石田憲『ファシズムの同時代性ー誘惑するナショナリズム』
ファシズムの語源がイタリアにある事は知っている。そして日本のファシズムを語る上で、日独伊三国同盟は欠かせない。
だが、ドイツに関しては、知り過ぎている程知っているにも関わらず、事イタリアのファシズムは具体的にどの様なものだったのかと問われると、答えに窮する。
知らないのだ。
本書の著者石田憲は、イタリアのファシズムが専門らしい。題名を見て、もっとファシズム一般に関する本ではないかと当たりを付けていた私にも、読み始めてすぐその事を理解出来た。
むしろ渡りに船だ。
一定のテーマの下に、体系的に書かれた本ではなく、それぞれの論文は、独自に発表され、それを独立したまま纏められたのが、本書の成り立ちである様だ。
今迄の無知からの反動も大きかったのだが、本書に書かれている内容の詳細さに圧倒され、それで読み終えるのに時間が掛かった。
ムッソリーニ以下のサブリーダーたちの履歴に至る迄、事細かく調べ上げてある。
重要な事は、繰り返し述べられている。
どうやらイタリアのファシズムにとって、メルクマールとなるのはエチオピア戦争らしい。
それが如何なる経緯で開始され、どの様な経緯を辿ったのか。それを詳しく知る事が出来た。そして、日本同様に、イタリアでも「過去の克服」はドイツ程には行われていない事も理解した。イタリアの政局で、現在でも時々、右派政権が実権を握る事があるのは、だからだろう。
描いているのが日本の研究者だからだろう。日本も時々顔を出す。だが、全体の流れからは独立しており、異質礫の様に坐りが悪い。
どうやらイタリアの現状を、日本に引き合わせて、日本のこれからを占う材料にしようとする意図があるらしい。
これに関しては、書き方が失敗だと言うしかない。
だが、意を汲む事は出来る。
日本でも、右派は台頭して来ている。それに対し、必要なのは過去の失敗を、丹念に振り返る事だろう。
その意図を持ってこの本を読めば、考察材料はふんだんに用意されていると言える。
イタリアのファシズムは殆ど忘れられている。日本のファシズムもその道を辿るかも知れない。
その為の材料としては、この本は十分に応えてくれるだろう。










