20250425

ガザ日記

月に1冊ずつでも、パレスチナ関係の本を読むようにしている。

それは彼らに加害する西側に属する者として、人間らしく生きる為の一縷の矜持を保とうとする、私の悪足掻きのひとつなのだと思う。


本書『ガザ日記ージェノサイドの記録』は、そんな私の読書歴の中でも、パレスチナの、ガザの現実を、リアルに、そして厳しく突きつけてくる、特別な1冊になった。

著者のアーティフ・アブー・サイフは、ガザ地区のジャバリア難民キャンプ出身の作家で、パレスチナ自治政府の文化相として、通常ヨルダン川西岸地区のラマッラーに住んでいるが、たまたま息子を連れてガザを訪問中にイスラエルの爆撃が始まり、そのまま3ヶ月近くガザに閉じ込められ、親戚や友人たちと共に、ジェノサイドの恐怖を体験することとなった。

本書はその3ヶ月の間の、1日も欠落がない貴重なジェノサイドの記録である。

苦しく、辛い読書になった。

1日分の日記を読む。そこには余りに酷い記述が満ちている。彼等は真に死と隣り合わせに生きている。1日分を読み終える。余りの衝撃に、私は本を閉じる。暫く休む。一日の記載が終わったという事は、著者が眠ったと言う事だ。そして、本が続いていると言う事は、明日があるという事だ。著者と共に、私も休む。読んでいて、2日分の記述を連続して読む事は、遂になかった。

ガザのジェノサイドの犠牲者の数を、私は知っている。そして、その中に子どもの占める数も、また知っている。けれど、それらの人々が、どのような日常(と言って良いのかどうか)を送っているのか、何を体験し、何を感じているのかを知ることは無かった。

それは想像を絶するものだった。

自分が生きているのかどうかが不確かな日常。それはもはや日常とは呼べないだろう。

自分が何かを考えている。だがそれはただ単に、死んでいる事に気付かずに、彷徨っている幽霊の思考なのではないか?その様な疑問を感じざるを得ない状態を、彼等は生きている。

それはつまり、「我思う故に我有り」の、デカルトの「真理」が通用しない日常なのだ。

イスラエルの攻撃に論理はない。動いているものは猫でも狙撃する。

ガザの人々の眠りは、覚醒の保証のない眠りだ。寝ている時に攻撃されたら、永遠に醒める事はない。朝の目覚めは、当たり前の事ではなく、ただ単に良かった運の結果なのだ。

著者は書く。

戦争下では、目覚めてからの数分間がもっとも緊張する。起きるとすぐに携帯電話に手を伸ばし、大切な人たちが誰も死んでいないことを確認する。しかし日が経つにつれ、何を読まされるのか不安になり、携帯電話に手を伸ばすのを躊躇するようになる。携帯電話を手に取る勇気の出ない朝もある。いつかは悪いニュースが飛び込んでくる。

本書を読むのに、結局5日間掛かった。読み終えた瞬間、私は強烈な充実感と無力感という、矛盾した感情に、激しく撃ち倒された。

今、ガザで起きている事は恐ろしい。だが、もっと恐ろしいのは、世界がガザに慣れてしまっているという事だ。

20250414

知の考古学

意味が凝縮している。フーコーの文章を読む時、その事を強く感じる。しかもその意味は藤の樹の様に硬く捩れあい、巨大な塊を形成している。

私たちはその塊をどうにかして解(ほぐ)し、咀嚼する事が可能な程度に解体する作業を、最初にしなければならない。

それがフーコーを読むという事だ。

それはフーコーの言葉をそのまま読むという事ではない。

フーコー独自の言い回しを、一旦そのまま受容れ、その後に私自身の言葉に翻訳して行く。意味の解体と同時に、その作業も並行して行わなければならない。


本書『知の考古学』を読解する過程で、私はまたもその作業に専念しなければならなかった。

ミシェル・フーコーは、絶えず自己からの脱却を試み、繰り返し続けた思想家だと思う。

『知の考古学』は『狂気の歴史』、『臨床医学の誕生』、『言葉と物』を産み出して来た自らの方法論を、一旦解体し、伝統的な「思想史」と訣別し、歴史の連続性と人間学的思考から解き放たれた「考古学」として開示する為に書かれている。

フーコーにとって、その作業は一寸先だけ見えていてその先は闇の空間を、全速力で疾走する様な、知的冒険だっただろう。

フーコーの言葉を読むという事は、その冒険を私たち自身も追体験する作業でもある。

当然の様に、その過程では、一旦読んだ文章を再読し、先の読めないフーコーの言葉を繰り返し咀嚼する事が必須になる。

それは確かに苦行だが、それを繰り返し、少しずつ読み進めるうちに、ふと後ろから強烈な光が差して、その先の風景が見えて来る瞬間がある。

大抵の場合、それは瞬間的な出来事であり、その光は再び闇に包まれてしまう。

だが、それは他の思想家では味わう事の出来ない、強烈な快感である。

フーコーが一瞬腑に落ちるのだ。

フーコーは難解であり、その文章を読む事は苦渋に満ちている。

だが、一旦味わった光の瞬間を再び味わいたくて、私はフーコーを読む。

フーコーを辞められない理由はそこにある様な気がする。

20250412

種の起源

思わぬ基本文献を、私は読んでいない。

あれほどスティーヴン・ジェイ・グールドやリチャード・ドーキンスを読み漁っていながら、今日までチャールズ・ダーウィンの『種の起源』を読んでいなかった。

これは明らかに怠慢だ。

今日(2025年4月12日)ようやく読み終える事が出来た。


実はこの本は、もう少し前に読む心算でいた。

本を買ったのは、光文社古典新訳文庫から出たばかりの2009年の事だ。

まるまる16年、『種の起源』は本棚に眠っていた事になる。

写真を見ると分かるが、腰巻きや背表紙は陽に焼けて褪色している。


『種の起源』は、それほど難しい本ではない。対象は専門家ではなく、あくまでも一般読者である。

薄い本では決してないが、本来ダーウィンはもっと厚い体系的な本を書く心算でいたらしい。『種の起源』はあくまでも要約なのだ。

それでも私はそのヴォリュームに恐れをなして、本を手に取るのを躊躇っていた。躊躇い続けていた。

図書館から借りて来た本も読み終え、1週間程隙間時間が出来た。これを利用して、ついに読む事にした。

さすが光文社古典新訳文庫から出ているだけあって、訳が読み易い。昔八杉竜一訳のものを読んだ時は、その文章の長さに圧倒され、遂に挫折した記憶がある。

この渡辺政隆訳は、本人も書いているが。本来延々と続くダーウィンの文章を適当に、短く切り、それを繋げて行く書き方になっている。

それでもダーウィンの議論は、微に入り細に入り、全方位からの反論を想定して書かれている為、スルスルと読めて行く文章ではない。

選ばれている用語が比較的易しいので、それに助けられながらどうにか内容を理解して行く事が出来た。

ダーウィンはビーグル号航海で、「変化を伴う由来」(ダーウィンは進化という用語を避け、この呼び名を使用している)の発想を得てから、『種の起源』を書き始める迄22年間もの間、構想を寝かせていた。

だが、伊達に沈黙していた訳ではなかった。その事が、『種の起源』の議論を読んでいると分かる。

『種の起源』はダーウィンの長いセルフディベートの果てに書かれた要約なのだ。

ダーウィンは彼の学説への反論を、あらゆる角度から想定し、それに対して丁寧に再反論している。おおよそ全ての議論が、『種の起源』の中に織り込まれているのではないだろうか。

それはダーウィンの学説を理解するためには、それだけの議論が必要だったという事だ。

『種の起源』を読んでみて、この要約は、かなり誤解されているという事が分かった。

ダーウィンは『種の起源』の中で引用や注釈を避け、図の使用も可能な限り控えている。

唯一図を使ってあるのは、生物が「変化を伴う由来」を経て変化して行く過程とは、限りなく枝分かれして行く分岐の連続であるという事を示すもので、その考えを何度も繰り返し強調している。

だが、ダーウィンの学説への反発は、人類は猿から変化したものだという誤解だった。

これは『種の起源』発表直後の当時の反応だったのだがどうだろう?今もそれ程変わっていないのではないだろうか?ヒトは猿から進化したと思っている方がどれほど多い事か。

『種の起源』を読み終えた時、私は深い感動を覚えた。

それは、とても一人の人間の頭脳から編み出されたものとは思えない、一種荘厳なカテドラルの様な思考の作品を読み終えたという満足感だった。

私はようやく進化論についての様々な本を読む資格が与えられたと感じている。

20250410

ネコはどうしてニャアと鳴くの?

正直に告白する。題名を見て、舐めていた。


図書館でこの本に実際に出逢い、まずその厚さに驚いた。

当初、もっと薄い本を想像していた。だがこの本は470ページもあるのだ。

だが、まだ題名に拘泥していた。また、この内容なのかと。

猫は人間に対して接する中で、そのニャアという鳴き方を学習した。

それは本だけでなく、TVやネットでも取り上げられている内容だ。

ところが読んでみると著者の探究はそこでは終わっていなかった。

おしゃべりで有名なあの猫は本当に猫に対してニャアとは鳴かないのか?原種のアフリカヤマネコは?

こうした掘り下げにより、今わかっている事とわかっていない事のディティールが明らかになって行く。

そこがこの本が幾多の「ネコ本」とは一味違う大きな魅力を形作っている。

その探究力と知識の深さには舌を巻いた。

扱われている内容も、猫の鳴き方だけに留まらず、その他の猫の行動について、イエネコの起源についてなどついてなど途方もなく幅広い。

それらの話題を著者は決して衒学的に語らず、分かり易い言葉を選んで、語っている。

その為読者はその内容をバックグラウンドの知識を持っていなくても、理解し、楽しむ事が出来る。

著者のジョナサン・B・ロソスと言えばトカゲで有名な進化生物学者だった筈だ。

それがなぜ猫なのだろうか?

その答えは冒頭で明かされる。

猫が好きなのだ。

猫好きが猫好きに対して猫について語る。留まるところを知らない内容になるのも宜なるかなである。

それはそれで楽しい。

楽しんでいるうちに、私たちは猫について、従来の認識を変える事が出来る。

それがこの本の最大の魅力である。

この本を読み終えると、今迄の数倍猫好きが昂じている自分を発見するだろう。

そして、猫を通して、他の様々な事についても、新たな発見がある筈だ。

この本はだから、世界の見方を変える本であるとも言える。

20250326

ヘーゲル(再)入門

難解なヘーゲルの文章を、丁寧に説き起こしてある。なので、例えヘーゲルの訳文が分からなくても、筆者の説明を急がず慌てず読む事で、ヘーゲルを一通り理解する事が可能となっている。


大学時代、とある事情から、ヘーゲルとは壮絶な格闘をして来た。解説書も何冊か読んだ。だが、理解出来たかと言うと、甚だ心許ない。

あの頃の苦労はなんだったのだろうかと、脱力する程、本書が説くヘーゲル像は分かり易かった。

筆者がこの本で言いたい事は、従来のヘーゲル像の解体と新たなヘーゲル像の建設であると言う事が出来ると思う。

従来はヘーゲルと言えばまず弁証法であり、ヘーゲルは西洋近代哲学を完成させた偉大な哲学者だった。だが筆者はそれを、古い硬直化したヘーゲル像であると主張する。

それならば、それに代わる新しいヘーゲル像とは何かが求められる。

筆者はそれを「流動性」にあるとしている。

本書はその「ヘーゲル哲学の流動性」の感覚を掴むために、『精神現象学』と『大論理学』を例に、ヘーゲル哲学を理解するための「取っかかり」を提示して行く。

正直言って、従来より遥かに分かり易いとは言っても、対象はヘーゲルである。難しかった。だが、引用してあるヘーゲルの言説は、筆者が原文から独自に訳出したものであり、頻繁に、原語のドイツ語まで遡って説明してあるのが、とてもわかり易く、ありがたかった。大学時代悩んだ「定立」という語の意味を、今回初めて腑に落ちる形で理解する事が出来た。

だが、従来格闘して来た過去のヘーゲル理解が邪魔をして、新しいヘーゲル像に切り替えて行く事がなかなか出来ず、本書を読み解くのに時間を要した。

従来の正反合の硬直化した弁証法の理解から、それを流動と捉える新しい見方への切り替えも、なかなかスムーズに行うことが出来なかった。

本書は、余計なヘーゲル理解の邪魔が入らない、まっさらのヘーゲル初心者の方が、理解し易いのではないだろうか?

だが、筆者の行なっている、ヘーゲルの文章のパラフレーズの仕方は、何とか身に付ける事が出来たように思う。

大学を卒業してから、過去のヘーゲルとの格闘の苦しさの記憶から、ヘーゲルを避けに避けて来たが、今ならヘーゲルの文章を読み解く事が出来そうな気分になっている。

ヘーゲルという岳にも、また登ってみなければなるまい。

20250302

ミシェル・フーコー

ミシェル・フーコーの本を読まずに、ミシェル・フーコーについての本ばかり読んでいる。

今回読んだのは慎改康之『ミシェル・フーコーー自己から抜け出すための哲学』。この本に関しては、若干の因縁がある。


5年程前、県立長野図書館を訪れた際、新刊コーナーでこの本を見掛け、強く惹かれたのだ。だがその時は既に限度一杯の本を借りていた為、手に取らずに放置していた。それでもいつかこの本を読むだろうという予感は強くあった。

今回、遂に読んだ。

フーコーの言説は多岐に渡っている。それ故どこから手をつけて良いのか、酷く迷う。

この本は、そのフーコーの言説の変遷を、発表された書籍を順に取り上げ、簡潔かつ丁寧に解説してある。

但し読むスピードには注意を払った。読み飛ばすと理解不能になる。渋滞すると話の筋を見失う。幸い適当な緊張感を保ち、終わり迄読み通す事が出来た。

流石にミシェル・フーコーの翻訳を手掛けているだけあって、慎改康之さんのフーコー理解は深く、正解だと感じた。何しろあの『言葉と物』を理解できているのだ。それだけでも尊敬に値する。

最初副題の「自己から抜け出すための哲学」の自己とは、読者の事かと思って読み始めたが、すぐにフーコーの事であると理解出来た。

フーコーは自己の経験、研究、著作を通して、常に変貌し続けた哲学者だ。それ故、フーコーをどう読むかは、フーコー理解の深まりを決定付ける。油断したまま読み続けると思わぬしっぺ返しを受ける事になりかねない。

その意味で、本書に巡り会えた事は、私にとって幸運な事だと感じる。

フーコーの広大な言説世界を、この本は一望の元に展望する事を可能にしているのだ。

やっと私は、ミシェル・フーコーの全体像を、自分の物にする事が出来た。

だがそろそろ私の図書館行脚の三本柱のひとつであるミシェル・フーコーを、実際に読み始める時がやってきたようだ。

著者も言っている。

本書が果たしうるのはあくまでも、門の手前にいる読者を門のなかにいざなうという役割にすぎない。したがって、いかなる意味においてもここは足を止めるべき場所ではない。本書を読み終えるやいなや、読者がただちに門をくぐり、フーコー自身の言葉に耳を傾けるべく駆け出すことを切に願う。

20250210

枯木灘

決して、中上健次を舐めていたのではない。そのような大それた事はとても私には出来ない。

だが、さほど厚くないこの本を手に取って、1日か2日あれば読み切れるだろうと算段していた。


その甘い見積もりは、最初に本を開いた時に、脆くも崩れ去った。昔の文庫本の様に、活字がやけに小さいのだ。

これは長編だ。その時私は覚悟を決めた。

読み始めてみると、その濃密で力強い文体で語られる文章自体の持つ迫力に引き摺られる様に、中上健次の物語世界にぐいぐいと引き込まれた。

しかし困難はまだあった。

登場人物がとても多く、その関係が実に複雑なのだ。

巻末に付いている人物相関図を、いちいち参照しなければ、筋を追う事すら出来ない状態だった。

その為、最初は1日に15ページから20ページを読むのが精一杯だった。人間関係が、一通り頭に入ってからは、読むスピードも上がり、中上健次ワールドにどっぷり浸る事が出来る様になった。

結局、まるまる4日間かけて、『枯木灘』の世界を縦横に彷徨い歩いた。

体力のある作家だ。その意味では日本人離れしているのかも知れない。だが。その彼が語る物語世界は、土の匂いのする、極めて土俗的な世界である。

どちらかと言うと、アカデミズムの世界を彷徨って来た私とは、異なる世界に生きた人物なのだと感じた。

中上健次は、故郷である紀伊半島に、強いこだわりを持った作家である。紀伊半島は良く歩いた。だが私の紀伊半島は四万十層群が露出する、地質学的に興味深い場所であり、同じ紀伊半島でも、中上健次が見る、男と女が絡み合い、蠢く地方とは、全く別世界である様に感じる。

私の紀伊半島が世界に開かれた場所であるのに対して、中上健次の紀伊半島は、半島性がもたらす、閉塞的な、閉ざされた世界である。

その知らない世界を、私は中上健次を読む事で、生きる事が出来る。

中上健次を読む意味を、私そこに見出す。

『枯木灘』に登場する人物達は。決して正しく生きようとはしていない。けれどとてつもなく逞しい。石牟礼道子の書く方言は、そこに美しさを感じたが、中上健次の書く方言は、どこまでも力強い。言葉の持つ美は、様々な煌めきを放つ。

物語後半、私は確かに『枯木灘』の世界に強く感動していた。

未だに、どこに感動したのか巧く表現することが出来ない。だが、私は確かに『枯木灘』の登場人物達に共感していたのだ。

中上健次と言う作家に、暫く拘ってみようと思っている。次に何を読むのかは、まだ決めていない。

『枯木灘』の世界は、地獄の様に煮えたぎっていた。

20250201

アーレントと赦しの可能性

「反時代的試論」と名打たれている。

「あとがき」でも触れられているが、これはニーチェの『反時代的考察』へのオマージュだろう。

ハンナ・アーレントの著作の翻訳も手掛けている、森一郎氏の時代論である。


恐らく、第一部第一章にある「アーレントのイエス論」を、世に出したいという意図から編まれた論集だろう。非常に意欲的で、魅力的なハンナ・アーレント論になっている。

敢えてニーチェの反時代的を引いたのは、著者の時代に流されまいとする意志を反映しての事だと思う。

第三部第六章の「テロリズム・革命精神とその影─テロリズムの系譜学」には、テロリズムを全否定してよしとする、現在の論調に、敢然と立ち向かう姿勢が貫かれている。その論調は、読む者を、時代に迎合してしまいがちな日常から引き剥がし、古代ギリシアから連綿と続く、哲学の文脈の上で、立ち止まって考えるという行為へと、誘(いざな)っている。

立ち止まって考える事は、この文章読解して行く際にも必要だ。夥しい言葉たちが、この論集では省略され、省かれていると感じる。論に飛躍と思われる箇所が多数あるのだ。

だが、その省略された言葉たちを、各文章から丁寧に推察し、補って行く作業を厭わなければ、これらの論は。決して飛躍したものではなく。十分に考察され、練られた議論である事が納得出来る。

世に溢れるテロリズムへの皮相的な批判に於いて、そのテロリズムという語が、いかに無思考なまま流されているものであるのかが。はっきりと目に見えてくる。

通読して感じるのは。森一郎氏が、彼が訳したハンナ・アーレント『人間の条件』ドイツ語版の翻訳『活動的生』を、いかに大切なものとして扱っているかという事だった。

本論を通底して流れている意図は、本論をきっかけとして、『活動的生』を読んでもらいたいというところに、本音があるのではないかと読んだのは。穿った考えに過ぎるだろうか?

だが、第一部「赦し」、第二部「労働」、第三部「テロリズム」と深められていった思考が、第四部「出生」で、いきなり失速していってしまったように感じたのは。私の偏見だろうか?単なる科学技術批判(または悲観)に堕してしまっている様に、私には感じられた。この段で、本書が閉じられているのは。本書の深刻な弱点になっていると感じるのだ。

20250108

山とも庵が!

本郷駅の近くにあるその店を、私たち夫婦は大変贔屓にしていた。

何か事あると、またはなくても、その店が提供する美味しい蕎麦を食べに、足繁く通っていた。

予感はあったのだ。女房殿が車でその店の前を通り掛かっても、店が開いていないと言う様になったのだ。

今日(25年1月8日)確かめてみようと、その店の公式サイトを開いてみた。

すると12月5日付けの記事として、

10月末日を以て閉店しました。という報せを受け取った。

その店の名は山とも庵という。このブログでも取り上げた事があったと思う。


写真は山とも庵公式サイトから借用した。クリックで拡大出来る。

その店で、蕎麦を大根おろしの汁だけを付けて食べる食べ方も教わった。偶に食べる胡桃だれ蕎麦は絶品だった。

最近は弱点だった天ぷらも美味しくなり、この先も山とも庵と共に、この地で生きてゆくのだろうと、なんの不安もなく思っていた。

あの美味しい蕎麦をもう二度と食べられないのかと思うと、胸を掻きむしりたくなるような、残念さを覚える。

初期の頃は天せいろ蕎麦を頼むのが常だった。本山葵を小さなおろし金で擦って食べる趣向を凝らした蕎麦だった。それがメニューから消えても、暫くの間(かなり長い間だった)は、頼むとそれを出してくれた。

蕎麦好きの友に食べさせたくて、山とも庵の蕎麦を、九州博多に迄届けてもらったこともあった。

心残りは、きのこソムリエの資格を持つ女将さんが作るきのこ蕎麦を、遂に一回も食べる事がなかった事だ。

COVID-19は、地域経済に、消え様のない傷跡を残した。

昨年は戸隠そばの代表的存在だった大久保西の茶屋も潰れた。

食品関連の店は、個人事業主を中心に、壊滅状態だ。後に残るのは、それ程美味しくもないチェーン店ばかりだ。

中でも、この山とも庵の閉店は、大きなショックを私に与えた。知った時は頭がクラクラした。

55年に渡って、この地に根付いていた名店が消えるのだ。

それ程外食をする方ではない。するとしたら店はとことん選ばせて頂く。だが、その選んだ店がどんどんなくなってゆく。新年早々、寂しい報せを聞いた。