20260809

ネアンデルタール

レベッカ・ウラッグ・サイクスの『ネアンデルタール』。

原題は『親戚:ネアンデルタールの生活、愛、死、そして芸術』。ネアンデルタールを親戚と呼ぶ著者は、愛情深く細やかな視点から彼らの姿を描いている。

殆ど全てと言って構わない角度から、ネアンデルタールの生活史が述べられているのではないだろうか?この本を書くに当たって、著者が決断した覚悟はいかばかりだったろうか?近年急速に明らかにされて来たネアンデルタールの生活史。それを決定版と言い得る精度と量で、一冊の本にまとめる。その重大な責務を、著者は見事に成し遂げている。

恐らく、ここ数年はネアンデルタール研究において、この本は中核的なニッチを得続けるだろう。


この本を読む迄、私のネアンデルタールに関する知識は、断片的なものが幾つかある程度で、殆ど無知だった。と言うより、この本を読む事によって、私はその無知を思い知らされたと言うところが実情だ。

なんの根拠もなく、私はネアンデルタールはホモ・サピエンスに比べ、かなり劣った存在であろうと信じて来た。

しかし、この本から、ネアンデルタールについて知れば知る程、彼らは同程度に進化した存在だと理解出来た。

この本は18の章から成り立っている。そのうち序章とエピローグを除く16の章には、それぞれ冒頭に詩的な文章が添えられている。

読み初めの頃は、それがどうにも邪魔なものに思え、読み飛ばす事すらあったのだが、ネアンデルタールの生活史を知れば知る程、彼らを詩的に表現したいと言う著者の願望が理解出来、読み直しが必要であると理解した。

彼らは道具を作り、リタッチし、火を使いこなし、美的なものを理解する存在だった。基本的に定住はせず、流浪の生活をしていたが、それを除くと彼らの生活史はどこまでも我々と似通ったものだったのだ。

ここまで来ると、次の疑問がどうしても頭をもたげて来る。彼らは何故絶滅したのか?

この疑問には、この本は応えてくれない。或いは、決定的な理由は存在しないのかも知れない。

ホモ・サピエンスのゲノムには、かなりの割合でネアンデルタールのゲノムが混入している。親戚とは、その意味も含めての事だろうが、その意味では、ネアンデルタールはまだ絶滅はしていないのかも知れない。

今回、図書館から借りて来た本の中で、この本は一際目立つ存在であり、質・量共に今回の一番の難物だと判断していたが、繰り広げられる知的冒険のスリリングさに誘われ、正味2日で読み切ってしまった。久し振りに爽快な読後感に満足している。

0 件のコメント: