以前、同じタイトルの文章をmixiの日記で書いた事がある。その時は、周りの環境がやけに生産的で騒がしく、わたしはそれに圧倒されていたのだった。
今回は違う。わたし自身が妙に生産的になっているのだ。
2週間程前、Facebookに昔描いた絵をUpした。これが意外な程反響を呼んだ。その絵は『午後の回廊』に載せてある。良い出来だと自分でも思う。大学の後輩から何のソフトを使ったのか?という問い合わせもあった。Painterで描いたものだ。MacがまだPPCの頃、そのソフトを持っていた。後輩もPainterは好きなソフトだと言っていた。過去の絵や文章を紹介している内に、「乗せられた」のだ。また、何か描いてみたくなった。
描くとなったらやはりペンタブレットが欲しくなる。検索したり、twitterやFacebookで相談して選んだのはWACOMのペンタブレット、intuos4 PTK-640/K4。
結果から言うと、これは正解だった。描き心地が抜群に良い。紙に描くようなタッチがある。
ペンタブレットも昔に比べると格段に進化している。高機能な機種には液晶パネルが付いていて、ペンが触れるところに線を描いてゆける。経済的な余裕があればそれに魅了されただろうが、踏みとどまった。
intuos4PKT-640/K4には3つのソフトがバンドルされていた。CorelのPainter Sketch Pad、同じくPainter Essentials、そしてAdobeのPhotoshop Elements。これらはMacとVAIOの両方にインストール出来た。得をした気がした。
これだけでも十分だと思われた。しかし、ドローイングソフトが足りない。デザインもやりたかったのだ。フリーソフトをダウンロードしてみたが、いまひとつ。と言うより、フリーソフトを使いこなせるだけのソフトに対する知識や技術がわたしになかったのだと思う。教則本やHow toサイトが充実している、Adobe Illustrator CS5を買った。
思い切ったのだ!
そこから爆走が始まった。日常が活気付き、今迄殆ど無駄に所有していたMacやVAIO、デジカメ、iPhone、プリンタ(スキャナも付いている!)が蘇った。Facebookやtwitter、そして殆ど休眠状態だったmixiも活性化した。画像を主目的とするSNS、Pinterstも始めてしまった。
それ迄は、確かに怠惰な生活をしていたと思う。1日が長かった。じりじりとしか進まない時間に苛立ちだけを抱いて、一日一日をやり過ごしていた。
けれど今は全く違うのだ。毎日が楽しくて仕方が無い。
身の回りの全てが素材と化している。
よくものを見る事は出来るようになってきたと思う。いろいろなものを様々な角度や距離から見る。そこにはいつも発見がある。
これはEテレで今年から始まった番組『デザインあ』からの受け売りだ。その中で、デザイナーがそうアドバイスしてくれていた。言われたとおりにやっているだけだ。
この番組。とてもセンスが良く、面白い。
今迄も面白いと思って観ていたのだが、絵を再開してから特に意識して観るようになった。面白さが倍増した。
デザインというものを、多彩な角度から切り取り、映像化している。
デザインを観察している。
いろいろなデザインのコップや椅子が次々に映し出される。或いは、セーターや本棚が解体され、並べられる。
日常はデザインに満たされていると言う事に気付かされる。
横断歩道がある。当然信号機は付いている。普通の信号機。時間が来れば青になり、車は止まり人が渡る。渡る人が居なくても信号機は青になり、車は止まる。車の流れは悪くなる。
押しボタン式の信号機というものがある。人が渡る時、ボタンを押すと信号が赤に変わり、車は止まる。それによって、車の流れは妨げられる事はなく、人も安全に横断する事が出来る。
これは「良いデザイン」だと言う。
障碍を持ったひとや、妊婦さん、子ども連れなどを優先して飛行機に搭乗させる。これも良い「デザイン」だと言う。
デザインとは何なのだろう。そう思い始めてしまう。
この例だけではなく、「デザインあ」はデザインというものを新しい角度から改めて見詰めてみる機会を与えてくれる。
昔、アリアドネというサイトが運営していたメーリングリストがあった。その中で、デザインとは何か?と言う事が話題になった事がある。それに対し黒姫のよしはらさん(左の「大気圏」に、宝石のようなBlog『続・黒姫から』をリンクしてある)が成る程!と思うような定義を提出して下さった。
その時は、漫然とそれを受け流してしまった。
デザインという事をまともに考え始めて、その事を思い出した。
残念な事に悲しい事に悔しい事に、わたしはその画期的な定義を思い出す事が出来ないのだ。
大学の後輩は本格的な画像ソフトの使い手だった。買い込んだ教則本を読みつつ、わたしはその後輩から、Illustratorの基本のきから教えて頂いている。
ありがたいことだと思う。本来ならお金を払って教えて貰う内容なのだ。
作業に没頭し、疲れると頭を上げてわたしは考えている。
デザインとは、何なのだろう?
作品は完成していない。
20120129
20120113
On Your Mark
宮崎駿監督のアニメでは『風の谷のナウシカ』が有名です。
そこでは汚染された地上に生きる未来の人々の生きる姿が描かれています。このテーマはナウシカだけに留まらず。チャゲ&飛鳥のPVとして作られた『On your mark』にも現れています。
Hayao Miyazaki's - On Your Mark 投稿者 gamer3000x
東日本大震災の直後。わたしたちは確かに「位置について」いたのだと思います。
何もかも失い、けれど希望だけが残っている。そんな「位置について」いた。その記憶だけははっきりとあります。
けれど、その後わたしたちは「天使」を救い出すことが出来ているでしょうか?
PVの登場人物のように、わたしたちはいずれ地上に残されながら生きるしか術の無い存在です。けれど諦めてはならないものを解き放つことは出来たはず。
『On your mark』の発表時、宮崎駿監督はインタビューに答えています。15年ほど前のものです。
宮崎駿が描いた原発メルトダウン後の世界 - On Your Mark
これにどう応えますか?
そこでは汚染された地上に生きる未来の人々の生きる姿が描かれています。このテーマはナウシカだけに留まらず。チャゲ&飛鳥のPVとして作られた『On your mark』にも現れています。
Hayao Miyazaki's - On Your Mark 投稿者 gamer3000x
「チェルノブイリの住人は被曝していると言われても、他に知っている土地はないし、その場で暮らし続けて、この芋は汚染されてるんだよって、笑いながらそれを食べるという生活をしていた。あれが我々の未来図」
これは、ずいぶん前に、宮崎駿が言っていたこと。
現在の日本と近いんじゃないでしょうか。
東日本大震災の直後。わたしたちは確かに「位置について」いたのだと思います。
何もかも失い、けれど希望だけが残っている。そんな「位置について」いた。その記憶だけははっきりとあります。
けれど、その後わたしたちは「天使」を救い出すことが出来ているでしょうか?
PVの登場人物のように、わたしたちはいずれ地上に残されながら生きるしか術の無い存在です。けれど諦めてはならないものを解き放つことは出来たはず。
『On your mark』の発表時、宮崎駿監督はインタビューに答えています。15年ほど前のものです。
宮崎駿が描いた原発メルトダウン後の世界 - On Your Mark
これにどう応えますか?
20111203
「フクシマ」論─原子力ムラはなぜ生まれたのか
久し振りに「読まねばならなかった」本を読み終えた実感がある。
既に読んだ方も多いだろう。話題の本だ。
極めてアカデミックな本である。それはこの本では、魅力のひとつになっても、決して欠点にはなっていないとわたしは思う。何故ならば、そこにはフクシマに対して、熟考する時間があったという幸運を示す事になるからだ。
開沼 博『フクシマ』論─原子力ムラはなぜ生まれたのか
この本の殆どは、3.11以前に書かれている。大学院の修論として提出されたものだと言う。それが3.11を体験した後も色褪せずに読むに耐えうる論文になっている事には驚かされる。
恐らく書かれていた頃は「福島」以外の何物でもなかっただろう。 だが、福島は3.11の震災を体験し、それに伴う原発事故を経てフクシマとなった。
カタカナ書きにする事に異論がある事は知っている。しかし、核惨事と言っても構わないような大事故の現場として世界に知れ渡った事実は歴史上から消す事は無理だろう。
3.11を経て、福島はフクシマになった。 フクシマは何故それ程危険な存在であった(と、今になって多くの人がそれに気付いた)原発を抱えながら生きてきたのだろうか? それに対するイメージは、それぞれの人がそれぞれの体験に基づいてそれぞれに持っている事だろう。
だが、それは正当なものなのだろうか?
逆に正当な見方があるとしたら、それはいかなるものなのだろうか?
その設問に対して、この本は緻密な議論を積み重ねている。
フクシマは紆余曲折を辿りながら「原子力ムラ」となった。
では、何故そうなったのか?
開沼博はそこに「自動的かつ自発的な服従」があったとしている。
たぶんそうだろう。
原発は過疎のムラに無理矢理押しつけられたのではない。原発を受け容れたムラは、戦後の日本が大戦の「敗北を抱きしめ」た(ジョン・ダワー)のと同じように、自らも欲求して「原発を抱きしめ」たのだ。
ならば今回の原発事故を含め、フクシマが被った出来事は致し方のない事だったのだろうか? そうではあるまい。
「自動的かつ自発的な服従」に至ったその歴史的経緯はどの様なものだったのか。そこにはどの様な力学が存在していたのか。それらを見逃していては、わたしたちはいつまで経ってもフクシマに辿り着けないだろう。
それは、過去の原発事故を容易く忘却してきたように、今回の破局的な原発事故にも辿り着く事なく忘却してゆくことに繋がるだろう。
「原子力ムラの住人やそれを取り巻くもの(=内部)とそれを観察するもの(=外部)の間に埋めがたい溝がある」
緻密な議論や、フィールドワーク、そして視座の模索は、その溝を越える為に必須の作業だったと言う事が理解出来る。
わたしはこの本を読んで、フクシマに「見たいものだけを見る」態度から自らを開放する事が出来た。感謝したい。
無論筆者自身が自覚しているように、この本にはフクシマを通して、それ以外の原子力ムラを論考出来るような抽象化には至っていない。
また、3.11をとおして多くの人が自覚したような問題から、どの様に飛翔したら良いのか?その方向は?などを示唆するには至っていない。
しかし、その不備を補って、この本が提出している議論と視座には、明確に意義があると感じる。
この本が主に扱っているのは、地方にあって原発を「抱擁」した(している)ような原子力ムラだ。
だが同時にそれと共鳴し、 (飯田哲也が言うような)中央にあって特に原子力業界の関係者の間で、閉鎖的かつ硬直的な原子力政策・行政を揶揄する言葉として使われる〈原子力ムラ〉についても言及している。
興味深いのは、〈原子力ムラ〉の中に反対運動をも含んでいる事だ。
既に読んだ方も多いだろう。話題の本だ。
極めてアカデミックな本である。それはこの本では、魅力のひとつになっても、決して欠点にはなっていないとわたしは思う。何故ならば、そこにはフクシマに対して、熟考する時間があったという幸運を示す事になるからだ。
開沼 博『フクシマ』論─原子力ムラはなぜ生まれたのか
この本の殆どは、3.11以前に書かれている。大学院の修論として提出されたものだと言う。それが3.11を体験した後も色褪せずに読むに耐えうる論文になっている事には驚かされる。
恐らく書かれていた頃は「福島」以外の何物でもなかっただろう。 だが、福島は3.11の震災を体験し、それに伴う原発事故を経てフクシマとなった。
カタカナ書きにする事に異論がある事は知っている。しかし、核惨事と言っても構わないような大事故の現場として世界に知れ渡った事実は歴史上から消す事は無理だろう。
3.11を経て、福島はフクシマになった。 フクシマは何故それ程危険な存在であった(と、今になって多くの人がそれに気付いた)原発を抱えながら生きてきたのだろうか? それに対するイメージは、それぞれの人がそれぞれの体験に基づいてそれぞれに持っている事だろう。
だが、それは正当なものなのだろうか?
逆に正当な見方があるとしたら、それはいかなるものなのだろうか?
その設問に対して、この本は緻密な議論を積み重ねている。
フクシマは紆余曲折を辿りながら「原子力ムラ」となった。
では、何故そうなったのか?
開沼博はそこに「自動的かつ自発的な服従」があったとしている。
たぶんそうだろう。
原発は過疎のムラに無理矢理押しつけられたのではない。原発を受け容れたムラは、戦後の日本が大戦の「敗北を抱きしめ」た(ジョン・ダワー)のと同じように、自らも欲求して「原発を抱きしめ」たのだ。
ならば今回の原発事故を含め、フクシマが被った出来事は致し方のない事だったのだろうか? そうではあるまい。
「自動的かつ自発的な服従」に至ったその歴史的経緯はどの様なものだったのか。そこにはどの様な力学が存在していたのか。それらを見逃していては、わたしたちはいつまで経ってもフクシマに辿り着けないだろう。
それは、過去の原発事故を容易く忘却してきたように、今回の破局的な原発事故にも辿り着く事なく忘却してゆくことに繋がるだろう。
「原子力ムラの住人やそれを取り巻くもの(=内部)とそれを観察するもの(=外部)の間に埋めがたい溝がある」
緻密な議論や、フィールドワーク、そして視座の模索は、その溝を越える為に必須の作業だったと言う事が理解出来る。
わたしはこの本を読んで、フクシマに「見たいものだけを見る」態度から自らを開放する事が出来た。感謝したい。
無論筆者自身が自覚しているように、この本にはフクシマを通して、それ以外の原子力ムラを論考出来るような抽象化には至っていない。
また、3.11をとおして多くの人が自覚したような問題から、どの様に飛翔したら良いのか?その方向は?などを示唆するには至っていない。
しかし、その不備を補って、この本が提出している議論と視座には、明確に意義があると感じる。
この本が主に扱っているのは、地方にあって原発を「抱擁」した(している)ような原子力ムラだ。
だが同時にそれと共鳴し、 (飯田哲也が言うような)中央にあって特に原子力業界の関係者の間で、閉鎖的かつ硬直的な原子力政策・行政を揶揄する言葉として使われる〈原子力ムラ〉についても言及している。
興味深いのは、〈原子力ムラ〉の中に反対運動をも含んでいる事だ。
20110820
『ぼくは上陸している』
予約注文が始まった時、遂にこの日が来てしまった…。と覚悟を固めながら、クリックした。
遂に最後のエセー集が日本語訳され、出版されてしまった。
『ぼくは上陸している(上)』
『ぼくは上陸している(下)』
3.11以来、小説をひとつも読んでいない。気持ちに余裕がないからだと思う。
それ以上にフィクションを遙かに越えた現実が目の前に展開されていて、容易にフィクションに心を委ねる気分になれないのだ(全く!この現実をフィクションとして描いていたら、どれ程杜撰なフィクションとして批判の対象になった事だろうか)。
だが、詩だけは貪り読んで来た。ゲーテやヘッセ、そして石垣りんなど。
放っておくとどこ迄もバランスを崩してしまうわたしの精神が、どうにか平衡を保つ事が出来ているのも、これら詩人たちが、心の姿勢の取り方をわたしに示してくれたお蔭だと思っている。
21世紀は詩人不在の世紀なのではないかと思っている。或いは詩人の敷居が、不当に低く貶められているのではないのか?
詩人は超越者でなければならないとわたしは考える。超越者であるが故に、自らを語る事で、世界を語る事が出来るのだ。
詩人とはそうした存在だ。
それを真実への直感と呼んでも構わないと思っている。
しかし21世紀の初頭迄、その詩人の魂を、ひとりの科学者が持っていた事をわたしは確信出来る。
彼の文章に出会ったのは、まだ何もなしていないという事が、自分の可能性の唯一の根拠であるような頃。十代の、大都会で大学生として生活を始めたばかりの頃だった。
turbidity currentという半深海から深海底に砂や礫を運び込む堆積作用に関しての論文を探して、(その頃はそうした流れが実際にあるかどうかが論争の的だったのだ)あらゆる学術誌を漁っていた。
わたしがどうしてその雑誌、Natural History Magazineに辿り着いたのか、目当てにしていた論文はどの様なものだったかはもう忘れた。だが、その雑誌を読み進める内に、彼、Stephen Jay Gouldのエセーに初めて出会った。そのエセーが学術論文と同じ位、情熱を傾けて書かれている事にはすぐ気付いた。導入の見事さ、テーマへの滑らかな連続。そしてその深みに導く思考のダイナミズムにわたしは歓喜した。
重要な鉱脈を発見したような気分だった。
その時読んだ文章は、数年後『ダーウィン以来』という本の中に日本語訳された。その本の売れ行きの凄さに、初めてわたしは彼の熱心な読者が世界中に沢山いる事を意識した。
以来、スティーブン・ジェイ・グールドの本は、発売されるのを待つようにして、購入してきた。一時期は日本語訳されるのが待ちきれなくて、(時代遅れの様に極貧の学生であったにも拘わらず!)Natural History Magazineを購読していた事もあった。
読む度に舌を巻いた。その作品の質は毎回全く落ちる事無く継続されていたからだ。しかも休載は全く無かった。25年に渡る長い年月の間。一度も。
彼、スティーブン・ジェイ・グールドはこのエセー群の連載を2001年に終え、翌2002年に亡くなった。
彼はひとり分以上の人生を見事に完結させたのだと思う。
8月15日、わたしはこの本『ぼくは上陸している』を閉じた。
早く読みたいという感情と、読み終えるのが怖いような感情が交錯した不思議な読書体験を終えた。実際、必要以上にゆっくりと何度も反芻して読んでもきたのだ。
やはり深い感慨が胸の奥からこみ上げてきた。もうわたしの本棚の「スティーブン・ジェイ・グールド棚」は広がる事はない。彼の新しい文章を読む体験は、もう望む事も出来ない。
彼の文章と共に歩んだような、この四半世紀以上に渡る年月を、やはり、わたしはひとつの幸福の形として感ずる事が出来る。連載の初期から歩みを共に出来た事も。
科学が諸手を挙げて歓迎される時代では無くなってしまったとわたしも思う。けれど、彼の数多くのエセーは、科学的である事という生き方の姿勢が確かなものであって、一定の価値がある事であると、わたしに告げてくれる。
三中信宏さんが、自宅の本棚の写真を自身のBlog『日録』で公開していた。
目を疑った。これはわたしの部屋の本棚なのでは無いのか!
全く同じ順番に、全く同じ佇まいで、スティーブン・ジェイ・グールドの本たちが並んでいるでは無いか!
恐らく、これと同じ光景は、日本中にあるに違いない。
それを想像する事は、わたしには楽しみのひとつだ。
同じ幸福を、多くの人びとと共に分かち合う事が出来た証拠だからだ。
最後に、前述の三中信宏さんがまとめて下さったエセー集の全貌をコピペして、無駄に長いエントリになる事をお許し願いたい。
1. スティーヴン・ジェイ・グールド[浦本昌紀・寺田鴻訳]『ダーウィン以来:進化論への招待(上)』(1984年2月15日刊行,早川書房,東京,219 pp., 本体価格1,200円,ISBNなし)/『ダーウィン以来:進化論への招待(下)』(1984年2月15日刊行,早川書房,東京,221 pp., 本体価格1,200円,ISBNなし)※ハヤカワ文庫NF196:1995年9月21日刊行,ISBN:4-15-050196-3 → 版元ページ(上下巻合本)
2. スティーヴン・ジェイ・グールド[桜町翠軒訳]『パンダの親指:進化論再考(上)』(1986年5月31日刊行,早川書房,東京,289 pp., 本体価格1,400円,ISBN:4-15-203308-8)※ハヤカワ文庫NF206:1996年8月刊行,ISBN:4-15-050206-4 → 版元ページ/『パンダの親指:進化論再考(下)』(1986年5月31日刊行,早川書房,東京,258 pp., 本体価格1,400円,ISBN:4-15-203309-6)※ハヤカワ文庫NF207:1996年8月刊行,ISBN:4-15-050207-2 → 版元ページ
3. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆・三中信宏訳]『ニワトリの歯:進化論の新地平(上)』(1988年10月31日刊行,早川書房,東京,296 pp., 本体価格1,500円,ISBN:4-15-203372-X)※ハヤカワ文庫NF219:1997年11月刊行,ISBN:4-15-050219-6/『ニワトリの歯:進化論の新地平(下)』(1988年10月31日刊行,早川書房,東京,310 pp., 本体価格1,500円,ISBN:4-15-203373-8)※ハヤカワ文庫NF220:1997年11月刊行,ISBN:4-15-050220-X
4. スティーヴン・ジェイ・グールド[新妻昭夫訳]『フラミンゴの微笑:進化論の現在(上)』(1989年12月15日刊行,早川書房,東京,338 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-203422-X)※ハヤカワ文庫NF267:2002年5月17日刊行,ISBN:978-4-15-050267-6 → 版元ページ/『フラミンゴの微笑:進化論の現在(下)』(1989年12月15日刊行,早川書房,東京,358 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-203423-8)※ハヤカワ文庫NF268:2002年5月17日刊行,ISBN:978-4-15-050268-3 → 版元ページ
5. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『八匹の子豚:種の絶滅と進化をめぐる省察(上)』(1996年9月30日刊行,早川書房,東京,306 pp., 本体価格1,600円,ISBN:4-15-208030-2)/『八匹の子豚:種の絶滅と進化をめぐる省察(下)』(1996年9月30日刊行,早川書房,東京,310 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-208031-0)
6. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『干し草のなかの恐竜:化石証拠と進化論の大展開(上)』(2000年9月15日刊行,早川書房,東京,331 pp., 本体価格2,100円,ISBN:4-15-208298-4)/『干し草のなかの恐竜:化石証拠と進化論の大展開(下)』(2000年9月15日刊行,早川書房,東京,374 pp., 本体価格2,100円,ISBN:4-15-208299-2)
7. スティーヴン・ジェイ・グールド[廣野喜幸・石橋百枝・松本文雄訳]『がんばれカミナリ竜:進化生物学と去りゆく生きものたち(上)』(1995年10月31日刊行,早川書房,東京,355 pp., 本体価格1,845円,ISBN:4-15-207969-X)/『がんばれカミナリ竜:進化生物学と去りゆく生きものたち(下)』(1995年10月31日刊行,早川書房,東京,410 pp., 本体価格1,845円,ISBN:4-15-207970-3)
8. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『ダ・ヴィンチの二枚貝:進化論と人文科学のはざまで(上)』(2002年3月21日刊行,早川書房,東京,277 pp., 本体価格2,200円,ISBN:4-15-208396-4 → 版元ページ)/『ダ・ヴィンチの二枚貝:進化論と人文科学のはざまで(下)』(2002年3月21日刊行,早川書房,東京,254 pp., 本体価格2,200円,ISBN:4-15-208397-2 → 版元ページ)
9. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『マラケシュの贋化石:進化論の回廊をさまよう科学者たち(上)』(2005年11月30日刊行,早川書房,東京,255 pp., 本体価格2,000円,ISBN:4-15-208685-8 → 版元ページ|目次|書評)/『マラケシュの贋化石:進化論の回廊をさまよう科学者たち(下)』(2005年11月30日刊行,早川書房,東京,262 pp., 本体価格2,000円,ISBN:4-15-208686-6 → 版元ページ|目次|書評)
10. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり(上)』(2011年8月15日刊行,早川書房,東京,329 pp.,本体価格2,500円,ISBN:978-4-15-209231-1 → 版元ページ)/『ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり(下)』(2011年8月15日刊行,早川書房,東京,345 pp.,本体価格2,500円,ISBN:978-4-15-209232-8 → 版元ページ)
遂に最後のエセー集が日本語訳され、出版されてしまった。
『ぼくは上陸している(上)』
『ぼくは上陸している(下)』
3.11以来、小説をひとつも読んでいない。気持ちに余裕がないからだと思う。
それ以上にフィクションを遙かに越えた現実が目の前に展開されていて、容易にフィクションに心を委ねる気分になれないのだ(全く!この現実をフィクションとして描いていたら、どれ程杜撰なフィクションとして批判の対象になった事だろうか)。
だが、詩だけは貪り読んで来た。ゲーテやヘッセ、そして石垣りんなど。
放っておくとどこ迄もバランスを崩してしまうわたしの精神が、どうにか平衡を保つ事が出来ているのも、これら詩人たちが、心の姿勢の取り方をわたしに示してくれたお蔭だと思っている。
21世紀は詩人不在の世紀なのではないかと思っている。或いは詩人の敷居が、不当に低く貶められているのではないのか?
詩人は超越者でなければならないとわたしは考える。超越者であるが故に、自らを語る事で、世界を語る事が出来るのだ。
詩人とはそうした存在だ。
それを真実への直感と呼んでも構わないと思っている。
しかし21世紀の初頭迄、その詩人の魂を、ひとりの科学者が持っていた事をわたしは確信出来る。
彼の文章に出会ったのは、まだ何もなしていないという事が、自分の可能性の唯一の根拠であるような頃。十代の、大都会で大学生として生活を始めたばかりの頃だった。
turbidity currentという半深海から深海底に砂や礫を運び込む堆積作用に関しての論文を探して、(その頃はそうした流れが実際にあるかどうかが論争の的だったのだ)あらゆる学術誌を漁っていた。
わたしがどうしてその雑誌、Natural History Magazineに辿り着いたのか、目当てにしていた論文はどの様なものだったかはもう忘れた。だが、その雑誌を読み進める内に、彼、Stephen Jay Gouldのエセーに初めて出会った。そのエセーが学術論文と同じ位、情熱を傾けて書かれている事にはすぐ気付いた。導入の見事さ、テーマへの滑らかな連続。そしてその深みに導く思考のダイナミズムにわたしは歓喜した。
重要な鉱脈を発見したような気分だった。
その時読んだ文章は、数年後『ダーウィン以来』という本の中に日本語訳された。その本の売れ行きの凄さに、初めてわたしは彼の熱心な読者が世界中に沢山いる事を意識した。
以来、スティーブン・ジェイ・グールドの本は、発売されるのを待つようにして、購入してきた。一時期は日本語訳されるのが待ちきれなくて、(時代遅れの様に極貧の学生であったにも拘わらず!)Natural History Magazineを購読していた事もあった。
読む度に舌を巻いた。その作品の質は毎回全く落ちる事無く継続されていたからだ。しかも休載は全く無かった。25年に渡る長い年月の間。一度も。
彼、スティーブン・ジェイ・グールドはこのエセー群の連載を2001年に終え、翌2002年に亡くなった。
彼はひとり分以上の人生を見事に完結させたのだと思う。
8月15日、わたしはこの本『ぼくは上陸している』を閉じた。
早く読みたいという感情と、読み終えるのが怖いような感情が交錯した不思議な読書体験を終えた。実際、必要以上にゆっくりと何度も反芻して読んでもきたのだ。
やはり深い感慨が胸の奥からこみ上げてきた。もうわたしの本棚の「スティーブン・ジェイ・グールド棚」は広がる事はない。彼の新しい文章を読む体験は、もう望む事も出来ない。
彼の文章と共に歩んだような、この四半世紀以上に渡る年月を、やはり、わたしはひとつの幸福の形として感ずる事が出来る。連載の初期から歩みを共に出来た事も。
科学が諸手を挙げて歓迎される時代では無くなってしまったとわたしも思う。けれど、彼の数多くのエセーは、科学的である事という生き方の姿勢が確かなものであって、一定の価値がある事であると、わたしに告げてくれる。
三中信宏さんが、自宅の本棚の写真を自身のBlog『日録』で公開していた。
目を疑った。これはわたしの部屋の本棚なのでは無いのか!
全く同じ順番に、全く同じ佇まいで、スティーブン・ジェイ・グールドの本たちが並んでいるでは無いか!
恐らく、これと同じ光景は、日本中にあるに違いない。
それを想像する事は、わたしには楽しみのひとつだ。
同じ幸福を、多くの人びとと共に分かち合う事が出来た証拠だからだ。
最後に、前述の三中信宏さんがまとめて下さったエセー集の全貌をコピペして、無駄に長いエントリになる事をお許し願いたい。
1. スティーヴン・ジェイ・グールド[浦本昌紀・寺田鴻訳]『ダーウィン以来:進化論への招待(上)』(1984年2月15日刊行,早川書房,東京,219 pp., 本体価格1,200円,ISBNなし)/『ダーウィン以来:進化論への招待(下)』(1984年2月15日刊行,早川書房,東京,221 pp., 本体価格1,200円,ISBNなし)※ハヤカワ文庫NF196:1995年9月21日刊行,ISBN:4-15-050196-3 → 版元ページ(上下巻合本)
2. スティーヴン・ジェイ・グールド[桜町翠軒訳]『パンダの親指:進化論再考(上)』(1986年5月31日刊行,早川書房,東京,289 pp., 本体価格1,400円,ISBN:4-15-203308-8)※ハヤカワ文庫NF206:1996年8月刊行,ISBN:4-15-050206-4 → 版元ページ/『パンダの親指:進化論再考(下)』(1986年5月31日刊行,早川書房,東京,258 pp., 本体価格1,400円,ISBN:4-15-203309-6)※ハヤカワ文庫NF207:1996年8月刊行,ISBN:4-15-050207-2 → 版元ページ
3. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆・三中信宏訳]『ニワトリの歯:進化論の新地平(上)』(1988年10月31日刊行,早川書房,東京,296 pp., 本体価格1,500円,ISBN:4-15-203372-X)※ハヤカワ文庫NF219:1997年11月刊行,ISBN:4-15-050219-6/『ニワトリの歯:進化論の新地平(下)』(1988年10月31日刊行,早川書房,東京,310 pp., 本体価格1,500円,ISBN:4-15-203373-8)※ハヤカワ文庫NF220:1997年11月刊行,ISBN:4-15-050220-X
4. スティーヴン・ジェイ・グールド[新妻昭夫訳]『フラミンゴの微笑:進化論の現在(上)』(1989年12月15日刊行,早川書房,東京,338 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-203422-X)※ハヤカワ文庫NF267:2002年5月17日刊行,ISBN:978-4-15-050267-6 → 版元ページ/『フラミンゴの微笑:進化論の現在(下)』(1989年12月15日刊行,早川書房,東京,358 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-203423-8)※ハヤカワ文庫NF268:2002年5月17日刊行,ISBN:978-4-15-050268-3 → 版元ページ
5. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『八匹の子豚:種の絶滅と進化をめぐる省察(上)』(1996年9月30日刊行,早川書房,東京,306 pp., 本体価格1,600円,ISBN:4-15-208030-2)/『八匹の子豚:種の絶滅と進化をめぐる省察(下)』(1996年9月30日刊行,早川書房,東京,310 pp., 本体価格1,800円,ISBN:4-15-208031-0)
6. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『干し草のなかの恐竜:化石証拠と進化論の大展開(上)』(2000年9月15日刊行,早川書房,東京,331 pp., 本体価格2,100円,ISBN:4-15-208298-4)/『干し草のなかの恐竜:化石証拠と進化論の大展開(下)』(2000年9月15日刊行,早川書房,東京,374 pp., 本体価格2,100円,ISBN:4-15-208299-2)
7. スティーヴン・ジェイ・グールド[廣野喜幸・石橋百枝・松本文雄訳]『がんばれカミナリ竜:進化生物学と去りゆく生きものたち(上)』(1995年10月31日刊行,早川書房,東京,355 pp., 本体価格1,845円,ISBN:4-15-207969-X)/『がんばれカミナリ竜:進化生物学と去りゆく生きものたち(下)』(1995年10月31日刊行,早川書房,東京,410 pp., 本体価格1,845円,ISBN:4-15-207970-3)
8. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『ダ・ヴィンチの二枚貝:進化論と人文科学のはざまで(上)』(2002年3月21日刊行,早川書房,東京,277 pp., 本体価格2,200円,ISBN:4-15-208396-4 → 版元ページ)/『ダ・ヴィンチの二枚貝:進化論と人文科学のはざまで(下)』(2002年3月21日刊行,早川書房,東京,254 pp., 本体価格2,200円,ISBN:4-15-208397-2 → 版元ページ)
9. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『マラケシュの贋化石:進化論の回廊をさまよう科学者たち(上)』(2005年11月30日刊行,早川書房,東京,255 pp., 本体価格2,000円,ISBN:4-15-208685-8 → 版元ページ|目次|書評)/『マラケシュの贋化石:進化論の回廊をさまよう科学者たち(下)』(2005年11月30日刊行,早川書房,東京,262 pp., 本体価格2,000円,ISBN:4-15-208686-6 → 版元ページ|目次|書評)
10. スティーヴン・ジェイ・グールド[渡辺政隆訳]『ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり(上)』(2011年8月15日刊行,早川書房,東京,329 pp.,本体価格2,500円,ISBN:978-4-15-209231-1 → 版元ページ)/『ぼくは上陸している:進化をめぐる旅の始まりの終わり(下)』(2011年8月15日刊行,早川書房,東京,345 pp.,本体価格2,500円,ISBN:978-4-15-209232-8 → 版元ページ)
20110624
Schönauの快挙!
ドイツの小都市Schönauで、脱原発への取り組みが行われている事は、以前教えて貰っていました。
大変貴重な映像です。是非ご覧下さい。
脱原発への第一歩 ショウナウでの取り組みから
その街に、「緑のノーベル賞」とも言われるゴールドマン環境賞が与えられました。
"Grüner Nobelpreis" für die Mutter der Stromrebellen
Ursula Sladek
1986年、「黒い森」にあるこの町にもチェルノブイリの雲はやって来ました。多くの市民、特に小さな子供を持つ親たちは不安を感じたようです。
10人の親が「原子力のない未来を求める親の会」を結成しました。
中心人物であるUrsula Sladekさんは5人の子供を持つ母親でした。
活動が始まった90年代初め、Schönauでは、街にそれまで電力を供給していたラインフェルデン発電所とさらに20年間、電力供給の独占を延長する契約の更改が迫っていました。当初、ラインフェルデン発電所の基本料金設定は電力を多く使用した方が得という仕組みだったため、市民は省エネをした方が得となるよう余剰電力の買い取りや比例料金体制の導入を訴えたのですが、発電所はそうした取り組みに冷淡な対応を取り、原子力使用の廃止にも興味を示しませんでした。
これも現在の日本と似ています。
そこでSladekさんら市民たちが考えた対抗策は、市民がお金を出して独占契約を買い取り、自らの手で市民所有の水力、太陽光、天然ガス、再生可能エネルギーによるエコ電力会社を作ることでした。
ドイツの歴史上初めて実現されたこのプラン。1997年に創立されたEWS - Elektrizitaetswerke Schoenauは、社員40人弱という小さな会社ながら、いまでは全ドイツ、10万を超す顧客に原子力と石炭フリーのエコ電力を供給する会社に成長し、新たな電力供給プランとして注目を浴びています。福島第1原発の事故の後、通常の10倍以上の問い合わせが殺到したそうです。
旧い友人がノーベル賞を貰ったような、嬉しい気分です。
やれば出来るんです!
Sladekさんは語ります。
以上自分のエネルギーは自分で決める! 独シェーナウがめざすもの より引用。
素晴らしい行動力と持続力を感じました。
大変貴重な映像です。是非ご覧下さい。
脱原発への第一歩 ショウナウでの取り組みから
その街に、「緑のノーベル賞」とも言われるゴールドマン環境賞が与えられました。
"Grüner Nobelpreis" für die Mutter der Stromrebellen
Ursula Sladek
1986年、「黒い森」にあるこの町にもチェルノブイリの雲はやって来ました。多くの市民、特に小さな子供を持つ親たちは不安を感じたようです。
「外で子供を遊ばせてもいいの? 母乳は? それとも事故前に製造された牛乳の方が安全?」今の日本と同じです。
10人の親が「原子力のない未来を求める親の会」を結成しました。
中心人物であるUrsula Sladekさんは5人の子供を持つ母親でした。
「以前は政治にもエコにも興味はなかったけど、自分の子どもの未来を考えたら…」
活動が始まった90年代初め、Schönauでは、街にそれまで電力を供給していたラインフェルデン発電所とさらに20年間、電力供給の独占を延長する契約の更改が迫っていました。当初、ラインフェルデン発電所の基本料金設定は電力を多く使用した方が得という仕組みだったため、市民は省エネをした方が得となるよう余剰電力の買い取りや比例料金体制の導入を訴えたのですが、発電所はそうした取り組みに冷淡な対応を取り、原子力使用の廃止にも興味を示しませんでした。
これも現在の日本と似ています。
そこでSladekさんら市民たちが考えた対抗策は、市民がお金を出して独占契約を買い取り、自らの手で市民所有の水力、太陽光、天然ガス、再生可能エネルギーによるエコ電力会社を作ることでした。
ドイツの歴史上初めて実現されたこのプラン。1997年に創立されたEWS - Elektrizitaetswerke Schoenauは、社員40人弱という小さな会社ながら、いまでは全ドイツ、10万を超す顧客に原子力と石炭フリーのエコ電力を供給する会社に成長し、新たな電力供給プランとして注目を浴びています。福島第1原発の事故の後、通常の10倍以上の問い合わせが殺到したそうです。
旧い友人がノーベル賞を貰ったような、嬉しい気分です。
やれば出来るんです!
Sladekさんは語ります。
「私たちは、のんきで、あまり後先考えずに行動してしまったから、逆に実現できてしまったのかもしれないわ」
以上自分のエネルギーは自分で決める! 独シェーナウがめざすもの より引用。
素晴らしい行動力と持続力を感じました。
20110602
20110517
carpe diem
Tu ne quaesieris, scire nefas, quem mihi, quem tibi
finem di dederint, Leuconoe, nec Babylonios
temptaris numeros. ut melius quicquid erit pati,
seu pluris hiemes seu tribuit Iuppiter ultimam,
quae nunc oppositis debilitat pumicibus mare
Tyrrhenum: sapias, vina liques et spatio brevi
spem longam reseces. dum loquimur, fugerit invida
aetas: carpe diem, quam minimum credula postero.
─Quintus Horatius Flaccus
神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、
レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。
それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、
それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によって
テュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。
酒を漉し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、
意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。
今日一日の花を摘みとることだ。
明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。
─ホラーティウス
finem di dederint, Leuconoe, nec Babylonios
temptaris numeros. ut melius quicquid erit pati,
seu pluris hiemes seu tribuit Iuppiter ultimam,
quae nunc oppositis debilitat pumicibus mare
Tyrrhenum: sapias, vina liques et spatio brevi
spem longam reseces. dum loquimur, fugerit invida
aetas: carpe diem, quam minimum credula postero.
─Quintus Horatius Flaccus
神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、
レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。
それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、
それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によって
テュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。
酒を漉し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、
意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。
今日一日の花を摘みとることだ。
明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。
─ホラーティウス
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