20151019

『ハンナ・アーレント講義』

結局、解題を4回、本文を3回読んだ。
本書ジュリア・クリステヴァ『ハンナ・アーレント講義─新しい世界のために』はJulia Kristeva, Hannah Arendt: Life is a Narrativeの全訳である。
本文はクリスティヴァがトロント大学の「アレクザンダー・レクチャーズ」に招かれておこなった連続講義である。

敢えて「新しい世界のために」という副題に変えたのは、誤解や無理解を防ぐと共に、アーレントの「生(life)」という概念の内実をどう受け止めるかを示すためであるという。

聴衆が恐らく専門家ばかりだったせいだろうが、記述がいきなりかなり高いレベルから始まっており、ついて行くのにかなり難渋した。特に第4章は未だに理解出来ているとは言い難い。だが、未消化ながらハンナ・アーレントの『人間の条件』を読んでおいた事が功を奏した。 3回目でようやくクリステヴァの連続講義の内容も頭に残るようになったのだ。

そうでなかったらこの本はクリステヴァの講義の訳の体裁を採っているが、読むべきは訳者青木隆嘉の書いた解題であると結論していたかも知れない。

3回読み直して、やっとクリステヴァの講義もまた見事なものである事を咀嚼出来た。

クリステヴァはアーレントの哲学の〈生〉の概念が〈活動〉を意味することを明らかにし、その〈生〉が〈語ること〉と切り離すができない存在である事。つまり両者は〈思考〉に於いて結晶するという、アーレントの思想の根幹をリアルな語り口で表現している。

また歴史の基本構造を構成するものを「約束と赦し」の内に見出して、それを「判断(裁き)」との関連に於いて論じている。

さらにクリステヴァはアーレントに見出される矛盾や問題点も的確な手さばきで指摘し、独自の見地から真っ直ぐな批判を加えている。


最初に読んだ時はクリステヴァの講義の内容が全く分からず、添えられた「解題」の見事さだけが頭に残った。この「解題」はそれ自体がハンナ・アーレントの思想の構造・構図を的確に描き出している。

この「解題」さえ読めば、この本を読む意義があったとすら思えた。その思いは未だ否定出来ないが、講義の内容がおぼろげながらつかめてくると、両者が共鳴し合って響いてくるのをやっと感じることが出来る。

確かにこの本はクリステヴァの講義と「解題」が奏でる、妙なる協奏曲だ。

20151013

『身体巡礼』

ハプスブルク家の一員が亡くなると、心臓を特別に取り出して、銀の器に入れ、ウィーンのアウグスティーン教会のロレット礼拝堂に収める。心臓以外の臓器は銅の容器に入れ、シュテファン大聖堂の地下に置く。残りの遺体は青銅や錫の棺に入れ、フランシスコ派のひとつ、カプチン教会の地下にある皇帝廟に置く。つまり遺体は三箇所に分かれて埋葬される。
なんとも奇妙な埋葬法と思える。
だがあちらにしてみれば火葬なんぞ、相当に残酷な埋葬法だと思うだろう。何しろ最後の審判の時、戻るべき身体を焼いてしまうのだ 。

話はここから始まる。
養老孟司の『身体巡礼─ドイツ・オーストリア・チェコ編』だ。

養老孟司さんには、解剖学を教わったことがある。当時は全く有名ではなかった。

本を数冊書いていたが、それ程売れているとは思えなかった。

その頃の本は毎回こうして始まっていた。

こうしてと言うのは、死体なり虫なり具体的なモノの話がまずあり、そこから独自の視点が展開されるという書き方の事だ。

売れるようになっていきなりの人生論になった。

こうした内容なのならば、他にも書ける人は沢山いるだろう。

養老孟司という個性が死んでしまうようで、私としては悲しいと言うか、残念だった。

今回はいきなり死体の埋葬法の話だ。

こうでなくちゃいけない。

しかも養老孟司の興味はその埋葬法に留まらず、誰がやったのかという方向にすぐ向かう。

普通、奇妙に思える儀式はその奇妙さを描いて少し遊ぶ。その遊びがない。ますますこうでなくちゃいけないの思いが増す。

ここからヨーロッパの心臓信仰の話が深まってゆくのだ。


明治時代以降。日本は欧米を目標に頑張ってきた。なのでヨーロッパのことは何となく詳しく知っているように感じている。
けれどこのような埋葬法や心臓信仰の話を知るとなかなか知らないヨーロッパがまた見えてくる。

さらにユダヤ人への関心に話が飛ぶ。

ユダヤ人とは誰のことか。
実はそれ程簡単な話ではない。単純な見方は出来ない。

出来ないが差別はある。どうしたらそれが可能なのか。その辺りのことが日本人には実は見えていない。

ヨーロッパではそれが目に見える形で現れている。

例えば墓の位置など、明瞭にユダヤ人は差別されている。

しかもユダヤ人は墓を壊さないから窪地に膨大な数の墓が累重してしまう。

異様な光景だ。

その異様さは外国人の方が感じることが出来るのかも知れない。

かくしてヨーロッパの埋葬法から様々な世界が見えてくる。

久し振りに解剖学者養老孟司の本を読んだ気がする。やはり面白い。

続編もあるそうだ。

楽しみだ。

20151009

「小さな町」のハイデッガー兄弟

良書を読んだ。
ハンス・ディーター・ツィンマーマン『マルティンとフリッツ・ハイデッガー─哲学とカーニヴァル』だ。

この本に描かれているのはドイツ南西部の「小さな町」メスキルヒだ。

ここはこの本の舞台であり、主人公とも言える。つまりこの本はハイデガー兄弟を通して描かれたメスキルヒという町の社会史・文化史の本として読まれるべきものとすら言えるのではないかと感じた。

この小さな町で哲学者マルティン・ハイデッガーと銀行員フリッツ・ハイデッガーは生まれた。一方は世界的に知られた20世紀の大哲学者であり、一方は「小さな町」の名士としてのみ生きる事を運命付けられた一市民である。

しかし、著者の視点は何よりもその「一市民」フリッツ・ハイデッガーに暖かく注がれている。

彼は兄マルティン・ハイデッガーと比べても遜色のない才覚と能力を持っていた。そのように著者は考えている。

フリッツは重い吃音という障碍を抱えていた。その障壁が彼をしてフライブルグの大学への進路を諦めさせる原因だった。

フリッツがマルティンの有能な秘書として在ったという事実からも推察出来るが、何よりも彼の才能が花開くのはカーニヴァルの前口上を語る時だった。

そのユーモアと諧謔に富んだ前口上は1934年に始まり最後は1949年だった

彼が語りはじめると、その口上とともに、メスキルヒのカーニヴァルは最高潮に達した。
フリッツ・ハイデッガーはメスキルヒでは常に兄よりも有名だったのだ。

更に重要な局面で弟は兄よりも賢明な選択を果たしてもいる。

1933年ナチスが権力を握ると、兄マルティン・ハイデッガーは5月1日に早くも入党を果たした。他方フリッツは、友人であるメスキルヒの牧師から迫られながらも入党を拒否していた。1942年になってやむなく彼も入党するのだがその理由も「息子たちの将来を懸念して」というものだった。
しかも彼は半年後にはふたたび離党させられている羽目になる。彼がヒトラー式敬礼をする際に、右の手と腕を高々と真っ直ぐにのばしていなかったこと、右腕をせいぜいズボンのポケットの高さまでしか挙げず、ただ人差指しかのばさなかったことによるらしい。彼はあくまでも本気ではなかったのだ。

兄マルティン・ハイデッガーは故郷を捨て世界に羽ばたいたが、弟フリッツ・ハイデッガーは生涯故郷に縛られた。そのような単純な見方を著者はしていない。

むしろこの兄弟は終始故郷であるメスキルヒという「小さな町」を離れることがなかったと考えている。

その事はマルティン・ハイデッガーが晩年、捨て去っていたかのようだった神学にふたたび帰ってきたことにも示されている。

この本は27の短い章を積み重ねるように構成されている。この書き方は読むに当たって大変効果を上げていると思えた。何よりもその事によってかなり読みやすい本になっている。
マルティン・ハイデッガーの哲学を解説している箇所で、その読みやすさをとりわけ強く感じた。


この本のひとつの章はハンナ・アーレントに割かれている。そればかりか、その他にも何カ所も彼女は登場してきた。その度に心躍らされる思いをしていた。

20150813

『属国』

特別に新しいことを言っている訳ではない。
タイトルの「属国(Client State)」は70〜80年代に掛けて政権の中枢にあった後藤田正晴の2003年の発言から採ったものであるし、副題のAmerican Embraceはジョン・ダワーの有名な著作『敗北を抱きしめて』を引いている。

2008年の作品だ。その後日本は大きな変革の渦(またはその予感)に巻き込まれた。

古びてしまっている記述や、予測が現実との食い違いを見せている部分も多く見られる。

だが作品としては全く古びていない。当時の状況下でここまで出来るのかと感心する程、現在の日本及び日本を取り巻く状況を見事に予言している箇所に満ちている。

その為この本を読むことで腑に落ちる物事の多さに驚かされる。

ガバン・マコーマックの『属国─米国の抱擁とアジアでの孤立』だ。


この本では当時まだ生々しい記憶だった小泉純一郎の評価と批判にかなりの紙面が割かれている。

自民党をぶっ壊すと勇ましいかけ声と共に時代を作った小泉内閣だったが、彼がやったことはそのかけ声に値する変革だったのだろうか?

彼は郵政改革を旗印に選挙を戦ったが、その郵政改革とはそれ程迄に当時の日本に於いて重要な課題だったのだろうか?

むしろそれを重要視していたのは保険事業で日本への参入を狙っていたアメリカだったのではないか?

つまり小泉純一郎はアメリカの要求を第一に考え、それに応えるべくして多様なパフォーマンスを繰り広げていたのではないだろうか。

そしてそれ故に日本というアイデンティティを保つべく、ナショナリズムを前面に打ち出す必要性も感じていた筈だ。

だからこそ靖国への参拝にあれ程こだわったのだ。

かたや神道の価値観を守るナショナリストを演じ、かたやワシントンを喜ばせ忠誠を尽くしたいと熱望する指導者の下、日本のアイデンティティはひき裂かれてずたずたになっている。
日本はアジアに属する国であることは間違いないだろう。しかし、アジアに於いて特別な優れた国であるという偏見に毒された指導者は(そして国民は)アジアの国であるよりもアメリカに属する国であることを選択してしまっている。
 日本は大嵐に翻弄されたような20世紀の体験から、世界の超大国と同盟した時にもっともうまくゆくという教訓を得た。─同盟相手は最初の20年間が英国で、最後の50年間は米国だ。こうした同盟を結んでいるあいだ日本は安全と繁栄を享受したが、その谷間になった30年間は外交的に孤立し、結局戦争と荒廃が日本にもたらされた。したがって日本としてはコストがいかにかかろうとも国際的孤立だけは避けなければならない。だからこそ、世界に君臨する帝国に補助金を支払っても、日本にとってそれは十分採算にあう─こうした考えが日本人の安全保障観の深層にまで根を下ろし、冷戦が終わって安全保障をめぐる状況が本質的に変化しても、日米関係を再検証するなど、論外であった。
この様に日本が米国の属国であるという「色眼鏡」を掛けることによって、数多くの現象が説明可能になる。

多くの国民が反対し、地元沖縄からは強烈な拒否に出会っても、辺野古に基地を作ることを頑として変更しないのは何故なのか?

またこれも多くの国民の反対を押して、何故原子力発電所にこだわり続けるのか?

更に何故、憲法の改正にあくまでも固執し続けるのか?

これらは恰も皆日本国内の問題であり、それを推し進める原動力は日本の中のナショナリズムであるかのように語られる。

だがこの本の中でこれらは全て米国の要求である事が明らかにされる。

こうした「改正」は自主憲法を制定して1946年の「米国」モデルを「日本」モデルに変更することだとよく言われるが、そのじつ自民党の憲法草案には、米政府の利益と要求が1946年に負けず劣らず反映されている。したがって、自主憲法制定は外国政府の指示に従って外国の利益のために行われるものであり、また国民の権利を制限し国家権力を強めるという点で例のない改正案である。

この本の末尾に今日我々に求められているものは何かが示されている。

地球を救うことである。

その為にこそ日本人の想像力、知恵、寛大さなどを最大限に「動員」すべきなのではないだろうか?

20150619

『原子・原子核・原子力』

著者の頭脳が恐ろしいほどに知的に整理されているのだろう。久し振りに自分の頭の中がすっきりと整理されてゆく快感を味わった。
山本義隆氏の最新刊『原子・原子核・原子力─わたしが講義で伝えたかったこと』だ。

この本は著者が務めている駿台予備校の千葉校で2013年3月、高校生、受験生、そして大学入学が決まった学生を対象に行った特別講義「原子・原子核・原子力」が元になっている。

高校卒業程度を相手にした本だと言うことで甘く見ていると痛い目に遭う。

数式がこれでもかとばかりに出て来るからだ。

しかし、それに恐れを成す必要もまたない。多くの数式が出て来るのは、実は丁寧に式を展開する段階から書かれているからだ。逃げずにひとつひとつ追ってゆけば確実に理解出来るように書かれている。

アリストテレスに迄遡って物質の物理学の歴史が描かれている。

著者の科学史に対する姿勢は実に謙虚だ。この辺りの学識の深さが現代物理学までの理解を体系的に押さえることを可能にしている。

19世紀に入って放射線の発見によって激変した化学・物理の世界を理解するためにニュートン力学に立ち戻る姿勢などにその懐の深さは表れている。平行して理解してゆくと、確かに分かり易いのだ。

私の原子物理の知識は主に受験対策で培われ、その後原発問題を理解するために様々な本を読んだ。その為かなり知識が雑多な物になっていたが、この本を理解する中で、それらの知識が互いに繋がりを持って体系的なものになってゆくのを感じた。


また著者は最新の問題に関しても従来の知識から提言を行っている。

放射線の光子性を述べる箇所。

「放射線が弱い」と言うことは、放射線の数が少ないということですが、しかしいくら「弱く」てもひとつひとつの放射線がきわめて大きなエネルギーをもっていることに変わりはありません。したがって「弱い放射線」であれ、危険性が0になることはありません。このことが、放射線の危険性について閾値がない、つまり強さがその値以下なら安全という値がない、ということの根拠と思われます。

この指摘は正しいと私には思えた。


知らなかった事実も多く書かれている。

しばしば核分裂はオットー・ハーンによって発見されたとされるが、ハーンはウランに中性子をぶつけたらバリウムが出てきたことを見出しただけで、それを核分裂と見抜いたのはリーゼ・マイトナーだと言う。

発見とはある事をただ目撃する事ではなく、あることをこれまで知られていなかったあることとして理解すること

この意味では実際の核分裂の発見者はリーゼ・マイトナーと言う事になるのだろう。

オットー・ハーンは核分裂の発見者としてノーベル賞を受賞しているが、リーゼ・マイトナーは貰えず、「ドイツのキュリー」となり損ねた。

何故もらえなかったのだろうか?リーゼ・マイトナーが女性だったからだろうか?


この本は原子物理学の教科書としても優れているが、真骨頂は原爆そして原発について語っているところにあるのだろう。

しばしば聞かれるリスクは何にでもあるという論法に対して著者は述べている。

どのような技術でも完全ではありえないから、事故の可能性はゼロではありません。航空機でも墜落の確率はゼロではありません。人は、飛行機に乗るとき、事故のリスク(危険性)がゼロではないにしても、そのことによって速く目的地に行けるというベネフィット(利得)を優先して搭乗を判断しているのです。しかしその議論はリスクとベネフィットの受け手が同一人物であることを前提としています。少なくとも万が一の事故による危険の及ぶ範囲がその技術の恩恵を蒙っている受益者とその周辺に限られる場合でなければ、このような議論は成り立ちません。

更に著者は原発の核のごみの問題や、ウラン鉱採掘に伴うリスクを論じている。

原発は長く見積もっても100年のエネルギー源。それに対し数100万年の核のごみの補完が必要とする。非合理きわまりない。

原発は理系の目を以てしても、非合理的で反倫理的な存在である事が分かりやすく解かれている。

原発の過酷事故を経験した現在の私たちが必要とする知識や考え方を、過不足無く極めて美しいまでに整理された形で網羅した本だと思う。

20150529

『香港バリケード』

2014年9月26日。香港の若者たちは中華人民共和国に対して立ち上がった。
只、普通の選挙を求める運動だった。中心となっていた学生たちは皆、非暴力を示すために両手を挙げて運動していた。
それに対し、警察は28日から何度も催涙スプレーや胡椒スプレーを使用し、武器を持たない一般市民を「鎮圧」しようとした。
警察側は1日で計87発の催涙弾が使用されたと公表している。
この動きを私は主にTVで「怖々と」見詰めていた。

やはり1989年の「六四天安門事件」の記憶が未だに鮮明なのだ。あの時のような「事件」が起きることだけは避けて欲しかった。

若者たちは催涙スプレーや胡椒スプレーを避ける為に雨傘を差し、ゴーグルやマスクを付け、レインコートを着て身を守った。

その姿に雨傘革命"Umbrella Revolution"の名称を与えたのはイギリスのインデペンデントの記事が最初だった。

その呼称はすぐに世界中に広まることとなった。
Wikipediaなどでは、この運動は現在進行形の扱いをされている。異論はない。

その雨傘革命の本が出ると聞いて、矢も盾も溜まらずすぐに取り寄せた。NEWSなどではつかめなかった事が、この本にはぎっしりと詰まっていた。

主要な著者である遠藤誉は物理学者らしい、徹底した論理的で実証的な筆致で、様々な背景や情報を調べ上げ、中華人民共和国の圧倒的な力と人類の運命を左右するその深刻な危機とを描き出している。

何よりも香港という場所がどの様なところであるのかが詳しく示されていたので、この運動の特殊性をやっと私は理解することが出来た。

それを説明するために遠藤はアヘン戦争迄遡って解説している。

香港はアヘン戦争によってイギリスのものとなったが、それが1997年7月1日中華人民共和国に返還される。

この時鉄の女サッチャーは鋼の意志を持つ男鄧小平に、事実上「ひれ伏して」いる。

この時の共同声明が今回の雨傘革命に「仕組まれて」いる。

香港が返還されるとき一国二制度が用意されたがその期間は50年。長いように感じるが、大陸の時間感覚からすれば一瞬と言っても過言ではない。

しかもその50年の間に徐々に一制度に変わるのか、50年後一気に変わるのかは中華人民共和国の出方次第だ。

今回、選挙の方法を巡って、中華人民共和国は一国二制度の一国の方を表に出してきた。

事実上中国寄りの人物しか選ばれないような制度を押し付けてきたのだ。

元々香港には中華人民共和国の圧政から逃げて来た者たちが多く住む。またどこかに逃げるだろう。誰もがそう予想した。

しかし、香港新世代は新しいメンタリティを獲得していた。

「僕はこの香港を変える。この運動が20年後の香港になる。僕たちは逃げない。ここに踏み止まって、香港人として生きる!」
香港新世代は初めて登場した「香港人」なのだ。彼らは既にどこかに逃げれば済むという感性を持った「難民」ではなく香港を「生まれ育った家」だと認識している。だから中華人民共和国に立ち向かったのだ。


この本は2部構成になっている。

本の過半を占める序章と第1部を遠藤誉が担当し、残りを深尾葉子と安冨歩のグループが担当している。このグループにはジャーナリストの刈部謙一氏、獨協大学の学部生の伯川星矢氏が参加している。

独立した章立てになっているが、著者等は本を作る中で綿密にコミュニケーションを取っていたらしい。


今回の雨傘革命は台湾にも大きな影響を与えた。つまりこの運動は香港に閉じる性格は持っていないと言えるだろう。
つまり雨傘革命は広くアジアに向かって拡がってゆく戦いであり、それは終わったのではなく、始まったところであると言えるのではないだろうか。

雨傘革命は日本では少なくともこの本を産んだ。
熱い、本だ。
それだけ熱い運動なのだろう。

20150508

『貧困襲来』

今迄の人生の中で金に縁があった例しがない。

学生時代は明確に私は住む部屋のあるホームレスだと実感していた。貧困はいつもすぐ脇にあった。けれど運が良いのだろうか、抜け出そうにも抜け出せないとされる貧困状態には辛うじて陥ることなく生きてきた。
けれどこのままでは近い将来確実に貧困に陥るだろう。全く人事ではなくこの本、湯浅誠の『貧困襲来』を手にした。

ゲラを読んだという方の「読み進めながら、驚き、悲しみ、怒り、憤り、恐怖を順番に感じました。」という言葉は実感だろう。だが、私はこの時期にこの本に巡り会えて、良かったと思っている。まだ間に合うという気持ちにさせてくれたからだ。なので感想の最後に僅かだが希望も感じたと付け加えたい。

本の中に繰り返し「溜め」という言葉が出て来る。当事者が浸かっている外からの衝撃を吸収する働きをしたり、エネルギー源として機能したりするものをそう呼んでいる。
貧困と単なる貧乏を区別するのはこの「溜め」のあるなしだという。私には何だかんだ言ってもこの「溜め」があったのだろう。

この本が書かれた2007年当時は、書かれ方で分かるように貧困は十分周知された事柄ではなかったようだ。だが現在TV等で貧困の文字を目にしない日は少ない。それだけ周知されてきたのでもあり、周知されざるを得ない程、貧困が広範になり、深刻化していると言う事でもあると思う。

貧困はまさに社会問題として存在感を増している。貧困には五重の排除が成されているとされている。

1.教育課程からの排除
2.企業福祉からの排除
3.家族福祉からの排除
4.公的福祉からの排除
5.自分自身からの排除

頷ける。

にも拘わらず未だに自己責任論は根強い。その論調に乗る形で、これからはどしどし公的福祉は切り捨てられてゆくのだろう。

だからまずこれをいかにして無化してゆくかが生き方の技法として必要になってくる。

それを含んでこの本の最後には10の提案が成されている。

1.自己責任論とオサラバする
2.自分を排除しない
3.疑ってみる
4.調べる、相談する
5.計算する
6.ぼやく
7.はじける
8.つながる、群れる
9.攻める
10.変える

これらが簡単に出来る人間ならば、そもそも貧困には陥っていないとも言える。だが、簡単でなくてもやってみる価値は十分にある。出来なかったら。次は出来るようにするだけだ。その時の為に「もやい」のホームページをリンクに加えた。