2011年6月から2012年3月までの間に、朝日新聞全国版で、毎週火曜日に連載された記事をもとに書かれた本。1枚の写真と2ページの文章が交互に配置されている。
長らく東日本大震災からは、身を遠ざけて来た。何よりもショックが大きかったし、被害の規模の事を考えると、安易に触れることが憚られる気持ちもあった。
10年以上経った。もう禁を解いてもよかろうと、本書『南三陸日記』を図書館から借りて来た。
読んでいて、10年以上昔の記憶が、ありありと蘇って来るのには参った。まだ充分に傷は癒えていなかったようだ。
矛盾するようだが、東日本大震災を、直視できない自分もいる。心のどこかで、現実とは別の、東日本大震災がなかった10年があったような気もするのだ。逃避だろう。
南三陸町の事は、はっきりと記憶している。大震災の直後、大きな火災が発生した南三陸町の映像がTVに映されたからだ。
ジャーナリストというのは、つくづく因果な生業だと思う。
離れていても、大震災のショックは大きかった。三浦英之記者は敢えて南三陸町に居を構えて、そこから変わりゆく被災地の風景を、週1回報告する企画を実行する。
その精神的な負担は、いかばかりのものだっただろう。
画面一杯の瓦礫が広がっている写真から本書は始まる。
そうだった。あの当時、被災地はどこもこのような風景が広がっていたのだ。
大震災のちょうどその日に、婚姻届を提出しようとしていた夫婦もいる。夫は津波で亡くなってる。それでも結婚という形を続けようとしてる。二人の間に子どもが出来ていたからだ。
大震災が起きた、ちょうどその時間に産まれた子どももいる。
記者は丁寧に被災者と向き合い、報告を続けて行く。
本書は序章から始まり、序章で終わる。この報告は終わる事がない。ここから全てが始まっているのだ。
読み終わってからしばらくの間、私は何も出来ずにいた。頭の中では、報告の余韻が鳴り響いていた。並の迫力ではない。
三浦英之記者は良い仕事をした。私もそれに負けないように生きなければならない。
本書『南三陸日記』は私の記憶に深く刻まれる本になるだろう。
私も東日本大震災から旅立たねばならない。
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