20090216

再び冬へ

昨日迄の無闇矢鱈の暖かさから一転して冬に逆戻りした。

くもりのち晴れの予報だったが、朝から雪がちらつく。だが例の雪は降っていても空は晴れているパターン。このパターンがこの冬妙に目立つ。

15時頃には空も曇り、雪も本降りになる。だが、長続きせず暫く経つと晴れ間が覗いた。

昼は「それ程の寒さではないな…」と思っていたのだが、さすがに夕方から寒さを感じ始め、気象サイトを見ると16時以降は零下になっていた。

気温の変化は概ね単調減少と言った所。0時の5.3℃を最高に午前中は3℃を少し越える辺りをうろうろし、午後になってからじりじりと気温が下がっている。10時頃、一旦気温が上がり4.7℃を記録している。「それ程の…」と思ったのはこの辺りかも知れない。


暫くWinでものを書く事をしていなかったが、どうも辞書機能が壊れているらしい。そう言えば心当たりがない訳ではない。相当前からだ。治そうと思えば、システムの復元でどうにかなると思うのだが、それをする事によって失われる履歴の事などを考え、止める。さほど不自由はしていないからだ。…やはり拗ねたのか?


MacのFirefoxは、昨日迄閉じようとすると、設定を保存するか?と聞いて来て、Yesを選択すると履歴やログインの設定が閉じる前と同じ状態で始める事が出来ていた。さすがMac。と思っていたのだが、何故それが出来るのか良く分からないまま続けていた所、今日になって設定の保存を聞かなくなって来た。どの機能を使っていたのか良く分からない。
要するに普通の設定に戻ったと言う事なのだろうか?便利だったのに…。

これらはこのまま放置しておいても何ら不便を感じないが、この頃Bloggerが上手く繋がらない事がままある。その為に面倒になって幾つかエントリを中止してしまった。間が空いたのはそれが原因でもある。
Blogを表示した時も左上にある小さな画像がなかなか開かない。何回かリロードして漸く画像が出て来る。画像がないとこのBlogは味も素っ気もないものになる。

読者の皆様(いればの話だが)左上に絵が出る迄、何回かリロードを繰り返して下され。お願い申し上げる。

通信速度もやや落ちて来ているような気がする。何故だろう?別に配線などを変えたと言う訳でもないのに…。


雪は小降りのまま、降り続けている。ベランダには細かな雪が薄らと積もった。勿体ないのでベランダに出る事はせず、薄い積雪をそのままの状態で保存する事にした。美しい。

明日、最低気温は-6℃と予想されている。このまま気温が下がり続ければ、もっと低い気温が記録されるかも知れない。


わたしも機械も、やや調子が悪い。

20090201

強風

昨日の午前中、雨だったので躊躇っていたのだが、通院してしまって良かったと思っている。病院から帰って来たときは一時薄日も射したのだが、その直後から気温が下がり始め、激しい風が吹き始めた。雨も横殴りに降って来た。

夜中、何度か風の音で目が醒める。結局3時頃起きてしまった。長野県の北部は雪に変わると天気予報では言ってたが、どうなったのだろう?とベランダに出る。風は音を立てて吹きすさんでおり、若干の雪も交じっていた。

気温の確認を怠っていた為、どの程度だったか分からないが、かなり寒かった。

そのような時は大人しく部屋に閉じ籠っているべきだった。少し風邪気味。身体が芯から寒い。禁断のインスタントラーメンに走る。


星空ではなかった。その事ははっきり覚えているのだが、降っていた雪は、頭上の雲からのものだったのだろうか?そんな疑問が明るくなってから芽生えた。

現在(13時30分程)頭上は良く晴れていて、周りの山々に少し雲が付いているだけだ。だが、細かな雪が北風に乗ってやって来る。
北側の低い山には雲はない。雪は相当遠くから運ばれて来ているらしい。これで頭上に雲があったら、天気は雪、それも吹雪と判断していただろう。それだけの量がある。


昨日の診療には戸惑わされた。

このところガザの虐殺が続いていた為、興奮していたのか、とりあえず動く事は出来ていた。資金が潤沢にあれば東京に出掛け、デモに参加する事もあり得たと思う。だが、身体は重く、調子としてはそれ程良くなかったと判断出来る要素は沢山あった。

その事を伝えようとしたのだが上手く行かず、考え込んでしまっていた所に医師から質問があった。

「で、論調はどのようなものなのです?」

しどろもどろになってしまった。


つまりは診察の数分の間にまとめ切れるだけ、論調を理解していなかったと言う事だ。


先ず、マスコミの論調とBlogやメーリングリストなどWebでの論調の間にかなり開きがあると言う事から始めるべきだった。

マスコミの論調は今だ変わらず、発端はガザからのロケット弾攻撃に耐えかねてイスラエルが「戦争」に踏み切り、暴力の連鎖が続いている。そうしたものだ。

そして何故かいつも、パレスチナはテロリストであって、イスラエルは戦士なのだ。


この論調はそのままサイードが『イスラム報道』で明確に示した欧米の報道のされ方に当て嵌まる。ひとつの偏見と言っても構わない。


Webでの論調、主にアクティビストのそれは、過去60年間、一貫として続けられているのはイスラエルによるパレスチナへの一方的な、攻撃と(入植地を含めての)侵略。そのようにまとめる事が出来ると思う。

わたしの抱いている思いは後者に属する。偏向しているか?
少なくとも(読んだ量は当然の事ながらマスコミの方が遥かに多いのだが)日本のマスコミは殆ど欧米の報道機関からの翻訳に等しく、欧米のマスコミの論調には同意出来ない。

これ迄読んで来た数冊の本から得た、100年スパンの歴史や国家と国民との間にある無視する事の出来ないずれや矛盾についての論考を加味してもイスラエルを「中東唯一の民主国家」として認識する事は出来そうにない。そもそもユダヤ人とは何なのか?


やはり考えは方々に拡散して行ってしまう。


今回の出来事をただ単に「イスラエルのやり過ぎ」として捉えるならば、出来事はとりあえず終結している事になる。
だが、ガザが何故ロケット弾攻撃を止めないのか?という問いに真剣に答えるとしたら、陸地も海も国境は閉ざされ、生物として生きるだけの物資にも事欠く(仕事は勿論ない)現状、つまり人間として生きるに足る場を与えられず、ガザ全体が広いゲットーと化している現状から解きほぐして行かねば理解にはほど遠いのではないか?

それをしない答えは欧米のマスコミ論調に顕著に現れている。何故彼らはロケット弾攻撃を捨てないのか?それは彼らがテロリストであり、何故なら彼らはイスラムだからだ。そう言う事になってしまう。
これは人間を人間として理解する事ではない。わたしはそう判断する。

わたしのこの判断に決定的とも言える影響を与えた岡真理さんの講演の様子がYouTubeで配信されている。

リンクしておきたい。

岡真理さんの講演1

岡真理さんの講演2

岡真理さんの講演3

岡真理さんの講演4

岡真理さんの講演5

岡真理さんの講演6

岡真理さんの講演7


北側の低い山は、先程迄雪に霞む程度だったが、じわりじわりと雲に覆われ始めた。あの雲が頭上にやって来るのも時間の問題だ。

20090131

Gaza

ひと月に3つ位は何かを書いておかねば。

このひと月余りはガザ虐殺に掛かり切りだった。主にmixi日記でそれを書いていた。その為Blogの方は手薄になってしまった。むしろBlogでそれをやるべきだったのではないか。そうも思う。しかし、最初にガザに触れたのがmixi日記だったので、そのままそちらの方で続ける事にした。

破壊と殺戮の22日間が一段落し、今は欧米を中心として「その後」を検討する段階に入っている。

このひと月余り見て来たものと、全く異なった空間で物事が進行しているような気がする。

あれ程多くの人々が抗議活動を展開したにも拘らず、イスラエルはやり過ぎだったが悪いのはハマス。そうした流れで話し合いが進んでいる。


アメリカ合州国はハマスをテロ組織として指定している。だから国際的な場にハマスを登場させない様に、慎重に物事が進められている。
しかし、ハマスは民主的な選挙によって選ばれたパレスチナの代表組織である事を忘れてはならない。


夥しいと言って構わないサイトを知る事が出来た。幾つかの本もまた。それがわたしにとってのこのひと月余りの収穫だったのかも知れない。今ここでガザ虐殺に付いて何かを論じようとすると、スペースが余りに少なすぎてまとめ切れない。…つまりはまだまだ不勉強ということか?


大寒に入ってからも暫くは、それに気が付かずに居た。
この異様な暖かさがひとつの原因だろう。
今日も雨。この季節の雨と言うのはどこか不自然で、どこか腰が据わらない所がある。その大寒もそろそろ終わろうとしている。積雪はない。ここ迄来れば、もうそれ程大した降雪はあるまい。ありがたいが、やはりどこか居心地が悪い。

20090117

14年

またこの日がやって来た。

忘れてはならない日は幾らでもあるが、忘れられない日はそう沢山あるものではない。

1月17日5時46分。この日時をわたしは一生忘れないに違いない。阪神・淡路大震災から、今日で14年になる。

14年前のこの日に何があったか、わたしはそれを繰り返し書いて来たような気がする。もう語る事もなくなってしまっている自分に気が付いた。

わたしの中でも阪神・淡路大震災は「風化」し始めたのだろうか。

ヒロシマ・ナガサキが一年のうち一日だけ考えれば良い問題でないのと同じ様に、自然災害も祈念日に一日だけ考えて済む問題ではない。実際にそれを職業にしている方々も沢山居る。毎日考えているのだろう。

何故だろうか?わたしはあの日を境にして純粋な理科系の仕事に勤しむ事を止めてしまったような所がある。様々な問題が横断的に存在している。

その選択は失敗だったのかも知れない。だが、地質災害に対する姿勢はあれからがらりと変わった。まさに人生を変えた瞬間だったと思う。

あの選択が失敗だったとしても、その失敗がなかったら今のわたし、人間関係を含めた今あるこのわたしは存在しなかっただろう。その意味では悔いはない。


神戸新聞の取り組みは、今年もやはり各新聞社の中で突出している。ここでも高齢被災者の孤独死と同時に、震災の記憶の風化が取り上げられている。

あの震災は何を奪ったのか?
あの震災は何をもたらしたのか?

祈念式典で語られたこの言葉が印象的だった。

20090114

積雪

昨年最後のエントリで書いた事は殆ど外れた。

雪はさほどのものとならず、ドイツ語の基礎も固める事は出来なかった。これと言うのも全く正月気分と言うものを経験せずに2009年を迎えてしまったからなのだ。全てイスラエルが起こしたガザの大虐殺のせいだとわたしは思っているのだが、雪の責任迄イスラエルに負わせるのは、ちと無理があるか?

雑誌『オルタ』のバックナンバーを注文した。それが何故か年間購読として登録されていたらしく、昨日、その旨のメールが届いた。これでは金が掛かるだけでなく目的の記事を読む事が出来ない。急いで年間購読ではなく、バックナンバーの注文であると言うメールを送り返した。

本当は1冊しか注文していなかったのだが、その次の号も欲しくなっていたので、2册注文していた事にしてしまった。この嘘はばればれだろうが向こうも損する事ではないのでとりあえず2冊注文した事になり(なったのか?本当に。やや疑問の残る返信メールだったぞ)前金として金を振り込め。と書かれた更なる返信メールが届いたのが14時45分頃。
雪が降っていたが、このような時のわたしの行動は早い。15時には郵便局を出ていた。ちらちらと雪が身体に降り掛かる。

この程度の雪ならば今年に入ってしばしばあった。いずれもさほどの積雪とはならなかった。むしろ風情がある。だが帰って来た直後から、雪が急に本降りになって来た。30分くらいの間に3cm程積もった。

素早い行動は得意ではないのだが、あの時迷わずに出掛けて良かったと胸を撫で下ろした。本降りと言うより凄い降り方だ。

暫く経つと雪は勢いをいよいよ増して、間断なく降り続いた。

結局20cm程も積もっただろうか(公式記録は15cmだった)。湿った重そうな雪で、しっかりと樹木や電線にも付着していた。

15cmや20cmほどの雪でおどおどしているのだから、やはり今年は雪が少ないのだと思う。天気予報を信用するならば明日は久し振りに気温も上昇し、零下の世界から抜け出すことが出来そうだ。

パチンコ屋の駐車場に車が停まり、ドアをばたんと閉めた途端、その電線の雪がどさっと落ち、丁度真下を歩いていた人の頭に当たったのか、悲鳴が聞こえて来た。その時はベランダに居ながら思わず笑ってしまった。悪い事をした。済まん!
しかし、ドアを閉めた車はかなり遠い所にあったのだ。あの振動で電線の雪が一気に落ちるとは…!

現在は丁度日付が変わった時間。雪はまだ、かなり降っているが一時の勢いはなく、雪の向こう側に月が見える。山は越えたと考えて良さそうだ。

20081231

大晦日の雪

昨夜降り始めた雨は日付が変わる頃雪に変わった。最初はちらほらと、そして2時頃からは本降りの雪。
これで2年連続の積雪の中の正月となるかも知れない。

自分で正月と書いておきながら…なのだが、世の中はクリスマスに次いで、今度は新年に向かって一斉に動いている。この一斉に…と言う奴にわたしはどうも乗り遅れるようだ。付いて行けない。

独り暮らしの時代はとうの昔に終わっており、次第に慣れて行くものと鷹揚に構えていたのだが、年を取るという感覚はむしろ歳とともに薄れて行く。

独り暮らしならばある程度すんなりと、そのまま過ごせていたのだろうが、この事が至る所で様々な形での摩擦を引き起こす原因になっている。鷹揚には構えていられなくなって来た。世の中なかなか面倒なものだ。

面倒だから面白いのだと、開き直って、この未曾有の不況の中で面白く生きて行く手立てを考えねばならないのだろう。


大陸から、季節風の吹き出しによる筋状の雲が押し寄せて来た。
西から回り込む様にやって来ている。この雪はその為西日本を含む広い範囲で積雪をもたらす可能性が高いと言う。

確かに、最初の筋状の雲が到達する頃雪に変わり、その雲が細い筋になったものが到達するや否や雪は本降りとなった。この当然過ぎるシンクロに、少しだけわたしの心は踊る。

この正月はドイツ語の基礎を固めるつもりでいる。
文法書と古典を読むつもり。


中東ではイスラエルによるガザ侵攻が本格的な戦争状態へと変わりつつある。少なくともイスラエルはそのつもりらしい。

このような状況に対し、語学の勉強、それもドイツ語やフランス語の勉強や、古典の読書は、古くて新しい問いかけの通りあまりに無力で無能だ。

どうせわたしと言う人間そのものが無力で無能なのだと、ここでも開き直って腰を据えてみるが、据えた筈の腰はすぐにそわそわし始め、これまたこの時期何やってんの?と思いたくなるような日本の報道にじりじりとした思いを抱く。

結局(様々な問題はあるにしても)有効な情報はまた、Webに頼らざるを得ない事となった。
メーリングリストやBlogなどを通してガザから伝えられて来る声は細いが、如何なる報道より力を持っている。

21世紀のピカソはガザで『ゲルニカ』を描かないのか?


雪が一旦消えた頃、ベランダの手すりに付いた汚れにびっくりした。

このところ、雪は最初から汚れて降って来るものになってしまったようだ。


新年への流れに乗り遅れつつ、わたしは雪を見て、語学を勉強しながらガザから送られて来る。そしてすぐに断ち消えてしまいがちな声に耳を澄ませる。

20081226

終日の雪

このところ、いつ雪が降り始めてもおかしくない天候だった。

昨夜降り始めた雨は23時頃から雪に変わり、気温も下がり続けた。今日の日付になってから、気温は零下を保ったままだ15時の気温は-1.4℃。これをピークにしてまた気温が下がり始めたので今日は一日中零下のまま終わるのだろうと判断出来る。0時に観測された0.3℃が本日の最高気温と言う事になるのだろう。

当然の様に今朝は雪掻きの音で目が醒めた。

4、5cmは積もっただろうか。

吹雪だった22日のような結晶がはっきりと見える程大きな雪ではなく、小さな結晶が集まった乾いた雪だった。こうした雪はすぐに積もる。
日中、薄日が射す時があったが、雪は相変わらず舞い続け、夜を迎えようとしている。

ここは東京のような交通網が発達した大都会ではない。交通機関に、そう大きな混乱はないだろう。大雪注意報が出ていたが、それ程の大雪とは思えない。ただ感覚がこちらの天候に慣れて来ただけなのかも知れないが、時々見えた山々の雪も思いのほか深くはなさそうだった。やはり雪は少ないと感じる。

普段は山々に見られる雪線が次第に降りて来て、里に雪が積もる。それが今年はかなり高い所に雪線が現れ、すぐ里に雪が付いた。

北信濃の盆地部ではホワイトクリスマスはまず見られない。だが、クリスマス明けには積雪が見られる事が多い。全く困った場所だ。今年は暖かく、雪も殆ど見られなかったので普段の年より積雪が遅くなると思っていたのだが、やっつけ仕事でもしているのだろう。積雪の時期だけ普段通りになった。見事な日程調節だ。

この程度の雪ならば、むしろ風情を感じる。

だが、駐車場や道路の各所に、掻き集められた雪の山が出来た。この山はここ暫くは解けそうにない。この山から寒さがほとばしり出ている。

こうした雪の山が、夏にあったらどれだけ涼しくなるだろうといつも思うのだが、世の中そう思い通りに出来ていない。やはり雪の山は冬にしか出来ない。

17時、遂に気温は-3.5℃となる。もうダメだ。