20220827

読書メーター

先週から、今迄使うのを避けていた読書メーターを導入する事にした。

基本、ブログとInstagramに読んだ本について上げる事にしていた。だが、本を読むペースが落ちて来て、図書館から借りている本を、とにかく読む事という事を優先し始めたら、なかなかブログには上げられなくなってしまった。これでは読書の記録が殆ど残らなくなってしまう。何等かの形で残さねば。そう考えて、導入に踏み切ったのだ。

pushucaで登録している。


最初はtwitterとの連携の仕方も分からず、右往左往するばかりだったが、1週間使い続けたら、設定の仕方も分かり、何となく、コツが掴めてきた。

まだ5人しかフォローしていない。読んだ本も5冊しかない。それでも今迄twitterと三中信宏さんの日録からしか入って来なかった本の情報の経路に、新たにもうひとつが加わった。

フォローする人は敢えて、余り増やさない様にしている。

特殊な名前で登録している人が多く、なかなか目当ての人が見つからない。

また、私は読書傾向が余り一般的ではない。その事は薄々気が付いている。手当たり次第増やしても、読まないであろう本を沢山紹介されても、どうしようもない。

困っているのは、今読んでいるスティーヴン・ジェイ・グールドの進化論エセー集のような本を登録した場合など、本の内容が多岐に渡っていると、短かな文章で、感想を纏める事が難しい事だ。

だがこれは上げる対象がブログであっても同じ事で、どうせ簡潔には纏められそうにない。読書メーターには読んだ本として追加するという機能もあるので、そこに上げておく事にしている。これはなかなか便利だ。

驚いたのは『がんばれカミナリ竜』が、登録されている本のデータとして、上がっていなかった事だ。仕方なく、オリジナル本として登録し直した。読んだ本の書影を全てスキャンしてあったのが役に立った。

今のところ私は1日に72ページのペースで本を読んでいるらしく、8月の読書量も1947ページに及んでいる様だ。思ったよりかなりハイペースで読んでいる。

本を読むペースが遅くなってしまったのには困っている。最初の頃1日に1冊のペースで読んでいたスティーヴン・ジェイ・グールドの進化論エセーも、1日に2章を読むのが精一杯になってしまった。これでは県立・市立両図書館から借りている、月に10冊の本も、読み切る事がなかなかできなくなってしまっている。

盛夏のうちは、暑さの為に読めないと思っていたが、少し暑さが緩んでも、本を読むペースは上がらない。

読書メーターに、手を出して来なかった理由は、本を読む動機が、アプリに上げる事になったらつまらないと思って来たからだ。

今のところ読書メーターは、純粋な読書記録であり、読書の動機にはなっていない。

少しほっとするが、気を緩めるとすぐに本末転倒するのが私の常だ。気を付けたい。

20220817

そろそろ『晩夏』の時期だ

西から大雨をもたらす雨雲が近づいている。秋雨前線の雨だという。

立秋はとうの昔に過ぎ、夜にはコオロギの声も聞こえ始めた。秋の気配が確実に近づいている。だが昼間はまだ暑く、蝉の声も絶えない。

そろそろアレの出番かと思い、本棚から引っ張り出して来た。

アレというのはアーダルベルト・シュティフターの『晩夏』のことである。


夏の終わりにアーダルベルト・シュティフターの『晩夏』を読み、真冬に鈴木牧之の『北越雪譜』を紐解く。そうした習慣が出来てから10年が経つ。

余りに暑かったので、出遅れの感があるが、そろそろ『晩夏』を読み始めないと本格的な秋になってしまいそうだ。


暑さと鬱で余り本を読む事が出来ずにいる。

今読んでいるのはスティーヴン・ジェイ・グールドの『がんばれカミナリ竜』だ。進化論をめぐるエセー集も第5集目に入った。

第1集の『ダーウィン以来』の頃は上下巻を2日で読んでいた筈なのだが、この頃は2週間位掛かる。グールドの責任ではない。むしろエセーは日増しに洗練され、筆致は鋭くなっている。読み進めるのが遅くなっているのは、主に私の側の問題だ。

エセー集を中断する事に不安はない。いつでも戻って来る事が出来るだろう。だが、本が読めない状態が続いている事に関しては、酷く不安を感じる。

『晩夏』をいつもの様に読む事が出来るだろうか?

案ずるより産むが易しと言う。実際に読み始めれば、どうにかなるだろう。そうした楽観も心のどこかにある。だから不安なく『晩夏』を本棚から引っ張り出して来る事が出来る。

かれこれ15回以上は読んでいる。読み始めても何か新しい事に出会えるとは思っていない。実際何も起こらない。

だが元々どれを読んでも同じような作風の作家だ。

かえって安心して読書を進める事が出来る。

物語はゆっくりと、急ぐ事なく、静かに進んで行く。私はその物語に心ゆく迄身を委ねるだけで良い。

この作品はトーマス・マンが

世界文学のなかでも最も奥深く、最も内密な大胆さを持ち、最も不思議な感動をあたえる。

と評した本である。

ニーチェも

再読三読に値する

と言っている。

この頃奇妙な緊張感に取り憑かれている。それが読書の足を引っ張る原因のひとつにもなってきた。このアーダルベルト・シュティフターの悠久な作品に浸る事で、その緊張感からも開放されるのではないか?そうした期待感も実は持っている。