Tu ne quaesieris, scire nefas, quem mihi, quem tibi
finem di dederint, Leuconoe, nec Babylonios
temptaris numeros. ut melius quicquid erit pati,
seu pluris hiemes seu tribuit Iuppiter ultimam,
quae nunc oppositis debilitat pumicibus mare
Tyrrhenum: sapias, vina liques et spatio brevi
spem longam reseces. dum loquimur, fugerit invida
aetas: carpe diem, quam minimum credula postero.
─Quintus Horatius Flaccus
神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、
レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。
それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、
それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によって
テュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。
酒を漉し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、
意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。
今日一日の花を摘みとることだ。
明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。
─ホラーティウス
20110517
20110510
これは「脱原発宣言」だ!
重要な記者会見がありました。
菅内閣総理大臣記者会見-平成23年5月10日
37分くらいありますが、まだ見ていない人は先ず見て下さい。
話はそれからです。
-
どうして日本中が大騒ぎになっていないのか?
わたしは不思議でなりません。
菅首相が脱原発を宣言しました。
原発をやめるとも縮小するとも言っていません。
けれどわたしには脱原発宣言としか聞こえません。
--菅首相--00:08:50--
今後のエネルギー政策について、
いろいろと議論が巻き起きております。
先ず、原子力については何よりも、
安全性をしっかりと確保すると言う事が重要であります。
そして、この原子力と化石燃料というものが、
これまで、特に電力においては、
大きなふたつの柱として活用されていました。
これに加えて、今回の事故を踏まえて、
また、地球温暖化の問題も踏まえて、
あとふたつの柱が重要だと考えています。
そのひとつは太陽、風力、バイオマスといった
再生可能な自然エネルギーを、
基幹エネルギーのひとつに加えて行く、
そのことであります。
そしてもうひとつは省エネ。
エネルギーを沢山使う社会の在り方が
このままでいいのか、
いろいろな工夫によって、
或いは
いろいろな社会の在り方を選択する事によって、
エネルギーを今程は使わない
省エネ社会を作って行く、
この事が、わたくしはもうひとつの
エネルギー政策の柱になり得ると、
このように考えております。
そう言った意味で
これまでの、原子力については安全性を、
そして化石燃料についてはCO2の削減を
しっかり進めて行くと同時に、
自然エネルギーと省エネというものを
もうふたつの柱として、
そこに、これまで以上に、
大きな力を注いでいくべきだと、
このような考え方で、
エネルギー政策全体の見直しの
議論を進めて参りたいと、
このように考えております。
--
更に(重要!)西日本新聞の記者からの質問に答えて
--菅首相--
(浜岡原発について、及びその他の原発について)
…
--00:16:55--
もう一点、今後のエネルギーの在り方について、
原子力をどのように続けるかというご質問ですが、
現在のエネルギー基本計画では、
2030年に於いて、総電力に占める割合として、
原子力は50%以上。
再生可能エネルギーは20%
を目指すとなっております。
しかし、今回の大きな事故が起きた事によって、
この従来決まっているエネルギー基本計画は、
一旦白紙に戻して、議論をする必要があるだろうと、
このように考えております。
そう言う中で、原子力については
一層の安全性を確保する。
そしてもう一方、
自然エネルギー、再生エネルギーについては
より大きな力で推進する。
そういう方向性が、必要ではないかと、
そういう方向性を念頭に置きながら、
議論を進めて行きたいと、
このように考えている所です。
--
と、
もう記録したぞ!
(おまけ)質問に答えて
--菅首相--
…
--00:30:12--
それに加えて、先ほど申しあげましたように
原子力、化石燃料に加えて、
欧米の多くの国も風力や或いは太陽エネルギーに
力を注いでおります。
我が国はややこの分野で、出遅れているところがありますので、
そういった分野についても、一層力を入れて参りたい、
そういった姿勢を含めて、国際社会にも
日本の姿勢をお示しをしたいと、
こう思っております。
--
前言を繰り返し述べ、国際社会にも約束をしています。
(長めに文字起こししました。
好きなようにコピペして使って下さい。)
十分です。
これがエネルギー政策の転換でなくて
他の何なのだろう?
原発をやめるとは言っていない。
けれどわたしはそれも評価しています。
いきなり止めると言い出すのは乱暴すぎます。
その意味で
浜岡原発が止まった事には、
わたしは素直に喜べなかった。
地元との協議もなく
いきなり強権で止めた。
その事を嬉しがっていて良いのか?
それでは強権によって原発を建てるというのも
批判出来なくなる。
原発を止める事によるリスクは
どの様に評価したのか?
強権を発動させる程
浜岡原発は逼迫した状態だったのか?
止めれば安全なのか?
様々な疑問が出て来ます。
その意味で浜岡原発の止め方は拙かった。
わたしはそう考えています。
だから、
(暫くは)原子力と化石燃料による発電と共に
再生可能エネルギーに力を入れる方向に転換し、
加えて省エネを進める。
エネルギー基本計画を白紙に戻して議論する。
発言はそこまででいいと思っています。
それ以上踏み込む必要はないし
踏み込んでもならない。
地元ともしっかり協議して
段階を踏んで行かなければならない。
わたしには
自然エネルギー、再生エネルギーの方向に
舵を切ったとしか読めません。
これは記者会見ではなく
国民への演説という形で発表すべき事だったと思います。
それだけ重要な政策転換を表明したと思えます。
やってもらいましょう!
きっちりと。
やり切ってもらいましょう!
普天間の時のようにぶれることなく。
菅内閣総理大臣記者会見-平成23年5月10日
37分くらいありますが、まだ見ていない人は先ず見て下さい。
話はそれからです。
-
どうして日本中が大騒ぎになっていないのか?
わたしは不思議でなりません。
菅首相が脱原発を宣言しました。
原発をやめるとも縮小するとも言っていません。
けれどわたしには脱原発宣言としか聞こえません。
--菅首相--00:08:50--
今後のエネルギー政策について、
いろいろと議論が巻き起きております。
先ず、原子力については何よりも、
安全性をしっかりと確保すると言う事が重要であります。
そして、この原子力と化石燃料というものが、
これまで、特に電力においては、
大きなふたつの柱として活用されていました。
これに加えて、今回の事故を踏まえて、
また、地球温暖化の問題も踏まえて、
あとふたつの柱が重要だと考えています。
そのひとつは太陽、風力、バイオマスといった
再生可能な自然エネルギーを、
基幹エネルギーのひとつに加えて行く、
そのことであります。
そしてもうひとつは省エネ。
エネルギーを沢山使う社会の在り方が
このままでいいのか、
いろいろな工夫によって、
或いは
いろいろな社会の在り方を選択する事によって、
エネルギーを今程は使わない
省エネ社会を作って行く、
この事が、わたくしはもうひとつの
エネルギー政策の柱になり得ると、
このように考えております。
そう言った意味で
これまでの、原子力については安全性を、
そして化石燃料についてはCO2の削減を
しっかり進めて行くと同時に、
自然エネルギーと省エネというものを
もうふたつの柱として、
そこに、これまで以上に、
大きな力を注いでいくべきだと、
このような考え方で、
エネルギー政策全体の見直しの
議論を進めて参りたいと、
このように考えております。
--
更に(重要!)西日本新聞の記者からの質問に答えて
--菅首相--
(浜岡原発について、及びその他の原発について)
…
--00:16:55--
もう一点、今後のエネルギーの在り方について、
原子力をどのように続けるかというご質問ですが、
現在のエネルギー基本計画では、
2030年に於いて、総電力に占める割合として、
原子力は50%以上。
再生可能エネルギーは20%
を目指すとなっております。
しかし、今回の大きな事故が起きた事によって、
この従来決まっているエネルギー基本計画は、
一旦白紙に戻して、議論をする必要があるだろうと、
このように考えております。
そう言う中で、原子力については
一層の安全性を確保する。
そしてもう一方、
自然エネルギー、再生エネルギーについては
より大きな力で推進する。
そういう方向性が、必要ではないかと、
そういう方向性を念頭に置きながら、
議論を進めて行きたいと、
このように考えている所です。
--
と、
もう記録したぞ!
(おまけ)質問に答えて
--菅首相--
…
--00:30:12--
それに加えて、先ほど申しあげましたように
原子力、化石燃料に加えて、
欧米の多くの国も風力や或いは太陽エネルギーに
力を注いでおります。
我が国はややこの分野で、出遅れているところがありますので、
そういった分野についても、一層力を入れて参りたい、
そういった姿勢を含めて、国際社会にも
日本の姿勢をお示しをしたいと、
こう思っております。
--
前言を繰り返し述べ、国際社会にも約束をしています。
(長めに文字起こししました。
好きなようにコピペして使って下さい。)
十分です。
これがエネルギー政策の転換でなくて
他の何なのだろう?
原発をやめるとは言っていない。
けれどわたしはそれも評価しています。
いきなり止めると言い出すのは乱暴すぎます。
その意味で
浜岡原発が止まった事には、
わたしは素直に喜べなかった。
地元との協議もなく
いきなり強権で止めた。
その事を嬉しがっていて良いのか?
それでは強権によって原発を建てるというのも
批判出来なくなる。
原発を止める事によるリスクは
どの様に評価したのか?
強権を発動させる程
浜岡原発は逼迫した状態だったのか?
止めれば安全なのか?
様々な疑問が出て来ます。
その意味で浜岡原発の止め方は拙かった。
わたしはそう考えています。
だから、
(暫くは)原子力と化石燃料による発電と共に
再生可能エネルギーに力を入れる方向に転換し、
加えて省エネを進める。
エネルギー基本計画を白紙に戻して議論する。
発言はそこまででいいと思っています。
それ以上踏み込む必要はないし
踏み込んでもならない。
地元ともしっかり協議して
段階を踏んで行かなければならない。
わたしには
自然エネルギー、再生エネルギーの方向に
舵を切ったとしか読めません。
これは記者会見ではなく
国民への演説という形で発表すべき事だったと思います。
それだけ重要な政策転換を表明したと思えます。
やってもらいましょう!
きっちりと。
やり切ってもらいましょう!
普天間の時のようにぶれることなく。
20110508
平和に生きる権利
わたしが望むものは、闘いの高揚感や連帯の陶酔感ではない。ただ、静かに暮らすと言う事だ。もう、止めようではないか!戦争を始めたり原発を作ったり、静かに暮らす事を不可能にする全ての事を、止めようではないか!
20110318
スマトラではどうだったか
東北地方太平洋沖地震は現在進行形の地震です。
M9レベルの地震の影響は?
今後の地震活動はどのように推移するのだろう?
そう考えた時
これまでの同様の巨大地震を見たほうが良いのではないかと考えています。
たとえばスマトラ島沖地震です。
スマトラでは一度巨大地震が起きたあと、
何度も大きな地震が起きています。
Wikipedia『スマトラ沖地震』を見ると
マグニチュード7以上の「主なスマトラ沖地震」だけでも
2004年12月26日 スマトラ島沖地震 (2004年) 9.1 スマトラ島北西沖
2005年3月28日 スマトラ島沖地震 (2005年) 8.6 メダン南西沖
2007年9月12日 スマトラ島沖地震 (2007年) 8.5 ブンクル南西沖
2009年9月30日 スマトラ島沖地震 (2009年) 7.5 パダン西北西沖
2010年4月6日 スマトラ島沖地震 (2010年4月) 7.8 バニャック諸島付近
2010年5月9日 スマトラ島沖地震 (2010年5月) 7.2 バンダアチェ南南東沖
2010年10月25日 スマトラ島沖地震 (2010年10月) 7.7 パダン南沖
こうなっています。
この後も続いています。
規模とその地震が起こった年月日、地域の拡がりに注目して下さい。
これまでの地震での「余震」とは
まったく別物クラスの「余震」があると
考えるほうが妥当だと思います。
これらの地震はひとつひとつが「本震」とされています。
しかし余震の減衰曲線に乗ってしまうのも確かな事です。
本震であるのか、余震であるのかは
解釈に過ぎません。
スマトラは特殊な地域なのかも知れません
けれど少なくともスマトラでは
このように事態は推移しました。
ある程度の覚悟は必要だと考えます。
東北地方太平洋沖地震は
3つの巨大地震が連動したものとされています。
例え僅かな時間であっても
途中で止まった事にも注目したいと思っています。
今後の余震はM8.4(気象庁マグニチュード)の余震として
推移して行くのかも知れません。
スマトラ地震のマグニチュードは気象庁マグニチュードではなく
アメリカのUSGSマグニチュードです
(USGSとは世界の地震をまとめているアメリカの科学者団体です。)
USGSマグニチュードでも東北地方太平洋沖地震の規模は9.0でした。
スマトラ地震は東北地方太平洋沖地震の倍近くのエネルギーを持つ地震でした。
M9レベルの地震の影響は?
今後の地震活動はどのように推移するのだろう?
そう考えた時
これまでの同様の巨大地震を見たほうが良いのではないかと考えています。
たとえばスマトラ島沖地震です。
スマトラでは一度巨大地震が起きたあと、
何度も大きな地震が起きています。
Wikipedia『スマトラ沖地震』を見ると
マグニチュード7以上の「主なスマトラ沖地震」だけでも
2004年12月26日 スマトラ島沖地震 (2004年) 9.1 スマトラ島北西沖
2005年3月28日 スマトラ島沖地震 (2005年) 8.6 メダン南西沖
2007年9月12日 スマトラ島沖地震 (2007年) 8.5 ブンクル南西沖
2009年9月30日 スマトラ島沖地震 (2009年) 7.5 パダン西北西沖
2010年4月6日 スマトラ島沖地震 (2010年4月) 7.8 バニャック諸島付近
2010年5月9日 スマトラ島沖地震 (2010年5月) 7.2 バンダアチェ南南東沖
2010年10月25日 スマトラ島沖地震 (2010年10月) 7.7 パダン南沖
こうなっています。
この後も続いています。
規模とその地震が起こった年月日、地域の拡がりに注目して下さい。
これまでの地震での「余震」とは
まったく別物クラスの「余震」があると
考えるほうが妥当だと思います。
これらの地震はひとつひとつが「本震」とされています。
しかし余震の減衰曲線に乗ってしまうのも確かな事です。
本震であるのか、余震であるのかは
解釈に過ぎません。
スマトラは特殊な地域なのかも知れません
けれど少なくともスマトラでは
このように事態は推移しました。
ある程度の覚悟は必要だと考えます。
東北地方太平洋沖地震は
3つの巨大地震が連動したものとされています。
例え僅かな時間であっても
途中で止まった事にも注目したいと思っています。
今後の余震はM8.4(気象庁マグニチュード)の余震として
推移して行くのかも知れません。
スマトラ地震のマグニチュードは気象庁マグニチュードではなく
アメリカのUSGSマグニチュードです
(USGSとは世界の地震をまとめているアメリカの科学者団体です。)
USGSマグニチュードでも東北地方太平洋沖地震の規模は9.0でした。
スマトラ地震は東北地方太平洋沖地震の倍近くのエネルギーを持つ地震でした。
20091228
急に楽になった
こんな事が起こるのかといった気分。半ば感心している。
すぐに元に戻ってしまうのかも知れない程あやふやな感覚だが、18時頃、楽な場所にすとん!と降りた様な感覚が訪れる。
あやふやなので記しておきたい。
あれ程しつこくつきまとっていた煙草がわたしから離れた。
今は、過去の自分が何故煙草の様なシロモノを欲しがっていたのかそれすら理解出来ない。何であんなものを吸っていたのだろう?
「抜けた」感触がある。
この感触は、いつまでも捕まえておきたい。今年のうちにこんな感触を持つ事が出来るとは、今日の夕方になる迄想像も出来ない事だった。
断煙した人は、皆、こんな感触をどこかでつかんでいるのだろうか?強制的に閉じ込められていた、暗く冷たい場所から解放された様な不思議な感覚だ。
だが、油断しない様に!
そして、あやふやさを確かめようとしない様に。
あやふやさは不安と紙一重だが、光が射し込んで来る様な期待感もまた確かにあるのだから。
すぐに元に戻ってしまうのかも知れない程あやふやな感覚だが、18時頃、楽な場所にすとん!と降りた様な感覚が訪れる。
あやふやなので記しておきたい。
あれ程しつこくつきまとっていた煙草がわたしから離れた。
今は、過去の自分が何故煙草の様なシロモノを欲しがっていたのかそれすら理解出来ない。何であんなものを吸っていたのだろう?
「抜けた」感触がある。
この感触は、いつまでも捕まえておきたい。今年のうちにこんな感触を持つ事が出来るとは、今日の夕方になる迄想像も出来ない事だった。
断煙した人は、皆、こんな感触をどこかでつかんでいるのだろうか?強制的に閉じ込められていた、暗く冷たい場所から解放された様な不思議な感覚だ。
だが、油断しない様に!
そして、あやふやさを確かめようとしない様に。
あやふやさは不安と紙一重だが、光が射し込んで来る様な期待感もまた確かにあるのだから。
20091225
それ程単純な事ではなかった
煙草は何も与えてくれない事、多くを奪う事、そしてわたし自身の人生を破壊するものである事。それをきちんと理解し、信念を変えれば、今年のうちに煙草から自由になれると思っていた。
物事はそれ程単純で甘くはなかったようだ。
今年も残り1週間を切った。
まだ、ふとした気の弛みから、煙草に引き寄せられてしまう自分を感じる。
その一部始終を書いておけば、それなりに面白いBlogになったかも知れない。実際、断煙日記になっても構わないと思った事もあった。
けれど、正直に告白してしまうと、その余裕がなかった。
兎にも角にも断煙を続ける事。その事だけで頭の中は一杯だったし、その理性も時としてぶっ飛んでしまいそうになる程、煙草への誘惑は強烈でしつこいものだった。
断煙を始める前は、せめて、吸わないからと言って、喫煙者を弾劾する様な奴にだけはなるまいと思っていたのだが、ずっと煙草について考え、どうせ考えるのであれば…と、何冊も煙草に関する本を読んで来た今となっては、かなり過激な(今のわたしには、それは日本だからだとしか思えないのだが)嫌煙原理主義者となってしまっている。煙草について知れば知る程、その理不尽な、そして厄介な存在に敵対してゆくしかなかった。
日本は余りにも麻薬に関して寛容に過ぎるのではないだろうか?今はそう思っている。
ひと月も経ったら、禁煙本は捨てるつもりでいたのだ。もう用はない、と。
残念ながら、捨て去る事が出来ずにいる。むしろ、それにすがって、綱渡りの様な断煙の日々を渡り歩いている状態が今も続いている。
この1ヶ月間、読んだ本と言えば煙草に関するものばかりだった。にも拘らず、まだ、同じ様な本を求めている。断煙に踏み切った時の気分を持続していないと、断煙そのものが途切れてしまいそうな気がしたからだ。
煙草と言う存在が、これ程厄介なものとは思ってもいなかった。
あと1週間で、煙草から完全に自由になれるとは、とても思えない。情けないが、これが今のわたしが辿り着いた場所だ。それも全身全霊を掛けて辿り着いたと言って良い。
最初に煙草を吸った時の事を、何度も思い出した。
成人を過ぎて、わたしは煙草に手を出したのだ。長い間、それを誇りにすら思っていた。だが、何と言う愚かな行為だった事か。成人に達していながら、煙草に手を出すとは!
まともな分別や、判断力もあったろうに。何故易々とそれを捨て去ってしまったのだろう?
20歳を過ぎてから、人生は辛いものになった。その辛さを一時的にでも忘れたくて、煙草に手を出したのだ。半ば、自分の人生を捨ててもいた。
その頃の自暴自棄な考えは、今も顔を出し、判断を曇らせる。
わたしは思い違いをしていたのかも知れない。
自暴自棄になったから煙草に手を出したのではなく、煙草がわたしを自暴自棄にさせ、持続的に喫煙をさせようと囁いていたのかも知れない。
今も、その囁きは止まない。少し救われるのは、その囁きに対抗する術を少し身に付ける事が出来た事だろうか?
認知行動療法が、今回、役に立った。
ほとほと疲れても来たのだが、毎日煙草の事ばかり考えて暮らしている。
世の中にはもっと、わたしを楽しませてくれる事もあるだろうと思うのだが、断煙は全くの綱渡りの様で、気を緩めた瞬間に、落下してしまいそうだ。
これでも、一時より楽になったのだ。信じがたい事ではあるが、本当の事だ。
物事はそれ程単純で甘くはなかったようだ。
今年も残り1週間を切った。
まだ、ふとした気の弛みから、煙草に引き寄せられてしまう自分を感じる。
その一部始終を書いておけば、それなりに面白いBlogになったかも知れない。実際、断煙日記になっても構わないと思った事もあった。
けれど、正直に告白してしまうと、その余裕がなかった。
兎にも角にも断煙を続ける事。その事だけで頭の中は一杯だったし、その理性も時としてぶっ飛んでしまいそうになる程、煙草への誘惑は強烈でしつこいものだった。
断煙を始める前は、せめて、吸わないからと言って、喫煙者を弾劾する様な奴にだけはなるまいと思っていたのだが、ずっと煙草について考え、どうせ考えるのであれば…と、何冊も煙草に関する本を読んで来た今となっては、かなり過激な(今のわたしには、それは日本だからだとしか思えないのだが)嫌煙原理主義者となってしまっている。煙草について知れば知る程、その理不尽な、そして厄介な存在に敵対してゆくしかなかった。
日本は余りにも麻薬に関して寛容に過ぎるのではないだろうか?今はそう思っている。
ひと月も経ったら、禁煙本は捨てるつもりでいたのだ。もう用はない、と。
残念ながら、捨て去る事が出来ずにいる。むしろ、それにすがって、綱渡りの様な断煙の日々を渡り歩いている状態が今も続いている。
この1ヶ月間、読んだ本と言えば煙草に関するものばかりだった。にも拘らず、まだ、同じ様な本を求めている。断煙に踏み切った時の気分を持続していないと、断煙そのものが途切れてしまいそうな気がしたからだ。
煙草と言う存在が、これ程厄介なものとは思ってもいなかった。
あと1週間で、煙草から完全に自由になれるとは、とても思えない。情けないが、これが今のわたしが辿り着いた場所だ。それも全身全霊を掛けて辿り着いたと言って良い。
最初に煙草を吸った時の事を、何度も思い出した。
成人を過ぎて、わたしは煙草に手を出したのだ。長い間、それを誇りにすら思っていた。だが、何と言う愚かな行為だった事か。成人に達していながら、煙草に手を出すとは!
まともな分別や、判断力もあったろうに。何故易々とそれを捨て去ってしまったのだろう?
20歳を過ぎてから、人生は辛いものになった。その辛さを一時的にでも忘れたくて、煙草に手を出したのだ。半ば、自分の人生を捨ててもいた。
その頃の自暴自棄な考えは、今も顔を出し、判断を曇らせる。
わたしは思い違いをしていたのかも知れない。
自暴自棄になったから煙草に手を出したのではなく、煙草がわたしを自暴自棄にさせ、持続的に喫煙をさせようと囁いていたのかも知れない。
今も、その囁きは止まない。少し救われるのは、その囁きに対抗する術を少し身に付ける事が出来た事だろうか?
認知行動療法が、今回、役に立った。
ほとほと疲れても来たのだが、毎日煙草の事ばかり考えて暮らしている。
世の中にはもっと、わたしを楽しませてくれる事もあるだろうと思うのだが、断煙は全くの綱渡りの様で、気を緩めた瞬間に、落下してしまいそうだ。
これでも、一時より楽になったのだ。信じがたい事ではあるが、本当の事だ。
20091209
来年は自由でいるか?
12月に入って始めた事がもうひとつある。
半端な形で挫折するのが恥ずかしく言い出せなかった。
早く言い出せば良かったと、今では思っている。そうすれば、もっと早く止められたかも知れない。
煙草を止めた。
今迄も何度か試み、全て失敗して来た。
今回は思い余って、幾つもの禁煙サイトを覗き歩き、読み比べてみた。
どうやら今迄の「意志の力」に頼る力ずくの禁煙は失敗の確率が高いやり方だったらしい。
煙草を吸うのは何故か?
それを冷静に考えてみれば、答えはひとつしかない。離脱症状を緩和したいからだ。
つまり煙草を吸いたいという気持ちは、煙草だけが作り出し、煙草だけが持続させている幻想に近い虚構。と言うより幻想そのものの気持ちだ。
煙草はストレスの解消になどならない。煙草がストレスを作り出しているのだ。
意志の力や精神力で煙草を止めようとする事は、常に煙草を吸いたいという自分に向かい合っていなければならず、ともすると煙草への渇望感を心に刷り込む作業以外の何者でもないものになりかねない。
無論、そのやり方で禁煙した人も多いだろう。だが、それは意志の力があったからこそ禁煙出来たと言うより、意志の力でやったにもかかわらず禁煙出来たと表現した方が良いやり方だと思う。
何故、煙草を吸う必要があるのか?
そんな必要は、言わなくても分かる通り、実はない。
この先一生涯煙草を吸わない事で、わたしが失うものは何一つない。
書いてみると、余りに当たり前過ぎてがっかりする。そんな当たり前の事にようやく気が付いたのだ。
もう、煙草に束縛されたくない。わたしは自由になりたい。自由になろうとする事が楽しくない筈はない。
半端な形で挫折するのが恥ずかしく言い出せなかった。
早く言い出せば良かったと、今では思っている。そうすれば、もっと早く止められたかも知れない。
煙草を止めた。
今迄も何度か試み、全て失敗して来た。
今回は思い余って、幾つもの禁煙サイトを覗き歩き、読み比べてみた。
どうやら今迄の「意志の力」に頼る力ずくの禁煙は失敗の確率が高いやり方だったらしい。
煙草を吸うのは何故か?
それを冷静に考えてみれば、答えはひとつしかない。離脱症状を緩和したいからだ。
つまり煙草を吸いたいという気持ちは、煙草だけが作り出し、煙草だけが持続させている幻想に近い虚構。と言うより幻想そのものの気持ちだ。
煙草はストレスの解消になどならない。煙草がストレスを作り出しているのだ。
意志の力や精神力で煙草を止めようとする事は、常に煙草を吸いたいという自分に向かい合っていなければならず、ともすると煙草への渇望感を心に刷り込む作業以外の何者でもないものになりかねない。
無論、そのやり方で禁煙した人も多いだろう。だが、それは意志の力があったからこそ禁煙出来たと言うより、意志の力でやったにもかかわらず禁煙出来たと表現した方が良いやり方だと思う。
何故、煙草を吸う必要があるのか?
そんな必要は、言わなくても分かる通り、実はない。
この先一生涯煙草を吸わない事で、わたしが失うものは何一つない。
書いてみると、余りに当たり前過ぎてがっかりする。そんな当たり前の事にようやく気が付いたのだ。
もう、煙草に束縛されたくない。わたしは自由になりたい。自由になろうとする事が楽しくない筈はない。
登録:
投稿 (Atom)
