奈倉有里さんが翻訳されている。
この本を選んだ理由は、そんなミーハーとも言える単純な動機からだった。
にも拘らずまたもこの様な救いの無い内容の本を引き寄せてしまうとは。私の選書はどこかが間違っているのだろうか?
理不尽ゲームとは、参加者が実際に体験した理不尽を、百物語の様に開陳し合うゲームの事だ。本書の主人公フランツィスクは、生きていれば恐らく余裕で、このゲームに優勝するだろう。生きていれば。
フランツィスクはベラルーシの音楽学校に通うチェロ奏者だ。
フットボール好きな、どこにでもいる、平凡な学生に過ぎない。
彼は恋人ナスチャとデートの為フェスティバルに出掛ける。そこで、運命の雨に降られる。雨を避けようと地下通路に押し寄せた人々は瞬く間に群衆と化し、パニックに発展する。
フランツィスクはそのパニックに巻き込まれ、昏睡状態に陥ってしまう。
運び込まれた病院の医師の下した判断は再起不能。
フランツィスクは生きてはいるが、その昏睡状態から恢復することは万に一つの可能性もなく、植物状態のまま生きる他、無いだろうと言うものだった。
医師は残された選択肢のうち有望な唯一のものである、臓器移植のドナーとなる事を母と祖母に提案するだけだった。
唯一諦めなかったのは祖母だけだった。
孫の実質的な死を、頑として認めなかったのだ。
祖母は自分の残された人生の全てを再起不能の孫に捧げ、献身的に、諦めず看護する。
そして十余年の年月が流れ去る。
ネタバレをしてしまおう。と言っても、このネタバレ、本の表紙を「読む」事で誰にでも分かる筈だ。
祖母は何日か姿を見せなかった。そのうちに義父が覗きに来てひとことふたこと看護師のおばあさんに告げ、出て行った。
祖母は一昨日、亡くなったのだ。
その時、奇跡は起こる。
フランツィスク僅かに動いたのだ。そして言葉にもならないが、声を上げる。
その後、フランツィスクは信じられないスピードで恢復して行く。
だが、運命はそこで終わりにならなかった。昏睡状態だった十余年を取り戻す様に活発に動き回るフランツィスク。
午後五時五十五分、爆発が起きた。それはある革命の名が付けられた駅での事だった。
そこはちょうどフランツィスクが通訳の女性に次のデートの約束をとりつけるつもりでいた場所だった。
テロだ。ようやく未来を取り戻しかけたフランツィスクは、そのテロに巻き込まれて命を絶った。
昏睡状態だったのが、フランツィスクだったのか社会の方だったのか?それはもう分からない。ただ確かなことは、奇跡的に生き返ったフランツィスクは、今度こそ確実に死んでしまったのだ。
彼は本当に生きたと言い得るのだろうか?
余りに、理不尽。


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