20220421

マリア・ジビーラ・メーリアン

 大抵の場合、図書館の本は箱がある場合、それを取り除いて展示されている。ところがこの本では、箱が付いたままだった。箱にはマリア・ジビーラ・メーリアンが描いた彩色画が印刷されている。だが、表紙にはそれがない。恐らくその事が箱が残された理由だろう。この配慮には、私は最大限の感謝を捧げたい。絵があるかないか、その事はこの本の価値を大きく左右する。良くぞ箱を残して下さったものだ。


美しい本である。電子書籍が出回り、本そのものが売れなくなりつつある現在、この様に美しい本が出版された事自体、大きな驚きである。だがマリア・ジビーラ・メーリアンの業績を紹介するのであれば、その本は美しくなければならないだろう。

有名な方らしい。私は迂闊にも知らずにいて、この本でようやくマリア・ジビーラ・メーリアンについて知識を得た。昆虫や両生類の変態を初めて観察し、報告した事で知られている。

17世紀後半、世の中は観察の時代を迎えていた。

イタリアでは、ガリレオが恒星や惑星の研究に新発明の望遠鏡を役立てた。彼は地球が太陽を周回している事を確認し、それはアリストテレスの、太陽が地球を周回しているとする確信とは正反対の発見だった。

イングランドでは、ウィリアム・ハーベーが諸動物の静脈と動脈を切開し、血液は心臓の拍動によって身体中を循環している事と、2世紀ギリシャの医者ガレノスの、血液は肝臓で作られるという提言は誤りである事を証明した。

同じくイングランドで、アイザック・ニュートンは動いている物体を観察して、物体の落下は重力によるものだと断定した。

オランダではアントニ・ファン・レーウェンフックが、望遠鏡と並ぶもうひとつの新発明、顕微鏡を利用して、バクテリアや赤血球のように微小すぎて、それまでは絶対に見えなかった諸物を実験調査した。

そしてフランクフルトでは、13歳の昆虫好きの少女マリア・ジビーラ・メーリアンが「全ての芋虫は交尾を終えた蝶の卵からのみ生まれ出る」としてアリストテレスの自然発生説に挑んだのだ。

マリア・ジビーラ・メーリアンは採取した芋虫と蛹を家に持ち帰り、何が起こるのかを見ていた。中に入っているものを突き止めようと蛹を分解したり、蛹から出て来た蛾や蝶を研究したり、雌が卵を産む様子を観察したり、卵から芋虫が生まれるところを見ていたりした。彼女は研究帳に、各成長段階の絵を垂直に、或いは水平に並べて描いた。

それらの絵はことごとく正確でありかつ圧倒的に美しい。 

女子には学校へ通う自由がなかったこの時代、自宅で絵のレッスンを受ける事が出来た事、それは彼女にとって何よりの幸運であり、武器であり、財産だっただろう。線の引き方や絵の具の作り方から、彩色の方法まで、彼女は自由に学ぶ事が出来た。

だが、昆虫好きである事、それらを鋭くありのままに観察する、観察眼の確かさや鋭さは、彼女の天性のものだとしか思えない。

最初彼女は身近な芋虫から観察を始めるのだが、長じてスリナム迄冒険旅行に出掛ける事になる。

生涯にわたって、彼女の身の回りには、観察の対象が満ち溢れていた。彼女はそれらを注意深く観察し、独特のセンスでダイヤグラムに纏め、数多くの作品を世に出した。

それらの作品集は、調べてみると日本でも入手可能であるようなのだが、どれも高価で、とても手が出ない。

今回、比較的安価で、マリア・ジビーラ・メーリアンの作品と生涯に触れる事が出来る本が出版された事は、出版社の良心の結晶とも言える行為であり、貴重な書籍であると私は思う。

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