20240121

過去を復元する

地質学を専攻して来た。当然過去を復元する事には、強い興味がある。古生物を経由して、進化論にも強い関心を抱いて来た。

なので、名著の誉高きエリオット・ソーバーの『過去を復元する』が復刊されると聞いて、即座に購入した。

けれどどことなく敷居が高く感じられて、今迄手に取る事はなかった。図書館から借りている本が少なく、全て読了してしまったので、これはチャンスだと感じて、今回思い切って読み始めた。


予想していた以上の数式の嵐だった。

だが、慣れとは恐ろしいもので、そのうちに数式の持つ意味が分かり始めると、展開する毎に変化してゆく意味合いのダイナミズムに、快感すら感じる様になった。

本書は系統学を、哲学の立場から切り込んでいる。

推論の原則として、最節約原理と呼ばれるものがある。

世にオッカムの剃刀として知られる原理で、仮説を設定する場合、その仮説は複雑なものより、単純なものの方が真理に近いとする原理だ。

プトレマイオスの天動説は、当時の観測精度の範囲では、ほぼ十分に現象を説明していた。だが、コペルニクスの地動説は、天体の運動を、より単純に表現する事が出来る。軍配はコペルニクスに上がる。

だが、この最節約原理、一体どの様な論理的基盤を持っているのだろうか?

エリオット・ソーバーはこの難問に、論理哲学の方法を駆使して、大胆に取り組んでいる。

その論理形態は緻密で、文の一行、数式のひとつでも読み飛ばすと、滑り落ちてしまいそうなスリリングな筆致を有しており、私は予想していた以上の、知的冒険に晒される事になった。

結論から言うと、オッカムの剃刀は、数学的な検証をしてみると、それ程万能な道具ではないようだ。

これは思い掛けない結論だった。

最節約原理は、経験からは十分に信頼出来、進化の分岐図を描く時など、私もいつものように使用して来た。だがホモプラシーが成立する様な場面では、最節約原理では、説明がつかない分岐図が採用される可能性があると言う。

本書はその事を言う為に、1冊を丸ごと費やしたと言っても過言では無い。

言葉を変えれば、エリオット・ソーバーは、最節約原理をポパーの反証理論や検証度理論に結び付けるのではなく、むしろ統計学で影響力を増しつつあるモデル選択論を踏まえた際節約基準の正当化を目指していると言う事になるのだろう。

翻訳は三中信宏さん。論者の名前や基本的概念が原語で示してあったり、注釈・訳註が巻末ではなく、そのページに示してあったり、丁寧で読み易い翻訳になっていた。

本書には、数式だけでなく、理論哲学の様々なパラドクスも紹介されている。それ等読み知る事だけでも、本書を読む価値がある。

巻末の訳者あとがきや、訳者解説が付けられているのも有り難かった。本書の全体像、20年前に発表されている本書の現代的価値などは、ここから教えられた。

進化論に興味を持つ人には、必読の書と言えると思う。

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