掻いても掻いても減らなかった雪は車に踏み固められカチンカチンになっている。現在母の家の前は、こうなっている。
これは単なる雪ではない。ほぼ氷だ。それもかなり高密度の。
シャベルなどでつついたくらいではびくともしない。
そこで、
こいつで砕くことにした。
愛用の岩石用ハンマーである。よもやここで登場願うことになるとは予想していなかった。
長年こいつを振り回してきた。
なので私は自分で言うのも何だが、ハンマー使いに関しては神業の持ち主だと自負している。
思い切り振り回してもミリ単位の精度でハンマーを打ち付けることが可能だ。
どの形状の氷にはどの角度で打ち込むのが適切か、道路を傷つけずに氷のみ砕くにはどの程度の力を入れたら良いかなどを瞬時に判断して作業を進めることが出来る。
早速作業開始。
固い雪氷もどしどし砕いて行く事が出来る。
だが、雪を甘く見ていた。小1時間で軽くクリア出来ると思っていたのだが、進まない。
全面を完璧に綺麗にすることは諦めざるを得なかった。
取り敢えず出口と隣への通路、そしてゴミ収集場までの経路を確保。これだけやってあれば、母と向かいの家の年寄りが押すシルバーカーくらいは通れるだろう。
妥協してしまったのだ。
2時間掛けてこれしか出来なかった。
雪氷の断面。
ハンマーの先が道路面にあたる。20cm程の厚さに踏み固められており、下部5cm位は透明な氷になっている。この部分の破壊に手間が掛かったのだ。
岩石用ハンマーを持っていて良かったと心から感じた。そうで無ければとても手の出しようがなかっただろう。
2時間ハンマーを振り続けていたら、さすがに左手に豆が出来、潰れた。
20140223
20140222
氷の世界
先週Blogを付けなかったことは痛恨事だ。
どっさりと雪が降った。箱清水で62cmだったか、その程度の積雪が善光寺平でも見られたのだ。
自宅と年寄りの家の雪掻き(と言うより年寄りの発掘作業)に奔走し、それだけでも忙しいのに通院と図書館行脚などに駆け回っている内に何となくBlogを付け忘れてしまった。
とてつもない量の積雪だった。掻いても掻いても後からどしどしと雪は降り積もり、とても追い付く量ではなかった。それぞれで少なくとも3、4回は雪掻きをしたのではないだろうか。
善光寺平は決して豪雪地帯ではない。この付近にしては雪が少ない。だから武田信玄や上杉謙信は善光寺平を欲しがった。
それにしては日々の生活に及んでいる被害は少なかったと言えると思う。
至る所生活道路は未だ寸断され(歩道は雪が積み上げられそれが凍り付いてまるで山道だ)生鮮食品が高くなった。だがそれだけだ。
このような豪雪があると後になってとんでもない光景が見られる。
これが現在のベランダの有様だ。
屋根からの融雪が寒気で再び凍り付く。
この氷の中からサンダルを2足発掘した。
山梨や秩父で深刻な雪の被害があったようだ。
やや北寄りに進んできたとは言え南岸低気圧(これを台湾坊主と呼ばなくなったのは何故なのだろうか)雪の少ない地域にどっさりと雪は降り被害を出した。
山梨の150cmはさすがに凄いと思うが、東京などはそれ程の積雪とは思えなかった。だが被害は出た。
都市の脆弱を感じるが、このような普段から雪にまみれている地域の者がそれを嗤う姿勢を「北から目線」と言うのだとtwitterで知った。
今は雪が多すぎて実感はないが、後1週間で3月に突入する。春は近い!
どっさりと雪が降った。箱清水で62cmだったか、その程度の積雪が善光寺平でも見られたのだ。
自宅と年寄りの家の雪掻き(と言うより年寄りの発掘作業)に奔走し、それだけでも忙しいのに通院と図書館行脚などに駆け回っている内に何となくBlogを付け忘れてしまった。
とてつもない量の積雪だった。掻いても掻いても後からどしどしと雪は降り積もり、とても追い付く量ではなかった。それぞれで少なくとも3、4回は雪掻きをしたのではないだろうか。
善光寺平は決して豪雪地帯ではない。この付近にしては雪が少ない。だから武田信玄や上杉謙信は善光寺平を欲しがった。
それにしては日々の生活に及んでいる被害は少なかったと言えると思う。
至る所生活道路は未だ寸断され(歩道は雪が積み上げられそれが凍り付いてまるで山道だ)生鮮食品が高くなった。だがそれだけだ。
このような豪雪があると後になってとんでもない光景が見られる。
これが現在のベランダの有様だ。
屋根からの融雪が寒気で再び凍り付く。
この氷の中からサンダルを2足発掘した。
山梨や秩父で深刻な雪の被害があったようだ。
やや北寄りに進んできたとは言え南岸低気圧(これを台湾坊主と呼ばなくなったのは何故なのだろうか)雪の少ない地域にどっさりと雪は降り被害を出した。
山梨の150cmはさすがに凄いと思うが、東京などはそれ程の積雪とは思えなかった。だが被害は出た。
都市の脆弱を感じるが、このような普段から雪にまみれている地域の者がそれを嗤う姿勢を「北から目線」と言うのだとtwitterで知った。
今は雪が多すぎて実感はないが、後1週間で3月に突入する。春は近い!
20140208
南岸低気圧
雪の写真を揚げておいて何だが、今年は雪が少ない。雪掻きが必要になったのもこの冬2度目だ。
これは15時ころのベランダからの風景。まだどしどし降り積もっている。気象庁の発表では長野市内(つまり箱清水の事だ)で21cmの積雪があったと言う。
方々から雪の便りが届く。
何と沼津でも積雪があったとFB友だちが報せてくれた。20年振りだと言う。21世紀に入って初めての積雪だという事だ。
東京都内も積雪があったようだ。
都心、13年ぶり大雪警報 交通や大学入試に影響
都内各所でパンが売り切れているという。都心は雪に弱い。長野市内はそれ程雪に警戒感がある方ではないと思うが、それでも10cmや20cmの積雪ではびくともしない。
典型的な南岸低気圧だ。
もしこうした南岸低気圧の通過と予想されている東南海・南海地震が重なったら、都心はどれ程の混乱に陥るのだろうか?
天気図と同時刻の赤外線画像。
地震と低気圧の通過の間には関連があると考えている学者もいる。
これは15時ころのベランダからの風景。まだどしどし降り積もっている。気象庁の発表では長野市内(つまり箱清水の事だ)で21cmの積雪があったと言う。
方々から雪の便りが届く。
何と沼津でも積雪があったとFB友だちが報せてくれた。20年振りだと言う。21世紀に入って初めての積雪だという事だ。
東京都内も積雪があったようだ。
都心、13年ぶり大雪警報 交通や大学入試に影響
都内各所でパンが売り切れているという。都心は雪に弱い。長野市内はそれ程雪に警戒感がある方ではないと思うが、それでも10cmや20cmの積雪ではびくともしない。
典型的な南岸低気圧だ。
もしこうした南岸低気圧の通過と予想されている東南海・南海地震が重なったら、都心はどれ程の混乱に陥るのだろうか?
天気図と同時刻の赤外線画像。
地震と低気圧の通過の間には関連があると考えている学者もいる。
20140112
桜島噴火記
本棚から古い本を取り出し、読み始めた。
柳川喜郎『桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
神保町で50円で買ったものだ。
しかしこの本、未だに高値で古書店に出回っている。
この程東大地震研の方々のご尽力により再版され、適正な価格で入手する事が出来るようになった。
『復刻 桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
今日(12日)はここに書かれた桜島の大正噴火から丁度100年に当たる。
100年前の今頃、桜島は大噴火していたのだ。
それを思い浮かべながらこの本を読んだ。
この本の冒頭付近に
この碑文は重く、大切な教えを今に伝えている。
防災・減災に関心を寄せる者としては、耳の痛い、重い事実だ。
2011年新燃岳噴火では住民が「理論ニ信頼セズ」避難したら、その行動を非難した人たちがいた。
100年経っても何も分かっていない。
科学を信じるなと言っているのではない。
科学者を過信するなと言っているのだ。権威に平伏するなと言い換えても良い。
この本が出版されて、30年経つ。
丁度100年目の日に、準リアルタイムでこの本を読み終え、その記述が全く古びていないことに驚かされた。
この本の終わり辺りに「尾生(びせい)の信」という言葉が出て来る。
史記蘇秦伝にある故事で、尾生という若者が橋の下で女と会う約束をして、待ち続けるうちに大雨による増水で溺死してしまう、というものだ。
固く約束を守るということを意味すると共に、融通が利かず愚直であるという例えでもある。
福島第一原発事故の時、当時を振り返って斑目元安全委員長は
「首相から炉心が露出したらどうなるか問われた。水素ができると答えると、爆発が起きるのかと問い返された。そこで格納容器の中は窒素で置換されていて(酸素はないので)爆発は起きませんと答えた。」と証言している。
それに対して当時の総理大臣菅直人は著書で、斑目元委員長の言葉を聞いて安心したのが『大間違いだった』と書いている。
ちょっと見たところ斑目元委員長の無責任な態度だけが際立つ。
だが、これこそが尾生の信を菅元首相がそのまま演じた姿だったのではないだろうか?
現実に、原発は次々に爆発した。
災厄は必ず起きる。
それが起きた時、誰かのせいにしても何も始まらない。
必ず起きるものに対して、柔軟に対応できる姿勢は常に取っておきたいし、またそれを促す防災・減災技術にしてゆかねばならないのだろう。
100年前の今日。測候所の予測は外れ、桜島は大噴火した。
柳川喜郎『桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
神保町で50円で買ったものだ。
しかしこの本、未だに高値で古書店に出回っている。
この程東大地震研の方々のご尽力により再版され、適正な価格で入手する事が出来るようになった。
『復刻 桜島噴火記─住民ハ理論ニ信頼セズ』
今日(12日)はここに書かれた桜島の大正噴火から丁度100年に当たる。
100年前の今頃、桜島は大噴火していたのだ。
それを思い浮かべながらこの本を読んだ。
この本の冒頭付近に
50cm程の台石の上に建てられた細長い2mぐらいの新しい石碑に書かれている問題の文章が引用されている。
大正三年一月十二日、桜島の爆発ハ安永八年以来の大惨禍ニシテ、全島猛火ニ包マレ火石落下シ、降灰天地ヲ覆ヒ光景惨膽ヲ極メテ、八部落ヲ全滅セシメ百四十人ノ死傷者ヲ出セリ。
其爆発数日前ヨリ、地震頻発シ岳上ハ多少崩壊ヲ認メラレ、海岸ニハ熱湯湧沸シ旧噴火口ヨリハ白煙ヲ揚ル等、刻刻容易ナラザル現象ナリシヲ以テ、村長ハ数回測候所ニ判定ヲ求メシモ、桜島ニハ噴火ナシト答フ。
故ニ村長は残留ノ住民ニ、狼狽シテ避難スルニ及バズト論達セシガ、間モナク大爆発シテ、測候所ニ信頼セシ知識階級ノ人、却テ災禍ニ罹リ、村長一行ハ難ヲ避クル土地ナク、各々身ヲ以テ海に投ジ漂流中、山下収入役、大山書記ノ如キハ終ニ悲惨ナル殉職ノ最期ヲ遂グルニ至レリ。
本島ノ爆発ハ古来歴史ニ照シ、後日復亦免レザルハ必然ノコトナルベシ。
住民ハ理論ニ信頼セズ、異変ヲ認知スル時ハ、未然ニ避難ノ用意尤モ肝要トシ、平素勤倹産ヲ治メ、何時変災ニ遭モ路途ニ迷ハザル覚悟ナカルベカラズ。茲に碑ヲ建テ以テ記念トス。
大正十三年一月 東桜島村
この碑文は重く、大切な教えを今に伝えている。
大正三年の桜島噴火に先だって、現地の桜島では、さまざまな異常現象が認められたので、村長が対岸の鹿児島測候所に、「噴火の前兆なのではないか」と問い合わせたところ、「噴火はない」という回答であった。しかし桜島は噴火し、測候所の予測を信じて島に残留していた人たちが死亡したと碑文は語っている。
防災・減災に関心を寄せる者としては、耳の痛い、重い事実だ。
2011年新燃岳噴火では住民が「理論ニ信頼セズ」避難したら、その行動を非難した人たちがいた。
100年経っても何も分かっていない。
科学を信じるなと言っているのではない。
科学者を過信するなと言っているのだ。権威に平伏するなと言い換えても良い。
この本が出版されて、30年経つ。
丁度100年目の日に、準リアルタイムでこの本を読み終え、その記述が全く古びていないことに驚かされた。
この本の終わり辺りに「尾生(びせい)の信」という言葉が出て来る。
史記蘇秦伝にある故事で、尾生という若者が橋の下で女と会う約束をして、待ち続けるうちに大雨による増水で溺死してしまう、というものだ。
固く約束を守るということを意味すると共に、融通が利かず愚直であるという例えでもある。
福島第一原発事故の時、当時を振り返って斑目元安全委員長は
「首相から炉心が露出したらどうなるか問われた。水素ができると答えると、爆発が起きるのかと問い返された。そこで格納容器の中は窒素で置換されていて(酸素はないので)爆発は起きませんと答えた。」と証言している。
それに対して当時の総理大臣菅直人は著書で、斑目元委員長の言葉を聞いて安心したのが『大間違いだった』と書いている。
ちょっと見たところ斑目元委員長の無責任な態度だけが際立つ。
だが、これこそが尾生の信を菅元首相がそのまま演じた姿だったのではないだろうか?
現実に、原発は次々に爆発した。
災厄は必ず起きる。
それが起きた時、誰かのせいにしても何も始まらない。
必ず起きるものに対して、柔軟に対応できる姿勢は常に取っておきたいし、またそれを促す防災・減災技術にしてゆかねばならないのだろう。
100年前の今日。測候所の予測は外れ、桜島は大噴火した。
20140109
時と共に在る
かなりの充実を、生活に感じ始めている。
酷い鬱の時は、時が水飴で出来ているようで、なかなか進んでくれなくて、それに耐えることが出来ず、自分を滅ぼしてしまいたい衝動に駆られていた。
今、そうした感覚はない。
自分の存在がきちんと時と共に在り、関係は整合している。
年末からミシェル・フーコーの『狂気の歴史』を読み始めた。
DVDで『アマデウス』を観、『うさこさんと映画』の中でそのエンディングについて「かつてフーコーが提示した「狂気」の定義そのもののような迫力が漂う。」と書かれているのを読み、フーコーは狂気をどの様に定義しているのだろうと関心を抱いたのが切っ掛けだった。
不純な動機である。
だから完全な敗北だった。フーコーのフの字も解読できず、その浩瀚な書物のかけらすらものに出来なかった。
暫くフーコーは放置しておいた。
10月頃、ふと気が付くと、今迄殆ど機械的に未読を既読にするだけで、殆ど目も通すことがなかったRSS Readerをこまめにチェックしている自分に気が付いた。
英語やドイツ語の記事にも(分からないなりに)取り敢えず目を通している。
これなら難解なフーコーにも食いついて行く事が出来るのではないかと(気の迷いだが)思ったのだ。
で、11月頃再挑戦、再敗北。
そこで中山元さんの『フーコー入門』を紐解いてみた。
これが正解だった。
丁寧な解説書だった。
分かり易く、それでいて肝心なところを外していない。
フーコーの知的な誠実さを良く拾い上げた内容だった。
この本で『狂気の歴史』の大筋を教えて頂いたので、ようやく私にもフーコーは解読可能な本になった。
この場合の考古学は、勿論フーコーの『知の考古学』を引いている。
ひとつのものが見えてくると、他のものも急にはっきりと見え始めることがある。
フーコーが少しだけ見え始めてから、観る映画、聴く音楽が急に深いところで捕まえているという実感を伴うようになった。
今迄何を観てきたのか?そして聴いてきたのか?地団駄踏みたい気分だった。
実際、クラシック音楽に限っても、この1年間で4回程、今迄何も聴いてこなかった!と思い知らされるような感覚に襲われた。急に見えてくるのだ。
そうなると今迄無為に過ごしてきた時間が途方も無く勿体なく思えてくる。
自分の身の丈に合ったものをようやく読むようになったなどと自分に言い訳をして、下らないものを読んできた時間や金もとても勿体なく感じるのだ。
ものの値段というものは、それなりに合理的に付けられていると、時々感じる。安いものはそれなりのものしかない。
それなりに値段の張る、「よいもの」にきちんと触れた方が良い。
勿体ないことをして来たと思う思いは大切だが、半面しょうがなかったとも思う。
何しろ気力が湧かなかった。
長い鬱を抜け、結構被害もあった躁状態も過ぎ、ようやく努力できる精神状態を獲得することが出来てきたと感じている。
年始としてはこの上ない好発進だと思う。
この感覚を大切にして、「よいもの」に出会いたいと思っている。
酷い鬱の時は、時が水飴で出来ているようで、なかなか進んでくれなくて、それに耐えることが出来ず、自分を滅ぼしてしまいたい衝動に駆られていた。
今、そうした感覚はない。
自分の存在がきちんと時と共に在り、関係は整合している。
年末からミシェル・フーコーの『狂気の歴史』を読み始めた。
DVDで『アマデウス』を観、『うさこさんと映画』の中でそのエンディングについて「かつてフーコーが提示した「狂気」の定義そのもののような迫力が漂う。」と書かれているのを読み、フーコーは狂気をどの様に定義しているのだろうと関心を抱いたのが切っ掛けだった。
不純な動機である。
だから完全な敗北だった。フーコーのフの字も解読できず、その浩瀚な書物のかけらすらものに出来なかった。
暫くフーコーは放置しておいた。
10月頃、ふと気が付くと、今迄殆ど機械的に未読を既読にするだけで、殆ど目も通すことがなかったRSS Readerをこまめにチェックしている自分に気が付いた。
英語やドイツ語の記事にも(分からないなりに)取り敢えず目を通している。
これなら難解なフーコーにも食いついて行く事が出来るのではないかと(気の迷いだが)思ったのだ。
で、11月頃再挑戦、再敗北。
そこで中山元さんの『フーコー入門』を紐解いてみた。
これが正解だった。
丁寧な解説書だった。
分かり易く、それでいて肝心なところを外していない。
フーコーの知的な誠実さを良く拾い上げた内容だった。
この本で『狂気の歴史』の大筋を教えて頂いたので、ようやく私にもフーコーは解読可能な本になった。
狂気の歴史を描くということは、実は心理学というものが誕生するための条件を描くことだった。狂気は心理学の一つの対象ではなく、心理学の成立の条件そのものであり、この心理学という学問は、十九世紀以来の西洋世界に固有の文化的な事件であった。狂気の歴史はある意味では心理学の誕生の歴史でもあった。『狂気の歴史』のサブタイトルを〈心理学の考古学〉としてもよかったのである。
この場合の考古学は、勿論フーコーの『知の考古学』を引いている。
ひとつのものが見えてくると、他のものも急にはっきりと見え始めることがある。
フーコーが少しだけ見え始めてから、観る映画、聴く音楽が急に深いところで捕まえているという実感を伴うようになった。
今迄何を観てきたのか?そして聴いてきたのか?地団駄踏みたい気分だった。
実際、クラシック音楽に限っても、この1年間で4回程、今迄何も聴いてこなかった!と思い知らされるような感覚に襲われた。急に見えてくるのだ。
そうなると今迄無為に過ごしてきた時間が途方も無く勿体なく思えてくる。
自分の身の丈に合ったものをようやく読むようになったなどと自分に言い訳をして、下らないものを読んできた時間や金もとても勿体なく感じるのだ。
ものの値段というものは、それなりに合理的に付けられていると、時々感じる。安いものはそれなりのものしかない。
それなりに値段の張る、「よいもの」にきちんと触れた方が良い。
勿体ないことをして来たと思う思いは大切だが、半面しょうがなかったとも思う。
何しろ気力が湧かなかった。
長い鬱を抜け、結構被害もあった躁状態も過ぎ、ようやく努力できる精神状態を獲得することが出来てきたと感じている。
年始としてはこの上ない好発進だと思う。
この感覚を大切にして、「よいもの」に出会いたいと思っている。
20131114
再び映画に嵌まる
再びと言っても一度目は途方も無い昔の話だ。
10代の終わりから東京に出た。
独り暮らしの自由さに歓喜していた。
池袋に住んだこともあって、受験勉強もせずに名画座に入り浸って映画三昧の日々を送ったことがあると言う話だ。
大学に入ってからはむしろ映画を観なくなった。
映画好きの人間のマニアックな口調に耐えきれなくなったのと、地質の勉強が面白くて他の分野への関心が薄らいだせいだ。
以来、私の中での映画の時代は終わったと思っていた。
時々観るもののそれ程夢中になることは無かった。
NHK・BSで古い映画が放映される。
それを録画するくらいが関の山だった。
けれどそこで『風と共に去りぬ』などを観ると、映画はさすがに凄いな…と思わされもしていた。
amazonなどでごくたまにDVDなどを購入していた。
ふと、最近のレンタルビデオ店がどうなっているのかと思った。
さすがにビデオを買うのがかなり負担になってきたからだ。
切っ掛けはtwitterでGlenn Gouldの話になり、音楽好きの方から『グレン・グールド─天才ピアニストの愛と孤独』という映画を薦められたからだ。
amazonで探してみるとかなりの値段がする事が分かった。
GEOに登録し、探してみるとあった。早速借りてみた。
良かった。
最初はグレン・グールドの恋愛に焦点を絞った内容なのだと思い込んでいた。だがそうでは無く、グレン・グールド本人が登場し、かなり貴重な映像と証言が込められた本格的なドキュメンタリーだった。
過去のメールを再確認してみると、 楽天でもDVDをレンタルしていることが分かった。
これも登録してみた。
こちらの方が送料は高いが1本の単価は安い。そして驚くほど値引きセールが多い。
借りると旧作が何本か無料で借りることが出来るクーポンが付いてくる。
吝嗇な私はそれを無駄にするのが惜しなった。
そこから怒濤の映画漬けが始まってしまったというのが真相だ。
知り合いに映画好きは沢山いる。
それに映画と言えば貴重な情報源として「うさこさんと映画」というBlogも以前から読んでいた。
そのBlogの最新記事は『ブラディ・サンデー』という映画についてのものだった。これも借りてみた。
確かに観るべき映画だ。
そのBlogで以前採り上げられていて、いつか観なければと感じた『アレクサンドリア』を次に借りた。
素晴らしい映画だった。
以来、一日に2本くらいのペースで映画を観ている。
昨日は『 アマデウス』を観た。以前から気になり続けていた映画だ。良かった。
モーツァルトを直接採り上げず、サリエリの目から見たモーツァルトにした視座が何と言っても成功の鍵だろう。
役者も皆達者で極めつけで面白かった。
しかし、映画という世界は何と言う完璧主義の世界なのだろう。
モーツァルトに関して余り知識が無くても十分に楽しめる映画だったが、知識があるともっと楽しめる映画になっている。
時代考証が極められている。
そして付けられている音楽が何と本格的である事か。
地質をやっていて、学問というものは娯楽が極まったものだと感じた。
しかし、「娯楽が極まったもの」は他にも沢山あるのだ。
音楽がそうであるし、本の世界も途方も無く深い。
そして映画。
こうした「娯楽が極まったもの」に触れる度に、私は世界の広さに打ちのめされる。
地球は小さな惑星だ。
だがその上で繰り広げられている人間の営みは、人の一生なんぞでは到底極められないほど広い。
10代の終わりから東京に出た。
独り暮らしの自由さに歓喜していた。
池袋に住んだこともあって、受験勉強もせずに名画座に入り浸って映画三昧の日々を送ったことがあると言う話だ。
大学に入ってからはむしろ映画を観なくなった。
映画好きの人間のマニアックな口調に耐えきれなくなったのと、地質の勉強が面白くて他の分野への関心が薄らいだせいだ。
以来、私の中での映画の時代は終わったと思っていた。
時々観るもののそれ程夢中になることは無かった。
NHK・BSで古い映画が放映される。
それを録画するくらいが関の山だった。
けれどそこで『風と共に去りぬ』などを観ると、映画はさすがに凄いな…と思わされもしていた。
amazonなどでごくたまにDVDなどを購入していた。
ふと、最近のレンタルビデオ店がどうなっているのかと思った。
さすがにビデオを買うのがかなり負担になってきたからだ。
切っ掛けはtwitterでGlenn Gouldの話になり、音楽好きの方から『グレン・グールド─天才ピアニストの愛と孤独』という映画を薦められたからだ。
amazonで探してみるとかなりの値段がする事が分かった。
GEOに登録し、探してみるとあった。早速借りてみた。
良かった。
最初はグレン・グールドの恋愛に焦点を絞った内容なのだと思い込んでいた。だがそうでは無く、グレン・グールド本人が登場し、かなり貴重な映像と証言が込められた本格的なドキュメンタリーだった。
過去のメールを再確認してみると、 楽天でもDVDをレンタルしていることが分かった。
これも登録してみた。
こちらの方が送料は高いが1本の単価は安い。そして驚くほど値引きセールが多い。
借りると旧作が何本か無料で借りることが出来るクーポンが付いてくる。
吝嗇な私はそれを無駄にするのが惜しなった。
そこから怒濤の映画漬けが始まってしまったというのが真相だ。
知り合いに映画好きは沢山いる。
それに映画と言えば貴重な情報源として「うさこさんと映画」というBlogも以前から読んでいた。
そのBlogの最新記事は『ブラディ・サンデー』という映画についてのものだった。これも借りてみた。
確かに観るべき映画だ。
そのBlogで以前採り上げられていて、いつか観なければと感じた『アレクサンドリア』を次に借りた。
素晴らしい映画だった。
以来、一日に2本くらいのペースで映画を観ている。
昨日は『 アマデウス』を観た。以前から気になり続けていた映画だ。良かった。
モーツァルトを直接採り上げず、サリエリの目から見たモーツァルトにした視座が何と言っても成功の鍵だろう。
役者も皆達者で極めつけで面白かった。
しかし、映画という世界は何と言う完璧主義の世界なのだろう。
モーツァルトに関して余り知識が無くても十分に楽しめる映画だったが、知識があるともっと楽しめる映画になっている。
時代考証が極められている。
そして付けられている音楽が何と本格的である事か。
地質をやっていて、学問というものは娯楽が極まったものだと感じた。
しかし、「娯楽が極まったもの」は他にも沢山あるのだ。
音楽がそうであるし、本の世界も途方も無く深い。
そして映画。
こうした「娯楽が極まったもの」に触れる度に、私は世界の広さに打ちのめされる。
地球は小さな惑星だ。
だがその上で繰り広げられている人間の営みは、人の一生なんぞでは到底極められないほど広い。
20131107
音楽史たん
遂に朝6:00からの『古楽の楽しみ』を聴き始めてしまった。
Twitterを始めとして、SNSには、どこか上手くいっていないという感覚が付きまとっていた。
だが、余り気にしなくなった。
そもそもそれ程有益なことを沢山発信している方では無かった。人気が出る訳が無い。
フォローされることをそれ程気にしなくなったら、何となく物事が巧く行き始めたような気もし始めた。
いや、気のせいだけではあるまい。
twitterやFacebookがそれなりに面白く感じ始めたのだ。
そのうちのひとつに最近twitterでフォローした音楽史たんというアカウントがある。
古代から始めて音楽史をYoutubeで実際に音を聴きながら概観してくれる。
面白いのだ!
昨日の夜の段階で、ルネサンス後期・器楽のリュートでDowland(1563-1626)まで進んだ。
音楽の聴き方が丸っきり変わってしまった。
古楽を聴くようになったのは、このアカウントと一緒に音楽史を概観し始めてからだ。
だが、それ以上にクラシック全般、とりわけ現代音楽の聴き方が変わってしまった。
10月の下旬にはByrdの名前が出て来て軽く驚いた。
私の無知が驚かせたに過ぎないのだが。
彼、William Byrd(1543?-1623)の名前を知ったのはつい最近の事だ。YouTubeでGlenn Gouldの演奏を漁っていて、頻繁にこの人の名前が出て来たのだ。
Glenn Gouldは現代音楽も弾いているが、最も関心を寄せ、採り上げたのはBachだった。
けれど伝統芸能をやろうとしていたのでは無い。BachやByrd、Gibbonsなどの古い音楽を現代音楽として弾くことを試みた音楽家だったと私は理解している。
なのでByrdもどこか現代音楽の感覚で聴く姿勢が出来てしまっていた。
この姿勢があながち間違いでは無かったのだと気付かせてくれたのが音楽史たんの講義だった。
古代や中世の音楽の響きはまるで現代音楽だった。
中世のオルガヌムなどの中にはスティーブ・ライヒに影響を与えたり、20世紀にならないと復活しなかった書式で書かれているものもかなりあるのだ。
吉田秀和さんの本『名曲三〇〇選』の中の記述を実際の音で実感と共に振り返ることも出来るようになった。
現代音楽は古い音楽の基礎の上にしっかりと建っているのだ。
音楽史を辿ることは、そのまま音楽の多様性に気付くことでもある。
音楽史たんのtweetは初期のものがまとめられている。
音楽史たんまとめ①【古代】編
音楽史たんまとめ②【中世】編
twitterをやっていなくてもここで古代・中世の音楽を振り返ることが出来る。
まだまだ音楽史たんのtweetは続くのでtwitterをやっている方にはフォローする事をお奨めする。
実にスリリングなのだ!
Twitterを始めとして、SNSには、どこか上手くいっていないという感覚が付きまとっていた。
だが、余り気にしなくなった。
そもそもそれ程有益なことを沢山発信している方では無かった。人気が出る訳が無い。
フォローされることをそれ程気にしなくなったら、何となく物事が巧く行き始めたような気もし始めた。
いや、気のせいだけではあるまい。
twitterやFacebookがそれなりに面白く感じ始めたのだ。
そのうちのひとつに最近twitterでフォローした音楽史たんというアカウントがある。
古代から始めて音楽史をYoutubeで実際に音を聴きながら概観してくれる。
面白いのだ!
昨日の夜の段階で、ルネサンス後期・器楽のリュートでDowland(1563-1626)まで進んだ。
音楽の聴き方が丸っきり変わってしまった。
古楽を聴くようになったのは、このアカウントと一緒に音楽史を概観し始めてからだ。
だが、それ以上にクラシック全般、とりわけ現代音楽の聴き方が変わってしまった。
10月の下旬にはByrdの名前が出て来て軽く驚いた。
私の無知が驚かせたに過ぎないのだが。
彼、William Byrd(1543?-1623)の名前を知ったのはつい最近の事だ。YouTubeでGlenn Gouldの演奏を漁っていて、頻繁にこの人の名前が出て来たのだ。
Glenn Gouldは現代音楽も弾いているが、最も関心を寄せ、採り上げたのはBachだった。
けれど伝統芸能をやろうとしていたのでは無い。BachやByrd、Gibbonsなどの古い音楽を現代音楽として弾くことを試みた音楽家だったと私は理解している。
なのでByrdもどこか現代音楽の感覚で聴く姿勢が出来てしまっていた。
この姿勢があながち間違いでは無かったのだと気付かせてくれたのが音楽史たんの講義だった。
古代や中世の音楽の響きはまるで現代音楽だった。
中世のオルガヌムなどの中にはスティーブ・ライヒに影響を与えたり、20世紀にならないと復活しなかった書式で書かれているものもかなりあるのだ。
吉田秀和さんの本『名曲三〇〇選』の中の記述を実際の音で実感と共に振り返ることも出来るようになった。
現代音楽は古い音楽の基礎の上にしっかりと建っているのだ。
音楽史を辿ることは、そのまま音楽の多様性に気付くことでもある。
音楽史たんのtweetは初期のものがまとめられている。
音楽史たんまとめ①【古代】編
音楽史たんまとめ②【中世】編
twitterをやっていなくてもここで古代・中世の音楽を振り返ることが出来る。
まだまだ音楽史たんのtweetは続くのでtwitterをやっている方にはフォローする事をお奨めする。
実にスリリングなのだ!
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