20260414

大地の五億年

藤井一至『大地の五億年─せめぎあう土と生き物たち』。

プレパラートを顕微鏡で覗き、僅かにピントをずらしてみる。そうすると同じプレパラートとは思えない程、多様な、変化に富んだ、思いがけない景色に出逢うことが出来る。

この本を読んで、同じような目眩き思いを体験出来た。


見ているのは地球であり、景色であり、日常である。けれど「土」にピントを合わせて、それらを観察している。

驚いた。

同じ日常が、これほど迄にかと思う程、普段とは違った景色に見えて来る。

大学で、土壌学の講座は受講していた。

なので、土壌学の基礎知識は、ある程度持っていた。だが、この本で体験出来た、土のミラクルワールドは、ついぞ体験した事のない魅力に溢れていた。

土は地球にしかない。

それは確かな、単純な事実。

だが、それを改めて大上段から振り下ろされるように語られると、今迄気付いていなかった事実を突き付けられているような、新鮮な驚きがあった。

その地球ですら、5億年前迄は、土は存在しなかったのだ。

山ばかり歩いて来た。

だが、私の興味の対象にあったのは、まず岩石であり、次にそこで生きる動植物たちであった。土は、岩石を隠してしまう、むしろ邪魔な存在であり、私は、そして私たち地質屋はそれをはぎ取ってしまいたいという欲求すら抱いていた。

土壌学も履修していながら、私は土に目を向ける事もなく、それを無視して、山を歩いていたのだ。

なので、映画や写真で、プリンス・エドワード島の赤い土を見ても、別段それを不思議にも思わず、当たり前の事として、見過ごしていた。

著者はそれを奇妙な事と喝破し、プレート・テクトニクスの仕業である事を見抜く。

本書には、かくの如く言われてみれば当たり前だが、今迄考えても見なかった事実に溢れかえっている。

読み終えて、最初に私が感じたのは、著者が、この本では、まだ語り切れなかった多くの事柄を抱えているのだろうな…という事だった。

それを裏付けるように、著者はその後も何冊も土壌の本を物にしている。

この本は、私の土に対する好奇心に、見事にヒットした。著者の他の本も、これからどんどん読んでゆく心算だ。

20260412

新Kindle

8日、amazonからメールがあった。

対象端末をお持ちのお客様へと題されたもので、それが私に当てはまるようだった。

2012年に日本で発売されたKindle端末のサポートを、2026年5月20日に終了いたしますとの事。

確かに私は2012年にKindleを買い、それを今迄使って来た。向こうにはそうした個人情報も、きちんと把握されているのだ。恐ろしいと言えば恐ろしい。

14年になる。

最近は、新しく電子書籍を購入しても、その表紙が表示されなくなって来ていた。

だが丁寧に使用して来たのだ。まだ本文を読むのに支障はない。充電もきちんと終了する。

あと数年は使うつもりでいた。

だが最後通牒は向こうからやって来た。

追加の電子書籍の購入、ダウンロードは出来なくなると言う。

続けて読むと、新たにKindleを購入する際に使える20%割引クーポンが付与されるとある。

これが区切りだ。そう思った。2割引で買えるとは、悪い話ではない。

amazonのサイトで端末を探し、Kindle Paperwhiteとカヴァー、保護フィルムがセットになっている商品を、その日のうちに選択した。

私はいざと言う時、決断が早い。

翌日注文。

翌々日の10日、夕刻に新Kindleは届いた。


端末を持って、最初にびっくりしたのは、その軽さだ。古い端末に比べ、一瞬で分かる程、明らかに軽くなっている。加えて、既に充電された状態で届いたのには驚かされた。

パスワードの入力に手間取りながらも、WiFiにちゃんと接続。

幾つかの設定をした後、ライブラリを呼び出した。

大丈夫、古い端末で欠けていた表紙も、ちゃんと表示されている。

次に驚いたのはその動作の軽さだ。

古い端末では、電子書籍を開く時など、一瞬の溜めがあったのだが、それがなく、実にキビキビと動いてくれる。流石に14年の進歩は伊達ではない。

サーヴィスはそれだけではなかった。

新端末が届いた時来たメールには、2,000円分の書籍割引クーポンが付与されていた。それにKindleを購入した時のポイントを加えれば、かなりの額になる。

夢は一気に膨らんだ。

気を落ち着かせる為に珈琲を淹れ、新Kindleで最初にした事は、リルケ詩集を開く事だった。


20260404

鸚鵡籠中記

『清左衛門残日録』という、NHKの時代劇だったと記憶している。舞台装置や衣装の色にまで気を配った丁寧な造りだった。その原典としてクレジットされていた事から、この作品の存在を知った。

『摘録鸚鵡籠中記・元禄武士の日記』。


題名は、籠の中の鸚鵡が、人の声を真似るように、見聞した事柄をそのままに記したものという意味が込められているらしい。

読み始めて、事件に次ぐ事件の連続に、江戸時代という時代は何と物騒な時代だったのだろうかと思ってしまった。毎月の様に、刃傷沙汰が起きている。


摘録である。

事件があった日の記録を抜き書きしてあるのだから、事件が相次いでいる様に感じるのも仕方なかろう。現代も、同じくらいの頻度で、事件は起きている。

元禄四年の記述から、巻之一と明記される。

この辺りから、この本は、俄然面白くなって来る。

著者朝日重章の、旺盛な好奇心には恐れ入る。

心動かされた事を手当たり次第記録している。

中には理に叶わない怪しげな情報もある。

元禄武士の日記と謳われているが、俎に乗せられるのは元禄時代に限らない。貞享年間から始まり、元禄、宝永、正徳、享保と、長きに渡って記録は続けられている。

公私共に、多事だった事が伺われる。

この記録の中には、当然の様に、地震、噴火、大火事などの様子が綴られている。それらの記録は、詳細を極めている。

当然一級の史料としての価値もある。

だが、旺盛な好奇心は、時として事実の裏付けを伴わない。玉石混交様々な情報が詰め込まれている。

つまり情報通である。江戸に住んでいながら、名古屋や北陸の事件についても、同じ比重で日記されている。

一体著者はどの様にして、これらの情報を得ていたのだろうかと気に掛かる。

謎だ。

20260327

文体の舵をとれ

丁寧な指南書だと思う。但し中・上級者向け。

対象となる読者は、語りの文体の基礎練習として考え方や論点や練習問題を求める、物語の書き手たちである。

とある。


豊富な引用と練習問題が用意されている。だがその練習問題、かなりレベルが高いのだ。

片端からトライしてみたが、正直言って満足出来る解答を得たと自負出来るものは極めて少なかった。

論点は

・言葉のひびき

・句読点、構文、語りの文と段落

・リズムと繰り返し表現

・形容詞と副詞

・動詞の時制と人称

・語りの声(ヴォイス)と視点(POV)

・直接言わずに語ること、どれだけの情報を伝えるか

・詰め込み、跳躍、焦点、制御

どれも書く上で重要な要素だが、これは文章を読む上でも十分に参考になる視点であり、論点だと感じた。非常に参考になった。

少なくとも今迄無自覚に近かった文章に対する姿勢が正され、書く事、読む事に一大革命をもたらせてくれた。この本を読む前と読んだ後で私の書き方・読み方は大きく変わった。

残念だったのは、この本を独りで読まねばならなかった事だ。

ワークショップを念頭に書かれている。

それ故、回答者は仲間と互いに論評し、議論する事が求められている。

今回、それは叶わなかった。

そうしたワークショップを体験できれば、参加者は格段に進歩する事が出来るだろう。

年単位で読書会を企画し、読み込みと実践を試みるには適したテキストだと思う。

この本をきっかけにして、最も変わったのは、自分の文章を、声に出して読む習慣が出来た事だ。それをする事によって、自分の文章のひびきに対して、驚く程自覚的になれた。

読み終えて、まず最初にした事は、H.Hesseの詩を、朗読する事だった。

20260322

ミステリーストーン

いきなりモルダヴァイトである。

私は地質学を専攻した。その私が知らない鉱物だ。

尤も私の地質学は鉱物が専門ではない。私の専門は砂や礫(小石)である。だが、それでも一通りの地質調査は必須であり、鉱物学や岩石学も履修した。素人より知識はあるという自負はあった。

趣味の人たちの知識量を舐めていた訳ではない。大したものがある。例えば恐竜についてなどは、好きな小学生の知識にとんと追い付かない。

だが、素人の知識は、最初のうちは見知った鉱物名から始まるものと考えていた。


徳井いつこさんのエセーは、子どもの頃の思い出から、いきなりモルダヴァイトに飛んだ。

どうやらテクタイト(隕石が地球に激突した時に出来る天然ガラス)の一種らしい。旧チェコスロバキアのモルダウ地方で採れる事からこの名が付いたと言う。

このモルダヴァイト、確かに魅力的なテクタイトの様だ。

普通テクタイトは黒色だ。だがこのモルダヴァイトだけは、地球上で唯一緑色を呈しているとの事だった。

いきなりのモルダヴァイトの衝撃から、私は一気にこの本に夢中になった。

人間と鉱物がいかに関わり合いを持って来たかが書かれている。

そうなのだ。

専門家になってしまって、つい忘れてしまうのだが、私も子どもの頃、石が持つ何とも言えない感触や、視覚的魅力など、石自身が醸す「いい感じ」に魅せられ、そこから石に夢中になったのだ。

話はそこから、石に魅せられた著名人に向かう。ゲーテや宮沢賢治、そしてカイヨワは知っていたが、ユングが石から強いインスピレーションを得ていた事は知らなかった。

徳井いつこさんは、それらをしっとりした透明感のある語り口で、そっと私に語り掛けてくれる。お蔭で私は、石が趣味だった遠い昔の自分の感覚を取り戻し、しみじみとした想いに浸る事が出来た。あれから、もうとてつもなく遠いところまで、私は旅をしてしまった。だが、あの頃の情熱は、いまだに私の身体の中心で燃えている。

この本を読んで、私はその事を再確認出来た。

尚、本書は、『夢見る石』と改題され、最近新装出版されている。そちらの題名の方が、入手し易いかも知れない。

20260306

孤独

宮崎智之編『精選日本随筆選集 孤独』。

随筆復興だと言う。鼻息が荒い。

だが、随筆に力瘤が入っているだけあって、その審美眼は確かなものがある。このアンソロジーに含まれた随筆は、どれも高水準で読み応えがある。


選ばれた作家は、全て既知の書き手だったが、既読のものはひとつもなかった。

通読して感じたのは、良い文章には一貫した独特の香りの様なものが存在するという事だった。単調でなく、それでいて複雑すぎないリズムの様なもの。それに身を任せていると、いつの間にか、見知らぬ高みに招かれる様な文章たちなのだ。

随筆の筆者に参入する事は容易い事だ。だが、ここに示された水準に達するのは、並大抵の事ではない。永い人生の風雪に晒され、鍛え上げられた芳醇な土壌がそこにある。

一貫して流れるテーマは孤独。だがそこに寂しくうらぶれた影は存在しない。与えられた孤独を通して、己が人生を見詰め直す深い洞察力が確かに存在する。

その存在を見逃すまいとして、文章を味わいながら読んだので、予想より遥かに読了までに費やした時間は多くなった。

だが、それだけの甲斐はあったと感じている。

良い随筆に費やす時間は、風雅な時の流れだ。

20260216

恐竜学

記念碑的な論集である。

学部生だった頃、恐竜の研究が、進みつつあるのを、何となく感じていた。だが、その頃は、恐竜の研究に生涯を捧げる者も身近におらず、日本にも、恐竜研究者はさほど誕生していなかった。

その頃と比べると、隔世の感がある。


編者の小林快次さんは、言わば日本の恐竜研究者のスター的存在であり、現在に至る迄、牽引的な役割を一手に引き受けて来た。

この論集が出されたのは、日本人の手による恐竜研究の本が、そろそろ書かれても良い頃だと、感じられたからだと言う。それだけ、日本人の恐竜研究者の裾野が拡がって来ているのだろう。

日本での恐竜発見のニュースも、以前とは段違いに多くなっている。

だが、よもやここ迄研究が進んでいるとは思わなかった。

想像していたより、遙かに定量的、理論的、そして学際的に恐竜研究は進んでいた事を、この論集で思う存分知らされた。

第I部の「進化と歴史」でまず、度肝を抜かれた。

恐竜の分類と進化の過程が、実に詳細に、幅広く述べられているのだ。

恐竜類の系統樹も、詳細に、連続的に描かれていた。

その根拠も、想像していた定性的な推論によるのではなく、定量的、論理的に分類がなされていた。それが分かったのは、再読した後の事で、最初は、図に示された恐竜の種類を追うのに精一杯で、登場する恐竜の多さに溺れていた。

成程なと思わされたのは、鳥類も恐竜の進化と歴史の一部として記載されている事で、考えてみると当たり前の事なのだが、それが当たり前のように書かれている事に、時代を感じてしまった。

恐竜から鳥への進化の過程も、以前は始祖鳥に代表される、点的な描写だった事が、間を埋める標本の発見の充実振りから、線として追跡可能になっており、ひどく驚かされた。

研究の視野は、恐竜の生理・生態から色・姿勢の復元にも及んでおり、それが単なる想像ではなく、幅広い根拠と論理的な類推に裏付けられている事を知った。

それぞれの記載には、現在の研究の到達点と、今後の課題が付せられており、この分野が今後もっと発展してゆくものである事を、実感として理解出来た。

今回は都合3回読破したが、正直言ってまだ十分に理解出来たとは言い難いものを感じている。本来ならば手元に置いておきたい本だが、その資金がないので、今後も折を見て、図書館から借りて読んで行こうと思っている。

その価値が十分過ぎる程ある論集だ。