20170206

『幸福な王子/柘榴の家』

巻末に置かれた青山学院大学准教授田中裕介氏の解説が優れている。とても私の手ではこれ以上の紹介を書く事は出来ない。

けれど本を手にする迄はその文章を読む事が出来ない。私の書評も少しは存在価値があろうと言うものだろう。


この所読む本に当たりが多い。今回のワイルド著・小尾芙佐訳による『幸福な王子/柘榴の家』も大当たりだった。

著者は勿論の事、訳者、解説者、編集者各人がそれぞれとても良い仕事をされているのが分かった。

訳者あとがきで小尾芙佐さんは意気込みを語っている。

ワイルドはこの童話集を子どもたちに話してきかせるため、そして繊細な心をもつ大人たちに読んでもらうために書いたといわれているが、ワイルドが意図するところは、あくまでも繊細な心をもつ大人たちのためということではなかったかと思われてならない。これを読みおえたとき、わたしの大人のこころが感じたままに訳してみたいという思いが湧いた。本来の童話という形から外れるかもしれないが、そこに秘められているもろもろを、わたしなりに世の大人たちに伝えたいとおごがましくも考えたのである。

そこに秘められているもろもろとは何だろうか?

仮に、ワイルドの童話集が子どものために書かれたものであるとするならば、これらの作品はこれ程迄に怪しい光を放ってはいなかったのではないだろうか?

もっとストレートに、身勝手を戒め、思いやりの大切さを説く、道徳的な教訓に即した童話として書かれたのではなかろうか?

ワイルドの童話にはそうした道徳的な教訓を説くという目的から、大きくはみ出す過剰な愛が描かれている。

そして人間にたいするセンチメンタルなペシミズムと失望と皮肉な絶望にみちみちている(St. Jhon Ervinem, Oscar Wild. S Present Time Appraisal, p.124. 1951)

子どもに読み聞かせるために書かれたとするならば、余りにも毒が効きすぎているのだ。

その毒は、また大人の鑑賞に堪えうる厚みと深さを物語に与えている。

ワイルドの童話は、そうした読みが可能になるだけの、批判的な視点を必要とする。それを獲得する以前の子どもには、読解の難しい作品群と言えるのではないだろうか?


翻訳でまず目に付くのは、外来語を主として用いられている漢字の多さだ。蒼玉(サファイア)、紅玉(ルビー)、燐寸(マッチ)、蛋白石(オパール)、馴鹿(トナカイ)、天鵞絨(ビロード)、仙人掌(サボテン)…など用例には事欠かない。

これらを漢字で表現する事によって、訳者は物語全体に、不思議なロマンティシズムを与える事に成功している。また、ワイルドの英文の格調高さを、日本語に移植する事にも成功しているように思える。

また、子どもを意識したですます調ではなく、常体を用いた事も、物語全体を締まりのある堅牢な構造の元にまとめ、凜とした美しさを演出することに成功している。

これが敬体で書かれたとするならば(そうした訳が従来殆どだったのだが)、物語はもっと安易なセンチメンタリズムに流れてしまっただろう。


この本の登場によって、ワイルドの格調高さを持った、大人のための童話集を、我々はようやく手に入れる事が出来た。この書評を書くに当たって、もう一度この本を読みかえしたのだが、そこには水晶のように硬質に輝く美しい文章があった。

読んでいて、この童話を通してワイルドは、何が言いたかったのだろうか?と戸惑う事も多かったが、再読してみて、何よりもこの本はワイルドが醸し出した美しさをまず感じ、味わう事が大切なのだと思い至った。

驚くべき美しさである。

20170202

『社会運動の戸惑い』

ジェンダーという言葉を知ったのは80年代、イヴァン・イリイチの著作からだったと記憶している。フェミニストから見れば鼻持ちならないと思われるかも知れないが、事実だから仕方がない。

ともあれ、イリイチが説く女と男の世界に驚愕し、彼の現代社会批判は深く私に突き刺さった。

以来、ジェンダーに関して、セクシュアリティに関して、敏感であろうとして来た。

その中でフェミニズムにも出会い、何故か分からないが密かに共感しても来た。

そうした私にとって、00年代の所謂フェミニズムに対するバックラッシュは、とても他人事では済まされない現象だった。

保守層にとって、ジェンダーフリーは、何故そこ迄危機意識を持って迎えられなければならない概念なのか理解の範囲を超えていた。

私もバックラッシュを前にして、戸惑い続けていたのだ。

山口智美、斉藤正美、荻上チキ『社会運動の戸惑い─フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』をようやく読了した。

この本は出るべくして出た本であり、私にとっては読むべくして読んだ本と言えるのではないだろうか?

読んでいて、出て来る具体例に対して、あ、これはあの時だ、と分かるものがとても多く、まるで知り合いが書いている文章を読んでいるような感触を、幾たびか感じ取った。

とりわけmixiなどインターネット上の議論に関しては、私自身が積極的に関わった事例であって、出て来る人物名も、既知の親しみのある人物のものが多く、懐かしさすら感じた。


この本のタイトルには複雑な思いが込められていると筆者等は言う。

フェミニズムという学問および社会運動は、00年代にいったいどの程度の効果を果たしたのか。保守運動とフェミニズムという二つの社会運動の衝突は、いったい誰を幸福にするためのものだったのか。この係争で明らかになったのは、フェミニストたちが自らの社会運動の歴史と役割を忘却しつつある、ということではないか。自らの隘路に戸惑っている社会運動の姿を記述していく作業もまた、私たち筆者にとっては戸惑いの連続だった。

からだ。


後に保守層からフェミニズムへの激しい攻撃に用いられる事になったジェンダーフリーという言葉が日本に於いて最初に使われたのは1995年、東京女性財団のハンドブック、『Gender Free 若い世代の教師のために─あなたのクラスはジェンダーフリー?』(東京女性財団1995)、およびプロジェクト報告書『ジェンダーフリーな教育のために』(東京女性財団1995)だと言う。

この文献の作成には心理学者の深谷和子、教育学者の田中統治、精神医学を専門とする田中毅という3名の学者が関わり、意外な事にフェミニズムを専門とする学者は加わっていなかった。

つまりジェンダーフリーという言葉は
(1)学校教育を対象に
(2)制度面ではなく意識・態度的側面の問題として
(3)女性運動の歴史を捨象したうえで
(4)行政指導の言葉として
1995年の日本に登場したと言う訳だ。

ラディカルさとは程遠く、反発を逃れたいが為に考案された言葉でもあった。

またこの言葉そのものが、バーバラ・ヒューストンの論文の誤読から用いられ、その後に女性学・ジェンダー学者たちが無批判に、更にその誤読を広めていった過程が述べられている。

それに対する保守層の批判も、決して学習していない訳ではないのだが、「革命」や「全体主義」、「マルクス主義」という名詞のついたタイトルが多く並び、フェミニストの左翼性を暴くという単調な形式の論調が続く。

筆者等はこの間のバックラッシュに対し、「失われた時代」と表現するしかない程なすすべなく後退し続けたフェミニズム側の言動に、実証的な研究や調査に基づく記述が見当たらない事に注目する。

そしてバックラッシュの先鋒でもあった日本時事評論の関係者や運動家、行政担当者への聞き取り作業を始める。

当初、「バックラッシュ派」は恐ろしい、おぞましいというイメージに取り憑かれていた筆者等だったが、実際に会ってみると、腰が低く、にこやかで穏やかな人であったりして、「バックラッシャー」の恐ろしい攻撃的なイメージは、自分たちが勝手に抱いていたものである事を理解していった。

また「バックラッシュ」は司令塔を持つ全国組織によるものというイメージも現実とは解離しており、柱のひとつだった男女共同参画条例づくりへの批判は地方から始まり、各地へ拡がった運動だった。

以下、そうした「草の根」の保守運動がどの様に展開されたのかが、詳しく述べられている。また、バックラッシュ派も含めて、運動を広めるに当たってインターネットをどの様に駆使したか、しなかったかも語られている。

「草の根保守運動」は勝ったのだろうか?
ジェンダーフリーという言葉は使われなくなり、条例も明らかにフェミニストたちが望んでいたものとはかけ離れた保守寄りのものになった。

だが、その間保守の側も運動が衰退したり、保守の間で分裂が起きたりしていて、とても勝利を謳う程の成果を上げていない。


筆者等がこの本で何をしたかったのかは明白だ。

「失われた時代」00年代。その無力感から何かしら取り戻せるものがあるのではないかという問いかけへの返答を試みているのだ。

その為に困難な聞き取り作業も敢行したのだろう。


この本は、丁寧なフィールドワークに基づき、バックラッシュによって「失われた時代」と考えられている時期をフェミニストの視点から振り返り、実証的に考察した労作だ。

フェミニズムに欠けていたのは実証的な検証作業であるという著者等の反省がこの本を産んだのだと思う。

極めて重要な文献だ。

20170127

『読書について』

遮二無二に、兎に角沢山本だけは読んできた。
引っ越しを機に蔵書を整理し、1/3程にまで減らしたが、それでも部屋の壁は本で埋め尽くされている。

読書はプラスの面だけでは無いのではないか?

薄らとそう感じたのは2年を費やした受験期と大学時代の事だった。

高校時代迄は勉強はしなかったが、何でも創意工夫次第で、自力で出来ると言う自信は揺るぎなくあった。これで勉強が出来れば、完璧だとすら思っていた。

受験期と大学時代、遅ればせながら私はガリガリと勉強をした。

勉強は出来るようになったが、明らかに独自性を喪失したという実感がある。

自分で考えると言う事をしなくなった。

何でも出来る筈の自分は姿を消し、何も出来ない自分が残滓のように残っているだけだった。

それなりの情熱を傾けて書いた論文は、オリジナルなアイデアのない、教科書のような代物になってしまった。


ショーペンハウアーが『読書について』という本を書いている。
読んでみて、やはりそうだったか!と感じ入った。

この本は
「自分の頭で考える」
「著述と文体について」
「読書について」
の3編から成っている。

岩波文庫からも出されているが、今回は読みやすさを優先して、分かり易い訳で定評のある光文社古典新訳文庫版を選んだ。

訳者は鈴木芳子さん。

訳者あとがきの冒頭で鈴木さんは

端正で切れ味鋭く、濃密

とショーペンハウアーの原文を評している。

耳に痛い話も少なくないのに、なぜか爽快!

とある。
この見解には諸手を挙げて同意したい。


3編のうち「著述と文体について」は、私には評する力量がない。この文章で、ショーペンハウアーはドイツ語の乱れに関して、豊富な具体例を挙げて警告しているのだが、その具体例を逐一理解出来る程、私にはドイツ語の文法や用法に関する知識がある訳ではないからだ。しかも19世紀のドイツの文化事情や社会的背景については、殆ど知識がない。

訳者自身による解説にあるように、

いまの日本には頭文字だけを抜き取った省略語や「起きれる」「食べれる」のような「ら」抜き言葉、あるいは匿名によるネットへの書き込みが蔓延しているが、ショーペンハウアー博士がこれを見たら、「ひとつひとつの語を切りつめる手法とは、まったく違う手続き」すなわち「簡明簡潔に考えるという業」「どんなに微細な変化や微妙なニュアンスにも厳密に対応する語を自在にあやつる国語力」を要請し、匿名批評家を「名誉心のかけらもない」と評するのではないだろうか。
とあるのを紹介するに留めておきたい。

ショーペンハウアーはドイツ語の名人でもあったのだ。

後の2編はほぼ同じ事を言っている。

「読書について」の第2パラグラフ冒頭でショーペンハウアーは

読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。

と喝破している。

だからほとんど一日中、おそろしくたくさんの本を読んでいると、何も考えずに暇つぶしができて骨休みにはなるが、自分の頭で考える能力がしだいに失われてゆく。

耳の痛い話とはこの様な言葉を言う。

私の頭の中には、雑多な知識は豊富に存在しているが、それは雑学と称されるものであって、真に生きる上で必要な知恵は、そこからは生まれてこない。

「頭の中は本の山
永遠に読み続ける 悟る事なく」
(ホープ『愚人列伝』第三章、194)

ナイーブに多読を美徳として信じていた訳ではない。けれど、心のどこかで読書する事は、無批判に良い事だと信じる私がいた事は否定出来ない。

何か事が起きると、すぐ本に答えを探していた。それは確かに考える事を放棄し、他者に委ねてしまう行為だった。

抜き書きしてみると只単に手厳しく、耳の痛い話だけの話になってしまうのだが、この本を通読してみると、そこにショーペンハウアーが抱いている、他者に対する深い愛情がある事が分かる。それをヒューマニズムと言っても良い。
それがあるが故に、この本は

耳の痛い話も少なくないのに、なぜか爽快!

と言いたくなる作品に仕上がっているのだろう。
知的な笑いがこみ上げてくる本にもなっている。

古典の教養に裏付けられ、それが滲み出るショーペンハウアーの文体はあくまでも凜とした佇まいを感じさせ、しかも比喩がこの上なく巧みだ。


気を付けたいのはショーペンハウアーは本を読むなと言っているのではないと言う事だ。彼自身大変な読書名人として知られている。肝要なのは、あくまでも自分の頭で感じ、考えよと言う事なのだ。

良い本を読んだ。

20170118

大雪、ようやく止む

やっと晴れた。
12日の夜から本格的な雪だった。
この間、少しの間晴れたり日が射す事もあったが、殆ど雪が降り続いていた。

豪雪とは言うまい。豪雪地帯の方々への申し訳が立たない。今回の雪でも1mを超す積雪は方々から報告されている。

それでも気象庁の最新の気象データでは長野市内で一時最深積雪が49cmを記録した。

その為、5日間連続で、毎朝雪掻きに狩り出される事になった。


善光寺平は比較的雪の少ない地域だ。その為に戦国時代はここを領地にする為に幾多の武将が覇権を争った。川中島合戦などはその代表例だ。

そこに50cmに届くかと思われる程の積雪を記録する事は、そう滅多にある事では無い。


辺り一面、銀世界に覆われた。
困ったのは出勤の時使う道が、十分に雪掻きがなされていなかった事だ。
歩道は完全に雪に埋もれ、仕方なく歩く車道は雪が踏み固められ、つるつるに滑る状態になっていた。
夜、そこを車をよけながら、長靴で歩くのはかなりの恐怖を伴った。

車とすれ違う時、安全を考えて一旦立ち止まるのだが、それでも私は何度か滑りそうになったし、車も滑るのだ。


しかし、雪が多かった分、気温はさほど下がらなかった。14日の-5.8℃が、確認した中では最も低い気温だった(この日の最高気温は-2.1℃だった)。最高気温こそ余り上がらなかったが、最低気温も思った程下がらず、気温差の小さな日が続いたと言えるだろう。


今日は最高気温がかなり上がり5℃近くになると予想されている。この日射しと気温で雪もかなり解けるだろう。

だが油断はしていない。雪も完全には解けず、根雪になるだろうし、何と言っても天気予報では今週の金曜日からまた雪が降り続くと発表されているのだ。

さすがに憂鬱になって来た。自分の住処と親の家の3件分の雪掻きは、やはり辛い。

20170116

Opera Neonはなかなか良い

Mediumの記事で新しいブラウザOpera NeonがOperaから出た事を知った。

早速ダウンロードして、少し使ってみたが、これがなかなか良いのだ。

デフォルトの状態で起動すると
のようなメイン画面が現れる。

全面表示のウィンドウにデスクトップが表示され、そこに幾つか丸いアイコンが散らばっている。

ここからして、従来のブラウザと設計思想が違う事が分かる。

このアイコンをクリックすると
この様な感じでタブが表示される。

開いているタブは右側にアイコンで示される。

左側のサイドバーにある+(タブ)をクリックするとタブは縮小され、メイン画面に戻る。

タブを開いた状態で、右側のタブアイコンをdragしてゆくとスプリットスクリーンで表示させる事が出来る。

これに一番驚いたし、便利さを感じた。

左側に並んでいるサイドバーにはスクリーンショットを撮ったり、YouTubeなどを再生させたり、ポップアップで表示する機能などが選べる。

拡張機能などには対応していないようだが、本体が持つ機能も元々多く、不便さは感じなかった。

まだ出来たばかりのブラウザで、実際問題点も幾つかあるのでメインブラウザとしては使わず、補助的に活かしてゆこうと考えている。

万人にお奨め出来るブラウザとは言えないかも知れないが、従来のブラウザに不満を抱いている方には、試してみる価値は十分にあるブラウザとしてお奨め出来ると思う。

ブラウザの未来形にひとつの方向性を指し示したブラウザだ。

20170105

放牧宣言

いきなりの事でかなり面食らった。

いきものがかりが活動を休止する事になったという。彼らのオフィシャルサイトでそう宣言しているとNEWSは伝えていた。

すぐにオフィシャルサイトに行ってみる事にしたが、アクセスが集中していたのだろう。エラーコードが出てしまって、なかなか繋ぐ事が出来なかった。


年末の歌番組などでいきものがかりが昨年デビュー10周年を迎えた事は知っていた。十分長いキャリアを積んでいる。その間、発表された曲はどれも、高い水準をキープしていた。人気、実力共に兼ね備えたグループだと思っていた。

幾つかのNEWSを読み、大体の事は理解出来た。しかしやはり彼ら自身が発表したメッセージを読みたい。

その内にエラーコードが書かれたウインドウを放置しておいたら、急に「いきものがかりからのお知らせ」と書かれたワイプがある彼らのサイトが表示された。
画像はクリックすると拡大します。
すぐにそれをクリックしたが、またつながりませんの表示。

待つ事20数分。ようやく彼らの「放牧宣言」を読む事が出来た。

繋がった当初は、もう当分ここには戻って来られないのではないかと思われたので、急いでスクリーンショットを撮った。
だが、その後確認したところ、NEWSが報じられた当初に比べて、格段に繋がりやすくなっている。

デビューしてから10年。グループを結成してから17年経っている。これだけの時間を3人で一緒に活動してきた事だけでも凄い事だ。

メンバーそれぞれ、
自由になってみようと思います。

宣言にはそう記されている。

それは良い事なのではないだろうか?
わたしにはそう思える。

恐らくこの休止の先に、このままずるずると解散に至る事はないだろう。

それぞれの未来を、もっと広げるために

3人の物語を、もっと長く、
もっと楽しく、続けるために。

「宣言」にそうあるからだ。

更に続けて

いきものがかりは3人が帰ってくる場所です。
またみなさん笑顔で、会いましょう!

それでは行ってきます。

放牧!

と締められている。

休止するというNEWSに驚き、内心大きなショックも感じた私だが
彼らのこの言葉を掛け値なしで信じて、
「行ってらっしゃい!」と声を掛けるしかない。

そうしてやりたい。

芸能界は他人事として捕らえていると信じていた。
だが、今回いきものがかりの「放牧宣言」を知って、激しく動揺している自分がいる事に少し戸惑っている。

私は彼らの音源を1枚も持っていない。
だが、実のところかなり熱烈なファンだったようだ。

いつの日か
「お帰りなさい!」
そう声を掛ける日を待ち望んでいる。

その日がそう遠い事ではないと
期待し、信じ、待ち望んでいる。


朝からちらついていた雪が激しく降り始めた。

20170103

実感のある正月

大晦日も正月も、加えて2日も仕事だった。こうした経験は初めての事。しかも店が早く閉まる為、不断より早く出なければならなかった。

ならば正月という気がしなかったかというとそうでは無い。

むしろ今迄正月に休んでいた頃より遙かに年を改めるという実感が今年は伴っていた。

今迄は、正月は単なる休みの日であって、不断と違う特別な日という実感が全くなかった。
そうした人生を今迄生きてきた。
そしてそれで良しと、達観を気取る気分も確かに私の中にあった。

売らんかなの商業主義的な「特売日としての行事」に刃向かう自分が好きでもあった。

今年も仕事をしている時は、今まで以上に普通の日として正月を味わうのだろう、と思っていた。

しかし、仕事を終え、家に辿り着いて、紅白でも見ようかとTVを点けた辺りから、心の底に不断とは違う静けさが流れていることに気付いた。


それは子どもの頃の、どこか華やいだ新年を迎える気持とは全く別の、それとは対局に位置する、新しさを迎える為の心の真っ直ぐな姿勢だとすぐ分かった。


この心の動きは、生まれて初めての体験だった。

新年がやってくるのを楽しみに身構えているのだ。この私が!

やがて午前0:00はやってきた。
心の中で小さくカウントダウンをしていた。


思うに、今迄の私は社会との接点を殆ど失った状態で生きてきた。
それを取り戻したのが今年だったのではないだろうか?

避けに避けて来た商業施設で働き始めた。
仕事は丁寧さより早さが求められる、最も苦手とする環境である。

叱られてばかりいる。

しかしそれはもしかしたら関係という他者とのあり方の一様態なのではないだろうか?

正月は商業施設もそれを利用するが、何はともあれそれ以前に社会的な約束事の事だ。

私の中にそうした社会との接点が出来てきたので、ようやく正月を正月として実感する事ができてきたのではないだろうか?


だが、定番と言われる正月のTVを見る訳でもない。増して年末年始に行われる、これまた定番の行事を行う訳でもない。特別な事は何一つしていない。


けれど確実に2017年という年の始まりは私の心の中に、大きな区切りを刻みつけていった。

新しい生活の中で新しい年は始まった。

何をしているのかというと、CDやFM放送ばかり聴いている。

今はプーランクを聴いている。