1969年の事だから小学5年生だったと思う。ひとつのNWESが私の心を捉えた。
立命館大学広小路キャンパスで、学生運動のグループが「わだつみの像」を破壊した。当時の私はわだつみの意味も知らず、その像がどの様な経緯で建てられたのかも知らなかった。だが、当時幾つもあった学生運動のNEWSの中でもその出来事は妙に記憶に残るものになった。
戦没学生の手記、『きけわだつみのこえ』の存在を知ったのは、その数年後の事だった。
そして戦後50周年を記念する年、私は当然のようにこの『新版・きけわだつみのこえ』と『新版・第二集きけわだつみのこえ』を買い求めた。
私にはその2冊の本が、どこか重要な文献であるかの様に感じられ、いつか読まねばと思いつつ、30年が過ぎた。
この程纏まった時間が取れたので、その2冊を本棚から取り出し、神妙な気分を抱きながら読み始めた。
最初、その精神性の高さに驚かされた。
どの手記も大学に入ってすぐか、大学院在学中。志半ばで軍隊に徴兵され、戦死している。
夢中になって読んだ。
だが、期待が大き過ぎたのだろうか?途中から、延々と続く学徒たちの手記に、中弛みの様なものを感じ始めてしまった。
ロマンチックと言えばそれ迄の事になるが、それ以前に先走る観念的な思念に、どうにも我慢が出来なくなって来てしまったのだ。
いずれも東大や早稲田。将来を嘱望もされていたのだろう、エリート学生達の高邁さに、最初好意を持っていた精神性の高さも鼻に付く様になって行った。
それでも何故かそれが自分に課せられた義務でもある様に、何とかこの『きけわだつみのこえ』を読破もした。
1949年の刊行以来、無数の読者の心をとらえ続けて来た戦没学生たちの手記とある。多くの人々がこの本を読み、平和の尊さと戦争の非道さを感じても来たのだろう。その事が、何故か信じられない事でもあるかの様に、今の私には虚しさに似たものとして感じられるのだ。
戦後の所謂平和運動と称するものについても、私は再検討する必要があるのではないかと感じてしまっている。



0 件のコメント:
コメントを投稿