20170325

『未来を花束にして』

ようやく地元の映画館松竹相生座が上映を始めてくれた。
映画『未来を花束にして』を観た。

ここ長野市では今日から上映が始まったばかりだが、全国的にはもうかなり観た人も多いだろう。かなりのネタばれを含んだ書き方をする。

六文錢さんが書かれた優れた評論があるので、まだ観ていない方はここからそちらへ移り、映画をご覧になってからこの文章の続きをお読み下さると幸いです。


舞台は1912年のイギリス・ロンドン。たかだか100年前のことなのだ。
当時、民主主義の先進国イギリスでさえも女性には選挙権も親権も与えられていなかった。7歳から洗濯工場で働く一児の母モード・ワッツは同僚の夫サニー・ワッツと3人で暮らしていた。

ある日モードは怪我をした友人バイオレットの代わりとして、公聴会で意見を述べる。この頃の彼女はまだ、選挙権についてどう思うかと問われても、持っていないので意見はないと答えていた。だが、この陳述を切っ掛けとして「(選挙権があれば)別の生き方があるのではないか」と思うようになり、次第にWSPU(女性社会政治同盟)の運動に深入りしてゆく。

このWSPUがとる戦術は、過激派もびっくりの過激なもの。街頭のガラスを割る暴動めいた行動は当たり前で、ポストに爆弾を投げ入れて通信網などインフラを破壊する、大臣の別荘は爆破すると非合法活動のオンパレードなのだ。

だが、これまでの長い間、女性たちの声は見向きもされず、男性中心の世の中で無視され続けてきたのだ。彼女らは自分たちの主張に耳を傾けてもらうためだけに、過激な行動に訴えるようになったのであり、理は彼女らにあるように思う。だからこそ平凡な母親だったモードにも、WSPUの言葉は説得力を持ったのだろう。

しかし夫のサニーはこれを良く思わず、モードがデモを起こしたことで逮捕勾留されたことを切っ掛けにモードを家から追い出し、愛する息子との接見も禁止してしまう。

失意のモード。しかしWSPUのリーダー、パンクハーストの演説は彼女に勇気を与え、モードは刑務所で拷問に近い扱いを受けながらも、自分の意志を貫くために、活動を続ける。

そんなモードに最大の不幸が訪れる。
モードの行動を白眼視する世間の目と育児に疲れ果てた夫のサニーが、最愛のひとり息子ジョージをモードの許可なしで、養子に出してしまったのだ。

大臣の別荘の爆破も、新聞はベタ記事扱いで殆ど無視。彼女らの活動は注目もされず、WSPUの活動も行き詰まり感を覚えていた。

そこで最終手段として、イギリス国王が訪問するダービー会場に忍び込み、テレビに向かって全世界に女性参政権を訴える作戦を計画する。

WSPUの仲間エイミーとダービー会場を訪れたモードだったが、しかしなかなか警戒は厚く、国王に近付くことも出来ない。業を煮やしたエイミーは競走馬が駆け回るレースの最中に自ら突っ込んで、自分たちの主張を訴えようとする。しかしエイミーは無残にも馬に跳ねられ命を落としてしまう。

モードたちはエイミーの葬儀を執り行う。これには注目が集まり、数千人が訪れた。

ここで映像は、モノクロの当時のフィルムにチェンジする。今迄語られてきた事は絵空事ではなかったのだ。実際の葬儀のフィルムであり、映画が実話を元にしたものである事が明らかにされる。

女性選挙権はまさに命がけの闘いの果てに勝ち取られたものだったのだ。

彼女らの願いが叶いイギリスで女性選挙権(30歳以上を対象としたものだったが)が得られるのは1928年のことだった。

エンドロールには世界各国で女性の選挙権が与えられた年が列挙されていた。それを見て、その歴史が意外に浅いものである事に驚いた人も私だけではあるまい。


学生の頃、私は理科系だったが、ある時社会の諸制度がどの様な議論や歴史を経て、現在あるような形に至ったのか調べようとした事があった。
その時感じたのは、日本の諸制度はその殆どが戦後、進駐軍の指導の下に与えられたものであるということへの言いようのない空しさだった。

日本の諸制度は議論も闘いも経ていない。

これはある意味で救いようのない弱点だと思う。大切な諸制度を大切に出来ていない原因のひとつは確かにそこに求められるのだろう。

だが、全ての国々でイギリスの女性たちが蒙ったような犠牲は必要なのだろうか?

イギリスの女性たちは闘い、勝ち取った。それはとても価値のある事。私たちは先鞭を付けた彼女らの闘いに思いを馳せ、その闘いを我が事のように大切に扱わなければならないのではないだろうか?この運動で逮捕勾留された女性の数は千人を超えるという。

その「事実」を知る上で、とても良く出来た映画だと思う。

『未来を花束にして』。原題は"Suffragette"。女性参政権論者(Suffragist)の中でも過激な活動家を示す言葉だ。あまりにも落差の激しい邦題に異論がある。だが、目を瞑ろう。

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