20260905

本棚の記憶

 三中信宏『本棚の記憶みなか先生の読書人生と〈みなか食堂〉の自炊爛漫』

著者三中信宏さんには、類書を見ないと評したくなる本が多い。本作もまた独自の境地を切り開いている。本についての本は多い。また、料理の本も数限りなくある。だが、ひとりの人物が読書と食について、交互に語り、それが妙なバランスを保っている本には初めて出逢った。

著者には2003年から続く日記サイト『日録』がある。私はこのWebサイトの大ファンで、ここで知った本を読んだり、紹介されている料理を自分で作ったりしている。本と食が内容の殆どを占めるのは、本書と似ている。

だが、このWebサイトと本書が、連続したものであるとは、何故か私には思えないのだ。


本書は、著者の最初の記憶から始まる。何と!1歳半の伊勢湾台風の記憶があると言う。そこから、筆者は自分史をぽつりぽつりと語り始める。

著者が自分の思い出を語るのは、これが初めてでは無いだろうか?

それによると著者は1958年生まれと言う事なので、私とは2歳違いである事になる。

生まれは近いが、育った地域は京都と長野では随分違う。だが、その時代の空気はかなり似ており、共感するところが多かった。

加えて、独り遊びが多く、幼少の頃、友人が少なく、しかもそれを余り気にしなかった所も似ている。

独り遊びと言えば本であり、昆虫であり、つまり図鑑である。

私は子どもの頃病弱で、足に炎症を抱えており、元気な子どもでは無かったが、それでもこの三種の神器は抱え込んで育っており、それが後の人生に深く影響を与えている。

三中信宏さんにとって、読書と食へのこだわりは、その子どもの頃の独り遊びの延長にあるのでは無いかと想像した。

大学での一人暮らしが厨房生活の始まりであった点も、多くの人と共通する経歴だろう。生まれたのが戦後10年を過ぎる程度の年代。外食に頼るお金は、私には無かった。

違うのは厨房で使う食器の贅沢さで、三中信宏さんは最初からかなり良い品を揃えている。これは食へのこだわりの違いによるものだろう。私は厨房生活には、それ程固着しなかった。

若い頃口下手であったと言う告白も、意外だった。著者は授業をお座敷と呼び、喋りにかなりこだわりを持っている。人生の早い時期から、この傾向があったものと思い込んでいた。

この様に、本書は三中信宏さんが、人生の中で何を何故こだわって生きて来たかが書かれている。そこで私は勝手に空想するのだ。

著者はこの本で、自分が耽溺してきた読書と食を語る事で、人生いかに生くべきかを語っているのではなかと。

本書はいつも通り図書館で借りた。なので、本書に紹介されている様々なレシピを、実際に試みる時間が持てなかった。この点が返す返すも残念で仕方がない。

0 件のコメント: