これもミヒャエル・ハネケ監督の作品。観る前から警戒していたが、それを上回る内容に、やはり衝撃を受けてしまった。
ヒロインは子どもの頃からピアニストになる為に、支配的な母親から厳格な管理と指導の下に置かれてきたエリカ。しかしコンサートピアニストになる夢は叶わず、ウィーン国立音楽院のピアノ教授を務めている。
この母親との関係がエリカの全てを決定づけているのだろう。娘への過剰な干渉、娘もそれに付き合ってしまう。明らかに共依存の関係が成立してしまっている。
そこから抜け出そうとするかのように、ポルノショップの個室でビデオを見るエリカ。しかしその観方が尋常ではない。瞬き一つせず見詰める。そしてゴミ箱からティッシュを拾い上げ、その匂いを嗅ぐ。
或いは他人の情事を覗き見しながら放尿する。
長年の抑圧は、彼女の性癖をここ迄歪めてしまったのだ。
性的な歪みを除いては、全てに於いて真面目で、感情を表に出すこともなく、鉄仮面のよう。
そんなエリカの前に音楽的な才能も豊かな工学部の青年ワルターが現れ、物語は動き出す。
生まれてこの方異性と付き合ったことがないエリカは、若く魅力的なワルターに求愛され、動揺する。母親の抑圧のせいで異性と付き合うことが「良くないこと」と思ったのかエリカはそれを拒む。
しかしワルターは諦めず、彼女が働くウィーン国立音楽院を受験し合格する。 ワルターはエリカと逢う為だけに音楽院に入ったのだ。
音楽院の学生の演奏会を控え、リハーサルが行われていた。エリカの生徒もピアノを弾くことになっていたのだが、その女生徒は極度に緊張していた。ワルターは緊張をほぐす為、優しく接する。
それを見ていたエリカは、嫉妬から女生徒のコートのポケットに割れたグラスの欠片を入れ、怪我を負わせてしまう。
騒ぎの中エリカはトイレに駆け込むが、ワルターが追ってきてエリカを抱きしめる。エリカは遂に拒むことをせず、キスを受け容れて口と手で性行為を行う。だがワルターが自分に触れることは許さず、微妙な雰囲気になって、その場は失敗する。
しかし、エリカが自分の思いを受け容れてくれたと思ったワルターは「次はうまくゆく」と前向きに捉える。
次の個人レッスンの時、ワルターは今後のふたりについて嬉しそうに提案をするが、エリカはただ手紙を渡す。これを読んでどうするか決めて欲しいと言う。
だがその夜、手紙を読まないままワルターはエリカの自宅に押しかける。
自室に閉じこもって母親を遠ざけ、ワルターに手紙を読むように言う。「顔を殴れ」「紐で縛れ」「尻を舐めろ」「全裸で顔の上に坐れ」などのマゾヒスティックな「ルール」の数々にワルターは幻滅してしまう。そのままエリカに蔑みの言葉を放ち、出て行く。
翌日、エリカはワルターの赦しを請う為、アイスホッケーをするワルターの元を訪ねる。どうしてここが分かったのか?と驚くワルター。エリカは以前、そっとワルターを尾行していた事があったのだ。強引に口で奉仕するエリカ。だが、嘔吐してしまい、さらに幻滅される。
消沈していたエリカの元を、突然ワルターが訪ねてくる。ワルターはエリカの「希望」通りに、母親を閉じ込め、顔を殴りながらエリカを犯す。ただ泣くばかりのエリカ。
恐らく手紙に書かれていた様なマゾヒスティックな「ルール」は、異性と付き合ったことがないエリカが、ポルノショップなどの情報を基に、膨らませた妄想だったのだろう。
だが現実は妄想とは違う。
現実の暴力は快感をもたらすものではなく、ただひたすらの恐怖をもたらすものだった。
演奏会当日、目元に赤い痣が残ったまま、エリカは出掛ける支度をする。鞄の中にそっとナイフを忍ばせて。
家族や生徒との挨拶を済ませながらも、ワルターを待つエリカ。だが演奏会直前に仲間と共に現れたワルターは、昨夜のことなど何事もなかったように明るく、爽やかに挨拶し、他の生徒と共に会場に入っていった。
黙って見送ったエリカは、鞄に忍ばせたナイフを取り出し、一瞬の鬼のような表情で、左胸に突き刺す。そして再び無表情に戻って、何事もなかったように演奏会場を後に、そのまま外に出て行ってしまう。映画は唐突にそこで終わる。
エリカは何もかもを投げ出したのだ。
母親はエリカに全てを捧げてきたようなことを言うが、実のところ娘をピアニストにするという自分の夢の為にエリカを使ってきただけだった。
エリカを愛していると言っていたワルターは、実のところ自分の欲望を満たすだけの為にエリカを使ってきただけだった。
そうした現状を受け容れてきたエリカだったが、恐らく彼女は自分を突き刺すことで、それらを受け容れてきた自分に決別したのだ。
自らの左胸を突き刺し、全てを投げ出した彼女の行為は、痛みを伴う自立の為の自傷だったのではないだろうか?
しかしミヒャエル・ハネケ監督はどうして、後味の良い、すっきりと観終わることが出来る映画を作ってくれないのだろうか?
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