20260327

文体の舵をとれ

丁寧な指南書だと思う。但し中・上級者向け。

対象となる読者は、語りの文体の基礎練習として考え方や論点や練習問題を求める、物語の書き手たちである。

とある。


豊富な引用と練習問題が用意されている。だがその練習問題、かなりレベルが高いのだ。

片端からトライしてみたが、正直言って満足出来る解答を得たと自負出来るものは極めて少なかった。

論点は

・言葉のひびき

・句読点、構文、語りの文と段落

・リズムと繰り返し表現

・形容詞と副詞

・動詞の時制と人称

・語りの声(ヴォイス)と視点(POV)

・直接言わずに語ること、どれだけの情報を伝えるか

・詰め込み、跳躍、焦点、制御

どれも書く上で重要な要素だが、これは文章を読む上でも十分に参考になる視点であり、論点だと感じた。非常に参考になった。

少なくとも今迄無自覚に近かった文章に対する姿勢が正され、書く事、読む事に一大革命をもたらせてくれた。この本を読む前と読んだ後で私の書き方・読み方は大きく変わった。

残念だったのは、この本を独りで読まねばならなかった事だ。

ワークショップを念頭に書かれている。

それ故、回答者は仲間と互いに論評し、議論する事が求められている。

今回、それは叶わなかった。

そうしたワークショップを体験できれば、参加者は格段に進歩する事が出来るだろう。

年単位で読書会を企画し、読み込みと実践を試みるには適したテキストだと思う。

この本をきっかけにして、最も変わったのは、自分の文章を、声に出して読む習慣が出来た事だ。それをする事によって、自分の文章のひびきに対して、驚く程自覚的になれた。

読み終えて、まず最初にした事は、H.Hesseの詩を、朗読する事だった。

20260322

ミステリーストーン

いきなりモルダヴァイトである。

私は地質学を専攻した。その私が知らない鉱物だ。

尤も私の地質学は鉱物が専門ではない。私の専門は砂や礫(小石)である。だが、それでも一通りの地質調査は必須であり、鉱物学や岩石学も履修した。素人より知識はあるという自負はあった。

趣味の人たちの知識量を舐めていた訳ではない。大したものがある。例えば恐竜についてなどは、好きな小学生の知識にとんと追い付かない。

だが、素人の知識は、最初のうちは見知った鉱物名から始まるものと考えていた。


徳井いつこさんのエセーは、子どもの頃の思い出から、いきなりモルダヴァイトに飛んだ。

どうやらテクタイト(隕石が地球に激突した時に出来る天然ガラス)の一種らしい。旧チェコスロバキアのモルダウ地方で採れる事からこの名が付いたと言う。

このモルダヴァイト、確かに魅力的なテクタイトの様だ。

普通テクタイトは黒色だ。だがこのモルダヴァイトだけは、地球上で唯一緑色を呈しているとの事だった。

いきなりのモルダヴァイトの衝撃から、私は一気にこの本に夢中になった。

人間と鉱物がいかに関わり合いを持って来たかが書かれている。

そうなのだ。

専門家になってしまって、つい忘れてしまうのだが、私も子どもの頃、石が持つ何とも言えない感触や、視覚的魅力など、石自身が醸す「いい感じ」に魅せられ、そこから石に夢中になったのだ。

話はそこから、石に魅せられた著名人に向かう。ゲーテや宮沢賢治、そしてカイヨワは知っていたが、ユングが石から強いインスピレーションを得ていた事は知らなかった。

徳井いつこさんは、それらをしっとりした透明感のある語り口で、そっと私に語り掛けてくれる。お蔭で私は、石が趣味だった遠い昔の自分の感覚を取り戻し、しみじみとした想いに浸る事が出来た。あれから、もうとてつもなく遠いところまで、私は旅をしてしまった。だが、あの頃の情熱は、いまだに私の身体の中心で燃えている。

この本を読んで、私はその事を再確認出来た。

尚、本書は、『夢見る石』と改題され、最近新装出版されている。そちらの題名の方が、入手し易いかも知れない。

20260306

孤独

宮崎智之編『精選日本随筆選集 孤独』。

随筆復興だと言う。鼻息が荒い。

だが、随筆に力瘤が入っているだけあって、その審美眼は確かなものがある。このアンソロジーに含まれた随筆は、どれも高水準で読み応えがある。


選ばれた作家は、全て既知の書き手だったが、既読のものはひとつもなかった。

通読して感じたのは、良い文章には一貫した独特の香りの様なものが存在するという事だった。単調でなく、それでいて複雑すぎないリズムの様なもの。それに身を任せていると、いつの間にか、見知らぬ高みに招かれる様な文章たちなのだ。

随筆の筆者に参入する事は容易い事だ。だが、ここに示された水準に達するのは、並大抵の事ではない。永い人生の風雪に晒され、鍛え上げられた芳醇な土壌がそこにある。

一貫して流れるテーマは孤独。だがそこに寂しくうらぶれた影は存在しない。与えられた孤独を通して、己が人生を見詰め直す深い洞察力が確かに存在する。

その存在を見逃すまいとして、文章を味わいながら読んだので、予想より遥かに読了までに費やした時間は多くなった。

だが、それだけの甲斐はあったと感じている。

良い随筆に費やす時間は、風雅な時の流れだ。