面白い本は多いが、これ程の感動に包まれる読書体験は、人生の中でそう多くない。
ゲーテ『ファウスト』を、遂に読んだ。
今迄読んでいなかったのは、家にある本が柴田翔訳のもので、出来れば彼以外の訳で読みたいと思っていたからだ。
だが、この際と思い切りを付けて、彼の訳で読む決心を、この程固めた。
読み始めて、思ったより良い訳になっていると感じた。真剣にゲーテと向き合って訳している。
だが、なんと言う恐るべき作品なのだろうか?!
読み終えて暫くの間放心してしまい、何も手に付かなかった。
柴田訳は上巻に第I部が、下巻に第II部が当てられている。第I部、第II部は、それぞれ独立しており、全く別の作品と言っても構わないものになっていると感じた。
第I部はファウストのメフィストとの契約までの物語が、比較的短い章立てで、軽快に進行してゆく。
脚本として書かれているが、台詞は全て韻文になっており、完成度の極めて高い詩が、延々と続いて行く書き方になっている。
柴田訳は、その韻文の面にも可能な限り気を配り、工夫して訳されているが、詩の芳香は損なわれていない。
だが、脚本の軽快さに引き摺られたのか、ファウストの人生に対する飢餓感がもうひとつ上手く表現し切れておらず、その部分は残念だった。
第II部は一転して、超人的な力を得たファウストが、時空を超えて、ギリシア神話の世界に迄及ぶ壮大な冒険譚を展開する構成になっており、ゲーテが達し得た、高邁な人生観が存分に表現されている。
とても人間が書いたものに思えなかった。ゲーテがこの作品に費やした年月は60年に及ぶが、確かにそれだけの内容を持っている。或いはゲーテ自身がこの作品を完成させる為に、メフィストと契約を交わしたのではないかとすら思える程の、奔放で壮大な想像力が、遺憾無く発揮されている。
今回は読み切る事を主眼とした為、作品を深読みする事が出来なかったが、この作品は単に読み切るだけでは勿体無いと、読後感じた。そしてまた、ゲーテの音律を深く味わう為に、ドイツ語で読んでみたいという欲求を強く感じた。この作品には、それだけの時間を割く価値が充分にある。


