雨が降り続いている。
昨日、電機屋さん迄Macを取りに行った。予想以上に速く修理は終わった。
冷静だったのはMacを受け取り、お昼にサンドウィッチを食べ、部屋に戻る迄だった。Macが無かった1週間、頭の中で様々なシチュエーションを描き、出来る限りのシミュレーションと準備はしておいた。
システム的な故障ではなく、メモリーケーブルなる訳の分からない部品に不具合が発生しており、その取り替えが必要と言われていたので、殆ど内部の個人的なデータやシェアウェアのソフトは諦めていた。
だが、データの取り出しはやってもらう事が出来ていたので、少しばかり期待していたのも事実だった。
戻って来て、Macを起動し、驚いた。カスタマイズした壁紙がそのまま出て来たからだ。
全てのシミュレーションと準備は無駄になった。それどころか18,000円もだして取り出してもらったデータも、自分でやれば100円も掛からない単なるバックアップになってしまった。
これは!と、あちこち見て回ると、故障する直前の状態がそのまま残っている事が分かった。もはや大騒ぎ。自分でも余りうるさいので閉口する程だ。
何故か慎重にWebにつなぎ、ブラウザを立ち上げた時は思わず笑ってしまった。クラッシュが起きた時に見ていたサイトが立ち上がって来たからだ。
なにもそこ迄故障した時の状態そのままを保つ必要は無かろう。
だが、機械としては親切心からそれをやっている訳ではない筈。しかし可笑しい。
兎に角、Macがそこにある事、そして滞り無く動く事が嬉しく、長い時間Macに触っていた。
この故障があった為、予定外に延びてしまった地域密着型SNS「N」への参加を、今日になって果たす。
遂に、事務局からは何の連絡も無かった。仕方なしにmixiで呼びかけて、招待状を送ってもらい、ようやく入る事が出来たのだ。
これでわたしが参加しているSNSはmixi、twitter、そしてN、と3つにもなってしまった。それぞれ性格が異なるので使い分けは簡単だが、それに加えて4つのBlogを抱え(休眠中の奴をそろそろ起こしてやらなければ)書く作業にはそれなりに時間を割かねばなるまい。…そうでもないか。
問題は語学の勉強だ。ドイツ語はどうにか例文を覚えるレベルを保っているが、フランス語に関しては殆ど付いて行けない状態が続いている。
昨日、待ち合わせの時間にフランス語の参考書に没頭し、少し遅刻してしまった事を考えると、それ程やる気にかげりが見えて来ている訳でもなさそうだ。
今学期の「テレビでフランス語」はレベルが高過ぎる。
一日置いて、Macの前に坐ると、あたかも、それが無かった日々が無かったように、まるで当たり前の様にMacがあり、わたしは昨日程興奮せずにそれに触っている。これはある意味で怖い馴れだと思う。
20090517
20090513
Mac依存
東風が強く、気温が上がらない。最高気温は17℃に達したのかどうか?これでは涼しいのではなく、寒い。
Twitterに書いてあるとおり(しかしフォローしてくれる人がいないなぁ…)Macが突然カーネルパニックという奴(らしいもの)を起こして、起動できなくなったのが9日。
どうやら「メモリーケーブル」という、これまた訳の分からないパーツが不具合を起こしており、これが原因だったらしい。こちらの責任ではないので何となく釈然としないがデータの取り出しを含めて4万5千円也を支払う事となった。大変痛い。
いろいろな方にいろいろ教えて頂いて勉強になったが、その全ては今後に生かす教訓として、これまたドロナワ式に『すぐ効く Mac OS X v10.5 “Leopard” のトラブルシューティング』なる本にも手を出してしまった。殆どはAppleのサイトを見れば書いてある事だろう。
Macが居なくなって、広々としてしまった机の上を掃除する。
ここにもNatureだの新書類だの様々な本が沙漠の砂のように進入し始めていたからだ。
机の上は更に広々としてしまった。
その何もない机の方向を度々見る。
今日が何曜日で、何日なのか。そんな事もMacを見なければ分からなくなっていたという訳だ。
すっかりMacに依存して生きていた(る?)わたしを自覚する。
と、言ってそれを改善しようなどとは全く思わない。
堕落したものだ。
Macが居なくなってからの出来事を遡って頭の中に再生し、ようやく今日が幾日であるかを確認して驚いた。今日はフランス語、ドイツ語と続く「厳しい日」ではないか!
驚いてWinを立ち上げ、これを書いている。
もはやわたくしは人の屑である。
Macはどの様なかたちで帰ってくるのだろう?
兎に角、あれがないとなにも始まらない。
こうの史代の『この世界の片隅に』の下巻が出たことを知ったのはMacが居なくなる直前だった。
上巻が出てすぐ買い、次に出たのが中巻であることにびっくりして下巻が出るまで読むのをやめようと考えていた。
昨日その下巻が届いた。
中巻を読んでいて、もしかしたら作者は何かに影響されて「右の人」になってしまったのではないか?そんな不安が頭をよぎるような、いかにも「戦争中、日本国民は皆苦労してきたのです」という展開。
何度か中断しようとしたが、読み切って良かったと思っている。
小学生の頃、子供用の読み物に魅せられた、あの感覚を思い出した。
エバンゲリオンではないが、この上・中・下という分け方の呼び方は変えたほうが良い。序・破・急の方が内容に即している。
勢いで漫画を描いている人が多い中で、こうのさんは良く調べてものを書いている。
構想を練りに練って、物語を組み上げてゆく作り方ではないが、人物の書き分けや、物語の展開の仕方は悪くない。
一方で別の不安が頭をよぎる。
日本人は(文学的、という意味で)主題を失ってしまっているのではないか。
などと言う暇があったら、語学の勉強をし始めなければ。
しかし気合が入らない。
Twitterに書いてあるとおり(しかしフォローしてくれる人がいないなぁ…)Macが突然カーネルパニックという奴(らしいもの)を起こして、起動できなくなったのが9日。
どうやら「メモリーケーブル」という、これまた訳の分からないパーツが不具合を起こしており、これが原因だったらしい。こちらの責任ではないので何となく釈然としないがデータの取り出しを含めて4万5千円也を支払う事となった。大変痛い。
いろいろな方にいろいろ教えて頂いて勉強になったが、その全ては今後に生かす教訓として、これまたドロナワ式に『すぐ効く Mac OS X v10.5 “Leopard” のトラブルシューティング』なる本にも手を出してしまった。殆どはAppleのサイトを見れば書いてある事だろう。
Macが居なくなって、広々としてしまった机の上を掃除する。
ここにもNatureだの新書類だの様々な本が沙漠の砂のように進入し始めていたからだ。
机の上は更に広々としてしまった。
その何もない机の方向を度々見る。
今日が何曜日で、何日なのか。そんな事もMacを見なければ分からなくなっていたという訳だ。
すっかりMacに依存して生きていた(る?)わたしを自覚する。
と、言ってそれを改善しようなどとは全く思わない。
堕落したものだ。
Macが居なくなってからの出来事を遡って頭の中に再生し、ようやく今日が幾日であるかを確認して驚いた。今日はフランス語、ドイツ語と続く「厳しい日」ではないか!
驚いてWinを立ち上げ、これを書いている。
もはやわたくしは人の屑である。
Macはどの様なかたちで帰ってくるのだろう?
兎に角、あれがないとなにも始まらない。
こうの史代の『この世界の片隅に』の下巻が出たことを知ったのはMacが居なくなる直前だった。
上巻が出てすぐ買い、次に出たのが中巻であることにびっくりして下巻が出るまで読むのをやめようと考えていた。
昨日その下巻が届いた。
中巻を読んでいて、もしかしたら作者は何かに影響されて「右の人」になってしまったのではないか?そんな不安が頭をよぎるような、いかにも「戦争中、日本国民は皆苦労してきたのです」という展開。
何度か中断しようとしたが、読み切って良かったと思っている。
小学生の頃、子供用の読み物に魅せられた、あの感覚を思い出した。
エバンゲリオンではないが、この上・中・下という分け方の呼び方は変えたほうが良い。序・破・急の方が内容に即している。
勢いで漫画を描いている人が多い中で、こうのさんは良く調べてものを書いている。
構想を練りに練って、物語を組み上げてゆく作り方ではないが、人物の書き分けや、物語の展開の仕方は悪くない。
一方で別の不安が頭をよぎる。
日本人は(文学的、という意味で)主題を失ってしまっているのではないか。
などと言う暇があったら、語学の勉強をし始めなければ。
しかし気合が入らない。
20090504
颱風1号、2号、殆ど同時に発生
2号の方は気象庁のサイトを念のため確かめたら発生が確認されたので、実際には同時と言う訳ではないのだろう。だが、雲の渦が幾つも同時にフィリピン付近に出ているので、同時発生と言うしか無い。
1号はKujiraという名前がついている。日本語でクジラ座を意味するのだそうだ。2号はChan-homという名。何だか良く分からないが木の名前らしい。
Kujira颱風はフィリピンの東海上にあり、Chan-hom颱風は南シナ海にいらっしゃる。フィリピンはふたつの颱風に挟まれた形になっている。
更にKujira颱風の東にも熱帯性低気圧がある。わたしはこれが颱風1号になるかな?と期待(じゃないな予想)していたのでその西に続いていた雲の渦が急成長した事に驚いている。
颱風はいつも何らかの形で予想を裏切ってくれる。
実を言うと連続して発生している雲の渦の列が集まって颱風になるのでは?と考えていたので今年も予想は外れてしまった事になる。もう少し遅くなってからだと思っていた。
毎日4時近くになると毎朝、気の早い燕が啼き始める。
昨日もそうだった。
鳥は光に敏感な動物だが、東の空のどこをどのようにして見ても、日の出の気配は感じられない。彼らには感じられるのだろうか?
颱風はいずれも直接日本には影響を与えそうにない。
…これは日本列島に限った事。小笠原には影響を与えそうだ。
1号はKujiraという名前がついている。日本語でクジラ座を意味するのだそうだ。2号はChan-homという名。何だか良く分からないが木の名前らしい。
Kujira颱風はフィリピンの東海上にあり、Chan-hom颱風は南シナ海にいらっしゃる。フィリピンはふたつの颱風に挟まれた形になっている。
更にKujira颱風の東にも熱帯性低気圧がある。わたしはこれが颱風1号になるかな?と期待(じゃないな予想)していたのでその西に続いていた雲の渦が急成長した事に驚いている。
颱風はいつも何らかの形で予想を裏切ってくれる。
実を言うと連続して発生している雲の渦の列が集まって颱風になるのでは?と考えていたので今年も予想は外れてしまった事になる。もう少し遅くなってからだと思っていた。
毎日4時近くになると毎朝、気の早い燕が啼き始める。
昨日もそうだった。
鳥は光に敏感な動物だが、東の空のどこをどのようにして見ても、日の出の気配は感じられない。彼らには感じられるのだろうか?
颱風はいずれも直接日本には影響を与えそうにない。
…これは日本列島に限った事。小笠原には影響を与えそうだ。
20090430
昨日も強風
昨日も朝方寒く、その勢いで(?)起きてしまったが、太陽が出てからはぽかぽか陽気。迷わず布団を干す。
だが、午後になってから急に北東からの強風が吹き始め、その風は冷たかった。
4月も終わる。
フランス語、ドイツ語と今期も続く「厳しい日」。今期は特にフランス語のレベルが高く、最初から付いて行けない。予習をしておいてもTVを見ていると、どの部分が話されているのか分からなくなり、結局日本語訳の字幕を読むだけと言う情けない有様。
ドイツ語が始まると何だかほっとしてしまう。
だが、今回はGWという事もあるのだろうが、再放送を含めて同じ放送が4回続く。その間に単語練習や発音練習をしておいて、少しでも慣れるようにしておこう。
今期のフランス語で役立っている事と言えば、ひとつのフレーズの流れを、どこにアクセントを置き、どの様なイントネーションで発語して行けば良いのかを詳しく解説してくれる事だ。
半ば惰性で、殆ど漫然と見ているだけの様に感じていたが、フランス語の綴りから発音が少しだけ分かるようになって来ている。この事は予習をしていて自分でびっくりした。
レッスンを始めた頃は、「この綴りからどうしてこの発音になるのか」が殆ど全く分からなかったからだ。
最後の母音を発音しない習慣にも慣れて来ている。
しかしhを発音しない事は、遥か以前から知っていた筈なのだが実際に発音する時未だに慣れない。先週のレッスンの時、Bachの音楽会を企画している人が登場したのだが、Bachをバックと発音しているのには驚かされた。
いや、少し考えれば簡単な事なのだ。フランス語ではhを発音しないし、ドイツ語ではchを(不正確な書き方になるが)ハと発音する。このふたつの特殊な読み方が交差すると非常に聞き慣れない人物の名前になる。
ドイツ語の方は非常に基本的な事から始めて貰っている事と、『ドイツ語講座』の時から何年も見慣れていたLIZAがまた出ている事から番組に親しみが持てるのか、結構快調に学習を進める事が出来ている。
だがまるまる1年掛けてひとつ繋がりの番組を構成していた『ドイツ語講座』の時代に比べ、『テレビでドイツ語』になってから学習の進行が非常に速い。
今日は早くも未来形が出て来た。
尤も、ドイツ語会話では未来の事は通常現在形で話す事が多いらしく、実際に使う事は稀らしいが、本の中では頻繁に出て来る形だ。
それが指示代名詞と同時に出て来ると、覚える事が多すぎて混乱して来そうになる。
ドイツ語は構造は複雑だが、それを乗り越えると楽しくなると言う。その言葉を信じて、一歩一歩、確実に覚えながら進んで行こう。
それにしてもわたしの外国語センスのなさには自分でも呆れてしまう。
夜になって、強い風は止んだが、流石に冷えて来た。だが、その冷え方が段々と楽になって来たのも確かな事だ。
これからぐんぐんと気温は高くなって行くだろう。
問題は夏。今年こそ暑さに負けず、語学学習のペースを変えないように気をつけねば。
明日も東風は吹くだろうか?
だが、午後になってから急に北東からの強風が吹き始め、その風は冷たかった。
4月も終わる。
フランス語、ドイツ語と今期も続く「厳しい日」。今期は特にフランス語のレベルが高く、最初から付いて行けない。予習をしておいてもTVを見ていると、どの部分が話されているのか分からなくなり、結局日本語訳の字幕を読むだけと言う情けない有様。
ドイツ語が始まると何だかほっとしてしまう。
だが、今回はGWという事もあるのだろうが、再放送を含めて同じ放送が4回続く。その間に単語練習や発音練習をしておいて、少しでも慣れるようにしておこう。
今期のフランス語で役立っている事と言えば、ひとつのフレーズの流れを、どこにアクセントを置き、どの様なイントネーションで発語して行けば良いのかを詳しく解説してくれる事だ。
半ば惰性で、殆ど漫然と見ているだけの様に感じていたが、フランス語の綴りから発音が少しだけ分かるようになって来ている。この事は予習をしていて自分でびっくりした。
レッスンを始めた頃は、「この綴りからどうしてこの発音になるのか」が殆ど全く分からなかったからだ。
最後の母音を発音しない習慣にも慣れて来ている。
しかしhを発音しない事は、遥か以前から知っていた筈なのだが実際に発音する時未だに慣れない。先週のレッスンの時、Bachの音楽会を企画している人が登場したのだが、Bachをバックと発音しているのには驚かされた。
いや、少し考えれば簡単な事なのだ。フランス語ではhを発音しないし、ドイツ語ではchを(不正確な書き方になるが)ハと発音する。このふたつの特殊な読み方が交差すると非常に聞き慣れない人物の名前になる。
ドイツ語の方は非常に基本的な事から始めて貰っている事と、『ドイツ語講座』の時から何年も見慣れていたLIZAがまた出ている事から番組に親しみが持てるのか、結構快調に学習を進める事が出来ている。
だがまるまる1年掛けてひとつ繋がりの番組を構成していた『ドイツ語講座』の時代に比べ、『テレビでドイツ語』になってから学習の進行が非常に速い。
今日は早くも未来形が出て来た。
尤も、ドイツ語会話では未来の事は通常現在形で話す事が多いらしく、実際に使う事は稀らしいが、本の中では頻繁に出て来る形だ。
それが指示代名詞と同時に出て来ると、覚える事が多すぎて混乱して来そうになる。
ドイツ語は構造は複雑だが、それを乗り越えると楽しくなると言う。その言葉を信じて、一歩一歩、確実に覚えながら進んで行こう。
それにしてもわたしの外国語センスのなさには自分でも呆れてしまう。
夜になって、強い風は止んだが、流石に冷えて来た。だが、その冷え方が段々と楽になって来たのも確かな事だ。
これからぐんぐんと気温は高くなって行くだろう。
問題は夏。今年こそ暑さに負けず、語学学習のペースを変えないように気をつけねば。
明日も東風は吹くだろうか?
20090428
寒暖の差が激しい
今朝5時に気温はアメダスで1.3℃を記録。
同じ頃わたしは起きてしまったのだが、これは寒かったからではなく、朝方気温が低いという予報が出されていた為、布団を2枚も掛けて寝たので重すぎて目が醒めたのだった。
昨日は昼頃から夕刻に掛けて、北西からの激しい突風が吹いた。ベランダのシクラメンが吹っ飛んだ。
思わぬところで寒空の下、飛び散った土を掻き集め、ずる、ずる、と風に飛ばされつつあったシクラメンを取っ捕まえ、奇跡的に割れなかった植木鉢に杜撰でない程度に詰め込むという「農作業」に追われる事となった(本当のお百姓さんごめんなさい)。
だがその風で、朝方あった雲も吹っ飛ばされて、概ね久し振りの快晴。
遠くに見える高山が白くなっていた。
このところ穀雨に相応しい雨が降り続いていたが、雲で見えなかった高山は雪だったらしく、積雪があったのだろう。
山裾が段々と緑色に染まって行く山々の、その遥か高みが真っ白になっているのは美しく、また、春と言う季節の移り変わりの速さも感じさせてくれた。
その雪も今日の昼頃にはおおかた解けてしまい、寒いながらもやはり春を意識してしまった。
最高気温はどの程度迄上がったのだろう?アメダスでは14時に14.8℃が記録されている。恐らく15℃は越えただろうと推定出来る。
一日に14℃程度の寒暖の差は、さほど大した事ではない。
一日一日の寒暖の差が激しく、これが身体にこたえる。
こたえながらも、どことなくそれを楽しんでいる風もあるのだが。
同じ頃わたしは起きてしまったのだが、これは寒かったからではなく、朝方気温が低いという予報が出されていた為、布団を2枚も掛けて寝たので重すぎて目が醒めたのだった。
昨日は昼頃から夕刻に掛けて、北西からの激しい突風が吹いた。ベランダのシクラメンが吹っ飛んだ。
思わぬところで寒空の下、飛び散った土を掻き集め、ずる、ずる、と風に飛ばされつつあったシクラメンを取っ捕まえ、奇跡的に割れなかった植木鉢に杜撰でない程度に詰め込むという「農作業」に追われる事となった(本当のお百姓さんごめんなさい)。
だがその風で、朝方あった雲も吹っ飛ばされて、概ね久し振りの快晴。
遠くに見える高山が白くなっていた。
このところ穀雨に相応しい雨が降り続いていたが、雲で見えなかった高山は雪だったらしく、積雪があったのだろう。
山裾が段々と緑色に染まって行く山々の、その遥か高みが真っ白になっているのは美しく、また、春と言う季節の移り変わりの速さも感じさせてくれた。
その雪も今日の昼頃にはおおかた解けてしまい、寒いながらもやはり春を意識してしまった。
最高気温はどの程度迄上がったのだろう?アメダスでは14時に14.8℃が記録されている。恐らく15℃は越えただろうと推定出来る。
一日に14℃程度の寒暖の差は、さほど大した事ではない。
一日一日の寒暖の差が激しく、これが身体にこたえる。
こたえながらも、どことなくそれを楽しんでいる風もあるのだが。
20090420
穀雨
今日から穀雨。
穀雨を目の前にした昨日、大分と広島で真夏日を観測した。
今年の夏も猛暑になるのだろうかと調べてみると、猛暑だった94年や昨年・一昨年にはこの時期に既に40℃近い気温が記録されており、少なくとも「それ程ではない」気温である事が分かった。どこも30℃を少し上回った程度の気温だったからだ。
それでも岡山と和歌山ではいずれも79年からの観測になるが、4月の最高気温を更新している。やはり暑かったのだろう。
寒い方では北海道の釧路で、今日、-4.6℃という気温が記録されている。いくら細長い日本列島とは言え、この気温差は激し過ぎる。
長野では14時に22.5℃を記録。アメダスではこれが最高気温と言う事になっているが、あくまでもアメダスの記録であり、それも日本で最も標高の高い箱清水観測所の記録なので平地はどの程度だったのかは定かではない。最高気温は23℃に届いたのだろうか?
このところ至って過ごしやすい気温で推移している。大変ありがたい。
大抵気温と言うものは暑過ぎるか寒過ぎるかのどちらかの事が多く、平年値と言うものはその平均値に過ぎない。わたしはその様に理解している。
一昨日本屋に語学のテキストを買いに行き、バスの窓越しに様々な花が咲いているのが見えたので、昨日は自転車に乗ってあちこちに出掛けた。さほど遠いところ迄は行かず、目的も持たずに風を楽しむ。
今年初めて、モンシロチョウを見る。あらゆる生物が大きく変化しつつある事を肌で感じた。
プランターにアシタバとバジルを植えた。
穀雨を目の前にした昨日、大分と広島で真夏日を観測した。
今年の夏も猛暑になるのだろうかと調べてみると、猛暑だった94年や昨年・一昨年にはこの時期に既に40℃近い気温が記録されており、少なくとも「それ程ではない」気温である事が分かった。どこも30℃を少し上回った程度の気温だったからだ。
それでも岡山と和歌山ではいずれも79年からの観測になるが、4月の最高気温を更新している。やはり暑かったのだろう。
寒い方では北海道の釧路で、今日、-4.6℃という気温が記録されている。いくら細長い日本列島とは言え、この気温差は激し過ぎる。
長野では14時に22.5℃を記録。アメダスではこれが最高気温と言う事になっているが、あくまでもアメダスの記録であり、それも日本で最も標高の高い箱清水観測所の記録なので平地はどの程度だったのかは定かではない。最高気温は23℃に届いたのだろうか?
このところ至って過ごしやすい気温で推移している。大変ありがたい。
大抵気温と言うものは暑過ぎるか寒過ぎるかのどちらかの事が多く、平年値と言うものはその平均値に過ぎない。わたしはその様に理解している。
一昨日本屋に語学のテキストを買いに行き、バスの窓越しに様々な花が咲いているのが見えたので、昨日は自転車に乗ってあちこちに出掛けた。さほど遠いところ迄は行かず、目的も持たずに風を楽しむ。
今年初めて、モンシロチョウを見る。あらゆる生物が大きく変化しつつある事を肌で感じた。
プランターにアシタバとバジルを植えた。
20090410
夏日!
雪が降った日しかBlogの更新を行なわずに居たら季節はいつの間にか移ろっていた。
下手をすると2ヶ月間更新なしになってしまうな。そんな事も考えて、焦ったりしていた。
その間にも雪や雨や黄砂などが降り、ベランダのあちこちには、汚れが雨水で流されきれいな黄褐色の状態になった黄土が今も堆積しているが、その事も書かなければなぁ…と思っているうちに時は過ぎた。
朝の気温は6℃前後。随分と暖かくなったな…と感じていたのだが、遂に14時の気温が25℃を突破した。善光寺平は本日、夏日を記録した。半袖でも全く寒くない。どころか、そうでなければ暑くて何もやる気が起こらなくなる。
夏だ!海だ!山だ!海水浴だ!
ようやく梅が散り終わりかけ、桜が咲いたところ。まだ4月なのだ。参ったなぁ…。
身体がゲル状に溶け出しそうだ。
下手をすると2ヶ月間更新なしになってしまうな。そんな事も考えて、焦ったりしていた。
その間にも雪や雨や黄砂などが降り、ベランダのあちこちには、汚れが雨水で流されきれいな黄褐色の状態になった黄土が今も堆積しているが、その事も書かなければなぁ…と思っているうちに時は過ぎた。
朝の気温は6℃前後。随分と暖かくなったな…と感じていたのだが、遂に14時の気温が25℃を突破した。善光寺平は本日、夏日を記録した。半袖でも全く寒くない。どころか、そうでなければ暑くて何もやる気が起こらなくなる。
夏だ!海だ!山だ!海水浴だ!
ようやく梅が散り終わりかけ、桜が咲いたところ。まだ4月なのだ。参ったなぁ…。
身体がゲル状に溶け出しそうだ。
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