木村茂光『日本中世の畠作と雑穀─「水田中心史観」批判』。
緻密な論考である。
さして強い動機も論拠もなく、私は「水田中心史観」を信じて来た。本書はその「誤った思い込み」を一刀の下に両断してくれた。まさに目から鱗の本である。
筆者によれば、日本の農業が本格的に稲作一辺倒になったのは列島改造以後の現象であり、それ迄は地域によって差こそあれ、水田と畠はほぼ等しい面積で、農業が営まれていたらしい。
だが、それでなくても中世の日本の農業は水田を中心に語られることが多かった。その理由として、筆者は稲以外の農産物に関する、歴史的資料が少なかった事を挙げている。税収が稲を中心に計算されていたからだと言う。
だが、その気になって探せば、稲に遜色ない面積で畠地が拡がり、そこでは多くの作物が実り、人々の生活を支えていた事実が浮かび上がる。
筆者は何故「その気に」なったのか?
筆者は網野善彦氏の「水田中心史観」批判に影響された事を明確に認めている。しかし網野氏の「水田中心史観」批判は、農民以外の人々、「職人」や「職能民」に光を当てるものであり、稲以外の農産物を作っていた農民の姿は相変わらず描かれなかった。筆者の「水田中心史観」批判は、この「網野氏の「水田中心史観」批判」の批判でもある。
本書で筆者は、具体的な史料を挙げる事によって、日本の歴史の中で営まれていた、多様な諸稼ぎを描き出す。
それと同時に、同様な問題意識を共有する諸研究者の成果を紹介する事で、「水田中心史観」批判が、歴史学の流れの中で、大きな潮流になっている事も描き出す。
歴史学者の間では、「水田中心史観」批判は常識になっている様だ。
そこで思い出すのだ。最近の「令和の米騒動」は、まさに「水田中心史観」そのものの姿では無かったろうかと。
稲作一辺倒を列島改造以来推し進めて来た官僚が、異様に米の大暴落を恐れるのは、その自らの政策を批判されたくないと言う、その一心なのではないかと。
しかし、高校以来理科系を志向して来た私は、日本史を選択しておらず、本書を読むのも一苦労な有様だった。
本書は、参考文献を豊富に紹介しており、その殆どは図書館にある事を知った。これを機会に、もう少し歴史学を学んでみようと決心した。









