyktatora。日本語に訳すのが難しいが、直訳すれば『独裁者に食べさせる方法』となるそうだ。著者はこのタイトルに「私たちが独裁者を養う」という意味もかけている。と訳者芝田文乃さんは語る。

この本は世界に名だたる独裁者を狂言回しにし、登場する料理人、その話を引き出した著者、それらを見事に日本語訳した訳者たちが織りなす、重層的な織物のような本だと、私には感じられた。

良い読書体験が出来た。

20230513

ガウディの伝言

図書館から本を借りた日は、そのリストも作らずに眠りに着いた。

体調がすぐれなかったのだ。なので、読む本を選ぶ時にも、簡単に読めそうなものを選んだ。それがこの本だった。借りた本の中で、唯一の新書。これなら多少調子が悪くても楽に読めるだろうと踏んだのだ。

だがこの本、外尾悦郎の『ガウディの伝言』は、予想以上に面白かった。


この本を読む迄サグラダ・ファミリアに日本人が彫刻家として参加している事など全く知らなかった。それもかなり重要な部分を任されているらしい。それだけでも、深い興味を抱くのに、十分だった。

文章に力みは見られない。

歴史的な事業に、主体的に関わっている日本人。だが、にもかかわらず、その語り口はあくまでも淡々としており、自然体だ。

だが、その語る内容に目を配ると、驚くような事が語られている。

バルセロナのガウディの代表作、サグラダ・ファミリアには、以前から注目していた。異様とも言い得る造形。19世紀に建築が始まっていながら、未だに完成を見ないスケールの大きさ。どれを取っても、規格外なのだ。

サグラダ・ファミリアは市街戦で一度破壊され、ガウディが遺した貴重な図面類も焼失している。手掛かりは僅かに残されたミニチュアと写真のみ。そこからガウディの構想を読み取り、復元しながら建築作業は今日も続いている。

著者は、誰かから推薦された訳でもなく、このサグラダ・ファミリア建設の作業に、単身乗り込んで行ったようだ。

まず、その度胸の良さに驚く。

その作業の難しさ、歴史に残る重要性。それらを前にしたら、普通の人はビビる。思わず身を引いてしまう所だ。

だが著者はそれらを意に介さない。ただ己の情熱が指し示すところを目指して、石を刻む。

石を掘っていると「無」になる。そう著者は言う。その辺り迄は私にも理解出来る。人は大きな存在物を前にすると、自分を無にして臨まねば、その存在物に近付いて行く事も出来ない。

著者は石を刻み続ける行為を信じて、一歩一歩ガウディに近付いて行ったのだろう。

だが、その距離はいかほどだったのだろう?

寄る辺なき探究と創造。ガウディを理解出来るという自分への信頼。

それらが淡々とした語りの中で、しっかりと描写されている。

ガウディになるのではなく、ガウディと同じ物を見る。そう著者は言う。それが長年ガウディを探し続けて来た著者が辿り着いた境地だろう。そこに辿り着く迄、どれだけの紆余曲折があったのか?それは私には理解出来ない途方もない謎だ。

だが、著者外尾悦郎という存在があるお陰で、私たち日本人にも、その手掛かりが差し出されている。

この本中には、今迄知らなかったガウディの姿も描写されている。

私はこの本を読んで、サグラダ・ファミリアという存在物に、またひとつ大きな一歩を踏み出す事が出来たと確信している。

20230503

カティンの森のヤニナ

私が「カティンの森事件」を知ったのは21世紀になってからだ。かなり遅かった。

そのきっかけがJ.K.ザヴォドニーの名著『消えた将校たち─カチンの森虐殺事件』が先だったのか、アンジェイ・ワイダ監督の映画『カティンの森』が先だったのかは、今では確認のしようがない。

だが、この事件を知って、私は少なからず衝撃を受け、動揺し、以来事あるごとに「カティンの森事件」を知ろうと努めて来た。

本書を手に取ったのもそうした自分に課した義務の一環としての事だった。

『消えた将校たち』を注意深く読めば、その記載があったのだが、「カティンの森事件」の犠牲者の中にひとりだけ女性がいた。

彼女の名前はヤニナ・レヴァンドフスカ。所属はポーランド空軍であり、当時としても珍しい女性パイロットだった。

本書『カティンの森のヤニナ─独ソ戦の闇に消えた女性飛行士』はそのヤニナについて書かれた貴重なノンフィクションだ。


カティンの森事件とは、第二次世界大戦中にソ連の捕虜となっていた約22,000人とも25,000人とも言われるポーランド将校、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者がソヴィエト内務人民委員会(NKVD)によって虐殺された事件の総称である。

1943年4月下旬、当時はドイツ領となっていたスモレンスク近郊の森の奥深く、夥しい数の遺体が地中から掘り起こされたのだ。

カティンは現場近くの地名だ。事件現場はグニェズドヴォの方が距離的に近かったが、発音のしやすさや覚えやすさから、ドイツがこの虐殺事件を表すのに用いた。

命名の仕方からして政治的だ。この事件は徹底的に政治に利用された。

ソ連は殺害にドイツ製の銃弾を使用し、事件はドイツによるものと主張し、ドイツはソ連の犯行を主張した。ソ連がカティンの森事件をスターリン支配下のソ連の犯行である事を認め、ポーランドに謝罪したのは、ゴルバチョフによるグラスノスチ以降の事だった。

ナチスドイツによるユダヤ人虐殺に比べ、カティンの森事件が知られていないのは、戦時中イギリスやアメリカがドイツに対抗する手前、都合の悪いこの事件を徹底的に隠蔽した影響が未だ響いているのだろう。

更にカティンの森事件の犠牲者に女性がいた事は、殆ど知られていない。

著者小林文乃は、その手掛かりすら殆どないヤニナ・レヴァンドフスカについて知ろうと志し、現地取材を何度も繰り返し、事の真相に迫って行く。

ヤニナ・レヴァンドフスカはポーランドの歴史の中で唯一成功した蜂起として知られるウェルコポルスカ蜂起の最高司令官を務めたユゼフ・ドヴルブ・ムシニツキ将軍の娘として1908年4月22日、ロシア領の都市ハリコフで生まれた。ポズナン飛行クラブに入会し、ヨーロッパ初の高度5,000mからのパラシュート降下に成功した人物になった。

英雄の娘はこれまた英雄であった。

だがこの事が仇となり、彼女はソ連の手により、多くのポーランド人と共にカティンの森で虐殺され、埋められる結果となった。

殺された推定日は1940年4月22日。何とヤニナの32回目の誕生日その日だった。

ヤニナの11歳年下の妹、アグネシュカも殆ど同じ頃、ナチスの手により虐殺されている。

姉妹は姉がソ連の手により、妹がナチスドイツの手により虐殺されたのだ。

ソ連とドイツによって蹂躙され続けた国ポーランド。それを何よりも象徴する姉妹だったと言えるのではないだろうか?

カティンの森ポーランド人捕虜集団墓地にはヤニナのプレートが残っている。

ヤニナ・アントニーナ・レヴァンドフスカ、1908年ハリコフ生まれ、パイロット。1940年没。

プレートにパイロットと記されているのが、せめてもの救いとなるだろうか。

20230429

『人間の条件』

六文銭さんの勧めでハンナ・アレントの『人間の条件』を読んだのは、今から9年前、2014年6月の事だった。六文銭さんが送ってくださった読書ノートは簡潔的確にこの本を要約してあり、読書の大きな助けになった。だが志水速雄訳の『人間の条件』は所々意味の分からない日本語になっており、誤訳も多かった。その為この時は仲正昌樹『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』を併読し、補助・指針とした。

この程牧野雅彦訳でハンナ・アレント『人間の条件』の新訳が出版された。私は迷う事なくそれを県立長野図書館にリクエストした。同時に牧野雅彦『精読アレント『人間の条件』』も出版されるという事だったので、それも同時にリクエストした。


両方の本を手にしたのは4月12日の事。今回も同時併読し、昨日28日に読了した。16日間掛かった事になる。

9年の時間差があったとは言うものの、牧野雅彦訳は志水速雄訳とは全く別の本のような感覚があった。それよりも嬉しかったのは、訳の隅々まで明確な日本語が貫かれており、私は牧野雅彦訳で初めてハンナ・アレント『人間の条件』を完全に読破したという実感を得る事が出来た。

前回、志水速雄訳の時は仲正昌樹『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』は必須で、これなくしては『人間の条件』を読み進める事も出来なかった印象があったが、今回の牧野雅彦『精読ハンナ・アレント『人間の条件』』は、的確な要約と溢れんばかりの引用・注釈に満ちてはいるものの、(当然の事ながら)誤訳の修正もなく、同時併読しなくても良かったと思えた。


それよりも役に立ったのは、昨年・一昨年と続けていた岩波『アリストテレス全集』全巻読破だった。

ハンナ・アレントの著作には、古典哲学からの引用が豊富に含まれており、ギリシア哲学の基本的な知識がなかった9年前は、その部分の読解にひどく難渋したのだった。

明確な日本語による訳と精読本、加えて六文銭さんの読書ノートと、最高の読書環境が与えられた今回の『人間の条件』。しかしそこはハンナ・アレントの書く文章だけあって、1回か2回の読解ではとても歯が立たず、4、5回読み返して、更に牧野雅彦『精読アレント『人間の条件』』にある引用でもう2、3回読み返すと言うのが今回の読書スタイルになった。

牧野雅彦訳ハンナ・アレント『人間の条件』は、志水速雄役ばかりではなく、森一郎訳ハンナ・アーレント『活動的生』もフォローされており、読解の大きな助けとなる仕組みになっていた。これを含めて、今後は牧野雅彦訳がハンナ・アレント『人間の条件』の新しいスタンダードになってもらいたいと願うばかりだ。

本の内容はとてもブログの範囲で語り尽くす事は出来ないが、科学技術の進歩は世界大戦の惨禍をもたらす一方で人間の活動領域を地球外にまで拡張し、「観照的生活」が後景に退くと共に「活動的生活」が前景化されると言う歴史の変化があった。これを「労働(labour)」、「仕事(work)」、「行為(action)」の絡み合いの中で人間の「世界からの疎外」がもたらされる様を描き出した論考と言えるのではないだろうか?

牧野雅彦訳でも、ハンナ・アレントの中盤から後半に掛けての迫力に満ちた論考は健在。従来の志水速雄訳でお読みになった方も、そして勿論未読の方にもこの本をお勧めしたい。

20230411

悪魔を憐れむ歌

 ローレンツ・イェーガー『ハーケンクロイツの文化史』に、詞の一部が引用されていた。すぐにYouTubeで探して聴いてみた。


ローリング・ストーンズの傑作のひとつ『悪魔を憐れむ歌-Sympathy For The Devil』だ。

ミック・ジャガーの歌声も魅力的だが、詞の良さに唸ってしまった。これは訳すしかない。


Please allow me to introduce myself

I'm a man of wealth and taste

I've been around for a long, long years

Stole many a man's soul and faith


And I was 'round when Jesus Christ

Had his moment of doubt and pain

Made damn sure that Pilate

Washed his hands and sealed his fate


Pleased to meet you

Hope you guess my name

But what's puzzling you

Is the nature of my game


I stuck around St. Petersburg

When I saw it was a time for a change

Killed the czar and his ministers

Anastasia screamed in vain


I rode a tank

Held a general's rank

When the blitzkrieg raged

And the bodies stank


Pleased to meet you

Hope you guess my name, oh yeah

Ah, what's puzzling you

Is the nature of my game, oh yeah


(woo woo, woo woo)


I watched with glee

While your kings and queens

Fought for ten decades

For the gods they made


(woo woo, woo woo)


I shouted out,

"Who killed the Kennedys?"

When after all

It was you and me

(who who, who who)


Let me please introduce myself

I'm a man of wealth and taste

And I laid traps for troubadours

Who get killed before they reached Bombay


(woo woo, who who)


Pleased to meet you

Hope you guessed my name, oh yeah


(who who)


But what's puzzling you

Is the nature of my game, oh yeah, get down, baby


(who who, who who)


Pleased to meet you

Hope you guessed my name, oh yeah

But what's confusing you

Is just the nature of my game


(woo woo, who who)


Just as every cop is a criminal

And all the sinners saints

As heads is tails

Just call me Lucifer

'Cause I'm in need of some restraint


(who who, who who)


So if you meet me

Have some courtesy


Have some sympathy, and some taste


(woo woo)


Use all your well-learned politesse

Or I'll lay your soul to waste, um yeah


(woo woo, woo woo)


Pleased to meet you

Hope you guessed my name, um yeah


(who who)


But what's puzzling you

Is the nature of my game, um mean it, get down


(woo woo, woo woo)


詞を作ったのは、ミック・ジャガーとキース・リチャードとクレジットされている。これには諸説あるようだがここではクレジット通りにしておく。




ちょいと自己紹介させてください

このわたし ちょいと裕福な趣味人でして

ずっとずっと昔から あちらこちらに顔を出しては

そりゃもう多くの人間から魂と信仰を盗んでまいりました 


あのジーザス・クライストが

疑いに苛まれたときも そこらにおりました

きっちり仕組んで あのピラトのやつには

きっぱり手を洗わせ しかるべき運命をたどらせてやりました


お会いできてうれしいですよ

我が名に見当をつけていただければよいのですが

ただ あなたがたを悩ませてしまうのは

わたしの仕事がらでして どうかご容赦を


サンクト・ペテルブルクにもしばらくおりました

ちょうど時代は変化を求めておりましたから

皇帝(ツァーリ)とその大臣どもを殺してやりましたら

アナスタシアには悲鳴をあげられましたね


戦車に乗ったこともあります

わたしは将軍の姿でした

ちょうど電撃戦が激しさを増しており

そこいらの屍体の臭かったですな


お会いできてうれしいですよ

我が名に見当をつけていただければよいのですが

ただ あなたがたを悩ませてしまうのは

わたしの仕事がらでして どうかご容赦を


見ているだけで嬉しかったのは

みなさんの王と女王のお歴々が

100年にわたり争いを繰り広げたときのこと

戦いの大義は自分たちで作りあげた神でしたっけ


わたしはこう叫んだこともあります

「誰がケネディ家を殺したんだ?」

実のところを言えば

あれは あなたがたとわたしでやったことですよね


どうか自己紹介させてください

このわたし ちょっと裕福な趣味人でしてね

ちょいと罠をしかけてやったので あの吟遊詩人たちは

ボンベイに着く前に殺されてしまいました


お会いできてうれしいですよ

我が名に見当をつけていただければよいのですが


(おまえは誰だ)


ただ あなたを悩ませてしまうのは

そういう仕事をしているからなのです


(誰だ 誰だ おまえは誰だ)


ちょうど警官の誰もが犯罪者で

罪人が聖人であるのは

コインの裏表のようなもの

わたしのことはルシファーとお呼びください

少しは節度を持たねばなりませんからね


そんなわけで わたしと会うときは

どうかお手柔らかに

少しばかりの同情とご好意をいただければありがたい

ぜひ ご自慢の礼儀正しさを発揮してくださいよ

さもなくば みなさんの魂を滅ぼしてさしあげましょう


お会いできてうれしいですよ

我が名に見当をつけていただければよいのですが

ただ あなたがたを悩ませてしまうのは

わたしの仕事がらでして どうかご容赦を



ここで言われている悪魔とは誰の事だろう?ふとそれが気になった。

多分、悪魔とは我々自身とその愚かさを指しているのではないか?そんな気がする。

20230322

トランスジェンダー問題

LGBTという言葉が頻繁に使われるようになって、それ程歳月は経っていないだろう。最近はだんだん増えて、LGBTQ+と表記されるようになった。

差別はないがいいに決まっている。だが、正直言って、このLGBTQ+の問題は、頭を悩まされて来た。特にTつまりトランスジェンダーに関しては、なかなか態度を決めかねていた。

心が女だと言えば、ペニスがあっても女風呂に入れるのか?そう言った瑣末な問題に囚われていたのだ。

それだけに、この本ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題─議論は正義のために』の存在を知るや否や、私は迷う事なく図書館にリクエストした。この程手元に届き、今日3月21日にようやく読了する事が出来た。


期待を裏切らないだけではない。期待を遥かに超えた、良い本であった。

著者ショーン・フェイもトランスの人らしい。それだけに、トランスジェンダー問題に真正面から挑み、体系的・網羅的に論考を繰り広げている。その姿勢だけでも、好感が持てた。どの箇所を取っても、全く逃げている所がないのだ。

読み始めてしばらくして、健常主義(ableism)という言葉が目に止まった。「非障碍者優先主義」「健常者優先主義」「能力主義」とも訳されているようだ。

即ちIdeas for Good jpによると

エイブリズム(Ableism)とは、能力のある人が優れているという考えに基づいた、障害者に対する差別と社会的偏見を意味する。辞書には「障害(=他の人がすることが難しくなるような病気、怪我、状態)を持っていることを理由に不当な扱いを受けること(出典元:Cambridge Dictionary)」と記載されている。日本語では「非障害者優先主義」「健常者優先主義」、「能力主義」とも訳される。

エイブリズムの根底には、障害者は「治す」必要があるという前提があり、障害によって人を定義する考え方がある。エイブリズムは、人種差別や性差別と同様に、ある集団全体を「劣ったもの」として分類し、障害を持つ人々に対するステレオタイプや誤解、一般化などを含む。

これだ!と思った。私がありのままに生きようとする時、必ずと言って良いほど立ち現れ、劣等者の烙印を押して立ちはだかる敵。それが健常主義だ。この本のお蔭で、私は敵の名前をようやく知る事が出来たのだ。

私はトランスの人たちと同じ敵を有する、言わば仲間なのだと、その時理解出来た。

それからは、この本に対する親近感も増し、理解度も格段の差を持って、深く読み込む事が可能になった。

トランスの人たちを、自分の身近な存在として意識したのは、初めての事だった。

この本はトランスジェンダーの問題を、様々な局面から見つめ直している。

どんな存在なのか?どんな境遇に落とし込められているのか?どんな問題を抱えているのか?

それらが明らかになる度に、私の中からトランスの人たちに対する偏見が消えて行くのが分かった。それはトランスにまつわる(悪い意味での)神話が崩壊して行く過程だった。

巻末に、清水晶子さんの解説と訳者高井ゆと里さんの解題が付されている。これが実に有益だった。本書はイギリスのトランスジェンダーについて書かれている。だが、それはイギリス独自の問題だけを扱っているという意味ではなく、まさに日本のトランスジェンダー問題についても有効な論考である。その事が丁寧に説明されている。

この本が日本語によって丁寧に翻訳され、出版された事は、日本の読者にとって、実に幸運な事である。

そして忘れてはならない事は、この本はトランスの人たちだけに留まらず、トランス以外の人々に対して、届けられようとしている本であるという事だ。

この本は次のように始まる。

トランスジェンダーが解放されれば、私たちの社会全ての人の生がより良いものになるだろう。私は「解放」という言葉を使うが、それは「トランスの権利」や「トランスの平等」といった慎ましやかな目標では十分でないと考えているからである。

トランスの人たちと共に手を取り合い、共に闘ってゆく事は、トランス以外の人たちの解放に、必ず繋がって行く事だろう。

20230302

最近詩を訳していない

昨年12月20日までIGさんの主催するClubhouseで”もちよる詩集”の会があった。参加者各々が自分の好きな詩を持ち寄り、朗読して、その日に世界でたったひとつの詩集を編もうという企画だ。初期の頃、私は日本の詩人の朗読もしていたのだが、石垣りんさんの『挨拶』で、他の方とダブり、しかも私の方が遥かに下手だったという現実を突きつけられた。それならダブらないものをと考え、外国の詩人の詩を私なりに翻訳して朗読する事にした。

詩を訳し始めたのは、ヘッセの詩が発端だった。彼の詩を、何とか原語で読みたくて、中学生の頃ドイツ語を学び始めた。幾つかは、過去のブログに翻訳したものを載せていた。

そこから徐々に拡げていって、英語やドイツ語からはみ出て、フランス語やスペイン語の詩も訳していた。

ドイツ語やスペイン語は、原文をただひたすら睨みつけ、趣味の辞書を手掛かりに、日本語に置き換える作業をしてゆけば、なんとか翻訳は出来たのだが、困ったのがフランス語だった。マラルメの詩集を取り寄せ、辞書と睨めっこして、何とか訳そうと格闘したのだが、全く歯が立たなかったのだ。文法が必要だった。


その日からNHKの「まいにちフランス語」を受講して、フランス語に挑む事3年。最初は舐めていたフランス語文法も、それがいかに難しいかを理解するところまで到達し、良い訳とは言い難いものの、形だけでもフランス語を日本語に置き換える事ができる様にはなれた。

フランス語は発音も難しく、朗読しようという気がまだどうしても起こらない。

”もちよる詩集”の会では、最初に原語で詩を朗読し、その後訳詞を読むという形を続けていた。続けるうちに欲が出て来る。過去のブログより良い訳を読みたくなったのだ。

基本、既存の訳を探し出して、それより良い訳を付ける事を自分に課していた。それはともすると思い上がりに繋がり、とんでもない魔界に足を踏み込む事になりかねない課題だった。だが、少なくともヘッセに関しては、臨川書店から出されている全集よりは、遥かに良い訳だという自負は持っている。

次第に自分に掛ける負荷がどんどん大きくなっていった。

訳は進まず、日程は着実に近づく。

もう、訳詞のストックは全くないという限界に近付いた頃、”もちよる詩集”の会は、最終回を迎えた。正直ほっとした。

その時は、またIGさんが会を復活させる日の為に、着々と詩を訳しておこうと決心はしたのだ。

それから3ヶ月が過ぎた。この3ヶ月の間、私は詩を全く訳していない。それどころか、詩を読む事もやめてしまっている。

“もちよる詩集”の会が行われていた頃、私の机の左側には、詩集の高い塔が出来ていた。最終回を迎えた頃、私はそれを全て、本棚に戻していたのだ。

これではいかんなぁ…。そう感じた今日、久し振りにリルケの詩集を本棚から取り出した。「オルフォイスに寄せるソネット」を読んだ。

やはり美しい。

週にひとつでは多過ぎるかも知れない。だったら月にひとつでも、着実に詩を訳す作業を復活させようと、心密かに決心した。

材料は幾らでもある。困ったらGutenberg Projectを開けば、古典は幾らでも転がっている。後はやるだけだ。

かつて、詩を一緒に訳していた友人もいた。”もちよる詩集”の会もあった。それが今は、完全に独りだ。だが地質学をやっている頃も、私は完全に独りだった。それが私の基本的な姿勢の筈だ。私なら出来る!

またブログにゲーテやヘッセやリルケ。そして出来るならアルチュール・ランボーやマラルメを力づくで訳して載せてゆこう。

詩を翻訳する事は、事実上の不可能に挑む事だ。詩は、他の言語に移し替え出来ない。それを十分私は知っている。私は訳す作業の必然として、海外の詩を読み、味わわなければならない。逆に言えばそれが出来るという事だ。

誰の為でもなく、私の為に訳すのだ。

それが趣味というものの醍醐味だろう。

20230228

マザーツリー

著者スザンヌ・シマードは、森の木を伐って生きる木こりの一族の末裔として生を受けた。その意味では、あらかじめ森に身を置く存在だったと言えるだろう。それは、森の秘密を、誰よりも身近に感じながら育って来たとも言えるのではないだろうか?

長じてスザンヌ・シマードは、ブリティッシュコロンビア大学の森林学部で、森林生態学の研究を行う研究者となる。


彼女は研究を続ける中で、森の木々が根に宿る菌根菌のネットワークを通じて、炭素のやりとりをしている事に気付く。

それは、森の生態系が、競争の原理のみに従って、存在している筈だという、従来の見方を、根底から覆すものだった。

それは何を意味するのか?

森の木々は、ただ単に単独で、他と競走しながら生きているのではなく、互いに繋がり合いながら、共生して、助け合いながら生きている事を示す。

つまり、森の木々は、他とコミュニケートし、判断し、決定しながら生きているのだ。

即ち森の木々は、知性を持っている。

これは従来からの森の見方を根底から一変させる大発見だった。

しかしスザンヌ・シマードは、先住民たちが、その森の秘密を、既に知っていた事を知って驚く。森に棲む者は、森の秘密に気付かざるを得ないのだ。

それに気付いて行く過程は、本を読んでいて、震えが来る程熱く、感動的ですらある。

更に彼女は研究を進め、森の大きな木は、その子孫の木を、家族として認識している事を証明する。彼女はその大きな木をマザーツリーと呼ぶ様になる。

森はただ単に、沢山の木が集まったものではなく、マザーツリーを核として、複雑系とも言える張り巡らされたネットワークで繋がり合い、助け合う巨大なひとつの知性として存在している事を明らかにして行く。

本書は「森に隠された「知性」をめぐる冒険」という副題が付けられている。

彼女が森の秘密に気付いて行く過程は、知的冒険であると同時に、熊に襲われたり、傷だらけになって山々を駆けずり回る、真の冒険でもあった事が記されている。

そうなのだ。私も地質学を学ぶ過程で、さんざ山に籠った事があるので分かるのだが、フィールドサイエンスは、自らの身体を、もろに自然に晒し、向かい合う冒険の要素が、どうしても付き纏うのだ。

科学雑誌『Nature』は、彼女が発見した森のネットワークを「ウッド・ワイド・ウェブ」と名付ける。

コンピューターがケーブルや電波でつながっているのとは違い、森の木々をつないでいるのは菌根菌だ。古い大きな木がいちばん大きなコミュニケーションのハブ、小さな木はそれほど忙しくないノードであり、それらが菌類によってつながってメッセージをやり取りしている。

だが、彼女が森の見方を変革して行く過程は、必ずしも平坦なものではなかった。学会の古老との対立、離婚、そして自らの癌の発症。彼女の行手には幾重にも困難が待ち受けていた。

この本の感想として、科学ではないというものが幾つか散見された。確かに論文とは異なる文章ではある。だが、私は科学ではないという立場を取りたくない。それは、巻末に引用されている、夥しい参考文献のリストを読めば分かると考える。

彼女は、彼女の独断を本にしているのではない。彼女が辿り着いたのは、多くの共同研究者の成果を含んだ、科学者たちの共同作業の結果なのだ。参考文献をその表題だけでも読んでみれば、十分な程の否定可能性を帯びた記載である事が分かると思う。

ただ、スザンヌ・シマードが、この本に書いた事柄は、科学を超えたものを含んでいる事は確かだと思う。

科学的な論文に仕上げて行く上で、多くの気付きや発想を、無念の歯軋りを伴いながら削らざるを得ない現実がある事を私は知っている。彼女は、自分の中にある科学からはみ出すものを、この本の中に敢えて含ませたのだと思う。

科学者は何よりも先ず人間である。その人間としての存在が、科学からはみ出すものを持つのは、むしろ当然だと思う。

それ故に、この本は森の秘密を解き明かす科学書という存在を超え、スザンヌ・シマードという人間の、唯一性を含んだ、貴重な自叙伝ともなっている。

この本を読んで、そこにドラマチックなものを感じるとしたら、むしろそのはみ出すものを読み解くところにあるのだとも思っている。

私はこの本を読んで、森の見方を超えて、自然の見方自体が大きく音を立てて揺らぐのを感じた。私にとってこの本は、とても貴重な存在になると確信している。

20230226

りんごの湯

先月、1月24日に猛吹雪があった。まるでツルゲーネフの小説に出て来る様な地吹雪で、その荒れ様は、今迄に経験した事がないレベルだった。

その翌日、風呂を沸かそうと思って、風呂釜の点火を試みたのだが、全く点かない。それどころか、風呂釜の内部で、水音らしい雑音が鳴る。これは前日の猛風吹きで、風呂釜が凍ったのだと判断し、ガス屋さんを呼んだ。

どうやら同じ様な用件で、方々から悲鳴が寄せられているらしい。

その時は

「大丈夫です、ひと月と掛かるような事はありません」

との返事だった。

風呂釜の交換が決まった。

その日から、外湯巡りの入浴行脚が始まった。

最初のうちは、方々の温泉や公衆浴場を模索していたのだが、料金の安さと設備の充実振り、そして、浴場の広さという観点から、豊野温泉りんごの湯に、対象は絞られて行った。

長くて2週間という最初の展望は、虚しくも外れ、一昨日になってようやく3月1日に、新しい風呂釜が入るという話が決まった。

今日、2月26日、それが本当なら最後になる筈の、外湯巡りに行って来た。勿論、行ったのはりんごの湯だ。ひと月以上続いた事になる。


朝方は雪が降り、少し積もる様な天候だった。だが、その雪も次第に止み、りんごの湯に向かう頃には、青空も拡がり始めていた。

日曜日という事もあるのか、男湯はかなり混んでいた。(女湯はがら空きだった様だ)。女房殿は、やる事が沢山あると言っていたが、私はそれ程ない。身体を洗って、湯船に浸かるだけだ。

今日は、予てから決めてあったのだが、普段は入らない、露天風呂に浸かってみることにした。外気が浴場に入らないように、露天風呂への扉は二重になっている。その外につながる扉を開けると、外の冷たい寒気が肌を刺した。

案の定、露天風呂も混んでいた。だが入れない程ではない。浸かると身体は暖まり、頭は冷え、なかなか気持ちが良かった。そのうちに、枕のある寝て入る浴場も空き、そこに移動。横になって、空を見上げると、青空に白い雲が浮かび、どことなく春を感じさせる空が見えた。

落ち着いて辺りを見回すと、露天風呂にも時計がある事が分かった。15分を目処に露天風呂に入り、その後、また浴場の湯に浸かろうと決心した。

思えば、ここに通ったひと月余りの間に、色々な事があった。女湯で客が湯船の中で気を失い、救急隊が駆けつけた事もあった。

それらの日々も、過去になり、ここりんごの湯に来なくてはならない日も、今日が最後になる。露天風呂で、空を見上げながら、私はこのひと月余りの事を、どこか懐かしい思い出の様に、思い巡らしていた。

3月からは、家で入浴する日々が復活する。もう、朝からあたふたと入浴の準備に追われる事も無くなるのだ。私たちはもう、入浴難民ではない。それは便利な事。だが、温泉も偶には良いものだ。家で入浴する様になってからも、機会を見つけて、またりんごの湯に入りに来よう。私は密かにそう決めていた。

女房殿は、今日もまた、上がる約束の時間に5分遅れた。

20230106

ぼくは上陸している

私は昨年の4月16日に『ダーウィン以来・上』を開いている。スティーヴン・ジェイ・グールドの進化論エセーの最初の巻だ。それから10ヶ月、図書館から毎月1作品2冊を借りて、読み進めて来た。昨日その最終巻『ぼくは上陸している・下』を読了した。スティーヴン・ジェイ・グールドのエセー集10作品20冊を、全て読破した事になる。


これらのエセー集を読むのは、初めてではない。日本語訳が刊行される度に、それを待つように購入して、貪るように読んでいた。今回は、全作品を、一気に通読する事に、主眼を置いていた。

2度目なので、もう目新しさはないだろうと予想していたのだが、新しい発見は十分にあった。中でも、進化論に対する私の誤解を、このエセー集によって幾つも正されたのは、有り難かったが、恥ずかしくもあった。もう20年以上も前に一度、それらの誤解から、解き放たれていた筈だったのだ。私は何度も同じ誤解に引き寄せられる傾向を持っていたのだろう。


私の進化論はダーウィニズムと言うよりむしろラマルキズムであって、それはもう100年以上前に、葬り去られた考え方なのだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドは、取るに足りない様な些事に、いつも着目する。そこから世界を拡げていって、ダーウィニズム(と言うより総合説)がいかに妥当なものであるかを丁寧に論じてゆく。それがこれらのエセー集の醍醐味のひとつになっている。

そしてこれらのエセー集のもうひとつの醍醐味は、人物の評伝の巧さにあると思う。

今回も、何人もの科学者が、グールドの綿密な文献調査と語りによって、その全体像、魅力、教訓を明らかにされていた。

それらの対象人物に、グールドは限りない愛情を注ぐ。彼らをグールドは現在の視点、知識を基盤に評価する間違いを犯さない。グールドは常にその時代の人を評価するのに、その時代の視点に降りてゆく。

その度に私は、歴史を観るに当たって、取るべき重要な姿勢を教授された。

また、話の枕に使われる、オペレッタ、詩篇、評論の、守備範囲の広さにも、いつも驚愕させられる。並の蘊蓄ではない。凄じい知識量だ。

いつも残念に思うのは、グールドのエセーに度々登場するギルバートとサリヴァンのオペレッタを、私は全く知らないという事だ。知らなくても、それらのエセーを読むには差し障りはないが、知っていれば、グールドのエセーをもっと楽しめるだろうと想像するからだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドの10作品20冊のエセー集を、かつて私は私蔵していた。それはこのブログにも書かれている。だが、引っ越しの際、手狭になる新環境に合わせて、図書館にある本は全て売ることにした。グールドのエセー集も手放した。苦渋の選択だった。その為、今回の再読で、図書館を利用する事になったのだが、どうなのだろう?本を持っていたら、私はこれらのエセー集を、一気読みで再読することはなかったのではないだろうか?

エセーの中で、グールドが前作を参照している箇所に出会う度に、私は呻吟した。その本が手元にないからだ。だが、それを除けば、グールドのエセー集を、全て持っていなくても、十分楽しめた。

スティーヴン・ジェイ・グールドは、このエセー集を2001年9月11日の事件で閉じている。それは、彼の祖父が「ぼくは上陸している」と記してから、ちょうど100年後の出来事であった。ミレニアムに合わせて、グールドがそのエセー集の連載を終了させる事は、事前から決められていた事であったが、グールド自身も、この終了の仕方は、全く予期していなかったものだったのではないだろうか?

『ぼくは上陸している・下』を読み終え、本棚に戻した時、私は言いようのない強い感慨に包まれた。取りも直さず、私はこれらのエセー集と10ヶ月という月日を共にしたのだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドのエセーは、決して読み易いものではない。特に事前に進化論についてのある程度の知識と考えを持っていなければ、その読書は苦しいものになるだろう。スティーヴン・ジェイ・グールドは、決して片手間に、これらのエセーを書いているのではないからだ。彼は学術論文を書くのに匹敵する姿勢で、これらのエセー群を書いている。ひとつひとつのエセーが、まさに真剣勝負なのだ。

私は10ヶ月間、これらのエセー群とまともに格闘した。そして、その全てを読み終えた今、私はそれらの読書体験が、私の中で貴重な財産に変化しているのを、はっきりと感じるのだ。

私の中で、10作品20冊のエセー群は、確かな存在として、特別な本として、ずっしりとした重さを持ったものになって煌めいている。