今日がその日だと言うことは知っていた。
だが、油断していた。
朝、いつものようにNHK・FMでクラシック音楽を聴いていたのだ。
そこにいきなりドカンドカン、ドドドドッド、ドツタクドカンと和太鼓の音が響いてきた。
こういう展開は予想していなかった。
何事かと表に出てみた。
イオンタウン長野三輪店のオープニングセレモニーだった。
9時開店の筈だ。それ迄は平穏な日常が保たれると、何の根拠もなく思い込んでいた。
8:30の様子。
早くも3、400人位は集まっているではないか。
夏頃から、長い間放置されていた広大な空き地に工事が始まった。
それまで、近くに適当な店がなく、車で買い物をしていたのだ。
並ぶのは趣味ではない。なので開店直後に様子見に行ってきた。
凄まじい混雑だった。
見るとほうれん草とホタルイカが安い。それを買った。
レジに10分ほど並んだ。
それでも長いこと待たされたと感じていたのだが、早めに買い物を済ませたのは正解だった。
買った後、店内を落ち着いて眺めている間にどんどんレジの列は長くなり、場は修羅の相を呈してきた。
こりゃたまらん!と一旦撤退。
普段は朝の9時頃には解消する表通りの渋滞がいつまで経っても解消しない。
そのうちに何があったのか、救急車も来る有様になった。
渋滞が少し解消し始めた17時頃また行ってみた。
場内放送で、一時はレジの待ち時間が2時間を越えていたことを知った。
ほうれん草をまた(お一人様2把限りなのだ)買った。
みゆきさんが18時頃帰ってきたのでまた行く。食料品を買い込み、自宅に置いてまた出動。
都合4回も通ってしまった。
昼行った時には余りにも貧弱に思えた文具類も、ダイソーもあるので何とかなりそうだ。
ブルーチーズがない!これは痛い。
だが、何から何まで全てを一ヶ所で揃えようという方が無理と言うものだろう。
取り敢えず近くに大型の店ができた事はかなり便利だ。
夕飯は戦利品のほうれん草とホタルイカを頂いた。少し寒いが春を感じた。
20140307
20140303
名曲のたのしみ
少し失望している。
失望という言葉は大袈裟のようにも思える。だが敢えて使った。それだけ期待していたのだ。
期待していた程のものではなかった。
残念だ。
それより先に喜ばなければならない。
月に一冊ずつ買って来た吉田秀和さんの本『名曲のたのしみ』が第1巻から第5巻迄、遂に揃ったのだ。
それ程安い本ではない。しかも第1巻を購入してすぐに腰巻きに、「番組41年間の放送データをまとめた小冊子をプレゼント」と書いてあることに気付いた。
何か、こう…凄そうではないか。
それ故、古書には手を出さず、全て新刊で揃えたのだ。
正直かなり揃えるのに苦労した。楽ではなかった。
なので日に日にその「小冊子」なるものに対する期待が膨らんでいったのだ。
…少なくともCDは付いているのではないか?
先月遂に最期の一冊が届き、その日のうちに応募券を切り取って官製はがきに貼り、投函した。
一昨日それが届いたのだ。
当初、その冊子を単独で写真に納めるつもりだった。
だが届いた封筒は、妙に薄かった。
写真の右端に横向きで一部が写っているのが、件の冊子だ。
何と言う事はない。NHK・FMで放送された『名曲のたのしみ』で使われた曲名がリストアップされた、本当に単純に41年間の番組のデータだ。
物凄く良いプレゼントを期待していた私は、正直力が抜けて床にへたり込んだ。
だが、本の内容は充実している。一冊に1枚CDが付いていて吉田秀和さんの声を聞くことが出来る。
…とは言っても話だけで曲は入っていない。
やはりこのシリーズはちょっと高すぎる感がある。その旨をアンケート葉書に書いて送った。
当初、このシリーズの第5巻にまとめられる筈だった、モーツァルトに関する書籍の刊行が決まったとの報せが同封されていた。
1冊の一部だったものが3冊で企画され、それが膨らんでやはり全5巻で出されることになったようだ。
吉田秀和さんの本『モーツァルト その音楽と生涯』となる予定だそうだ。
それにもCDは付いてくるのだろうか?
いずれにせよまた出費が嵩む。
失望という言葉は大袈裟のようにも思える。だが敢えて使った。それだけ期待していたのだ。
期待していた程のものではなかった。
残念だ。
それより先に喜ばなければならない。
月に一冊ずつ買って来た吉田秀和さんの本『名曲のたのしみ』が第1巻から第5巻迄、遂に揃ったのだ。
それ程安い本ではない。しかも第1巻を購入してすぐに腰巻きに、「番組41年間の放送データをまとめた小冊子をプレゼント」と書いてあることに気付いた。
何か、こう…凄そうではないか。
それ故、古書には手を出さず、全て新刊で揃えたのだ。
正直かなり揃えるのに苦労した。楽ではなかった。
なので日に日にその「小冊子」なるものに対する期待が膨らんでいったのだ。
…少なくともCDは付いているのではないか?
先月遂に最期の一冊が届き、その日のうちに応募券を切り取って官製はがきに貼り、投函した。
一昨日それが届いたのだ。
当初、その冊子を単独で写真に納めるつもりだった。
だが届いた封筒は、妙に薄かった。
写真の右端に横向きで一部が写っているのが、件の冊子だ。
何と言う事はない。NHK・FMで放送された『名曲のたのしみ』で使われた曲名がリストアップされた、本当に単純に41年間の番組のデータだ。
物凄く良いプレゼントを期待していた私は、正直力が抜けて床にへたり込んだ。
だが、本の内容は充実している。一冊に1枚CDが付いていて吉田秀和さんの声を聞くことが出来る。
…とは言っても話だけで曲は入っていない。
やはりこのシリーズはちょっと高すぎる感がある。その旨をアンケート葉書に書いて送った。
当初、このシリーズの第5巻にまとめられる筈だった、モーツァルトに関する書籍の刊行が決まったとの報せが同封されていた。
1冊の一部だったものが3冊で企画され、それが膨らんでやはり全5巻で出されることになったようだ。
吉田秀和さんの本『モーツァルト その音楽と生涯』となる予定だそうだ。
それにもCDは付いてくるのだろうか?
いずれにせよまた出費が嵩む。
20140223
岩石用ハンマー登場
掻いても掻いても減らなかった雪は車に踏み固められカチンカチンになっている。現在母の家の前は、こうなっている。
これは単なる雪ではない。ほぼ氷だ。それもかなり高密度の。
シャベルなどでつついたくらいではびくともしない。
そこで、
こいつで砕くことにした。
愛用の岩石用ハンマーである。よもやここで登場願うことになるとは予想していなかった。
長年こいつを振り回してきた。
なので私は自分で言うのも何だが、ハンマー使いに関しては神業の持ち主だと自負している。
思い切り振り回してもミリ単位の精度でハンマーを打ち付けることが可能だ。
どの形状の氷にはどの角度で打ち込むのが適切か、道路を傷つけずに氷のみ砕くにはどの程度の力を入れたら良いかなどを瞬時に判断して作業を進めることが出来る。
早速作業開始。
固い雪氷もどしどし砕いて行く事が出来る。
だが、雪を甘く見ていた。小1時間で軽くクリア出来ると思っていたのだが、進まない。
全面を完璧に綺麗にすることは諦めざるを得なかった。
取り敢えず出口と隣への通路、そしてゴミ収集場までの経路を確保。これだけやってあれば、母と向かいの家の年寄りが押すシルバーカーくらいは通れるだろう。
妥協してしまったのだ。
2時間掛けてこれしか出来なかった。
雪氷の断面。
ハンマーの先が道路面にあたる。20cm程の厚さに踏み固められており、下部5cm位は透明な氷になっている。この部分の破壊に手間が掛かったのだ。
岩石用ハンマーを持っていて良かったと心から感じた。そうで無ければとても手の出しようがなかっただろう。
2時間ハンマーを振り続けていたら、さすがに左手に豆が出来、潰れた。
これは単なる雪ではない。ほぼ氷だ。それもかなり高密度の。
シャベルなどでつついたくらいではびくともしない。
そこで、
こいつで砕くことにした。
愛用の岩石用ハンマーである。よもやここで登場願うことになるとは予想していなかった。
長年こいつを振り回してきた。
なので私は自分で言うのも何だが、ハンマー使いに関しては神業の持ち主だと自負している。
思い切り振り回してもミリ単位の精度でハンマーを打ち付けることが可能だ。
どの形状の氷にはどの角度で打ち込むのが適切か、道路を傷つけずに氷のみ砕くにはどの程度の力を入れたら良いかなどを瞬時に判断して作業を進めることが出来る。
早速作業開始。
固い雪氷もどしどし砕いて行く事が出来る。
だが、雪を甘く見ていた。小1時間で軽くクリア出来ると思っていたのだが、進まない。
全面を完璧に綺麗にすることは諦めざるを得なかった。
取り敢えず出口と隣への通路、そしてゴミ収集場までの経路を確保。これだけやってあれば、母と向かいの家の年寄りが押すシルバーカーくらいは通れるだろう。
妥協してしまったのだ。
2時間掛けてこれしか出来なかった。
雪氷の断面。
ハンマーの先が道路面にあたる。20cm程の厚さに踏み固められており、下部5cm位は透明な氷になっている。この部分の破壊に手間が掛かったのだ。
岩石用ハンマーを持っていて良かったと心から感じた。そうで無ければとても手の出しようがなかっただろう。
2時間ハンマーを振り続けていたら、さすがに左手に豆が出来、潰れた。
20140222
氷の世界
先週Blogを付けなかったことは痛恨事だ。
どっさりと雪が降った。箱清水で62cmだったか、その程度の積雪が善光寺平でも見られたのだ。
自宅と年寄りの家の雪掻き(と言うより年寄りの発掘作業)に奔走し、それだけでも忙しいのに通院と図書館行脚などに駆け回っている内に何となくBlogを付け忘れてしまった。
とてつもない量の積雪だった。掻いても掻いても後からどしどしと雪は降り積もり、とても追い付く量ではなかった。それぞれで少なくとも3、4回は雪掻きをしたのではないだろうか。
善光寺平は決して豪雪地帯ではない。この付近にしては雪が少ない。だから武田信玄や上杉謙信は善光寺平を欲しがった。
それにしては日々の生活に及んでいる被害は少なかったと言えると思う。
至る所生活道路は未だ寸断され(歩道は雪が積み上げられそれが凍り付いてまるで山道だ)生鮮食品が高くなった。だがそれだけだ。
このような豪雪があると後になってとんでもない光景が見られる。
これが現在のベランダの有様だ。
屋根からの融雪が寒気で再び凍り付く。
この氷の中からサンダルを2足発掘した。
山梨や秩父で深刻な雪の被害があったようだ。
やや北寄りに進んできたとは言え南岸低気圧(これを台湾坊主と呼ばなくなったのは何故なのだろうか)雪の少ない地域にどっさりと雪は降り被害を出した。
山梨の150cmはさすがに凄いと思うが、東京などはそれ程の積雪とは思えなかった。だが被害は出た。
都市の脆弱を感じるが、このような普段から雪にまみれている地域の者がそれを嗤う姿勢を「北から目線」と言うのだとtwitterで知った。
今は雪が多すぎて実感はないが、後1週間で3月に突入する。春は近い!
どっさりと雪が降った。箱清水で62cmだったか、その程度の積雪が善光寺平でも見られたのだ。
自宅と年寄りの家の雪掻き(と言うより年寄りの発掘作業)に奔走し、それだけでも忙しいのに通院と図書館行脚などに駆け回っている内に何となくBlogを付け忘れてしまった。
とてつもない量の積雪だった。掻いても掻いても後からどしどしと雪は降り積もり、とても追い付く量ではなかった。それぞれで少なくとも3、4回は雪掻きをしたのではないだろうか。
善光寺平は決して豪雪地帯ではない。この付近にしては雪が少ない。だから武田信玄や上杉謙信は善光寺平を欲しがった。
それにしては日々の生活に及んでいる被害は少なかったと言えると思う。
至る所生活道路は未だ寸断され(歩道は雪が積み上げられそれが凍り付いてまるで山道だ)生鮮食品が高くなった。だがそれだけだ。
このような豪雪があると後になってとんでもない光景が見られる。
これが現在のベランダの有様だ。
屋根からの融雪が寒気で再び凍り付く。
この氷の中からサンダルを2足発掘した。
山梨や秩父で深刻な雪の被害があったようだ。
やや北寄りに進んできたとは言え南岸低気圧(これを台湾坊主と呼ばなくなったのは何故なのだろうか)雪の少ない地域にどっさりと雪は降り被害を出した。
山梨の150cmはさすがに凄いと思うが、東京などはそれ程の積雪とは思えなかった。だが被害は出た。
都市の脆弱を感じるが、このような普段から雪にまみれている地域の者がそれを嗤う姿勢を「北から目線」と言うのだとtwitterで知った。
今は雪が多すぎて実感はないが、後1週間で3月に突入する。春は近い!
20140208
南岸低気圧
雪の写真を揚げておいて何だが、今年は雪が少ない。雪掻きが必要になったのもこの冬2度目だ。
これは15時ころのベランダからの風景。まだどしどし降り積もっている。気象庁の発表では長野市内(つまり箱清水の事だ)で21cmの積雪があったと言う。
方々から雪の便りが届く。
何と沼津でも積雪があったとFB友だちが報せてくれた。20年振りだと言う。21世紀に入って初めての積雪だという事だ。
東京都内も積雪があったようだ。
都心、13年ぶり大雪警報 交通や大学入試に影響
都内各所でパンが売り切れているという。都心は雪に弱い。長野市内はそれ程雪に警戒感がある方ではないと思うが、それでも10cmや20cmの積雪ではびくともしない。
典型的な南岸低気圧だ。
もしこうした南岸低気圧の通過と予想されている東南海・南海地震が重なったら、都心はどれ程の混乱に陥るのだろうか?
天気図と同時刻の赤外線画像。
地震と低気圧の通過の間には関連があると考えている学者もいる。
これは15時ころのベランダからの風景。まだどしどし降り積もっている。気象庁の発表では長野市内(つまり箱清水の事だ)で21cmの積雪があったと言う。
方々から雪の便りが届く。
何と沼津でも積雪があったとFB友だちが報せてくれた。20年振りだと言う。21世紀に入って初めての積雪だという事だ。
東京都内も積雪があったようだ。
都心、13年ぶり大雪警報 交通や大学入試に影響
都内各所でパンが売り切れているという。都心は雪に弱い。長野市内はそれ程雪に警戒感がある方ではないと思うが、それでも10cmや20cmの積雪ではびくともしない。
典型的な南岸低気圧だ。
もしこうした南岸低気圧の通過と予想されている東南海・南海地震が重なったら、都心はどれ程の混乱に陥るのだろうか?
天気図と同時刻の赤外線画像。
地震と低気圧の通過の間には関連があると考えている学者もいる。
20140112
桜島噴火記
本棚から古い本を取り出し、読み始めた。
柳川喜郎『桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
神保町で50円で買ったものだ。
しかしこの本、未だに高値で古書店に出回っている。
この程東大地震研の方々のご尽力により再版され、適正な価格で入手する事が出来るようになった。
『復刻 桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
今日(12日)はここに書かれた桜島の大正噴火から丁度100年に当たる。
100年前の今頃、桜島は大噴火していたのだ。
それを思い浮かべながらこの本を読んだ。
この本の冒頭付近に
この碑文は重く、大切な教えを今に伝えている。
防災・減災に関心を寄せる者としては、耳の痛い、重い事実だ。
2011年新燃岳噴火では住民が「理論ニ信頼セズ」避難したら、その行動を非難した人たちがいた。
100年経っても何も分かっていない。
科学を信じるなと言っているのではない。
科学者を過信するなと言っているのだ。権威に平伏するなと言い換えても良い。
この本が出版されて、30年経つ。
丁度100年目の日に、準リアルタイムでこの本を読み終え、その記述が全く古びていないことに驚かされた。
この本の終わり辺りに「尾生(びせい)の信」という言葉が出て来る。
史記蘇秦伝にある故事で、尾生という若者が橋の下で女と会う約束をして、待ち続けるうちに大雨による増水で溺死してしまう、というものだ。
固く約束を守るということを意味すると共に、融通が利かず愚直であるという例えでもある。
福島第一原発事故の時、当時を振り返って斑目元安全委員長は
「首相から炉心が露出したらどうなるか問われた。水素ができると答えると、爆発が起きるのかと問い返された。そこで格納容器の中は窒素で置換されていて(酸素はないので)爆発は起きませんと答えた。」と証言している。
それに対して当時の総理大臣菅直人は著書で、斑目元委員長の言葉を聞いて安心したのが『大間違いだった』と書いている。
ちょっと見たところ斑目元委員長の無責任な態度だけが際立つ。
だが、これこそが尾生の信を菅元首相がそのまま演じた姿だったのではないだろうか?
現実に、原発は次々に爆発した。
災厄は必ず起きる。
それが起きた時、誰かのせいにしても何も始まらない。
必ず起きるものに対して、柔軟に対応できる姿勢は常に取っておきたいし、またそれを促す防災・減災技術にしてゆかねばならないのだろう。
100年前の今日。測候所の予測は外れ、桜島は大噴火した。
柳川喜郎『桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
神保町で50円で買ったものだ。
しかしこの本、未だに高値で古書店に出回っている。
この程東大地震研の方々のご尽力により再版され、適正な価格で入手する事が出来るようになった。
『復刻 桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
今日(12日)はここに書かれた桜島の大正噴火から丁度100年に当たる。
100年前の今頃、桜島は大噴火していたのだ。
それを思い浮かべながらこの本を読んだ。
この本の冒頭付近に
50cm程の台石の上に建てられた細長い2mぐらいの新しい石碑に書かれている問題の文章が引用されている。
大正三年一月十二日、桜島の爆発ハ安永八年以来の大惨禍ニシテ、全島猛火ニ包マレ火石落下シ、降灰天地ヲ覆ヒ光景惨膽ヲ極メテ、八部落ヲ全滅セシメ百四十人ノ死傷者ヲ出セリ。
其爆発数日前ヨリ、地震頻発シ岳上ハ多少崩壊ヲ認メラレ、海岸ニハ熱湯湧沸シ旧噴火口ヨリハ白煙ヲ揚ル等、刻刻容易ナラザル現象ナリシヲ以テ、村長ハ数回測候所ニ判定ヲ求メシモ、桜島ニハ噴火ナシト答フ。
故ニ村長は残留ノ住民ニ、狼狽シテ避難スルニ及バズト論達セシガ、間モナク大爆発シテ、測候所ニ信頼セシ知識階級ノ人、却テ災禍ニ罹リ、村長一行ハ難ヲ避クル土地ナク、各々身ヲ以テ海に投ジ漂流中、山下収入役、大山書記ノ如キハ終ニ悲惨ナル殉職ノ最期ヲ遂グルニ至レリ。
本島ノ爆発ハ古来歴史ニ照シ、後日復亦免レザルハ必然ノコトナルベシ。
住民ハ理論ニ信頼セズ、異変ヲ認知スル時ハ、未然ニ避難ノ用意尤モ肝要トシ、平素勤倹産ヲ治メ、何時変災ニ遭モ路途ニ迷ハザル覚悟ナカルベカラズ。茲に碑ヲ建テ以テ記念トス。
大正十三年一月 東桜島村
この碑文は重く、大切な教えを今に伝えている。
大正三年の桜島噴火に先だって、現地の桜島では、さまざまな異常現象が認められたので、村長が対岸の鹿児島測候所に、「噴火の前兆なのではないか」と問い合わせたところ、「噴火はない」という回答であった。しかし桜島は噴火し、測候所の予測を信じて島に残留していた人たちが死亡したと碑文は語っている。
防災・減災に関心を寄せる者としては、耳の痛い、重い事実だ。
2011年新燃岳噴火では住民が「理論ニ信頼セズ」避難したら、その行動を非難した人たちがいた。
100年経っても何も分かっていない。
科学を信じるなと言っているのではない。
科学者を過信するなと言っているのだ。権威に平伏するなと言い換えても良い。
この本が出版されて、30年経つ。
丁度100年目の日に、準リアルタイムでこの本を読み終え、その記述が全く古びていないことに驚かされた。
この本の終わり辺りに「尾生(びせい)の信」という言葉が出て来る。
史記蘇秦伝にある故事で、尾生という若者が橋の下で女と会う約束をして、待ち続けるうちに大雨による増水で溺死してしまう、というものだ。
固く約束を守るということを意味すると共に、融通が利かず愚直であるという例えでもある。
福島第一原発事故の時、当時を振り返って斑目元安全委員長は
「首相から炉心が露出したらどうなるか問われた。水素ができると答えると、爆発が起きるのかと問い返された。そこで格納容器の中は窒素で置換されていて(酸素はないので)爆発は起きませんと答えた。」と証言している。
それに対して当時の総理大臣菅直人は著書で、斑目元委員長の言葉を聞いて安心したのが『大間違いだった』と書いている。
ちょっと見たところ斑目元委員長の無責任な態度だけが際立つ。
だが、これこそが尾生の信を菅元首相がそのまま演じた姿だったのではないだろうか?
現実に、原発は次々に爆発した。
災厄は必ず起きる。
それが起きた時、誰かのせいにしても何も始まらない。
必ず起きるものに対して、柔軟に対応できる姿勢は常に取っておきたいし、またそれを促す防災・減災技術にしてゆかねばならないのだろう。
100年前の今日。測候所の予測は外れ、桜島は大噴火した。
20140109
時と共に在る
かなりの充実を、生活に感じ始めている。
酷い鬱の時は、時が水飴で出来ているようで、なかなか進んでくれなくて、それに耐えることが出来ず、自分を滅ぼしてしまいたい衝動に駆られていた。
今、そうした感覚はない。
自分の存在がきちんと時と共に在り、関係は整合している。
年末からミシェル・フーコーの『狂気の歴史』を読み始めた。
DVDで『アマデウス』を観、『うさこさんと映画』の中でそのエンディングについて「かつてフーコーが提示した「狂気」の定義そのもののような迫力が漂う。」と書かれているのを読み、フーコーは狂気をどの様に定義しているのだろうと関心を抱いたのが切っ掛けだった。
不純な動機である。
だから完全な敗北だった。フーコーのフの字も解読できず、その浩瀚な書物のかけらすらものに出来なかった。
暫くフーコーは放置しておいた。
10月頃、ふと気が付くと、今迄殆ど機械的に未読を既読にするだけで、殆ど目も通すことがなかったRSS Readerをこまめにチェックしている自分に気が付いた。
英語やドイツ語の記事にも(分からないなりに)取り敢えず目を通している。
これなら難解なフーコーにも食いついて行く事が出来るのではないかと(気の迷いだが)思ったのだ。
で、11月頃再挑戦、再敗北。
そこで中山元さんの『フーコー入門』を紐解いてみた。
これが正解だった。
丁寧な解説書だった。
分かり易く、それでいて肝心なところを外していない。
フーコーの知的な誠実さを良く拾い上げた内容だった。
この本で『狂気の歴史』の大筋を教えて頂いたので、ようやく私にもフーコーは解読可能な本になった。
この場合の考古学は、勿論フーコーの『知の考古学』を引いている。
ひとつのものが見えてくると、他のものも急にはっきりと見え始めることがある。
フーコーが少しだけ見え始めてから、観る映画、聴く音楽が急に深いところで捕まえているという実感を伴うようになった。
今迄何を観てきたのか?そして聴いてきたのか?地団駄踏みたい気分だった。
実際、クラシック音楽に限っても、この1年間で4回程、今迄何も聴いてこなかった!と思い知らされるような感覚に襲われた。急に見えてくるのだ。
そうなると今迄無為に過ごしてきた時間が途方も無く勿体なく思えてくる。
自分の身の丈に合ったものをようやく読むようになったなどと自分に言い訳をして、下らないものを読んできた時間や金もとても勿体なく感じるのだ。
ものの値段というものは、それなりに合理的に付けられていると、時々感じる。安いものはそれなりのものしかない。
それなりに値段の張る、「よいもの」にきちんと触れた方が良い。
勿体ないことをして来たと思う思いは大切だが、半面しょうがなかったとも思う。
何しろ気力が湧かなかった。
長い鬱を抜け、結構被害もあった躁状態も過ぎ、ようやく努力できる精神状態を獲得することが出来てきたと感じている。
年始としてはこの上ない好発進だと思う。
この感覚を大切にして、「よいもの」に出会いたいと思っている。
酷い鬱の時は、時が水飴で出来ているようで、なかなか進んでくれなくて、それに耐えることが出来ず、自分を滅ぼしてしまいたい衝動に駆られていた。
今、そうした感覚はない。
自分の存在がきちんと時と共に在り、関係は整合している。
年末からミシェル・フーコーの『狂気の歴史』を読み始めた。
DVDで『アマデウス』を観、『うさこさんと映画』の中でそのエンディングについて「かつてフーコーが提示した「狂気」の定義そのもののような迫力が漂う。」と書かれているのを読み、フーコーは狂気をどの様に定義しているのだろうと関心を抱いたのが切っ掛けだった。
不純な動機である。
だから完全な敗北だった。フーコーのフの字も解読できず、その浩瀚な書物のかけらすらものに出来なかった。
暫くフーコーは放置しておいた。
10月頃、ふと気が付くと、今迄殆ど機械的に未読を既読にするだけで、殆ど目も通すことがなかったRSS Readerをこまめにチェックしている自分に気が付いた。
英語やドイツ語の記事にも(分からないなりに)取り敢えず目を通している。
これなら難解なフーコーにも食いついて行く事が出来るのではないかと(気の迷いだが)思ったのだ。
で、11月頃再挑戦、再敗北。
そこで中山元さんの『フーコー入門』を紐解いてみた。
これが正解だった。
丁寧な解説書だった。
分かり易く、それでいて肝心なところを外していない。
フーコーの知的な誠実さを良く拾い上げた内容だった。
この本で『狂気の歴史』の大筋を教えて頂いたので、ようやく私にもフーコーは解読可能な本になった。
狂気の歴史を描くということは、実は心理学というものが誕生するための条件を描くことだった。狂気は心理学の一つの対象ではなく、心理学の成立の条件そのものであり、この心理学という学問は、十九世紀以来の西洋世界に固有の文化的な事件であった。狂気の歴史はある意味では心理学の誕生の歴史でもあった。『狂気の歴史』のサブタイトルを〈心理学の考古学〉としてもよかったのである。
この場合の考古学は、勿論フーコーの『知の考古学』を引いている。
ひとつのものが見えてくると、他のものも急にはっきりと見え始めることがある。
フーコーが少しだけ見え始めてから、観る映画、聴く音楽が急に深いところで捕まえているという実感を伴うようになった。
今迄何を観てきたのか?そして聴いてきたのか?地団駄踏みたい気分だった。
実際、クラシック音楽に限っても、この1年間で4回程、今迄何も聴いてこなかった!と思い知らされるような感覚に襲われた。急に見えてくるのだ。
そうなると今迄無為に過ごしてきた時間が途方も無く勿体なく思えてくる。
自分の身の丈に合ったものをようやく読むようになったなどと自分に言い訳をして、下らないものを読んできた時間や金もとても勿体なく感じるのだ。
ものの値段というものは、それなりに合理的に付けられていると、時々感じる。安いものはそれなりのものしかない。
それなりに値段の張る、「よいもの」にきちんと触れた方が良い。
勿体ないことをして来たと思う思いは大切だが、半面しょうがなかったとも思う。
何しろ気力が湧かなかった。
長い鬱を抜け、結構被害もあった躁状態も過ぎ、ようやく努力できる精神状態を獲得することが出来てきたと感じている。
年始としてはこの上ない好発進だと思う。
この感覚を大切にして、「よいもの」に出会いたいと思っている。
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