20230322

トランスジェンダー問題

LGBTという言葉が頻繁に使われるようになって、それ程歳月は経っていないだろう。最近はだんだん増えて、LGBTQ+と表記されるようになった。

差別はないがいいに決まっている。だが、正直言って、このLGBTQ+の問題は、頭を悩まされて来た。特にTつまりトランスジェンダーに関しては、なかなか態度を決めかねていた。

心が女だと言えば、ペニスがあっても女風呂に入れるのか?そう言った瑣末な問題に囚われていたのだ。

それだけに、この本ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題─議論は正義のために』の存在を知るや否や、私は迷う事なく図書館にリクエストした。この程手元に届き、今日3月21日にようやく読了する事が出来た。


期待を裏切らないだけではない。期待を遥かに超えた、良い本であった。

著者ショーン・フェイもトランスの人らしい。それだけに、トランスジェンダー問題に真正面から挑み、体系的・網羅的に論考を繰り広げている。その姿勢だけでも、好感が持てた。どの箇所を取っても、全く逃げている所がないのだ。

読み始めてしばらくして、健常主義(ableism)という言葉が目に止まった。「非障碍者優先主義」「健常者優先主義」「能力主義」とも訳されているようだ。

即ちIdeas for Good jpによると

エイブリズム(Ableism)とは、能力のある人が優れているという考えに基づいた、障害者に対する差別と社会的偏見を意味する。辞書には「障害(=他の人がすることが難しくなるような病気、怪我、状態)を持っていることを理由に不当な扱いを受けること(出典元:Cambridge Dictionary)」と記載されている。日本語では「非障害者優先主義」「健常者優先主義」、「能力主義」とも訳される。

エイブリズムの根底には、障害者は「治す」必要があるという前提があり、障害によって人を定義する考え方がある。エイブリズムは、人種差別や性差別と同様に、ある集団全体を「劣ったもの」として分類し、障害を持つ人々に対するステレオタイプや誤解、一般化などを含む。

これだ!と思った。私がありのままに生きようとする時、必ずと言って良いほど立ち現れ、劣等者の烙印を押して立ちはだかる敵。それが健常主義だ。この本のお蔭で、私は敵の名前をようやく知る事が出来たのだ。

私はトランスの人たちと同じ敵を有する、言わば仲間なのだと、その時理解出来た。

それからは、この本に対する親近感も増し、理解度も格段の差を持って、深く読み込む事が可能になった。

トランスの人たちを、自分の身近な存在として意識したのは、初めての事だった。

この本はトランスジェンダーの問題を、様々な局面から見つめ直している。

どんな存在なのか?どんな境遇に落とし込められているのか?どんな問題を抱えているのか?

それらが明らかになる度に、私の中からトランスの人たちに対する偏見が消えて行くのが分かった。それはトランスにまつわる(悪い意味での)神話が崩壊して行く過程だった。

巻末に、清水晶子さんの解説と訳者高井ゆと里さんの解題が付されている。これが実に有益だった。本書はイギリスのトランスジェンダーについて書かれている。だが、それはイギリス独自の問題だけを扱っているという意味ではなく、まさに日本のトランスジェンダー問題についても有効な論考である。その事が丁寧に説明されている。

この本が日本語によって丁寧に翻訳され、出版された事は、日本の読者にとって、実に幸運な事である。

そして忘れてはならない事は、この本はトランスの人たちだけに留まらず、トランス以外の人々に対して、届けられようとしている本であるという事だ。

この本は次のように始まる。

トランスジェンダーが解放されれば、私たちの社会全ての人の生がより良いものになるだろう。私は「解放」という言葉を使うが、それは「トランスの権利」や「トランスの平等」といった慎ましやかな目標では十分でないと考えているからである。

トランスの人たちと共に手を取り合い、共に闘ってゆく事は、トランス以外の人たちの解放に、必ず繋がって行く事だろう。

20230302

最近詩を訳していない

昨年12月20日までIGさんの主催するClubhouseで”もちよる詩集”の会があった。参加者各々が自分の好きな詩を持ち寄り、朗読して、その日に世界でたったひとつの詩集を編もうという企画だ。初期の頃、私は日本の詩人の朗読もしていたのだが、石垣りんさんの『挨拶』で、他の方とダブり、しかも私の方が遥かに下手だったという現実を突きつけられた。それならダブらないものをと考え、外国の詩人の詩を私なりに翻訳して朗読する事にした。

詩を訳し始めたのは、ヘッセの詩が発端だった。彼の詩を、何とか原語で読みたくて、中学生の頃ドイツ語を学び始めた。幾つかは、過去のブログに翻訳したものを載せていた。

そこから徐々に拡げていって、英語やドイツ語からはみ出て、フランス語やスペイン語の詩も訳していた。

ドイツ語やスペイン語は、原文をただひたすら睨みつけ、趣味の辞書を手掛かりに、日本語に置き換える作業をしてゆけば、なんとか翻訳は出来たのだが、困ったのがフランス語だった。マラルメの詩集を取り寄せ、辞書と睨めっこして、何とか訳そうと格闘したのだが、全く歯が立たなかったのだ。文法が必要だった。


その日からNHKの「まいにちフランス語」を受講して、フランス語に挑む事3年。最初は舐めていたフランス語文法も、それがいかに難しいかを理解するところまで到達し、良い訳とは言い難いものの、形だけでもフランス語を日本語に置き換える事ができる様にはなれた。

フランス語は発音も難しく、朗読しようという気がまだどうしても起こらない。

”もちよる詩集”の会では、最初に原語で詩を朗読し、その後訳詞を読むという形を続けていた。続けるうちに欲が出て来る。過去のブログより良い訳を読みたくなったのだ。

基本、既存の訳を探し出して、それより良い訳を付ける事を自分に課していた。それはともすると思い上がりに繋がり、とんでもない魔界に足を踏み込む事になりかねない課題だった。だが、少なくともヘッセに関しては、臨川書店から出されている全集よりは、遥かに良い訳だという自負は持っている。

次第に自分に掛ける負荷がどんどん大きくなっていった。

訳は進まず、日程は着実に近づく。

もう、訳詞のストックは全くないという限界に近付いた頃、”もちよる詩集”の会は、最終回を迎えた。正直ほっとした。

その時は、またIGさんが会を復活させる日の為に、着々と詩を訳しておこうと決心はしたのだ。

それから3ヶ月が過ぎた。この3ヶ月の間、私は詩を全く訳していない。それどころか、詩を読む事もやめてしまっている。

“もちよる詩集”の会が行われていた頃、私の机の左側には、詩集の高い塔が出来ていた。最終回を迎えた頃、私はそれを全て、本棚に戻していたのだ。

これではいかんなぁ…。そう感じた今日、久し振りにリルケの詩集を本棚から取り出した。「オルフォイスに寄せるソネット」を読んだ。

やはり美しい。

週にひとつでは多過ぎるかも知れない。だったら月にひとつでも、着実に詩を訳す作業を復活させようと、心密かに決心した。

材料は幾らでもある。困ったらGutenberg Projectを開けば、古典は幾らでも転がっている。後はやるだけだ。

かつて、詩を一緒に訳していた友人もいた。”もちよる詩集”の会もあった。それが今は、完全に独りだ。だが地質学をやっている頃も、私は完全に独りだった。それが私の基本的な姿勢の筈だ。私なら出来る!

またブログにゲーテやヘッセやリルケ。そして出来るならアルチュール・ランボーやマラルメを力づくで訳して載せてゆこう。

詩を翻訳する事は、事実上の不可能に挑む事だ。詩は、他の言語に移し替え出来ない。それを十分私は知っている。私は訳す作業の必然として、海外の詩を読み、味わわなければならない。逆に言えばそれが出来るという事だ。

誰の為でもなく、私の為に訳すのだ。

それが趣味というものの醍醐味だろう。

20230228

マザーツリー

著者スザンヌ・シマードは、森の木を伐って生きる木こりの一族の末裔として生を受けた。その意味では、あらかじめ森に身を置く存在だったと言えるだろう。それは、森の秘密を、誰よりも身近に感じながら育って来たとも言えるのではないだろうか?

長じてスザンヌ・シマードは、ブリティッシュコロンビア大学の森林学部で、森林生態学の研究を行う研究者となる。


彼女は研究を続ける中で、森の木々が根に宿る菌根菌のネットワークを通じて、炭素のやりとりをしている事に気付く。

それは、森の生態系が、競争の原理のみに従って、存在している筈だという、従来の見方を、根底から覆すものだった。

それは何を意味するのか?

森の木々は、ただ単に単独で、他と競走しながら生きているのではなく、互いに繋がり合いながら、共生して、助け合いながら生きている事を示す。

つまり、森の木々は、他とコミュニケートし、判断し、決定しながら生きているのだ。

即ち森の木々は、知性を持っている。

これは従来からの森の見方を根底から一変させる大発見だった。

しかしスザンヌ・シマードは、先住民たちが、その森の秘密を、既に知っていた事を知って驚く。森に棲む者は、森の秘密に気付かざるを得ないのだ。

それに気付いて行く過程は、本を読んでいて、震えが来る程熱く、感動的ですらある。

更に彼女は研究を進め、森の大きな木は、その子孫の木を、家族として認識している事を証明する。彼女はその大きな木をマザーツリーと呼ぶ様になる。

森はただ単に、沢山の木が集まったものではなく、マザーツリーを核として、複雑系とも言える張り巡らされたネットワークで繋がり合い、助け合う巨大なひとつの知性として存在している事を明らかにして行く。

本書は「森に隠された「知性」をめぐる冒険」という副題が付けられている。

彼女が森の秘密に気付いて行く過程は、知的冒険であると同時に、熊に襲われたり、傷だらけになって山々を駆けずり回る、真の冒険でもあった事が記されている。

そうなのだ。私も地質学を学ぶ過程で、さんざ山に籠った事があるので分かるのだが、フィールドサイエンスは、自らの身体を、もろに自然に晒し、向かい合う冒険の要素が、どうしても付き纏うのだ。

科学雑誌『Nature』は、彼女が発見した森のネットワークを「ウッド・ワイド・ウェブ」と名付ける。

コンピューターがケーブルや電波でつながっているのとは違い、森の木々をつないでいるのは菌根菌だ。古い大きな木がいちばん大きなコミュニケーションのハブ、小さな木はそれほど忙しくないノードであり、それらが菌類によってつながってメッセージをやり取りしている。

だが、彼女が森の見方を変革して行く過程は、必ずしも平坦なものではなかった。学会の古老との対立、離婚、そして自らの癌の発症。彼女の行手には幾重にも困難が待ち受けていた。

この本の感想として、科学ではないというものが幾つか散見された。確かに論文とは異なる文章ではある。だが、私は科学ではないという立場を取りたくない。それは、巻末に引用されている、夥しい参考文献のリストを読めば分かると考える。

彼女は、彼女の独断を本にしているのではない。彼女が辿り着いたのは、多くの共同研究者の成果を含んだ、科学者たちの共同作業の結果なのだ。参考文献をその表題だけでも読んでみれば、十分な程の否定可能性を帯びた記載である事が分かると思う。

ただ、スザンヌ・シマードが、この本に書いた事柄は、科学を超えたものを含んでいる事は確かだと思う。

科学的な論文に仕上げて行く上で、多くの気付きや発想を、無念の歯軋りを伴いながら削らざるを得ない現実がある事を私は知っている。彼女は、自分の中にある科学からはみ出すものを、この本の中に敢えて含ませたのだと思う。

科学者は何よりも先ず人間である。その人間としての存在が、科学からはみ出すものを持つのは、むしろ当然だと思う。

それ故に、この本は森の秘密を解き明かす科学書という存在を超え、スザンヌ・シマードという人間の、唯一性を含んだ、貴重な自叙伝ともなっている。

この本を読んで、そこにドラマチックなものを感じるとしたら、むしろそのはみ出すものを読み解くところにあるのだとも思っている。

私はこの本を読んで、森の見方を超えて、自然の見方自体が大きく音を立てて揺らぐのを感じた。私にとってこの本は、とても貴重な存在になると確信している。

20230226

りんごの湯

先月、1月24日に猛吹雪があった。まるでツルゲーネフの小説に出て来る様な地吹雪で、その荒れ様は、今迄に経験した事がないレベルだった。

その翌日、風呂を沸かそうと思って、風呂釜の点火を試みたのだが、全く点かない。それどころか、風呂釜の内部で、水音らしい雑音が鳴る。これは前日の猛風吹きで、風呂釜が凍ったのだと判断し、ガス屋さんを呼んだ。

どうやら同じ様な用件で、方々から悲鳴が寄せられているらしい。

その時は

「大丈夫です、ひと月と掛かるような事はありません」

との返事だった。

風呂釜の交換が決まった。

その日から、外湯巡りの入浴行脚が始まった。

最初のうちは、方々の温泉や公衆浴場を模索していたのだが、料金の安さと設備の充実振り、そして、浴場の広さという観点から、豊野温泉りんごの湯に、対象は絞られて行った。

長くて2週間という最初の展望は、虚しくも外れ、一昨日になってようやく3月1日に、新しい風呂釜が入るという話が決まった。

今日、2月26日、それが本当なら最後になる筈の、外湯巡りに行って来た。勿論、行ったのはりんごの湯だ。ひと月以上続いた事になる。


朝方は雪が降り、少し積もる様な天候だった。だが、その雪も次第に止み、りんごの湯に向かう頃には、青空も拡がり始めていた。

日曜日という事もあるのか、男湯はかなり混んでいた。(女湯はがら空きだった様だ)。女房殿は、やる事が沢山あると言っていたが、私はそれ程ない。身体を洗って、湯船に浸かるだけだ。

今日は、予てから決めてあったのだが、普段は入らない、露天風呂に浸かってみることにした。外気が浴場に入らないように、露天風呂への扉は二重になっている。その外につながる扉を開けると、外の冷たい寒気が肌を刺した。

案の定、露天風呂も混んでいた。だが入れない程ではない。浸かると身体は暖まり、頭は冷え、なかなか気持ちが良かった。そのうちに、枕のある寝て入る浴場も空き、そこに移動。横になって、空を見上げると、青空に白い雲が浮かび、どことなく春を感じさせる空が見えた。

落ち着いて辺りを見回すと、露天風呂にも時計がある事が分かった。15分を目処に露天風呂に入り、その後、また浴場の湯に浸かろうと決心した。

思えば、ここに通ったひと月余りの間に、色々な事があった。女湯で客が湯船の中で気を失い、救急隊が駆けつけた事もあった。

それらの日々も、過去になり、ここりんごの湯に来なくてはならない日も、今日が最後になる。露天風呂で、空を見上げながら、私はこのひと月余りの事を、どこか懐かしい思い出の様に、思い巡らしていた。

3月からは、家で入浴する日々が復活する。もう、朝からあたふたと入浴の準備に追われる事も無くなるのだ。私たちはもう、入浴難民ではない。それは便利な事。だが、温泉も偶には良いものだ。家で入浴する様になってからも、機会を見つけて、またりんごの湯に入りに来よう。私は密かにそう決めていた。

女房殿は、今日もまた、上がる約束の時間に5分遅れた。

20230106

ぼくは上陸している

私は昨年の4月16日に『ダーウィン以来・上』を開いている。スティーヴン・ジェイ・グールドの進化論エセーの最初の巻だ。それから10ヶ月、図書館から毎月1作品2冊を借りて、読み進めて来た。昨日その最終巻『ぼくは上陸している・下』を読了した。スティーヴン・ジェイ・グールドのエセー集10作品20冊を、全て読破した事になる。


これらのエセー集を読むのは、初めてではない。日本語訳が刊行される度に、それを待つように購入して、貪るように読んでいた。今回は、全作品を、一気に通読する事に、主眼を置いていた。

2度目なので、もう目新しさはないだろうと予想していたのだが、新しい発見は十分にあった。中でも、進化論に対する私の誤解を、このエセー集によって幾つも正されたのは、有り難かったが、恥ずかしくもあった。もう20年以上も前に一度、それらの誤解から、解き放たれていた筈だったのだ。私は何度も同じ誤解に引き寄せられる傾向を持っていたのだろう。


私の進化論はダーウィニズムと言うよりむしろラマルキズムであって、それはもう100年以上前に、葬り去られた考え方なのだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドは、取るに足りない様な些事に、いつも着目する。そこから世界を拡げていって、ダーウィニズム(と言うより総合説)がいかに妥当なものであるかを丁寧に論じてゆく。それがこれらのエセー集の醍醐味のひとつになっている。

そしてこれらのエセー集のもうひとつの醍醐味は、人物の評伝の巧さにあると思う。

今回も、何人もの科学者が、グールドの綿密な文献調査と語りによって、その全体像、魅力、教訓を明らかにされていた。

それらの対象人物に、グールドは限りない愛情を注ぐ。彼らをグールドは現在の視点、知識を基盤に評価する間違いを犯さない。グールドは常にその時代の人を評価するのに、その時代の視点に降りてゆく。

その度に私は、歴史を観るに当たって、取るべき重要な姿勢を教授された。

また、話の枕に使われる、オペレッタ、詩篇、評論の、守備範囲の広さにも、いつも驚愕させられる。並の蘊蓄ではない。凄じい知識量だ。

いつも残念に思うのは、グールドのエセーに度々登場するギルバートとサリヴァンのオペレッタを、私は全く知らないという事だ。知らなくても、それらのエセーを読むには差し障りはないが、知っていれば、グールドのエセーをもっと楽しめるだろうと想像するからだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドの10作品20冊のエセー集を、かつて私は私蔵していた。それはこのブログにも書かれている。だが、引っ越しの際、手狭になる新環境に合わせて、図書館にある本は全て売ることにした。グールドのエセー集も手放した。苦渋の選択だった。その為、今回の再読で、図書館を利用する事になったのだが、どうなのだろう?本を持っていたら、私はこれらのエセー集を、一気読みで再読することはなかったのではないだろうか?

エセーの中で、グールドが前作を参照している箇所に出会う度に、私は呻吟した。その本が手元にないからだ。だが、それを除けば、グールドのエセー集を、全て持っていなくても、十分楽しめた。

スティーヴン・ジェイ・グールドは、このエセー集を2001年9月11日の事件で閉じている。それは、彼の祖父が「ぼくは上陸している」と記してから、ちょうど100年後の出来事であった。ミレニアムに合わせて、グールドがそのエセー集の連載を終了させる事は、事前から決められていた事であったが、グールド自身も、この終了の仕方は、全く予期していなかったものだったのではないだろうか?

『ぼくは上陸している・下』を読み終え、本棚に戻した時、私は言いようのない強い感慨に包まれた。取りも直さず、私はこれらのエセー集と10ヶ月という月日を共にしたのだ。

スティーヴン・ジェイ・グールドのエセーは、決して読み易いものではない。特に事前に進化論についてのある程度の知識と考えを持っていなければ、その読書は苦しいものになるだろう。スティーヴン・ジェイ・グールドは、決して片手間に、これらのエセーを書いているのではないからだ。彼は学術論文を書くのに匹敵する姿勢で、これらのエセー群を書いている。ひとつひとつのエセーが、まさに真剣勝負なのだ。

私は10ヶ月間、これらのエセー群とまともに格闘した。そして、その全てを読み終えた今、私はそれらの読書体験が、私の中で貴重な財産に変化しているのを、はっきりと感じるのだ。

私の中で、10作品20冊のエセー群は、確かな存在として、特別な本として、ずっしりとした重さを持ったものになって煌めいている。

20221208

トム・ピリビ

15年程前から、本格的に探し始めた。

それ迄も気になる歌だったが、それ程真面目に探してはいなかったのだ。

だが、いくら検索を重ねても、全くヒットしなかった。それもその筈だ。検索語が間違っていたのだ。『みんなの歌』でダーク・ダックスが歌っていた。そんな事を混ぜてもみた。駄目だった。

一昨日、なんという事なしに、検索語を変えてみた。すると、

あるわあるわ、一旦見つかり始めるとこれ程になるのかと思う程、次から次へと探していた歌に関する情報が引っ掛かって来た。


歌の題名は『トム・ピリビ』。どうやら元はシャンソンだった事も分かって来た。そして、何とこの歌は1960年の第5回ユーロヴィジョン・ソング・コンテストの優勝曲でもある。

みんなの歌名曲100選にも含まれているらしい。更には作曲者、作詞者、訳詞者なども分かって来た。


ダーク・ダックスが歌っているヴァージョンは、本歌にかなり忠実に訳されているが、肝心のオチが訳されていない。ダーク・ダックス自身が訳した様だ。『みんなの歌』なので、教育的配慮がなされたのかも知れない。

そう、日本では『トム・ピリビ』はあくまでも子どもの歌だったのだ。

だがシャンソンではそうではないらしい。


元唄の詞も見つかったので載せておく。作詞者はPierre Cour(ピエール・クール)。作曲者はAndré Popp(アンドレ・ポップ)。この作曲者は『恋はみずいろ(L’amour est blue)』の作者としても有名だ。歌っているのはJaqueline Boyer(ジャクリーヌ・ボアイエ)。Lucienne Boyer(リシエンヌ・ボアイエ)の娘だ。


Tom pillibi


Tom Pillibi a deux châteaux

Le premier en Écosse

Tom Pillibi a deux châteaux

L´autre au Montenegro


Il a aussi deux grands vaisseaux

Qui vont au bout du monde

Chercher des ors et des coraux

Et les plus beaux joyaux


Il a d´la chance, Tom Pillibi

Et moi je pense que je suis son amie

Il est si riche que je l´envie

Il est si riche

Sacré Tom Pillibi


Tom Pillibi a deux secrets

Qu´il ne livre à personne

Tom Pillibi a deux secrets

Moi seule, je les connais


La fille du roi lui sourit

Et l´attend dans sa chambre

La fille du roi lui sourit

Et la bergère aussi


Il a d´la chance, Tom Pillibi

Et moi je pense que je suis son amie

Quelle bonne étoile veille sur lui?

Quelle bonne étoile?

Sacré Tom Pillibi


Tom Pillibi n´a qu´un défaut

Le mal n´est pas bien grave

Tom Pillibi n´a qu´un défaut

Le mal n´est pas bien gros


Il est charmant, il a bon cœur

Il est plein de vaillance

Il est charmant, il a bon cœur

Mais il est si menteur

Que rien n´existe de tout cela

Mais je m´en fiche quand je suis dans ses bras

Car je suis reine de grand pays

Où il m´entraîne

Sacré Tom Pillibi


  トム・ピリビはお城を二つ持ってる

  一つ目はスコットランドに

  トム・ピリビは二つのお城を持ってる

  もう一つはモンテネグロに


  彼はまた大きなお船を二つ持ってる

  それは世界の果てまで行くの

  黄金や珊瑚を

  そして一番きれいな宝石を探しにね


  運がいいのよ、トム・ピリビは

  そしてわたしはね彼の彼女のつもりよ

  彼はうらやましいくらいのお金持ち

  とってもお金持ちなの

  とんでもないトム・ピリビ


  トム・ピリビには秘密が二つあって

  それを誰にも打ち明けないのよ

  トム・ピリビには秘密が二つあって

  わたしだけがね、それを知ってるの


  王様の娘が彼に微笑みかけ

  彼を寝室で待ってるのよ

  王様の娘が彼に微笑みかけ

  羊飼いの娘もそうするの


  運がいいのよ、トム・ピリビは

  そしてわたしはね彼の恋人のつもりよ

  どんな幸運の星が彼を見守っているのかしら?

  どんな幸運の星が?

  とんでもないトム・ピリビ


  トム・ピリビには欠点が一つしかない

  たいしたことじゃないのよ

  トム・ピリビには欠点が一つしかない

  大きなことじゃないのよ


  彼はチャーミングで、いい人よ

  とっても勇気があるわ

  彼はチャーミングで、いい人よ

  でもねとってもホラ吹きで

  ぜんぶ本当のことじゃないのよ

  だけど彼の腕に抱かれているときには気にならないわ

  だってわたしは大きな国の女王ですもの

  そこに彼はわたしを連れて行ってくれるのよ

  とんでもないトム・ピリビ


元唄の”Tom Pillibi”は、彼が好きな女性の視点から、彼がつくホラ(嘘)も許してしまう、盲目的な恋心が描写されている。れっきとしたオトナの歌なのだ。

20221118

60年の電話番号

今年、1月16日に母が死んだ。98歳だった。大往生であろう。

それに伴い、使用していた電話などを解約した。作業は女房殿がてきぱきと行ってくれたが、私だったらあれ程効率的に行動出来たかどうか分からない。


使用していた電話は、私が小学1年の時に時の電電公社と契約して、導入したものだ。

与えられた電話番号は、4や9が並んだとても縁起が良いとは言い難い番号だった。就寝前、家族全員でどうしたものかと話し合った事を、昨日の事の様に覚えている。

3歳年上の姉が、気の利いた語呂合わせを考え出した。私は途端にその電話番号がとても気に入ってしまった。私の気分屋は、幼少の頃からの傾向らしい。

以来丁度60年に渡って、その電話番号を使い続けて来た。それ故に、名伏し難い思い入れがある。

高校を卒業する時、私は故郷を完全に捨てる覚悟で家を出た。もう2度と帰る事はない場所。それが故郷だった。

その時から15年に渡って、私は本当に家族と連絡を断ち、下宿生活を続けた。それでも正月になると、年に1回だけ両親の家に電話を掛けた。そう、件のその番号の電話だ。

それ故に、その電話番号は、いつでも、どこに行っても忘れる事のない、特別な番号になった。

何かと言うと、その電話番号を使用した。もう、住んでいる場所が異なるのだから良いだろうと。

18年前、今の女房殿と一緒に暮らす決断をして、私は故郷に帰って来た。青春の誓いはあっさりと破られた。母とは同居せず、独立した住まいを構えた。

帰って来てむしろ、私は母と連絡を取らなくなった。近くに住んでいるのだから良いだろうと思ったからだ。

「特別な」電話番号も、暫くは使わず仕舞いだった。

けれど、解約するとなると話は別だ。その電話番号に関わる、あらゆる思い出がどっと私を押し倒して行った。

女房殿はあっさりと電話を解約した。

何はともあれ60年は長い。その間、常に共にあった、件の電話番号が、遂にこの世から消え去るのだ。

女房殿が外出した隙に、私はそっとその電話番号に電話してみた。勿論誰も出ない。留守番電話機能は使ってないらしく、通信音はいつ迄も鳴り続けていた。多分これが、その電話番号に電話した、最後の電話になるだろう。そう思うと、意味もないのにその電話を、なかなか切れなくなってしまった。

通信音はいつ迄も鳴り続けていた。いつ迄も、いつ迄も。