20130528

近畿、東海入梅

昨日の九州・四国・中国地方に引き続き、今日近畿・東海地方の入梅が発表された。

フェスが行われていた一昨日の赤外線画像は
確かに北海道から九州まではっきりと日本列島が見えている。

水蒸気画像はこうだった。
かなり湿っている感じはあるが、まだまだそれ程でも無いと思える。

それが昨日になると
水蒸気画像は
日本列島全体が低気圧に伴う雲で覆われ始め、この時点で九州・四国・中国地方の入梅が発表された。
この雲の移動と伴に入梅が発表されるのだな…と思った。

そして思った通り、
今日の赤外線画像。
水蒸気画像。
昨日と殆ど変わりはない。ここで近畿・東海地方まで入梅となった。

これなら中部地方も入梅していて構わないと思う。
だが、雨雲の及んでいる範囲が異なっているのだ。
確かに雨雲は、近畿・東海地方まで及んでいる。

恐らく、この雨雲の移動と伴に入梅が宣言されるのだろう。


気象学の教科書的には、南から梅雨前線が上がってきて、それに覆われると入梅となるとされている。
だが、現実の「気象業務」ではなかなか物事は教科書通りには進まない。

実際にその地方で、今、雨が降っているかどうかが結構決め手となる。


今年は梅雨入りが早いようだ。
5月中の入梅は2011年以来だという。以来という言葉を使うには最近過ぎるような気がするが、梅雨入り宣言が出されたのが早いという傾向はあるのだろう。

だが、その年ごとに同じ基準で宣言が出されている訳ではない。

それを比較すること自体にそれ程意味はない。


今年は梅雨入り以前に真夏日になる日が多かった。

と言うより、積雪から真夏日までの日数が異常に短かったと感じている。
4月21日に積雪があり、長野駅前の温度計が30℃を越えたのが5月10日だった。ひと月も経っていない。

気候に異常さを感じることのない日々は、もう戻ってこないのだろうか?いつも異常気象を気にしている昨今だ。

20130526

いの・くら・フェス

勝手に略してしまった。
正式には「いのちとくらしのフェスティバル」という。3月ころから企画していた催し物だ。今日やっと開催に漕ぎ着けた。
結果的に20余りの団体・個人が集まった。
会場の南千歳公園にはいつもの黄色い旗がなびき、午前中から舞台や各ブースで発表が始まった。

やはり昨年の12月16日が響いているのだ。

予想された事とは言え自民党が地滑り的に勝利し、それまで培ってきた脱原発への思いや行動が、一遍に押し流された。
3.11以後あったもうひとつの津波だったと思っている。

そのなかで、現状を打開したいという気分が高まってきたのだ。

現状を打開したい気分とは、地道に活動してきた団体や、個人が、今のようなばらばらの状態で取り残されるような感覚を抱いているのではなく、それぞれが繋がりを持ち、もう一度元気を取り戻したいという思いだった。

ステージでは
 ハワイアンあり
合唱あり。
意外と言っては失礼だがヨーガが大人気だった。
やはり皆、自分の身体に何らかの不安を抱えているようだ。

私も歌った
と言うか、歌わされた。

何かとバタバタしており、風邪をひいたこともあって、殆どぶっつけ本番。練習は全く無しで迎えてしまった。

案の定失敗の連続。しかし、笑う余裕があったのには自分で驚いた。照れ笑いか?

写真は松下まぐさんに撮ってもらったものだ。
巧く撮してもらえた。
取り敢えず催し物の一部になることは出来たと思う。それで良しとしよう。

ラストはDazzkokuという松本から来たバンド。
雰囲気のあるバンドだったが、歌のメロディーは殆どRootだったのではないか?

…それで良いか。バンドと言うよりはサウンドデモの方々だった。

この後、デモがあったが、今回は疲れてしまい心が折れてしまったのでリタイアした。

帰ってきて足が攣った。やはり疲れていたのだ。

20130525

カンタ!ティモール

長野松竹相生座・ロキシー1・2に、映画を観に行った。
久し振りのことだ。

だが、盛り沢山過ぎて、とても1回では伝えきれない。

目的は、1年以上前から観たいと思い続けてきた映画『カンタ!ティモール

チベットや福島に精力的に通っている渡辺一枝さんと、この映画を撮った広田奈津子監督のトークショーも上映後にあると言う。

それも楽しみだった。

映画はとても重い主題を、丁寧に、そして骨太な作りで訴えかける内容の濃いものだった。

以前から観たいと思っていたので、それなりに予備知識を仕入れてから観た。

だが、それが必要だったかどうかは分からない。

むしろ、東ティモールという国に対して、何の知識もないままに観て、衝撃を受けた方が良かったのかも知れない。

周囲の島々がオランダの植民地になったのに対し、東ティモールはポルトガルに占領されていた。この事が東ティモールという国に微妙な陰影を与えている。

けれど、南の海底に石油が出なかったら、これ程迄に苦しい過去を、この国は抱え込まずに済んだのではないだろうか?

1975年インドネシアは東ティモールに武力で介入した。

これに対し、国連は反対決議を提案したのだが、日本はそこでその決議に対してNoを投票した。インドネシアを支持したのだ。
映画の中で語られる東ティモール独立までの苦難。それに対し、単純に私たちは同情を抱くことは許されない。日本は、加害者なのだ。

しかし、東ティモールの人々は復讐史観に立っていない。あれは過去の事なのだと語る。

赦している。この寛大さは地に足を付けて生きている者の持つ広い心なのだろうか?


印象的だったのは『カンタ!(歌え!)』と謳われているだけあって、映画に採り上げられる音楽が豊富だったことだ。

監督によると、映画の為に歌われた音楽は全く無いとのことだった。演奏が始まって、それを記録しようとカメラを回したのだそうだ。


音楽は生活に余裕があって、演奏されるものではなかった。1週間も森の中を逃げ回っていて、ようやく辺りに兵士がいなくなった時、彼らはまず踊ったのだという。


映画の後、トークショーがあった。
幅広い活動をしている渡辺一枝さんと広田奈津子監督。
何よりも渡辺さんのしっかりした記憶力に驚いた。映画の隅々まで覚えていらっしゃる。途中、何度かマイクの調子が悪くなり、音を拾わなくなったり、子どもが下駄で歩き回ったりしたが、その都度渡辺さんは余裕のユーモアで切り抜けておられた。なかなか出来ることではない。

広田監督も結構多弁な方で、充実したトークショーになった。

監督の思いは、
「笑い合い、許しあうこの星の生き証人」
にも綴られている。


帰ってから検索すれば出て来るだろうと高を括って忘れてしまった言葉がどこにも見付からずしょぼくれている。
もっと真面目に覚えておくべきだった。

ゆっくりしかし確実に。

そんな意味の言葉だ。東ティモールの人々からのメッセージだ。


--5月31日加筆--

Facebookで『カンタ!ティモール』のファンページを紹介してもらった。大勢の方がこの映画を観て、大切なものに気付いていることを知り、嬉しくなった。

そのページに忘れてしまった言葉を訊ねる書き込みをした。

すぐに小向定と言う方から返信があった。

広田さんの言っていた言葉はテトゥン語の「ネイネイ マイベ ベイベイ」だと思います。
ネイネイ(ゆっくり) マイベ(だけど) ベイベイ(いつも)
少しずつでもいい。でも続けていく。っといった感じだとおもいます。

これだ!


ほぼ諦めていた言葉を、もう一度取り戻すことが出来た。これはとても嬉しい事だ。


もうひとつ東ティモールの人々からのメッセージを加えておこうと思う。

広田監督が再び『星降る島』を歌っていた青年アレックスと再会した時、アレックスが広田監督に伝えた言葉。

広田奈津子監督のトークの最後に語られた言葉だ。

自分たちの仲間が10人しか見えなくて、対する物が巨大で、1,000人にも見えても、命に沿った仕事というのは亡くなった人の魂がついていてくれるから、絶対 に大丈夫。恐れずに進んで下さい。仕事の途中で命を落とす事があるかも知れないけど、それでも大丈夫だから恐れないで。でもどうしても自分たちが10人 にしか見えなくなって不安になったら、僕たちのことを思い出して。僕たちは小さかった。巨大な軍を撤退させるのは奇跡だって笑われた。でも最後には軍隊は 撤退しました。それは夢でも幻想でもなく、現実に起きたこと。目に見えない力は僕らを支えてくれたから、どうか信じて下さい」

3.11を体験した私たちを勇気づけてくれる言葉だと思う。

東ティモールは実際に独立を勝ち取ったのだ。

夢ではない。

20130523

断煙200日

また、一区切りの日がやってきた。

吸いたいという気持ちが湧いてくることは殆どない。たまに何もすることがなくなって、待ち状態になった時などに、手持ち無沙汰が影響して、煙草があったらな…と思う程度だ。

iPhoneアプリ「禁煙ノート」がなければ、この区切りにも気付かなかっただろう。

それだけ煙草を吸わない事が常態になっている。もはや当たり前の話だ。

残念なのはこのアプリでも浮いたお金で自分にご褒美でもと薦めてくれるのだが、絶対的にお金がなく、それが出来ない事だ。

浮いたお金は主に本と甘いものに既に消えてしまったのかも知れない。

その代替物だった甘いものももうさほど必要としなくなっている。

それでも88,000円という金額を単に煙にしなかっただけ良かったとも思える。それ以前に、35年間ひたすらに吸い続けた。その金額はいかほどになるのだろう?
若い頃の方が吸っていた本数も多かった。
途方もない金額になっている筈だ。500万は突破するだろう。車が買える。

私は基本的にいつも貧乏だった筈だ。

それでも、吸っていた時代、ひと箱が800円を超えない限り吸い続けようと思っていたことを覚えている。
今思うととんでもない話だ。


BSでやっているドキュメンタリーなどを見ると、世界のたばこ産業はアジアをターゲットにしているようだ。もはや欧米では産業として成り立たなくなってきているのだろう。

アジアは欧米に比べ貧しい。そのアジアを煙草が狙う。

妙な矛盾だと思う。

だが、貧乏人ほど煙草を吸っているのも事実だ。

この妙な矛盾はなぜ発生するのだろうか?

私も貧乏人だった。そして煙草を吸っていた。貧乏の度合いが更に進み、もはや煙草を吸っていられる状態でなくなってから、薬に頼ってようやく煙草を止めた。

決して健康のためとか、周りへの迷惑とかの比較的合理的な理由からではなかった。


いずれにせよ微々たる成果だが、私は4,000本の煙草を吸わずに済ますことが出来た。

この成果はきちんと自覚しようと思う。

煙草なしでこれだけの日数を過ごすことなど、全く考えられない事だったのだ。

自分でも、良く止められたと思う。

そして、何の迷いもなく、止めて良かったと思える。

20130521

Flickrを始める

以前始めたつもりだったのだが、何度やってもログイン出来ず、リンクも保存していなかった。大幅なリニューアルがあったようなので、再びFlickrを始めてみることにした。

私はここにいる
表示のされ方も変わったようだ。
画面をキャプチャしてみた。

写真がタイル状に並べられるようになった。

無料のスペースが1Tbになった。

これだけあれば当分は凌げるだろう。

twitterやFacebookとの連携も強化されたようだ。

いくつも写真をupする場所が増えてしまってその分だけ煩雑になったが、写真がなくならないのは嬉しい事だ。

しかし、このような画像共有サイトの機能を、私は殆ど使いこなせないのだ。

20130520

不可解への耐性

FacebookでIさんから問い合わせがあった。

カフカの言葉なのだが、出典は分からないか?

よくぞ私を指名して下さったものだと感激すらした。うっすらと知っている。

「真理をおびて始まるものは、結局は不可解なものとして終わらなければならないのだ」

それは狩猟採集民のコスモロジー 神子柴遺跡 [新刊]と題して記されたBlogのエントリの中にあった。

自分を過大評価する訳ではないが、私以外の人をターゲットにしていたら、おそらく不明のままだったと思う。

私はこの言葉をドイツ語で知っていた。

” Erzählungen Und Kurzprosa Von Franz Kafka "という冊子が家にある。その中で読んだ記憶があった。

" Prometheus "という一文だ。

試しに「カフカ プロメテウス」で検索してみたが、案の定何も引っ掛かってこなかった。

全文を書き出して、拙訳と共に答えとした。


Prometheus

Von Prometheus berichten vier Sagen: Nach der ersten wurde er, Weil er die Göttr and die Menschen verraten hatte, am Kaukasas fest geschmiedet, und die Götter schickten Adler, die von seiner immer wachsenden Leber fraßen.
Nach der zweiten drückte sich Prometheus im Schmerz vor den zuhackenden Schnäbeln immer tiefer in den Felsen, bis er mit ihm eins wurde.
Nach der dritten wurde in den Jahrtausenden sein Verrat vergessen, die Götter vergaßen, die Adler, er selbst.
Nach der vierten wurde man des grundlos Gewordenen müde. Die Götter wurden müde, die Adler wurden müde, die Wunde schloß sich müde.
Blieb das unerklärliche Felsgebirge. - Die Sage versucht das Unerklärliche zu erklären. Da sie aus einem Wahrheitsgrund kommt, muß sie wieder im Unerklärlichen enden.



プロメテウス

プロメテウスについて四つの言い伝えがある。
第一の言い伝えによれば、彼は神々の秘密を人間に洩らしたのでコーカサスの岩に繋がれた。神々は鷲を使わし、その鷲はプロメテウスの肝臓をついばんだ。しかしついばまれても、ついばまれても、そのつどプロメテウスの肝臓はふたたび生え出てきたという。
第二の言い伝えによれば、プロメテウスは鋭いくちばしでついばまれ、苦痛にたえかね、深く深く岩に張り付いた。その結果、ついには岩と一体になってしまったという。
第三の言い伝えによれば、何千年もたつうちに彼の裏切りなど忘れられた。神々も忘れられ、鷲も忘れられ、プロメテウスその人も忘れられた。
第四の言い伝えによれば、誰もがこんな無意味なことがらには飽きてきた。神々も飽きた。鷲も飽きた。腹の傷口さえも、あきあきしてふさがってしまった。
あとには不可解な岩がのこった。言い伝えは不可解なものを解きあかそうとつとめるだろう。だが、真理を帯びて始まるものは、所詮は不可解なものとして終わらなくてはならないのだ。



絶望名人カフカは、言い伝えの放つメッセージを掴みかねて、この最後の言葉を書き記したのかも知れない。

しかし、その言葉の持つメッセージは、言い伝えの放つメッセージと呼応して、深く胸に刻まれる。


アインシュタインは「宇宙に関する最も不可解なことは、それが理解可能であるということである」という言葉を残している。

これは、分かるという事がいかに不思議な現象であるかを指し示している。

私たち現代人は、そして(多分)日本人は分からないことを恥のように感じて、早急に分かることを求めたがる。
だが、分かるとはそれ程迄に浅い行為なのだろうか?

私たちには決定的に不条理や不可解、わからないということへの耐性を欠いていると感じる。分からないの中に佇む時間が、余りにも短すぎるのだ。


恐らく(この本は読んでいないのだが)神子柴遺跡の発掘物をまとめた研究者は、それが持つメッセージの豊穣さに比して、自分が辿り着くことが出来たメッセージの(相対的な)少なさに圧倒されたのではないだろうか?

カフカの短文を手がかりにその思いに思いを馳せてみる。

言い伝えと遺跡が持つコスモロジー。

そしてやはり辿り着く分からないという状態。

恐らく、分からないという事への耐性を育まねば、表現すると言うことに必然的に付いてくる猥雑さを振り払うことは出来ないのだ。

分からないという海に潜り込むことによって、意味の海女たる私たちは、一つかみの真理を深い海底から拾い上げることが出来る。 

圧倒的な海の豊穣さから比べると、そのつかみ取った真理は本当に僅かなものなのかも知れない。

だが、豊穣な海に潜ったという行為が、獲得した真理の有意義さを保証しているように思うのだ。

海に潜るとは、分からないという事に耐性を持つと言うことなのではないか?


ニュートンもこんな言葉を残している。

Newton’s Great Ocean of Truth

I do not know what I may appear to the world, but to myself, I seem to have been only like a boy playing on the seashore, and diverting myself in now and then finding a smother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.


Sir Isaac Newton


私は、世間からはどう思われているか知らないが、私自身はといえば、目の前に未だ知られざる大いなる真実の海が横たわっているというのに、海辺ですべすべした小石や美しい貝殻を見つける砂遊びに夢中になっている頑是無い子供のようなものにすぎないと思っている。

20130518

チャフチャス

今日はチャフチャス(Chajchas)が届いた。二日連続で楽器が我が家にやって来た事になる。

実は数十年前からこの楽器は私の手元にあったのだが、名前も分からなかった。別段分からなくても気に掛からない楽器でもあった。そもそも楽器として認識していたのだろうか?

長年ライブやデモで活躍し、このところ、かなり痛んでも来ていた。

で、気になった。これは何と言う楽器なのだろう?
Webで購入することを考えると、名前が分からないと入手することも事実上不可能だ。

いや、楽器屋へ行けば現物があるだろうが…。

木の実が沢山付いた楽器。と検索したら、らしきものがいくつかヒットした。そこから調べていって、今回めでたくこの楽器の名前が分かったのだ。

しかも、もともとはどうやら木の実ではなく、山羊や豚の爪で出来ている楽器らしい事も分かってきた。

最初探し当てたものは5,000円以上した。

買えば高く付くなぁ…と諦め掛けていた時、ケーナを入手した楽器屋、ヨコハマエスニック倶楽部で安く入手出来ることが判明した。
写真右のiPhoneの上にあるのが、今迄使ってきた木の実のタイプ。

いくつか木の実が取れてしまっている。

写真左にある存在感抜群の奴が、今回買った山羊の爪タイプ。

意外に大きいのに驚いた。

音は殆ど変わらないが、山羊の爪タイプの方が厚く重い音がする。

もともとはペルーの楽器らしい。

調べてみると、このタイプは少し前まで日本ではなかなか入手しにくい楽器だったらしいことが分かってきた。

幾つかのサイトで、ペルーに行く弟に頼んで入手したなどのエピソードが語られていた。

道理で様々なライブを見てきたが、山羊の爪タイプのチャフチャスには今迄お目に掛かって無かった訳だ。

かなり通る音だ。

合奏しても、他の楽器に埋もれてしまうような音ではない。

だが、私はこのチャフチャスをどのように使うつもりなのだろうか?

近日中にこれを使うようなライブは予定されていない。やはりデモに持って行くしかないのだろうか?

笛の類なら、練習と称して毎日遊ぶのだが、チャフチャスは練習を要する楽器ではない。


笛と言えば、昨日upした笛。
これの名前がようやく分かった。リシ笛と言うらしい。アロク・リシと言う人の考案になるようだ。

裏に焼き付けられているサインが一致したので間違いはないだろう。

名前さえ分かれば、吹き方や運指など次々に分かってくるものと考えていたのだが、この人物、なかなか怪しい存在であるようで、過去に運営されていたサイトが幾つかあったらしいことは分かったが、軒並み閉鎖されており、今残っているのはFacebookのファンページくらいしかなく、そこには意味不明な書き込みが連綿と書き綴られている。

無論運指など全く情報がない。

音程から判断して、バリ音階のD管である事も殆ど判明したが、だからと言って吹けるようになる訳でも無い。むしろここで私としてはお手上げ状態になってしまったのだ。

ガムランのCDは1枚もない。バリに入り浸るような人間でもない。

西洋音階ならば、何とか感覚で探って行けるが、バリ音階では勘が働かず、かつ吹ける曲も全く無いのだ。

この笛に関しては、殆ど諦めの境地に至りつつある。

残念だ。