フアン・カルロス・ケサダス『1934lkm国境を越えて』。
3934kmは主人公ネコが国境を越える迄に旅した距離の総計。
旅の殆どを支配しているのは、想像を絶する、過酷な運命だ。
多くのラテン・アメリカの人々がより良い未来を求めて合衆国を目指して過酷な旅に身を投じている。彼らの殆どは危険を承知で国境を越えた「書類のない」移民だ。
著者フアン・カルロス・ケサダスは述べる。
まだ九歳か十歳のイレーネをこれほどの暴力下に置くのはさすがに行き過ぎではないかと思った。そこで筆を止め、移民の子どもたちの現実がどのようなものか調べてみた。そして胸が張り裂けるような思いになった。僕が書いたもののほうが、むしろ控えめだったのだ。
読者は、ここを出発点にこの本を読まねばならない。
この本の主人公マリア・イレーネ・マダリアガ・マダリアガ通称ネコはラッキーな方なのだ。
私たちは、と言うより私は、移民の実際を殆ど知らない。そしてそれ故に時に理不尽な差別意識を抱いて彼らを見る。
この本に書かれているネコの物語を要約することは私には出来ない。まだ少女期が始まったばかりと言える年齢の彼女らの置かれている状況は、極めて過酷で高密度な削る余地のない時間の集傀なのだ。
彼女らは身の安全を期する為に昼間樹の上で眠り夜歩く。彼女らが常に追われている存在だからだ。
そしてナイフにバートという名前をつけ肌身離さず持ち歩く。
警戒している事。攻撃的である事。それが彼女らの基本姿勢になる。
殆どの人々から追われている様な生活。私たちにはそれを想像する生地があるだろうか?
時に、味方してくれる人も居る。彼らは「身に覚えのある」人々だ。
この本に、ハッピーエンドを期待する方々にはこの本はお勧めしない。確かにラッキーにも彼女らは数々の助けにも力を借りて国境越えに成功する。だがそこで苦労は終わる訳ではあるまい。彼女らを待ち受けているのは、また別種類の苦難なのだ。
私たちは彼女らを味方する側に身を置いていない。彼女らを追う側に、安住している。








