昨日も朝方寒く、その勢いで(?)起きてしまったが、太陽が出てからはぽかぽか陽気。迷わず布団を干す。
だが、午後になってから急に北東からの強風が吹き始め、その風は冷たかった。
4月も終わる。
フランス語、ドイツ語と今期も続く「厳しい日」。今期は特にフランス語のレベルが高く、最初から付いて行けない。予習をしておいてもTVを見ていると、どの部分が話されているのか分からなくなり、結局日本語訳の字幕を読むだけと言う情けない有様。
ドイツ語が始まると何だかほっとしてしまう。
だが、今回はGWという事もあるのだろうが、再放送を含めて同じ放送が4回続く。その間に単語練習や発音練習をしておいて、少しでも慣れるようにしておこう。
今期のフランス語で役立っている事と言えば、ひとつのフレーズの流れを、どこにアクセントを置き、どの様なイントネーションで発語して行けば良いのかを詳しく解説してくれる事だ。
半ば惰性で、殆ど漫然と見ているだけの様に感じていたが、フランス語の綴りから発音が少しだけ分かるようになって来ている。この事は予習をしていて自分でびっくりした。
レッスンを始めた頃は、「この綴りからどうしてこの発音になるのか」が殆ど全く分からなかったからだ。
最後の母音を発音しない習慣にも慣れて来ている。
しかしhを発音しない事は、遥か以前から知っていた筈なのだが実際に発音する時未だに慣れない。先週のレッスンの時、Bachの音楽会を企画している人が登場したのだが、Bachをバックと発音しているのには驚かされた。
いや、少し考えれば簡単な事なのだ。フランス語ではhを発音しないし、ドイツ語ではchを(不正確な書き方になるが)ハと発音する。このふたつの特殊な読み方が交差すると非常に聞き慣れない人物の名前になる。
ドイツ語の方は非常に基本的な事から始めて貰っている事と、『ドイツ語講座』の時から何年も見慣れていたLIZAがまた出ている事から番組に親しみが持てるのか、結構快調に学習を進める事が出来ている。
だがまるまる1年掛けてひとつ繋がりの番組を構成していた『ドイツ語講座』の時代に比べ、『テレビでドイツ語』になってから学習の進行が非常に速い。
今日は早くも未来形が出て来た。
尤も、ドイツ語会話では未来の事は通常現在形で話す事が多いらしく、実際に使う事は稀らしいが、本の中では頻繁に出て来る形だ。
それが指示代名詞と同時に出て来ると、覚える事が多すぎて混乱して来そうになる。
ドイツ語は構造は複雑だが、それを乗り越えると楽しくなると言う。その言葉を信じて、一歩一歩、確実に覚えながら進んで行こう。
それにしてもわたしの外国語センスのなさには自分でも呆れてしまう。
夜になって、強い風は止んだが、流石に冷えて来た。だが、その冷え方が段々と楽になって来たのも確かな事だ。
これからぐんぐんと気温は高くなって行くだろう。
問題は夏。今年こそ暑さに負けず、語学学習のペースを変えないように気をつけねば。
明日も東風は吹くだろうか?
20090430
20090428
寒暖の差が激しい
今朝5時に気温はアメダスで1.3℃を記録。
同じ頃わたしは起きてしまったのだが、これは寒かったからではなく、朝方気温が低いという予報が出されていた為、布団を2枚も掛けて寝たので重すぎて目が醒めたのだった。
昨日は昼頃から夕刻に掛けて、北西からの激しい突風が吹いた。ベランダのシクラメンが吹っ飛んだ。
思わぬところで寒空の下、飛び散った土を掻き集め、ずる、ずる、と風に飛ばされつつあったシクラメンを取っ捕まえ、奇跡的に割れなかった植木鉢に杜撰でない程度に詰め込むという「農作業」に追われる事となった(本当のお百姓さんごめんなさい)。
だがその風で、朝方あった雲も吹っ飛ばされて、概ね久し振りの快晴。
遠くに見える高山が白くなっていた。
このところ穀雨に相応しい雨が降り続いていたが、雲で見えなかった高山は雪だったらしく、積雪があったのだろう。
山裾が段々と緑色に染まって行く山々の、その遥か高みが真っ白になっているのは美しく、また、春と言う季節の移り変わりの速さも感じさせてくれた。
その雪も今日の昼頃にはおおかた解けてしまい、寒いながらもやはり春を意識してしまった。
最高気温はどの程度迄上がったのだろう?アメダスでは14時に14.8℃が記録されている。恐らく15℃は越えただろうと推定出来る。
一日に14℃程度の寒暖の差は、さほど大した事ではない。
一日一日の寒暖の差が激しく、これが身体にこたえる。
こたえながらも、どことなくそれを楽しんでいる風もあるのだが。
同じ頃わたしは起きてしまったのだが、これは寒かったからではなく、朝方気温が低いという予報が出されていた為、布団を2枚も掛けて寝たので重すぎて目が醒めたのだった。
昨日は昼頃から夕刻に掛けて、北西からの激しい突風が吹いた。ベランダのシクラメンが吹っ飛んだ。
思わぬところで寒空の下、飛び散った土を掻き集め、ずる、ずる、と風に飛ばされつつあったシクラメンを取っ捕まえ、奇跡的に割れなかった植木鉢に杜撰でない程度に詰め込むという「農作業」に追われる事となった(本当のお百姓さんごめんなさい)。
だがその風で、朝方あった雲も吹っ飛ばされて、概ね久し振りの快晴。
遠くに見える高山が白くなっていた。
このところ穀雨に相応しい雨が降り続いていたが、雲で見えなかった高山は雪だったらしく、積雪があったのだろう。
山裾が段々と緑色に染まって行く山々の、その遥か高みが真っ白になっているのは美しく、また、春と言う季節の移り変わりの速さも感じさせてくれた。
その雪も今日の昼頃にはおおかた解けてしまい、寒いながらもやはり春を意識してしまった。
最高気温はどの程度迄上がったのだろう?アメダスでは14時に14.8℃が記録されている。恐らく15℃は越えただろうと推定出来る。
一日に14℃程度の寒暖の差は、さほど大した事ではない。
一日一日の寒暖の差が激しく、これが身体にこたえる。
こたえながらも、どことなくそれを楽しんでいる風もあるのだが。
20090420
穀雨
今日から穀雨。
穀雨を目の前にした昨日、大分と広島で真夏日を観測した。
今年の夏も猛暑になるのだろうかと調べてみると、猛暑だった94年や昨年・一昨年にはこの時期に既に40℃近い気温が記録されており、少なくとも「それ程ではない」気温である事が分かった。どこも30℃を少し上回った程度の気温だったからだ。
それでも岡山と和歌山ではいずれも79年からの観測になるが、4月の最高気温を更新している。やはり暑かったのだろう。
寒い方では北海道の釧路で、今日、-4.6℃という気温が記録されている。いくら細長い日本列島とは言え、この気温差は激し過ぎる。
長野では14時に22.5℃を記録。アメダスではこれが最高気温と言う事になっているが、あくまでもアメダスの記録であり、それも日本で最も標高の高い箱清水観測所の記録なので平地はどの程度だったのかは定かではない。最高気温は23℃に届いたのだろうか?
このところ至って過ごしやすい気温で推移している。大変ありがたい。
大抵気温と言うものは暑過ぎるか寒過ぎるかのどちらかの事が多く、平年値と言うものはその平均値に過ぎない。わたしはその様に理解している。
一昨日本屋に語学のテキストを買いに行き、バスの窓越しに様々な花が咲いているのが見えたので、昨日は自転車に乗ってあちこちに出掛けた。さほど遠いところ迄は行かず、目的も持たずに風を楽しむ。
今年初めて、モンシロチョウを見る。あらゆる生物が大きく変化しつつある事を肌で感じた。
プランターにアシタバとバジルを植えた。
穀雨を目の前にした昨日、大分と広島で真夏日を観測した。
今年の夏も猛暑になるのだろうかと調べてみると、猛暑だった94年や昨年・一昨年にはこの時期に既に40℃近い気温が記録されており、少なくとも「それ程ではない」気温である事が分かった。どこも30℃を少し上回った程度の気温だったからだ。
それでも岡山と和歌山ではいずれも79年からの観測になるが、4月の最高気温を更新している。やはり暑かったのだろう。
寒い方では北海道の釧路で、今日、-4.6℃という気温が記録されている。いくら細長い日本列島とは言え、この気温差は激し過ぎる。
長野では14時に22.5℃を記録。アメダスではこれが最高気温と言う事になっているが、あくまでもアメダスの記録であり、それも日本で最も標高の高い箱清水観測所の記録なので平地はどの程度だったのかは定かではない。最高気温は23℃に届いたのだろうか?
このところ至って過ごしやすい気温で推移している。大変ありがたい。
大抵気温と言うものは暑過ぎるか寒過ぎるかのどちらかの事が多く、平年値と言うものはその平均値に過ぎない。わたしはその様に理解している。
一昨日本屋に語学のテキストを買いに行き、バスの窓越しに様々な花が咲いているのが見えたので、昨日は自転車に乗ってあちこちに出掛けた。さほど遠いところ迄は行かず、目的も持たずに風を楽しむ。
今年初めて、モンシロチョウを見る。あらゆる生物が大きく変化しつつある事を肌で感じた。
プランターにアシタバとバジルを植えた。
20090410
夏日!
雪が降った日しかBlogの更新を行なわずに居たら季節はいつの間にか移ろっていた。
下手をすると2ヶ月間更新なしになってしまうな。そんな事も考えて、焦ったりしていた。
その間にも雪や雨や黄砂などが降り、ベランダのあちこちには、汚れが雨水で流されきれいな黄褐色の状態になった黄土が今も堆積しているが、その事も書かなければなぁ…と思っているうちに時は過ぎた。
朝の気温は6℃前後。随分と暖かくなったな…と感じていたのだが、遂に14時の気温が25℃を突破した。善光寺平は本日、夏日を記録した。半袖でも全く寒くない。どころか、そうでなければ暑くて何もやる気が起こらなくなる。
夏だ!海だ!山だ!海水浴だ!
ようやく梅が散り終わりかけ、桜が咲いたところ。まだ4月なのだ。参ったなぁ…。
身体がゲル状に溶け出しそうだ。
下手をすると2ヶ月間更新なしになってしまうな。そんな事も考えて、焦ったりしていた。
その間にも雪や雨や黄砂などが降り、ベランダのあちこちには、汚れが雨水で流されきれいな黄褐色の状態になった黄土が今も堆積しているが、その事も書かなければなぁ…と思っているうちに時は過ぎた。
朝の気温は6℃前後。随分と暖かくなったな…と感じていたのだが、遂に14時の気温が25℃を突破した。善光寺平は本日、夏日を記録した。半袖でも全く寒くない。どころか、そうでなければ暑くて何もやる気が起こらなくなる。
夏だ!海だ!山だ!海水浴だ!
ようやく梅が散り終わりかけ、桜が咲いたところ。まだ4月なのだ。参ったなぁ…。
身体がゲル状に溶け出しそうだ。
20090216
再び冬へ
昨日迄の無闇矢鱈の暖かさから一転して冬に逆戻りした。
くもりのち晴れの予報だったが、朝から雪がちらつく。だが例の雪は降っていても空は晴れているパターン。このパターンがこの冬妙に目立つ。
15時頃には空も曇り、雪も本降りになる。だが、長続きせず暫く経つと晴れ間が覗いた。
昼は「それ程の寒さではないな…」と思っていたのだが、さすがに夕方から寒さを感じ始め、気象サイトを見ると16時以降は零下になっていた。
気温の変化は概ね単調減少と言った所。0時の5.3℃を最高に午前中は3℃を少し越える辺りをうろうろし、午後になってからじりじりと気温が下がっている。10時頃、一旦気温が上がり4.7℃を記録している。「それ程の…」と思ったのはこの辺りかも知れない。
暫くWinでものを書く事をしていなかったが、どうも辞書機能が壊れているらしい。そう言えば心当たりがない訳ではない。相当前からだ。治そうと思えば、システムの復元でどうにかなると思うのだが、それをする事によって失われる履歴の事などを考え、止める。さほど不自由はしていないからだ。…やはり拗ねたのか?
MacのFirefoxは、昨日迄閉じようとすると、設定を保存するか?と聞いて来て、Yesを選択すると履歴やログインの設定が閉じる前と同じ状態で始める事が出来ていた。さすがMac。と思っていたのだが、何故それが出来るのか良く分からないまま続けていた所、今日になって設定の保存を聞かなくなって来た。どの機能を使っていたのか良く分からない。
要するに普通の設定に戻ったと言う事なのだろうか?便利だったのに…。
これらはこのまま放置しておいても何ら不便を感じないが、この頃Bloggerが上手く繋がらない事がままある。その為に面倒になって幾つかエントリを中止してしまった。間が空いたのはそれが原因でもある。
Blogを表示した時も左上にある小さな画像がなかなか開かない。何回かリロードして漸く画像が出て来る。画像がないとこのBlogは味も素っ気もないものになる。
読者の皆様(いればの話だが)左上に絵が出る迄、何回かリロードを繰り返して下され。お願い申し上げる。
通信速度もやや落ちて来ているような気がする。何故だろう?別に配線などを変えたと言う訳でもないのに…。
雪は小降りのまま、降り続けている。ベランダには細かな雪が薄らと積もった。勿体ないのでベランダに出る事はせず、薄い積雪をそのままの状態で保存する事にした。美しい。
明日、最低気温は-6℃と予想されている。このまま気温が下がり続ければ、もっと低い気温が記録されるかも知れない。
わたしも機械も、やや調子が悪い。
くもりのち晴れの予報だったが、朝から雪がちらつく。だが例の雪は降っていても空は晴れているパターン。このパターンがこの冬妙に目立つ。
15時頃には空も曇り、雪も本降りになる。だが、長続きせず暫く経つと晴れ間が覗いた。
昼は「それ程の寒さではないな…」と思っていたのだが、さすがに夕方から寒さを感じ始め、気象サイトを見ると16時以降は零下になっていた。
気温の変化は概ね単調減少と言った所。0時の5.3℃を最高に午前中は3℃を少し越える辺りをうろうろし、午後になってからじりじりと気温が下がっている。10時頃、一旦気温が上がり4.7℃を記録している。「それ程の…」と思ったのはこの辺りかも知れない。
暫くWinでものを書く事をしていなかったが、どうも辞書機能が壊れているらしい。そう言えば心当たりがない訳ではない。相当前からだ。治そうと思えば、システムの復元でどうにかなると思うのだが、それをする事によって失われる履歴の事などを考え、止める。さほど不自由はしていないからだ。…やはり拗ねたのか?
MacのFirefoxは、昨日迄閉じようとすると、設定を保存するか?と聞いて来て、Yesを選択すると履歴やログインの設定が閉じる前と同じ状態で始める事が出来ていた。さすがMac。と思っていたのだが、何故それが出来るのか良く分からないまま続けていた所、今日になって設定の保存を聞かなくなって来た。どの機能を使っていたのか良く分からない。
要するに普通の設定に戻ったと言う事なのだろうか?便利だったのに…。
これらはこのまま放置しておいても何ら不便を感じないが、この頃Bloggerが上手く繋がらない事がままある。その為に面倒になって幾つかエントリを中止してしまった。間が空いたのはそれが原因でもある。
Blogを表示した時も左上にある小さな画像がなかなか開かない。何回かリロードして漸く画像が出て来る。画像がないとこのBlogは味も素っ気もないものになる。
読者の皆様(いればの話だが)左上に絵が出る迄、何回かリロードを繰り返して下され。お願い申し上げる。
通信速度もやや落ちて来ているような気がする。何故だろう?別に配線などを変えたと言う訳でもないのに…。
雪は小降りのまま、降り続けている。ベランダには細かな雪が薄らと積もった。勿体ないのでベランダに出る事はせず、薄い積雪をそのままの状態で保存する事にした。美しい。
明日、最低気温は-6℃と予想されている。このまま気温が下がり続ければ、もっと低い気温が記録されるかも知れない。
わたしも機械も、やや調子が悪い。
20090201
強風
昨日の午前中、雨だったので躊躇っていたのだが、通院してしまって良かったと思っている。病院から帰って来たときは一時薄日も射したのだが、その直後から気温が下がり始め、激しい風が吹き始めた。雨も横殴りに降って来た。
夜中、何度か風の音で目が醒める。結局3時頃起きてしまった。長野県の北部は雪に変わると天気予報では言ってたが、どうなったのだろう?とベランダに出る。風は音を立てて吹きすさんでおり、若干の雪も交じっていた。
気温の確認を怠っていた為、どの程度だったか分からないが、かなり寒かった。
そのような時は大人しく部屋に閉じ籠っているべきだった。少し風邪気味。身体が芯から寒い。禁断のインスタントラーメンに走る。
星空ではなかった。その事ははっきり覚えているのだが、降っていた雪は、頭上の雲からのものだったのだろうか?そんな疑問が明るくなってから芽生えた。
現在(13時30分程)頭上は良く晴れていて、周りの山々に少し雲が付いているだけだ。だが、細かな雪が北風に乗ってやって来る。
北側の低い山には雲はない。雪は相当遠くから運ばれて来ているらしい。これで頭上に雲があったら、天気は雪、それも吹雪と判断していただろう。それだけの量がある。
昨日の診療には戸惑わされた。
このところガザの虐殺が続いていた為、興奮していたのか、とりあえず動く事は出来ていた。資金が潤沢にあれば東京に出掛け、デモに参加する事もあり得たと思う。だが、身体は重く、調子としてはそれ程良くなかったと判断出来る要素は沢山あった。
その事を伝えようとしたのだが上手く行かず、考え込んでしまっていた所に医師から質問があった。
「で、論調はどのようなものなのです?」
しどろもどろになってしまった。
つまりは診察の数分の間にまとめ切れるだけ、論調を理解していなかったと言う事だ。
先ず、マスコミの論調とBlogやメーリングリストなどWebでの論調の間にかなり開きがあると言う事から始めるべきだった。
マスコミの論調は今だ変わらず、発端はガザからのロケット弾攻撃に耐えかねてイスラエルが「戦争」に踏み切り、暴力の連鎖が続いている。そうしたものだ。
そして何故かいつも、パレスチナはテロリストであって、イスラエルは戦士なのだ。
この論調はそのままサイードが『イスラム報道』で明確に示した欧米の報道のされ方に当て嵌まる。ひとつの偏見と言っても構わない。
Webでの論調、主にアクティビストのそれは、過去60年間、一貫として続けられているのはイスラエルによるパレスチナへの一方的な、攻撃と(入植地を含めての)侵略。そのようにまとめる事が出来ると思う。
わたしの抱いている思いは後者に属する。偏向しているか?
少なくとも(読んだ量は当然の事ながらマスコミの方が遥かに多いのだが)日本のマスコミは殆ど欧米の報道機関からの翻訳に等しく、欧米のマスコミの論調には同意出来ない。
これ迄読んで来た数冊の本から得た、100年スパンの歴史や国家と国民との間にある無視する事の出来ないずれや矛盾についての論考を加味してもイスラエルを「中東唯一の民主国家」として認識する事は出来そうにない。そもそもユダヤ人とは何なのか?
やはり考えは方々に拡散して行ってしまう。
今回の出来事をただ単に「イスラエルのやり過ぎ」として捉えるならば、出来事はとりあえず終結している事になる。
だが、ガザが何故ロケット弾攻撃を止めないのか?という問いに真剣に答えるとしたら、陸地も海も国境は閉ざされ、生物として生きるだけの物資にも事欠く(仕事は勿論ない)現状、つまり人間として生きるに足る場を与えられず、ガザ全体が広いゲットーと化している現状から解きほぐして行かねば理解にはほど遠いのではないか?
それをしない答えは欧米のマスコミ論調に顕著に現れている。何故彼らはロケット弾攻撃を捨てないのか?それは彼らがテロリストであり、何故なら彼らはイスラムだからだ。そう言う事になってしまう。
これは人間を人間として理解する事ではない。わたしはそう判断する。
わたしのこの判断に決定的とも言える影響を与えた岡真理さんの講演の様子がYouTubeで配信されている。
リンクしておきたい。
岡真理さんの講演1
岡真理さんの講演2
岡真理さんの講演3
岡真理さんの講演4
岡真理さんの講演5
岡真理さんの講演6
岡真理さんの講演7
北側の低い山は、先程迄雪に霞む程度だったが、じわりじわりと雲に覆われ始めた。あの雲が頭上にやって来るのも時間の問題だ。
夜中、何度か風の音で目が醒める。結局3時頃起きてしまった。長野県の北部は雪に変わると天気予報では言ってたが、どうなったのだろう?とベランダに出る。風は音を立てて吹きすさんでおり、若干の雪も交じっていた。
気温の確認を怠っていた為、どの程度だったか分からないが、かなり寒かった。
そのような時は大人しく部屋に閉じ籠っているべきだった。少し風邪気味。身体が芯から寒い。禁断のインスタントラーメンに走る。
星空ではなかった。その事ははっきり覚えているのだが、降っていた雪は、頭上の雲からのものだったのだろうか?そんな疑問が明るくなってから芽生えた。
現在(13時30分程)頭上は良く晴れていて、周りの山々に少し雲が付いているだけだ。だが、細かな雪が北風に乗ってやって来る。
北側の低い山には雲はない。雪は相当遠くから運ばれて来ているらしい。これで頭上に雲があったら、天気は雪、それも吹雪と判断していただろう。それだけの量がある。
昨日の診療には戸惑わされた。
このところガザの虐殺が続いていた為、興奮していたのか、とりあえず動く事は出来ていた。資金が潤沢にあれば東京に出掛け、デモに参加する事もあり得たと思う。だが、身体は重く、調子としてはそれ程良くなかったと判断出来る要素は沢山あった。
その事を伝えようとしたのだが上手く行かず、考え込んでしまっていた所に医師から質問があった。
「で、論調はどのようなものなのです?」
しどろもどろになってしまった。
つまりは診察の数分の間にまとめ切れるだけ、論調を理解していなかったと言う事だ。
先ず、マスコミの論調とBlogやメーリングリストなどWebでの論調の間にかなり開きがあると言う事から始めるべきだった。
マスコミの論調は今だ変わらず、発端はガザからのロケット弾攻撃に耐えかねてイスラエルが「戦争」に踏み切り、暴力の連鎖が続いている。そうしたものだ。
そして何故かいつも、パレスチナはテロリストであって、イスラエルは戦士なのだ。
この論調はそのままサイードが『イスラム報道』で明確に示した欧米の報道のされ方に当て嵌まる。ひとつの偏見と言っても構わない。
Webでの論調、主にアクティビストのそれは、過去60年間、一貫として続けられているのはイスラエルによるパレスチナへの一方的な、攻撃と(入植地を含めての)侵略。そのようにまとめる事が出来ると思う。
わたしの抱いている思いは後者に属する。偏向しているか?
少なくとも(読んだ量は当然の事ながらマスコミの方が遥かに多いのだが)日本のマスコミは殆ど欧米の報道機関からの翻訳に等しく、欧米のマスコミの論調には同意出来ない。
これ迄読んで来た数冊の本から得た、100年スパンの歴史や国家と国民との間にある無視する事の出来ないずれや矛盾についての論考を加味してもイスラエルを「中東唯一の民主国家」として認識する事は出来そうにない。そもそもユダヤ人とは何なのか?
やはり考えは方々に拡散して行ってしまう。
今回の出来事をただ単に「イスラエルのやり過ぎ」として捉えるならば、出来事はとりあえず終結している事になる。
だが、ガザが何故ロケット弾攻撃を止めないのか?という問いに真剣に答えるとしたら、陸地も海も国境は閉ざされ、生物として生きるだけの物資にも事欠く(仕事は勿論ない)現状、つまり人間として生きるに足る場を与えられず、ガザ全体が広いゲットーと化している現状から解きほぐして行かねば理解にはほど遠いのではないか?
それをしない答えは欧米のマスコミ論調に顕著に現れている。何故彼らはロケット弾攻撃を捨てないのか?それは彼らがテロリストであり、何故なら彼らはイスラムだからだ。そう言う事になってしまう。
これは人間を人間として理解する事ではない。わたしはそう判断する。
わたしのこの判断に決定的とも言える影響を与えた岡真理さんの講演の様子がYouTubeで配信されている。
リンクしておきたい。
岡真理さんの講演1
岡真理さんの講演2
岡真理さんの講演3
岡真理さんの講演4
岡真理さんの講演5
岡真理さんの講演6
岡真理さんの講演7
北側の低い山は、先程迄雪に霞む程度だったが、じわりじわりと雲に覆われ始めた。あの雲が頭上にやって来るのも時間の問題だ。
20090131
Gaza
ひと月に3つ位は何かを書いておかねば。
このひと月余りはガザ虐殺に掛かり切りだった。主にmixi日記でそれを書いていた。その為Blogの方は手薄になってしまった。むしろBlogでそれをやるべきだったのではないか。そうも思う。しかし、最初にガザに触れたのがmixi日記だったので、そのままそちらの方で続ける事にした。
破壊と殺戮の22日間が一段落し、今は欧米を中心として「その後」を検討する段階に入っている。
このひと月余り見て来たものと、全く異なった空間で物事が進行しているような気がする。
あれ程多くの人々が抗議活動を展開したにも拘らず、イスラエルはやり過ぎだったが悪いのはハマス。そうした流れで話し合いが進んでいる。
アメリカ合州国はハマスをテロ組織として指定している。だから国際的な場にハマスを登場させない様に、慎重に物事が進められている。
しかし、ハマスは民主的な選挙によって選ばれたパレスチナの代表組織である事を忘れてはならない。
夥しいと言って構わないサイトを知る事が出来た。幾つかの本もまた。それがわたしにとってのこのひと月余りの収穫だったのかも知れない。今ここでガザ虐殺に付いて何かを論じようとすると、スペースが余りに少なすぎてまとめ切れない。…つまりはまだまだ不勉強ということか?
大寒に入ってからも暫くは、それに気が付かずに居た。
この異様な暖かさがひとつの原因だろう。
今日も雨。この季節の雨と言うのはどこか不自然で、どこか腰が据わらない所がある。その大寒もそろそろ終わろうとしている。積雪はない。ここ迄来れば、もうそれ程大した降雪はあるまい。ありがたいが、やはりどこか居心地が悪い。
このひと月余りはガザ虐殺に掛かり切りだった。主にmixi日記でそれを書いていた。その為Blogの方は手薄になってしまった。むしろBlogでそれをやるべきだったのではないか。そうも思う。しかし、最初にガザに触れたのがmixi日記だったので、そのままそちらの方で続ける事にした。
破壊と殺戮の22日間が一段落し、今は欧米を中心として「その後」を検討する段階に入っている。
このひと月余り見て来たものと、全く異なった空間で物事が進行しているような気がする。
あれ程多くの人々が抗議活動を展開したにも拘らず、イスラエルはやり過ぎだったが悪いのはハマス。そうした流れで話し合いが進んでいる。
アメリカ合州国はハマスをテロ組織として指定している。だから国際的な場にハマスを登場させない様に、慎重に物事が進められている。
しかし、ハマスは民主的な選挙によって選ばれたパレスチナの代表組織である事を忘れてはならない。
夥しいと言って構わないサイトを知る事が出来た。幾つかの本もまた。それがわたしにとってのこのひと月余りの収穫だったのかも知れない。今ここでガザ虐殺に付いて何かを論じようとすると、スペースが余りに少なすぎてまとめ切れない。…つまりはまだまだ不勉強ということか?
大寒に入ってからも暫くは、それに気が付かずに居た。
この異様な暖かさがひとつの原因だろう。
今日も雨。この季節の雨と言うのはどこか不自然で、どこか腰が据わらない所がある。その大寒もそろそろ終わろうとしている。積雪はない。ここ迄来れば、もうそれ程大した降雪はあるまい。ありがたいが、やはりどこか居心地が悪い。
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