20090525

肌寒い日曜日

上空に寒気が流れ込んでいると言う事で、天候は下り坂だとは思っていたが、朝から雨になるとは思わなかった。
しかしその雨も朝のうちに止み、天気は概ね曇り。

北からの風が吹き込んで来て、肌寒い。

つい2日前に、最低気温がようやく20℃を割ったと言う事が信じられない程の冷え込みだった。


ドイツ語の予習をしていて、妙にケバブが食べたくなった。番組の中に出て来たのだ。しかし長野でケバブを扱っている店はあるまいと諦めていた。
だが、女房殿がひとつくらいはある筈だと検索して、何と長野市内でケバブを食べたと言うサイトを見つけ出してくれた。

これは是非食べなければ!と出掛ける。


いつもの感覚で、店の近くにある駐車場に車を停めれば良いだろうと考えていたのだが、考えてみると、善光寺周辺では今御開帳という行事が行われており、しかも日曜日は屋台奉納というものがあり、交通規制だらけ。
ケバブを食べたと言う場所は歩行者天国になっていた。だが歩行者天国そのものに馴れていないのか、車道部には殆ど人は歩いておらず、歩道がやたらに混んでいる。


停めた駐車場からも近いと女房殿は言っていたのだが、そこには目指す店がない。
更に歩く。

いつまで経っても目的の店が姿を現さない。


諦め、偶然見付けたタイ料理の店に入る。ここは旨かった。贔屓にしてやろう。
しかし、気持ちの良いタイの音楽に聴き入っていると、突然屋台奉納のお囃子が外から飛び込んで来るのには参った。

そこを出ると、ぽつりぽつりと雨が落ちて来た。大急ぎで駐車場に戻る。


結局、日曜日の最高気温はケバブを探しまわっていた頃、12時41分の19.1℃。2日前の最低気温に遠く及ばない。
最低気温は朝05時42分の12.6℃だった。



今日はその寒さを少し引き摺り、晴れたと言うのに最高気温は14時06分の21.8℃。最低気温は03時03分の11.5℃だった。

無論長袖のシャツを着ている。

20090522

朝から暑い!

すっかり気温の記録の為のBlogになってしまった。


前線と低気圧に伴う雲が中部地方にやって来て、今日は朝から雨…の予報だったのだが、山に雲が付いている以外全くのピーカン。水やりにベランダに出たが、肌が日光に焼けるのが分かる様な気がした。

東京暮らしをしてしまったわたしには寝苦しくはなかったが、それでもタオルケット1枚で十分だった夜に気温が下がらず、最低気温は2時、5時、6時に記録された20.2℃。
この季節ではちょっとあり得ない数字だ。

気温はそこから上昇しつつあるので、予想最高気温まであと1℃。まだ8時なのだ。

外が明るすぎて、部屋の中が暗く感じる


強く暖かな南風が吹いている。

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午後になって雲が広がり、気温は下がった。昨日が暑かっただけにとても涼しく感じられた。
だが、4月の終わり頃迄は、朝方、寒いと感じる日が続いていた事を覚えている。このひと月の気温変化は、やはり激しい。


気象庁のサイトで調べてみると、今日の最低気温は2時25分に記録された19.5℃だった。とりあえず20℃を割ったのだ。

予想されていた最高気温は24℃との事だったが、10時に早くも夏日に突入し、最高気温は13時22分の26.9℃。予想気温がこれだけ違うのも最近では珍しい。

どちらも妙な時間に記録されている。

20090521

真夏日

19日の最高気温は結局26.0℃だった。昨日は28.4℃。しかしこの暑さのピークも昨日迄で今日は雲が広がり、気温は下がるものと思っていた。…昨日の夜迄は。前線に伴う雲が夜のうちに中部地方迄掛かって来ており、確かに星の姿は少なかった。

だが、その雲がむしろ落とし穴だったのかも知れない。最低気温が下がらない。5時の12.8℃。ここから今日の気温はぐんぐんと上がって行った。

アメダスデータでは11時の段階で27.1℃と夏日に突入した事が分かる。その前の10時の気温が23.1℃だったので、急上昇と言って良い。


植物達は大丈夫か?とベランダに出たところ、部屋の中より外の方が暑かった。土は乾いている。早速水やりをする。


そして14時。気温は目出たく30.0℃を記録した。梅雨入り前に真夏日になった。


植物達にも水をやったのだからと、熱いお茶を淹れて飲む。

お風呂にでも入ろうか?

20090519

今日の陽射しは昨日と違う

アメダスデータによると、昨日の最高気温は15時に記録された24.0℃だった。この時間の気温だけが少し突出していたので、いくら全国で最も標高が高い測候所、箱清水のデータであったとしても、盆地部でも夏日にはならなかったのだろう。

今日の朝の気温は昨日より明らかに低かった。4時に10.7℃。
半袖Tシャツの上に長袖を着てしまった。太陽が昇るや否やすぐ脱いでしまったけれども…。

しかしベランダに出て日に当たると、その陽射しが昨日とは全く異なる事に気が付く。肌がじりじりとひりつくような夏のそれだった。
9時の気温は19.2℃。昨日より低いが、殆ど同じ様なものか?

今日の最高気温は27℃と予想されている。完全な夏日だ。


毎日の様に一番先に啼き始めていた気の早い燕は、いつの間にか啼かなくなってしまっている。何かあったのだろうか?

しかし、朝は嬉しい程に鳥が啼いてくれる。
燕を始めとして、郭公、ウグイス、そして最近はホトトギスまで啼く。

この「うるささ」は東京では味わえないものだ。


山笑うの季節はいつの間にか過ぎ去り、むしろ山滴るの季節になっている事に気が付く。


春山澹冶而如笑
夏山蒼翠而如滴
秋山明淨而如粧
冬山慘淡而如睡
        ─『臥遊録』─

20090517

Mac復活!

雨が降り続いている。

昨日、電機屋さん迄Macを取りに行った。予想以上に速く修理は終わった。

冷静だったのはMacを受け取り、お昼にサンドウィッチを食べ、部屋に戻る迄だった。Macが無かった1週間、頭の中で様々なシチュエーションを描き、出来る限りのシミュレーションと準備はしておいた。

システム的な故障ではなく、メモリーケーブルなる訳の分からない部品に不具合が発生しており、その取り替えが必要と言われていたので、殆ど内部の個人的なデータやシェアウェアのソフトは諦めていた。

だが、データの取り出しはやってもらう事が出来ていたので、少しばかり期待していたのも事実だった。

戻って来て、Macを起動し、驚いた。カスタマイズした壁紙がそのまま出て来たからだ。

全てのシミュレーションと準備は無駄になった。それどころか18,000円もだして取り出してもらったデータも、自分でやれば100円も掛からない単なるバックアップになってしまった。


これは!と、あちこち見て回ると、故障する直前の状態がそのまま残っている事が分かった。もはや大騒ぎ。自分でも余りうるさいので閉口する程だ。

何故か慎重にWebにつなぎ、ブラウザを立ち上げた時は思わず笑ってしまった。クラッシュが起きた時に見ていたサイトが立ち上がって来たからだ。
なにもそこ迄故障した時の状態そのままを保つ必要は無かろう。

だが、機械としては親切心からそれをやっている訳ではない筈。しかし可笑しい。


兎に角、Macがそこにある事、そして滞り無く動く事が嬉しく、長い時間Macに触っていた。


この故障があった為、予定外に延びてしまった地域密着型SNS「N」への参加を、今日になって果たす。
遂に、事務局からは何の連絡も無かった。仕方なしにmixiで呼びかけて、招待状を送ってもらい、ようやく入る事が出来たのだ。

これでわたしが参加しているSNSはmixi、twitter、そしてN、と3つにもなってしまった。それぞれ性格が異なるので使い分けは簡単だが、それに加えて4つのBlogを抱え(休眠中の奴をそろそろ起こしてやらなければ)書く作業にはそれなりに時間を割かねばなるまい。…そうでもないか。

問題は語学の勉強だ。ドイツ語はどうにか例文を覚えるレベルを保っているが、フランス語に関しては殆ど付いて行けない状態が続いている。

昨日、待ち合わせの時間にフランス語の参考書に没頭し、少し遅刻してしまった事を考えると、それ程やる気にかげりが見えて来ている訳でもなさそうだ。
今学期の「テレビでフランス語」はレベルが高過ぎる。


一日置いて、Macの前に坐ると、あたかも、それが無かった日々が無かったように、まるで当たり前の様にMacがあり、わたしは昨日程興奮せずにそれに触っている。これはある意味で怖い馴れだと思う。

20090513

Mac依存

東風が強く、気温が上がらない。最高気温は17℃に達したのかどうか?これでは涼しいのではなく、寒い。

Twitterに書いてあるとおり(しかしフォローしてくれる人がいないなぁ…)Macが突然カーネルパニックという奴(らしいもの)を起こして、起動できなくなったのが9日。
どうやら「メモリーケーブル」という、これまた訳の分からないパーツが不具合を起こしており、これが原因だったらしい。こちらの責任ではないので何となく釈然としないがデータの取り出しを含めて4万5千円也を支払う事となった。大変痛い。

いろいろな方にいろいろ教えて頂いて勉強になったが、その全ては今後に生かす教訓として、これまたドロナワ式に『すぐ効く Mac OS X v10.5 “Leopard” のトラブルシューティング』なる本にも手を出してしまった。殆どはAppleのサイトを見れば書いてある事だろう。

Macが居なくなって、広々としてしまった机の上を掃除する。
ここにもNatureだの新書類だの様々な本が沙漠の砂のように進入し始めていたからだ。

机の上は更に広々としてしまった。

その何もない机の方向を度々見る。
今日が何曜日で、何日なのか。そんな事もMacを見なければ分からなくなっていたという訳だ。

すっかりMacに依存して生きていた(る?)わたしを自覚する。

と、言ってそれを改善しようなどとは全く思わない。
堕落したものだ。


Macが居なくなってからの出来事を遡って頭の中に再生し、ようやく今日が幾日であるかを確認して驚いた。今日はフランス語、ドイツ語と続く「厳しい日」ではないか!

驚いてWinを立ち上げ、これを書いている。
もはやわたくしは人の屑である。

Macはどの様なかたちで帰ってくるのだろう?
兎に角、あれがないとなにも始まらない。



こうの史代の『この世界の片隅に』の下巻が出たことを知ったのはMacが居なくなる直前だった。
上巻が出てすぐ買い、次に出たのが中巻であることにびっくりして下巻が出るまで読むのをやめようと考えていた。

昨日その下巻が届いた。

中巻を読んでいて、もしかしたら作者は何かに影響されて「右の人」になってしまったのではないか?そんな不安が頭をよぎるような、いかにも「戦争中、日本国民は皆苦労してきたのです」という展開。
何度か中断しようとしたが、読み切って良かったと思っている。

小学生の頃、子供用の読み物に魅せられた、あの感覚を思い出した。

エバンゲリオンではないが、この上・中・下という分け方の呼び方は変えたほうが良い。序・破・急の方が内容に即している。

勢いで漫画を描いている人が多い中で、こうのさんは良く調べてものを書いている。
構想を練りに練って、物語を組み上げてゆく作り方ではないが、人物の書き分けや、物語の展開の仕方は悪くない。


一方で別の不安が頭をよぎる。
日本人は(文学的、という意味で)主題を失ってしまっているのではないか。


などと言う暇があったら、語学の勉強をし始めなければ。

しかし気合が入らない。

20090504

颱風1号、2号、殆ど同時に発生

2号の方は気象庁のサイトを念のため確かめたら発生が確認されたので、実際には同時と言う訳ではないのだろう。だが、雲の渦が幾つも同時にフィリピン付近に出ているので、同時発生と言うしか無い。

1号はKujiraという名前がついている。日本語でクジラ座を意味するのだそうだ。2号はChan-homという名。何だか良く分からないが木の名前らしい。

Kujira颱風はフィリピンの東海上にあり、Chan-hom颱風は南シナ海にいらっしゃる。フィリピンはふたつの颱風に挟まれた形になっている。

更にKujira颱風の東にも熱帯性低気圧がある。わたしはこれが颱風1号になるかな?と期待(じゃないな予想)していたのでその西に続いていた雲の渦が急成長した事に驚いている。

颱風はいつも何らかの形で予想を裏切ってくれる。

実を言うと連続して発生している雲の渦の列が集まって颱風になるのでは?と考えていたので今年も予想は外れてしまった事になる。もう少し遅くなってからだと思っていた。


毎日4時近くになると毎朝、気の早い燕が啼き始める。
昨日もそうだった。
鳥は光に敏感な動物だが、東の空のどこをどのようにして見ても、日の出の気配は感じられない。彼らには感じられるのだろうか?


颱風はいずれも直接日本には影響を与えそうにない。

…これは日本列島に限った事。小笠原には影響を与えそうだ。