20080323

爆発的な春

週末は乗り慣れた車の廃車手続きに追われた。

一抹の寂しさはあるが、それが一抹のものである事に自分で驚いている。

昨日(22日)は最終的な作業をこなし、共有のものとなる女房の自動車の合鍵を作りに行く。だが、既に心は自転車に動いてしまっていて、自動車に積極的に乗りたいと思うに至らない。

結構ストレスが溜まったので、自転車で家の近くをひと回りする。スミレが咲いていたのを見たのはつい最近の事ではなかっただろうか?

路地の脇にヒメオドリコソウが咲いているのを見たのを皮切りに、ほんの少し前に比べてあまりに多くの草花が咲いているのを見て驚いた。

北に登ると、遠くの山々を含め、眺望が一変する。

その山々の雪もひと目見て分かる程、雪が少なくなっている。春が、爆発するような勢いでやって来た。

そして思う。恐らく、自動車に乗り続けていたらこの爆発的な春に、気付けなかったのではないか?
身体を使いながら動くと、風景が急に見え始める。この事を最近強く感じる。

何よりも、駐車場に車を入れる時の緊張感を感じる事なく過ごす事が出来る。廃車手続きの寂しさが一抹のものであったのは、これら様々な開放感を感じているからかも知れない。

とりあえず自転車専用レーンが欲しい。

20080319

5年前の春

合衆国の大統領が沈痛な表情を浮かべ、奇妙な戦争の開始を告げていた。

わたしは長い、デモ隊の列の中にいた。
あれから日本は参戦国になったのだが、未だにその自覚は当の日本人にはない。

途方もなく長い戦争がまだ行われている。途方もなく理不尽で、途方もなく残虐な行為。

あのデモ隊は極めて長いものだったが、その中の何人が、今、あの国に目を向けているのか?

わたしたちの中では何故か、過去のものになりつつある現在の戦争。

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この春。チベットでは例年行われている、中国政府がチベットが侵入した日への抗議活動に、苛烈な弾圧が加えられた。

世界は理不尽なままだ。

38年振りの春

38年振りに、春の開放感を感じている。自転車の効用か?

今朝は車の少なさを利用して、ライトの角度をチェックしつつ、まだ暗い道を走る。春とは言え、朝の暗い道は寒い。とりわけ、手が冷たく、片付けてしまった手袋が欲しくなる。

同時に気になっていた、ギアの点検も行う。これは問題なく切り替えが出来ているようだ。慣れてきたのだろうか?先日、精一杯の力で登っていた坂道も、比較的楽に登れる様になって来ている。いつの間にかそこに着いている。そう言った感覚がある。これならば、もっと遠距離に挑んでも良さそうだ。

ただ、気になるのはスピードを出した時、ハンドルがぶれる事だ。微調整が巧く出来ていないのかも知れない。或いは今迄乗っていた自転車で着いた癖が出ているのか?
工具を取り出して、調整してみるが、なかなかしっくり来ない。

前3段、後ろ8段の24段切り替えのギアはやはり強力な威力を発揮してくれる。サドル位置の調整も巧くいっているのだと思うが、以前は苦しかった坂道もサドルに座ったまま登り切る事が出来る。

点検したかったライトはそれほど神経質にならなくとも良さそうだ。尤も、微調整した角度もライトを消す時、簡単にずれてしまったのだけれども。

一番の問題はやはりハンドルのぶれだ。これは大げさに言うと、命に関わる。暫くはゆっくり乗る事にして、点検に行く時、相談してみる事にする。スピードが出せなければ、この自転車の機能の最も重要なひとつを、無駄にしてしまう事になるだろう。

昨日、泥除けの問題を含め購入した自転車屋さんに電話をする。1ヶ月程過ぎた頃の点検時に軽さを犠牲にして細身の泥除けを付ける事にした。やはり晴れていて路面が乾いている時しか乗れないことは行動の自由を狭くする。同時に古い自転車の修理を中止することにした。女房殿にはフレームが少し大きすぎる。さて、ハンドルのぶれはどのように相談すべきか?

それより何より、自転車屋さんが遠い事が心を重くする。…ま、ゆっくりと行って来るしかない。行きは良いのだ。坂道を下ればよい。帰りは扇状地のだらだらと続く坂道をただひたすら登ってくるしかない。
地図を見ながらより「燃費」の少ない道を探す。女房殿も自転車を所望しているので、今度は近いところである程度しっかりした自転車屋さんを探しながら、ゆっくり帰ってくるとするか。どの道を通っても比高差に変わりはないのだから。

今日は午後から雨になりそうだ。

20080315

腰痛もまた心地良し

毎日書こうと思っている。
……
…



…
どの口が言った言葉だろうか?
3月になって始めてのBlogを、中旬になって書いている。


『Die Leiden des jungen Werther』との死闘は続く。幾分速くなってきただろうか?それでも片時も辞書を手放す事は出来ず、少しでも休んだらまた元に戻るだろうということは容易に予想できる。

この語学の勉強もかなり利いていると信じているが、それ以上に、一時は日本語を書くこともしたくなかったやや厳しい鬱状態からわたしを救ってくれたのは自転車だ。2日前に届いた。

購入の動機は前向きなものではなく、維持費を払う事が困難になって自動車を手放す事を決心した事から始まった。かなりみじめな動機だと自分でも思う。
動機はみじめなものだったが、自転車の乗り心地は快適!
細い路地を見ると入って行きたくなるわたしには自動車より自転車の方が合っているのかも知れない。

だが、長い間殆ど引きこもり同然の暮らし方をしていたつけが来た。初日はさほど乗り回さず、家の近くで慣らし運転しただけだったのだが腰に来た。股関節、仙骨と脊椎の境目辺りが痛み、坐ったり立ったりする時はいつも悲鳴を上げる始末。
身体は正直に、徹底的になまっていた。

とは言え、心はいつも自転車に奪われた状態で、翌日も身体の痛みが引けていないうちから居ても立ってもいられず前日より長い距離を乗り回す。

痛みが変化している事に気が付いた。初日は関節痛であったものが、腰から背中に掛けての筋肉痛に変わっていた。その筋肉痛も(勿論不快だが)どこかに心地良さが感じられる。前日辿り着いた場所には「もう着いてしまったのか!」と驚く程、楽に辿り着いてしまった。また、だらだらと続く坂道の登りも遥かに楽に乗り続けることが出来た。

14日は雨、身体は自転車に乗りたがっていたが、それ程急を要する用事がある訳でもなく、久し振りに自転車に乗らずに過ごした。
腰の痛みはかなり引いてきた。だが、まだ張りがある。

今日(15日)薦められていた自転車の本が届く。岩波ジュニア新書だったので、簡単な記述だけだと思っていたが、なかなかどうして、びっしりと過不足なく様々な情報が丁寧に書かれていた。
腰痛が起こる条件は全て満たしていた。防止の為には、筋肉をあらかじめ鍛えてから自転車に乗ることを勧めている。
そこに辿り着くまで、おそれを感じるほどに必要な(だった?)事柄が網羅されている。…知りたかったメンテナンスの方法が簡単に書かれていない。そんな事は常識!ということなのだろうか?読み込むと、そこここに必要な情報は書かれているようだ。

かなり本格的に自転車に乗る人のために書かれている。『サイクルスポーツ攻略法』(五十嵐 高・著)という本だ。新刊本はもうないらしい。古書サイトで入手出来る。

恐ろしい世界に足を踏み込んでしまったようだ。
自転車の修理を自分で出来るか?そう聞かれたら、きっぱりとNo!と答えるしかない。困った。

20080220

レクラム文庫を抱えてうろうろする

あまりの不勉強さに脱力し、再起を誓う。

どうも毎日の更新は難しい。
工事の音がまともな仕事の邪魔をする。
雪が降っていた頃から、鬱状態が悪化した。幻覚まで見える始末だ。あー、春なのだなー…と、外の風景とまるでそぐわない実感を覚える。
今回の鬱状態は、鬱状態だけなのだろうか?

このようなときには語学にいそしむ事が、最も簡便な対抗手段となる。

再起を誓った途端ゲーテの『Faust(ファウストI/II)』と『Die Leiden des jungen Werther(若きウェルテルの悩み)』のが届いた。そう言えば医者から勧められていたのだった。随分高いハードルを設けてくれる医者だと思う。

レクラム文庫はさすがに安く、この3冊の総額で講談社文芸文庫の『ファウスト 上』1冊が買える。ユーロは依然高い筈だ。日本の文庫もレクラム文庫の様な質素な装丁でよいと思う。高過ぎる。

いきなり『Faust』はさすがに怖かったので、『Die Leiden des jungen Werther』から取りかかる。…で、いきなり挫折する。ドイツ語を読む10倍以上の時間を辞書と過ごしている。やはり、出て来る単語の殆どに対して、片端から辞書を必要とする実力は殆ど変わっていなかったようだ。にもかかわらず、わたしは横になって本を読もうとする。ドイツ語の本でそれは殆ど不可能だ。日本語の本であっても文庫本の様な小さな活字になると、近眼+老眼のわたしには困難だと自分でも分かっているのだ。

机の前に戻る。

東京で30年間暮らしていた割には、そして曲がりなりにもドイツ語を学んだ事がある割には、わたしが持っているレクラム文庫は10数冊しかない。これはあまりに少ないと言える。
そのあまりに少ないドイツ語の本にとりあえず眼を通した事があるにもかかわらず、わたしのドイツ語のレベルはあまりに低い。
いつまで経っても、持っているレクラム文庫は新鮮で、読んだという気がしない。

ただ抱えてうろうろするだけだ。

これはドイツ語に留まらず、他の全ての外国語すべてがそうなのだ。
せめて英語だけでも自由に扱えるならば…と思うことも多々あるが、そうでないのだからどうしようもない。
辞書は手放せない。

加えて原書というものには注釈がない。翻訳を読んでいて、いちいちこんな事注釈してくれなくても…と何度思ったか分からないが、いざ注釈無しで本を読もうとすると難渋する。そもそも18世紀のドイツの文化事情にわたしが詳しい訳がない。ドイツ語を日本語に置き換えてみて…さて、これで何が読めているのか?夥しい不安が押し寄せてくる。
画家一人の名前を訳しても、その画家が何者なのか良く分からないのだ。訳しているという実感は全くない。

…遂に禁じ手を使ってしまった。本棚から翻訳されたものを取り出して来て、同時に読むことにする。
母国語というものはこれ程までに読みやすいものなのか!と感動すら覚えてしまう。この言葉はこのように訳すのか!といった驚きは多い。
翻訳家の皆様も大変な努力をされている。そのことは、原語で本を読む度に思い知らされる。新しい目を開かされる思いだ。

のろのろとレクラム文庫を訳し、何が書いてあるのかいまひとつ分からず、日本語訳を読む。成る程、こう訳すのか。と自分の訳の拙さと、間違いに何箇所も気付かされ、はっと気が付くとドイツ語を訳した部分を遥かに通り越した先まで日本語訳で読んでしまい。舌打ちしてドイツ語に戻ってゆく。いつの間にか身体は布団の中に逆戻りしている。
ご丁寧にもレクラム文庫も連れてきているが、読めるわけがない。
成る程、レクラム文庫がいつまでも新鮮である訳が分かった。読んでいないのだ。ドイツ語を読む振りをして、いつも日本語訳を読んでいた。しかも注釈付きで…

これでは語学の勉強にならない。
勢い余って小説を最初から暗記する事を試みる。外の騒音に対抗して音読し、出来る限り音で覚えようと、今回は考えた。

ドイツ語の音読は大変な体力を消耗する。rやchの発音に、余計な呼気を要しているのだと思う。以前は簡単に出来た巻き舌が思うようにならず、3時間くらいrの発音だけの練習にいそしむ。
何しろドイツ人は幼少の頃からドイツ語を喋っているのだ。そんなに簡単に身に付くとは思えない。
出来るだけ余計な息を吐かないように気をつけているのだが、気が付くとお前はアドルフ・ヒトラーか?と妙な不安に駆られる程、力んで発音している。

ドイツ語に戻るともう読めなくなっている。

中学生の時、ミニヨンの一節を暗記した記憶があるのだが、これ程苦労しただろうか?

若さという宝物はわたしにはもう無い。諦めて、固くなった頭に文章を叩き込むしかない。

あの頃に比べて、学習環境は遥かに良くなったと思う。
大抵の参考書にはCDが付いているし、Webで、生のドイツ語に簡単に触れることが可能になった。

参考書も簡単になったと思う。
最近、井手賁夫さんの『初めて学ぶ人のドイツ語』という参考書を入手したのだが、練習問題の最初から日本語独訳の問題がある。要求している水準が非常に高い。
と、言うより、やはり学ぶ側の水準が落ちたのだろう。

この参考書は主に文法書なのだが、会話も相当意識していて、発音のコツが丁寧に示されている。そこここにドイツ語に対する愛情すら感じてしまう書き方がされている。好きな参考書だ。
この参考書にはドイツ語の筆記体やヒゲ文字の一覧も付いている。新しい参考書にはこれが省略されているものが多い。様々な局面で、これは意外と役に立つ。更に筆記体。この一覧はドイツ語の筆記体に苦しんできたわたしにはどれほど嬉しい事か。…とは言え筆記体は個人差が大きく、やはり苦しみ続けるのだろうが。
この一覧が最も好きなところかも知れない。

話が少し逸れた。逸れている間に、またドイツ語の最初の文章を忘れた。

忘れたばかりではなく、rの発音に拘泥していたらwの発音が怪しくなっていた。

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ここまで書いて放置していたのだが、もう3月に突入した。
あまりに入り口でうろついてばかりいてもどうしようもなかろうと、本文の訳を進めていたのだが、意味が分かるのと日本語に訳すのとは大違いで、まだ4ページほどしか訳せていない。

年甲斐もなく泣きたくなる。

20080219

じわじわと恥をかく

このBlogは日記であって、毎日書こうと思っている。そう書いても信じてくれる人はもうひとりも居ないに違いない。

だが書き続けよう。恥を…


題名を付けたときから、どこかしら不安な気持ちを持っていた。

面白い言い回しをするなぁ…と思って付けた先週のエントリ。どうも居心地が悪かった。"Die Liebe geht durch den Magen."これを直訳すると「愛は胃袋を通ってゆく」になる。

これが何故?と思いつつも感傷的な気分というものは恐ろしいもので、丁寧に調べる事もせず題名に据えた。

居心地の悪さは日増しに大きくなり、不安に転じた。「これって…実は料理上手は好かれる」という意味なのではないだろうか?

…その通りだったようだ。
文章とは全く違った題名を付けてしまった…!
そう思っても後の祭り…という訳でもないが、このままにしておこうと思う。

この1週間、じわじわと赤っ恥をかき続けた。

ネットでは抱き合う事も殴り合う事も出来ない。そう言ったのはわたしの友人だが、発信し続ける事で、袋叩きに遭ったり恥をかいたりといった、実感を伴う体験が出来る。

などと…要はわたしが不勉強だっただけだ。…いやー、勉強になりました。

本棚を見ていて、この歳になっても楽しみで本を読んでいられる生き方ってのは、結構幸せなのではないかと考えた。
実は、そろそろ自分の頭に見合ったものを読む様にしてゆかねば…とも考えていたのだが、「勉強するという事は幹や枝葉を伸ばす事ではない、謂わば根を広げてゆく事だ」という文章に出会ってなるほどなぁ…と思わされた。その通りだと思う。

逆に言えば背伸びしている間は勉強しているうちに入らないのだろう。

勉強しなければ…

20080212

Die Liebe geht durch den Magen.

今日(12日)は天候が目まぐるしく変わった。窓から外を見るたびに違う天候だったような気がする。雪と曇りの境界部に位置していたのだろう。少し前は吹雪だった。窓ガラスがガタガタと音を立てた。

長い文章を読んでいたこともあって、またBlogの更新が途絶えた。

途絶えている間、何人かの人と再会することを熱烈に願った。
Blogのレイアウトも少し変えた。
なかなか似つかわしい画が見付からず、パウル・クレーの『別れ』を置いたが、尚のことBlogは寂しい感じになってしまった。
これが、今のわたしそのものなのかも知れない。

わたしが必要としているのは「別れ」なのだろうか?

その人たちとは過去のある時期に強く交わったのだが、今では行方も分からない。
このところ、無性にその人たちに会いたいと願うようになった。

読んでいた長編小説の中に、それらの人びとを見出してしまっていたのかも知れない。

その人たちが今、どうしているかを知りたいと激しく願っていた。今、どうやって生きているのか?と。

だが、実のところどうなのだろう?わたしが会いたがっていたその人たちとは、かつての「あの日の」その人だったのではないだろうか。今はそう思えるようになってきている。
実際に会ったところで、何をしたら良いと言うのだろう?

十代の終わりに、全てを断ち切るようにして、この地を離れた。

わたしはあの時、それらの人々との関係をもまた断ち切って生きてきたのだ。

結局は「あの日」に、わたしは戻りたがっているだけなのかも知れない。いや、多分そうなのだろう。
感傷だ。

ここに帰って来て何年になるのだろうか?最初の頃、わたしは過去の人間関係を復元する事から、この地に根付く切っ掛けを得ようとしていた。焦りも、確かにあったと思う。全て失敗に終わったとしか考えられない。

新しい関係をひとつひとつ作り上げてゆかねばならないのだろう。「あの時」と今を結び付けようとしても一切は無駄な足掻きだ。

雪は降り続いているが、もう、窓ガラスは音を立てるのをやめた。

独り立ち、しなければ…頭をかきながらそう思う。ちっとも独り立ちできていない。

人生は一度きり。
ならば今を生き切るしかないではないか。

わたしが今を生きる生き方をする事が出来始めたら、いつの日か、彼らとも会えるかも知れない。…だが、本当に生きているのかなぁ。彼らは。

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島へ

見知らぬ人よ
あなたはどこにいるのですか?
めぐり合いを信じていますか?
ガラスの廻転扉を一つ回ったらあなたの胸にぶつかるでしょうか?
都会の海に漂い島を探し続けています。
さすらう人よ
あなたは歩き続けますか?
つなぐ掌と掌求めていますか?
心の水平線さえいつか見つけたら
あなたと私出会えるでしょうか?
結ばれ睡る緑の島を探し続けています。

曲・武満徹