日本語とドイツ語の間を軽々と越境し続ける作家、多和田葉子の様々な言語を巡る思い巡らし。
夢は日本語で見るのか、ドイツ語で見るのかと、良く質問を受けるらしい。著者はその質問に不快感を隠さない。
日本語が本物なのかドイツ語が本物なのかと、人を試す様な質問だからだ。
どちらでも見る様だ。それだけではなく、喋れもしないスペイン語やフランス語での夢も、頻繁に見ると言う。
一旦、母語から脱出すると、そう言うものなのかと、妙に納得出来た。
様々な言語に触れて来た。だが、海外に長く滞在する事がなかったので、どれもちっともモノにならない。
多和田葉子さんの様に、海外に拠点を構えて活躍する日本人には、強い憧れを抱いている。
この本には、母語の外に脱出すると言う事が、どう言う事なのかが、微に入り細に入り、詳しく述べられている。
それは日本語とドイツ語の間の関係に留まらず、他の様々な言語を例にとり、著者がそれ等とどのように関係を築いて来たのかを、具体的な例を引きながら、述べられている。
日本語と外国語の間を越境すると言うことは、例えば合わせ鏡の様に、両者を独特な感性で、眺める事を可能にする行為でもあるようだ。
例えば、松尾芭蕉の『奥の細道』のドイツ語訳を読んで、訳がおかしいのではないかとドイツに住む日本人に問われたりする。「月日は百代の過客にして」の月日がSonne und Mondと訳されているのだ。確かにおかしい。普通ならばそこで話は終わってしまう。だが多和田葉子さんは、この『奥の細道』のドイツ語訳は美しいと、暫く考えて思ったりする。中世の人間が「月日」と言った時、実際の太陽が出て沈み、月が出て沈む情景が、比喩としてでなく、具体的な生活感覚としてあったのではないかと、思い巡らしているのだ。
誤訳と思われるまでの直訳は、わたしたちを言葉の原点に立ち返らせ、言葉を比喩という老衰から救う役割を果たしてくれることがあるように思う。
この種の思い巡らしは、母語と外国語を越境し続ける事でしか、得られない感覚だと、私には思える。
その感覚は、彼女の文学観にまで及んでいる。
文学を書くということは、いつも耳から入ってきている言葉をなんとなく繋ぎ合わせて繰り返すことの逆で、言語の可能性とぎりぎりまで向かい合うということだ。そうすると、記憶の痕跡がたくさん活性化され、古い層である母語が今使っている言語をデフォルメするのかもしれない。
人は生まれた時、あらゆる言語を獲得する能力を持って生まれて来るのだと言う。だが、例えば日本語の環境で育ち始めると、6ヶ月程でlとrの区別をする能力が失われてしまう。つまりひとつの母語を獲得すると言う事は、他の言語を獲得する能力を失う事でもあるらしい。
私たちは、ある程度育ってから、他の言語を、再び学ぶ事に、妙な憧れを抱く。それは失われた能力に対しての、ある種のノスタルジーなのかも知れない。
母語から脱出する旅とは、どの様な旅なのかを、事細かく解説してくださった多和田葉子さんには、感謝の念を抑える事が出来ない。この本の読書体験を基に、これからも多和田葉子さんの作品を読解して行きたいと思わざるを得ない。


0 件のコメント:
コメントを投稿