あまりの不勉強さに脱力し、再起を誓う。
どうも毎日の更新は難しい。
工事の音がまともな仕事の邪魔をする。
雪が降っていた頃から、鬱状態が悪化した。幻覚まで見える始末だ。あー、春なのだなー…と、外の風景とまるでそぐわない実感を覚える。
今回の鬱状態は、鬱状態だけなのだろうか?
このようなときには語学にいそしむ事が、最も簡便な対抗手段となる。
再起を誓った途端ゲーテの『Faust(ファウストI/II)』と『Die Leiden des jungen Werther(若きウェルテルの悩み)』のが届いた。そう言えば医者から勧められていたのだった。随分高いハードルを設けてくれる医者だと思う。
レクラム文庫はさすがに安く、この3冊の総額で講談社文芸文庫の『ファウスト 上』1冊が買える。ユーロは依然高い筈だ。日本の文庫もレクラム文庫の様な質素な装丁でよいと思う。高過ぎる。
いきなり『Faust』はさすがに怖かったので、『Die Leiden des jungen Werther』から取りかかる。…で、いきなり挫折する。ドイツ語を読む10倍以上の時間を辞書と過ごしている。やはり、出て来る単語の殆どに対して、片端から辞書を必要とする実力は殆ど変わっていなかったようだ。にもかかわらず、わたしは横になって本を読もうとする。ドイツ語の本でそれは殆ど不可能だ。日本語の本であっても文庫本の様な小さな活字になると、近眼+老眼のわたしには困難だと自分でも分かっているのだ。
机の前に戻る。
東京で30年間暮らしていた割には、そして曲がりなりにもドイツ語を学んだ事がある割には、わたしが持っているレクラム文庫は10数冊しかない。これはあまりに少ないと言える。
そのあまりに少ないドイツ語の本にとりあえず眼を通した事があるにもかかわらず、わたしのドイツ語のレベルはあまりに低い。
いつまで経っても、持っているレクラム文庫は新鮮で、読んだという気がしない。
ただ抱えてうろうろするだけだ。
これはドイツ語に留まらず、他の全ての外国語すべてがそうなのだ。
せめて英語だけでも自由に扱えるならば…と思うことも多々あるが、そうでないのだからどうしようもない。
辞書は手放せない。
加えて原書というものには注釈がない。翻訳を読んでいて、いちいちこんな事注釈してくれなくても…と何度思ったか分からないが、いざ注釈無しで本を読もうとすると難渋する。そもそも18世紀のドイツの文化事情にわたしが詳しい訳がない。ドイツ語を日本語に置き換えてみて…さて、これで何が読めているのか?夥しい不安が押し寄せてくる。
画家一人の名前を訳しても、その画家が何者なのか良く分からないのだ。訳しているという実感は全くない。
…遂に禁じ手を使ってしまった。本棚から翻訳されたものを取り出して来て、同時に読むことにする。
母国語というものはこれ程までに読みやすいものなのか!と感動すら覚えてしまう。この言葉はこのように訳すのか!といった驚きは多い。
翻訳家の皆様も大変な努力をされている。そのことは、原語で本を読む度に思い知らされる。新しい目を開かされる思いだ。
のろのろとレクラム文庫を訳し、何が書いてあるのかいまひとつ分からず、日本語訳を読む。成る程、こう訳すのか。と自分の訳の拙さと、間違いに何箇所も気付かされ、はっと気が付くとドイツ語を訳した部分を遥かに通り越した先まで日本語訳で読んでしまい。舌打ちしてドイツ語に戻ってゆく。いつの間にか身体は布団の中に逆戻りしている。
ご丁寧にもレクラム文庫も連れてきているが、読めるわけがない。
成る程、レクラム文庫がいつまでも新鮮である訳が分かった。読んでいないのだ。ドイツ語を読む振りをして、いつも日本語訳を読んでいた。しかも注釈付きで…
これでは語学の勉強にならない。
勢い余って小説を最初から暗記する事を試みる。外の騒音に対抗して音読し、出来る限り音で覚えようと、今回は考えた。
ドイツ語の音読は大変な体力を消耗する。rやchの発音に、余計な呼気を要しているのだと思う。以前は簡単に出来た巻き舌が思うようにならず、3時間くらいrの発音だけの練習にいそしむ。
何しろドイツ人は幼少の頃からドイツ語を喋っているのだ。そんなに簡単に身に付くとは思えない。
出来るだけ余計な息を吐かないように気をつけているのだが、気が付くとお前はアドルフ・ヒトラーか?と妙な不安に駆られる程、力んで発音している。
ドイツ語に戻るともう読めなくなっている。
中学生の時、ミニヨンの一節を暗記した記憶があるのだが、これ程苦労しただろうか?
若さという宝物はわたしにはもう無い。諦めて、固くなった頭に文章を叩き込むしかない。
あの頃に比べて、学習環境は遥かに良くなったと思う。
大抵の参考書にはCDが付いているし、Webで、生のドイツ語に簡単に触れることが可能になった。
参考書も簡単になったと思う。
最近、井手賁夫さんの『初めて学ぶ人のドイツ語』という参考書を入手したのだが、練習問題の最初から日本語独訳の問題がある。要求している水準が非常に高い。
と、言うより、やはり学ぶ側の水準が落ちたのだろう。
この参考書は主に文法書なのだが、会話も相当意識していて、発音のコツが丁寧に示されている。そこここにドイツ語に対する愛情すら感じてしまう書き方がされている。好きな参考書だ。
この参考書にはドイツ語の筆記体やヒゲ文字の一覧も付いている。新しい参考書にはこれが省略されているものが多い。様々な局面で、これは意外と役に立つ。更に筆記体。この一覧はドイツ語の筆記体に苦しんできたわたしにはどれほど嬉しい事か。…とは言え筆記体は個人差が大きく、やはり苦しみ続けるのだろうが。
この一覧が最も好きなところかも知れない。
話が少し逸れた。逸れている間に、またドイツ語の最初の文章を忘れた。
忘れたばかりではなく、rの発音に拘泥していたらwの発音が怪しくなっていた。
--
ここまで書いて放置していたのだが、もう3月に突入した。
あまりに入り口でうろついてばかりいてもどうしようもなかろうと、本文の訳を進めていたのだが、意味が分かるのと日本語に訳すのとは大違いで、まだ4ページほどしか訳せていない。
年甲斐もなく泣きたくなる。
20080220
20080219
じわじわと恥をかく
このBlogは日記であって、毎日書こうと思っている。そう書いても信じてくれる人はもうひとりも居ないに違いない。
だが書き続けよう。恥を…
題名を付けたときから、どこかしら不安な気持ちを持っていた。
面白い言い回しをするなぁ…と思って付けた先週のエントリ。どうも居心地が悪かった。"Die Liebe geht durch den Magen."これを直訳すると「愛は胃袋を通ってゆく」になる。
これが何故?と思いつつも感傷的な気分というものは恐ろしいもので、丁寧に調べる事もせず題名に据えた。
居心地の悪さは日増しに大きくなり、不安に転じた。「これって…実は料理上手は好かれる」という意味なのではないだろうか?
…その通りだったようだ。
文章とは全く違った題名を付けてしまった…!
そう思っても後の祭り…という訳でもないが、このままにしておこうと思う。
この1週間、じわじわと赤っ恥をかき続けた。
ネットでは抱き合う事も殴り合う事も出来ない。そう言ったのはわたしの友人だが、発信し続ける事で、袋叩きに遭ったり恥をかいたりといった、実感を伴う体験が出来る。
などと…要はわたしが不勉強だっただけだ。…いやー、勉強になりました。
本棚を見ていて、この歳になっても楽しみで本を読んでいられる生き方ってのは、結構幸せなのではないかと考えた。
実は、そろそろ自分の頭に見合ったものを読む様にしてゆかねば…とも考えていたのだが、「勉強するという事は幹や枝葉を伸ばす事ではない、謂わば根を広げてゆく事だ」という文章に出会ってなるほどなぁ…と思わされた。その通りだと思う。
逆に言えば背伸びしている間は勉強しているうちに入らないのだろう。
勉強しなければ…
だが書き続けよう。恥を…
題名を付けたときから、どこかしら不安な気持ちを持っていた。
面白い言い回しをするなぁ…と思って付けた先週のエントリ。どうも居心地が悪かった。"Die Liebe geht durch den Magen."これを直訳すると「愛は胃袋を通ってゆく」になる。
これが何故?と思いつつも感傷的な気分というものは恐ろしいもので、丁寧に調べる事もせず題名に据えた。
居心地の悪さは日増しに大きくなり、不安に転じた。「これって…実は料理上手は好かれる」という意味なのではないだろうか?
…その通りだったようだ。
文章とは全く違った題名を付けてしまった…!
そう思っても後の祭り…という訳でもないが、このままにしておこうと思う。
この1週間、じわじわと赤っ恥をかき続けた。
ネットでは抱き合う事も殴り合う事も出来ない。そう言ったのはわたしの友人だが、発信し続ける事で、袋叩きに遭ったり恥をかいたりといった、実感を伴う体験が出来る。
などと…要はわたしが不勉強だっただけだ。…いやー、勉強になりました。
本棚を見ていて、この歳になっても楽しみで本を読んでいられる生き方ってのは、結構幸せなのではないかと考えた。
実は、そろそろ自分の頭に見合ったものを読む様にしてゆかねば…とも考えていたのだが、「勉強するという事は幹や枝葉を伸ばす事ではない、謂わば根を広げてゆく事だ」という文章に出会ってなるほどなぁ…と思わされた。その通りだと思う。
逆に言えば背伸びしている間は勉強しているうちに入らないのだろう。
勉強しなければ…
20080212
Die Liebe geht durch den Magen.
今日(12日)は天候が目まぐるしく変わった。窓から外を見るたびに違う天候だったような気がする。雪と曇りの境界部に位置していたのだろう。少し前は吹雪だった。窓ガラスがガタガタと音を立てた。
長い文章を読んでいたこともあって、またBlogの更新が途絶えた。
途絶えている間、何人かの人と再会することを熱烈に願った。
Blogのレイアウトも少し変えた。
なかなか似つかわしい画が見付からず、パウル・クレーの『別れ』を置いたが、尚のことBlogは寂しい感じになってしまった。
これが、今のわたしそのものなのかも知れない。
わたしが必要としているのは「別れ」なのだろうか?
その人たちとは過去のある時期に強く交わったのだが、今では行方も分からない。
このところ、無性にその人たちに会いたいと願うようになった。
読んでいた長編小説の中に、それらの人びとを見出してしまっていたのかも知れない。
その人たちが今、どうしているかを知りたいと激しく願っていた。今、どうやって生きているのか?と。
だが、実のところどうなのだろう?わたしが会いたがっていたその人たちとは、かつての「あの日の」その人だったのではないだろうか。今はそう思えるようになってきている。
実際に会ったところで、何をしたら良いと言うのだろう?
十代の終わりに、全てを断ち切るようにして、この地を離れた。
わたしはあの時、それらの人々との関係をもまた断ち切って生きてきたのだ。
結局は「あの日」に、わたしは戻りたがっているだけなのかも知れない。いや、多分そうなのだろう。
感傷だ。
ここに帰って来て何年になるのだろうか?最初の頃、わたしは過去の人間関係を復元する事から、この地に根付く切っ掛けを得ようとしていた。焦りも、確かにあったと思う。全て失敗に終わったとしか考えられない。
新しい関係をひとつひとつ作り上げてゆかねばならないのだろう。「あの時」と今を結び付けようとしても一切は無駄な足掻きだ。
雪は降り続いているが、もう、窓ガラスは音を立てるのをやめた。
独り立ち、しなければ…頭をかきながらそう思う。ちっとも独り立ちできていない。
人生は一度きり。
ならば今を生き切るしかないではないか。
わたしが今を生きる生き方をする事が出来始めたら、いつの日か、彼らとも会えるかも知れない。…だが、本当に生きているのかなぁ。彼らは。
-
島へ
見知らぬ人よ
あなたはどこにいるのですか?
めぐり合いを信じていますか?
ガラスの廻転扉を一つ回ったらあなたの胸にぶつかるでしょうか?
都会の海に漂い島を探し続けています。
さすらう人よ
あなたは歩き続けますか?
つなぐ掌と掌求めていますか?
心の水平線さえいつか見つけたら
あなたと私出会えるでしょうか?
結ばれ睡る緑の島を探し続けています。
曲・武満徹
長い文章を読んでいたこともあって、またBlogの更新が途絶えた。
途絶えている間、何人かの人と再会することを熱烈に願った。
Blogのレイアウトも少し変えた。
なかなか似つかわしい画が見付からず、パウル・クレーの『別れ』を置いたが、尚のことBlogは寂しい感じになってしまった。
これが、今のわたしそのものなのかも知れない。
わたしが必要としているのは「別れ」なのだろうか?
その人たちとは過去のある時期に強く交わったのだが、今では行方も分からない。
このところ、無性にその人たちに会いたいと願うようになった。
読んでいた長編小説の中に、それらの人びとを見出してしまっていたのかも知れない。
その人たちが今、どうしているかを知りたいと激しく願っていた。今、どうやって生きているのか?と。
だが、実のところどうなのだろう?わたしが会いたがっていたその人たちとは、かつての「あの日の」その人だったのではないだろうか。今はそう思えるようになってきている。
実際に会ったところで、何をしたら良いと言うのだろう?
十代の終わりに、全てを断ち切るようにして、この地を離れた。
わたしはあの時、それらの人々との関係をもまた断ち切って生きてきたのだ。
結局は「あの日」に、わたしは戻りたがっているだけなのかも知れない。いや、多分そうなのだろう。
感傷だ。
ここに帰って来て何年になるのだろうか?最初の頃、わたしは過去の人間関係を復元する事から、この地に根付く切っ掛けを得ようとしていた。焦りも、確かにあったと思う。全て失敗に終わったとしか考えられない。
新しい関係をひとつひとつ作り上げてゆかねばならないのだろう。「あの時」と今を結び付けようとしても一切は無駄な足掻きだ。
雪は降り続いているが、もう、窓ガラスは音を立てるのをやめた。
独り立ち、しなければ…頭をかきながらそう思う。ちっとも独り立ちできていない。
人生は一度きり。
ならば今を生き切るしかないではないか。
わたしが今を生きる生き方をする事が出来始めたら、いつの日か、彼らとも会えるかも知れない。…だが、本当に生きているのかなぁ。彼らは。
-
島へ
見知らぬ人よ
あなたはどこにいるのですか?
めぐり合いを信じていますか?
ガラスの廻転扉を一つ回ったらあなたの胸にぶつかるでしょうか?
都会の海に漂い島を探し続けています。
さすらう人よ
あなたは歩き続けますか?
つなぐ掌と掌求めていますか?
心の水平線さえいつか見つけたら
あなたと私出会えるでしょうか?
結ばれ睡る緑の島を探し続けています。
曲・武満徹
20080128
28日になってしまった!
うかうかと生きているうちに前回の更新から2週間が過ぎてしまった。今回は何もしなかった訳ではなく、何やかやといろいろな事があったのだが…どうだろう?自分で何をしたかと問うと、心許なくなる。
13年目を迎える阪神・淡路大震災の日があり、今年も引き寄せられるように関連記事や、過去のデータをひっくり返して様々なことを考えてしまった。
阪神・淡路大震災辺りから、「忘れられない日」「忘れてはならない日」が多くなった。とは言え、防災や減災に奔走していると言う訳ではない。
専門家の皆様の姿勢に、どうしても納得がゆかないのだ。わたしもそうであったのかも知れないが、ただ単に災害を食い物にしている方々も、想像以上に多い。
この事に思い巡らすようになったのが、阪神・淡路大震災だったと、個人的には思っている。わたしの目にようやく被災者の姿が具体的に映り始めた。
それまでは災害と被災地はあっても、被災者の姿を見ようとしていなかったと感じる。例え、被災者の方々と対話する機会はあっても、被災者を知ることは少なかった。
今年は神戸新聞社が出しているCD-ROM、『“最初の一週間”<阪神・淡路大震災>』を購入し、17日からの1週間を追体験した。
神戸新聞社は社屋が震災によって倒潰し、最初の一週間、新聞を殆ど出す事が出来なかった。その為に神戸新聞社のサイトを探しても、震災直後の記事を探し出す事は出来ない。
この事情は他の地元報道機関も同様であり、謂わば「失われた一週間」だった。
このような追体験をしていた為、1月17日前後、わたしは13年前に遡って存在していたに等しい。自分の記憶の生々しさと、しばしば闘わなければならなかった。
その後、今度は全く個人的な事情でBlogどころではなくなっていた。
半年ほど前の健康診断で肺のX線写真に陰が映り、再検査が必要とされていた。一度再検査をしたのだが、「腫瘍が疑われる組織なし」の判定に浮かれてしまい、翌月予定されていた(らしい)追跡検査を受けないまま、放置していた。
病院から電話が掛かってきた。
半ば楽しみながらではあったが、不安がなかったと言ったら嘘になる。検査日が近付くにつれてそわそわし出し、あわよくば回避できないものかと画策したりもした。
病院の、あの「治療的雰囲気」のようなものが未だに不得意なのだ。圧倒され疲れ果てる。
それでも自分の身体の中味がわかるCTスキャン写真には大いに興味があり、出来れば譲って貰いたいくらいだった。その為には結構なお金が掛かる。我が家に無駄遣いする余裕は全くない。不承不承諦めざるを得なかった。
結果は前回から変化がなく、少なくとも悪性の腫瘍と疑われるものは無いと判断出来るそうだ。今回は浮かれる事無く、事後の注意事項もきちんと聞いた。念の為、7月にもう一度検査をするとの事。
面倒なので断ったのだが、聞き入れて貰えなかった。
X線写真に映った陰は、かつての病巣の跡らしい。
あの時、わたしは本当に癌だったのだなぁ…と夢のように思う。
何もしなくても、また、あれこれあってもわたしのBlogは途絶える。
ただ、わたしという人間のだらしなさに呆れるばかりだ。
13年目を迎える阪神・淡路大震災の日があり、今年も引き寄せられるように関連記事や、過去のデータをひっくり返して様々なことを考えてしまった。
阪神・淡路大震災辺りから、「忘れられない日」「忘れてはならない日」が多くなった。とは言え、防災や減災に奔走していると言う訳ではない。
専門家の皆様の姿勢に、どうしても納得がゆかないのだ。わたしもそうであったのかも知れないが、ただ単に災害を食い物にしている方々も、想像以上に多い。
この事に思い巡らすようになったのが、阪神・淡路大震災だったと、個人的には思っている。わたしの目にようやく被災者の姿が具体的に映り始めた。
それまでは災害と被災地はあっても、被災者の姿を見ようとしていなかったと感じる。例え、被災者の方々と対話する機会はあっても、被災者を知ることは少なかった。
今年は神戸新聞社が出しているCD-ROM、『“最初の一週間”<阪神・淡路大震災>』を購入し、17日からの1週間を追体験した。
神戸新聞社は社屋が震災によって倒潰し、最初の一週間、新聞を殆ど出す事が出来なかった。その為に神戸新聞社のサイトを探しても、震災直後の記事を探し出す事は出来ない。
この事情は他の地元報道機関も同様であり、謂わば「失われた一週間」だった。
このような追体験をしていた為、1月17日前後、わたしは13年前に遡って存在していたに等しい。自分の記憶の生々しさと、しばしば闘わなければならなかった。
その後、今度は全く個人的な事情でBlogどころではなくなっていた。
半年ほど前の健康診断で肺のX線写真に陰が映り、再検査が必要とされていた。一度再検査をしたのだが、「腫瘍が疑われる組織なし」の判定に浮かれてしまい、翌月予定されていた(らしい)追跡検査を受けないまま、放置していた。
病院から電話が掛かってきた。
半ば楽しみながらではあったが、不安がなかったと言ったら嘘になる。検査日が近付くにつれてそわそわし出し、あわよくば回避できないものかと画策したりもした。
病院の、あの「治療的雰囲気」のようなものが未だに不得意なのだ。圧倒され疲れ果てる。
それでも自分の身体の中味がわかるCTスキャン写真には大いに興味があり、出来れば譲って貰いたいくらいだった。その為には結構なお金が掛かる。我が家に無駄遣いする余裕は全くない。不承不承諦めざるを得なかった。
結果は前回から変化がなく、少なくとも悪性の腫瘍と疑われるものは無いと判断出来るそうだ。今回は浮かれる事無く、事後の注意事項もきちんと聞いた。念の為、7月にもう一度検査をするとの事。
面倒なので断ったのだが、聞き入れて貰えなかった。
X線写真に映った陰は、かつての病巣の跡らしい。
あの時、わたしは本当に癌だったのだなぁ…と夢のように思う。
何もしなくても、また、あれこれあってもわたしのBlogは途絶える。
ただ、わたしという人間のだらしなさに呆れるばかりだ。
20080115
『王歌』が来る
今日の一日は昨日程寒くはなく、体調も少し戻って来たのでほっとしている。
今朝7時、Webの気象サイトには-4.9℃という数値が記されていた。一体何度迄下がったのだろうか?
若い時代には冬が好きで、寒さには滅法強かった。それが一体何だ?この体たらくは!(殆ど年寄りの冷や水状態である)と、昼間散歩に出掛ける。陽の光が程よく辺りを照らし、確かに昨日より暖かく感じた。だが寒い。
ほんの少し風が出て来たのに耐えられずとっとと退散した。
退散しつつ道路脇の樹木を見ると、木の芽はほんの少しずつだが成長して来ている。きちんと春の準備をしている。
寒さから近くのラーメン屋に強く惹かれるがお金がない。また、ラーメン程誰かが食べているのを見ると美味しそうに見えて、自分で食べるとそれほどでもないという食べ物も少ないと、いつも感じている。割と簡単に誘惑を断ち切る事が出来た。
階段を登りかけた所で何か郵便物はないかと思い付き、建物の裏側にある郵便受けを見に行く。幾つかの(女房殿宛の)郵便物を押しのける様に本が1册届いていた。今迄寒さに震えていた身体に血が通うのを感じた。
探し始めて何ヶ月経ったのだろう?ひょっとすると年の単位かも知れない。
小川国夫の『王歌』が届いていた。
部屋に入り、早速読み始める。贅肉をとことん迄削ぎ落とした小川国夫の文体がそこにあった。
--
わたしとしては散歩に出掛けた事は快挙だったのだが、その日、山麓に住む方が(その方が『王歌』を教えて下さったのだが)-12℃程の夜明けから-3℃程の夕方迄の一日の移ろいをBlogで伝えて下さった。この寒さの中で、外に出て写真を撮っていらっしゃった。わたしには殆ど超人の行為としか思えない。
今朝7時、Webの気象サイトには-4.9℃という数値が記されていた。一体何度迄下がったのだろうか?
若い時代には冬が好きで、寒さには滅法強かった。それが一体何だ?この体たらくは!(殆ど年寄りの冷や水状態である)と、昼間散歩に出掛ける。陽の光が程よく辺りを照らし、確かに昨日より暖かく感じた。だが寒い。
ほんの少し風が出て来たのに耐えられずとっとと退散した。
退散しつつ道路脇の樹木を見ると、木の芽はほんの少しずつだが成長して来ている。きちんと春の準備をしている。
寒さから近くのラーメン屋に強く惹かれるがお金がない。また、ラーメン程誰かが食べているのを見ると美味しそうに見えて、自分で食べるとそれほどでもないという食べ物も少ないと、いつも感じている。割と簡単に誘惑を断ち切る事が出来た。
階段を登りかけた所で何か郵便物はないかと思い付き、建物の裏側にある郵便受けを見に行く。幾つかの(女房殿宛の)郵便物を押しのける様に本が1册届いていた。今迄寒さに震えていた身体に血が通うのを感じた。
探し始めて何ヶ月経ったのだろう?ひょっとすると年の単位かも知れない。
小川国夫の『王歌』が届いていた。
部屋に入り、早速読み始める。贅肉をとことん迄削ぎ落とした小川国夫の文体がそこにあった。
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わたしとしては散歩に出掛けた事は快挙だったのだが、その日、山麓に住む方が(その方が『王歌』を教えて下さったのだが)-12℃程の夜明けから-3℃程の夕方迄の一日の移ろいをBlogで伝えて下さった。この寒さの中で、外に出て写真を撮っていらっしゃった。わたしには殆ど超人の行為としか思えない。
冷え込んでいる
昨日(14日)の最高気温は、予想では0℃だったが、かろうじて1℃あったようだ。
善光寺平はこの付近では比較的暖かな土地なのだが、今朝はさすがに冷え込み、なかなか寝付けなかった。
この数日間何をやっていたかと言うと、何もしていなかったというところが正確な書き方になってしまう。眠って(悪夢で)疲れ果て、起きてただ固まっていた。情けないが本当にそうだったのでどうしようもない。読みたい本の背表紙をぼーっと見て過ごしていた。これでは何の為に環境を調えたのか分からない。
今朝はまだ寒いが、晴れ上がり、貰い物のシクラメンに陽を当てている。植物も光合成が出来ずかなり葉が一部黄ばんで来ている。
陽が当たっている所に鉢を置くだけなのだが、太陽は意外と速く動くので、昨日迄の様にただ固まっていられない。
大陸からの寒気団が押し寄せているのだと言う。
その割に北海道や東北地方北部を除いて、冬の季節風の吹き出しの雲があまり明瞭に見られない。大陸からは吹き出しているのだが、すぐに偏西風にかき乱されてしまう。吹き出しの勢いも弱いのだろう。
寒いのに大陸からの筋状の雲が見られないのはちょっと気合いが削がれる。
花と共に太陽を求めて動き回り、気温の上昇を待つ。とりあえず動き回る事が出来る。
善光寺平はこの付近では比較的暖かな土地なのだが、今朝はさすがに冷え込み、なかなか寝付けなかった。
この数日間何をやっていたかと言うと、何もしていなかったというところが正確な書き方になってしまう。眠って(悪夢で)疲れ果て、起きてただ固まっていた。情けないが本当にそうだったのでどうしようもない。読みたい本の背表紙をぼーっと見て過ごしていた。これでは何の為に環境を調えたのか分からない。
今朝はまだ寒いが、晴れ上がり、貰い物のシクラメンに陽を当てている。植物も光合成が出来ずかなり葉が一部黄ばんで来ている。
陽が当たっている所に鉢を置くだけなのだが、太陽は意外と速く動くので、昨日迄の様にただ固まっていられない。
大陸からの寒気団が押し寄せているのだと言う。
その割に北海道や東北地方北部を除いて、冬の季節風の吹き出しの雲があまり明瞭に見られない。大陸からは吹き出しているのだが、すぐに偏西風にかき乱されてしまう。吹き出しの勢いも弱いのだろう。
寒いのに大陸からの筋状の雲が見られないのはちょっと気合いが削がれる。
花と共に太陽を求めて動き回り、気温の上昇を待つ。とりあえず動き回る事が出来る。
20080112
吹雪になる
昨日(12日)はゲーテに救われたような一日だった。
意欲が減退気味だったのだが、詩集とゲーテ論を読み、持ち直す。
夜、さほど寒くなかったので(それでも防寒具は欠かせない)ダイニングルームと書庫に使っている部屋にある本棚の入れ替えをする。
女房殿はそこをヨーガ道場としても使っているが、やわなわたしは寒くなって来ると、なかなか暖房のない書庫部屋には足が向かわなくなる。
新書類をごっそりと書庫部屋に持ってゆき、その代わりに長編を主に、小説類をダイニングルームに持ち込んだ。
書庫部屋に行った時、本棚を見て「あるなぁ…」と感じた。無駄とも思える程本棚に本がぎっしり詰まっている。一生分の本がそこにあるような気がした。本当に無駄にあるのだろう。
今年は長編小説を多く読もうと決意したのだが、まだ実行に移す事が出来ていない。その為の環境を調えようと本の入れ替えを決意したのだが、書棚を見ながら、何故こんなにわたしは本を読むのだろうと疑問も感じた。もはやこれは嗜癖と言って構わない。
楽しい。それは確かなのだがその楽しさはどこから来るのだろう?単なる暇つぶしなのであれば、もっと軽い読み物で済む筈だ。軽い読み物に宗旨替えすれば同じ量でも本に費やす金額は遥かに安く済むだろうし、とっとと捨てる事が出来る。古本屋にもそれなりの値段で引き取って貰える。
本棚にはベストセラーが殆どない。
中には軽い読み物もあるのだが、これは目下のところ処分するかどうかで思案中だ。と言ってもそれはちくま新書であったりするのだが…。もう少し、軽々とした人間でありたいと思う。もともと軽薄な人間なのだから。
本を持って、何度も部屋を往復していると、それだけで結構暖かくなる。ダイニングルームの本棚を一杯にしようかとも思っていたのだが、少し柔軟性を持たせる為に何も置かない棚も作った。
本の移動を終えた頃には雨が降り出していた。昨日から雪になるかと思っていたのだが、夜半になっても雨のままだった。
目が冴えてしまい、読みかけだったゲーテ論を読み始める。
頭の中にどっさりとある本の姿が蘇る。また、何故、これほど読む(と言うより、ある)のだろうという疑問が頭をもたげえてくる。
ヘッセ論やゲーテ論は、わたしが読む事が出来る数少ない文学論だと思う。少しは議論に付いてゆける。けれど、わたしはヘッセやゲーテの何を読んで来たのだろう?
彼らの文章にはわたしを引き込む力がある。しかし、このわたしには彼らを生かす力がない。
ヘッセやゲーテを読む事、読んで来た事を、生きるという行為の中で、何らかの力にして来ただろうか?
しばしば文学はわたしにとってひとつの糧である。その様にしばしば書いて来た。…本当にそうなのだろうか?
読んでいた文学論を閉じ、『ファウスト』に手を延ばす。
何故読むのかは文学論に譲ろうと思う。先ずは作品をきちんと読んでから、文学論を読もう。
--
そのまま午前7時まで読み続けた。
気温は2℃。やはり思った程寒くなく、外は雨。
だがその後気温は上がらず、むしろどんどん下がる。午前中には雪になり、そのうちに強い北風に飛ばされて吹雪となった。
意欲が減退気味だったのだが、詩集とゲーテ論を読み、持ち直す。
夜、さほど寒くなかったので(それでも防寒具は欠かせない)ダイニングルームと書庫に使っている部屋にある本棚の入れ替えをする。
女房殿はそこをヨーガ道場としても使っているが、やわなわたしは寒くなって来ると、なかなか暖房のない書庫部屋には足が向かわなくなる。
新書類をごっそりと書庫部屋に持ってゆき、その代わりに長編を主に、小説類をダイニングルームに持ち込んだ。
書庫部屋に行った時、本棚を見て「あるなぁ…」と感じた。無駄とも思える程本棚に本がぎっしり詰まっている。一生分の本がそこにあるような気がした。本当に無駄にあるのだろう。
今年は長編小説を多く読もうと決意したのだが、まだ実行に移す事が出来ていない。その為の環境を調えようと本の入れ替えを決意したのだが、書棚を見ながら、何故こんなにわたしは本を読むのだろうと疑問も感じた。もはやこれは嗜癖と言って構わない。
楽しい。それは確かなのだがその楽しさはどこから来るのだろう?単なる暇つぶしなのであれば、もっと軽い読み物で済む筈だ。軽い読み物に宗旨替えすれば同じ量でも本に費やす金額は遥かに安く済むだろうし、とっとと捨てる事が出来る。古本屋にもそれなりの値段で引き取って貰える。
本棚にはベストセラーが殆どない。
中には軽い読み物もあるのだが、これは目下のところ処分するかどうかで思案中だ。と言ってもそれはちくま新書であったりするのだが…。もう少し、軽々とした人間でありたいと思う。もともと軽薄な人間なのだから。
本を持って、何度も部屋を往復していると、それだけで結構暖かくなる。ダイニングルームの本棚を一杯にしようかとも思っていたのだが、少し柔軟性を持たせる為に何も置かない棚も作った。
本の移動を終えた頃には雨が降り出していた。昨日から雪になるかと思っていたのだが、夜半になっても雨のままだった。
目が冴えてしまい、読みかけだったゲーテ論を読み始める。
頭の中にどっさりとある本の姿が蘇る。また、何故、これほど読む(と言うより、ある)のだろうという疑問が頭をもたげえてくる。
ヘッセ論やゲーテ論は、わたしが読む事が出来る数少ない文学論だと思う。少しは議論に付いてゆける。けれど、わたしはヘッセやゲーテの何を読んで来たのだろう?
彼らの文章にはわたしを引き込む力がある。しかし、このわたしには彼らを生かす力がない。
ヘッセやゲーテを読む事、読んで来た事を、生きるという行為の中で、何らかの力にして来ただろうか?
しばしば文学はわたしにとってひとつの糧である。その様にしばしば書いて来た。…本当にそうなのだろうか?
読んでいた文学論を閉じ、『ファウスト』に手を延ばす。
何故読むのかは文学論に譲ろうと思う。先ずは作品をきちんと読んでから、文学論を読もう。
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そのまま午前7時まで読み続けた。
気温は2℃。やはり思った程寒くなく、外は雨。
だがその後気温は上がらず、むしろどんどん下がる。午前中には雪になり、そのうちに強い北風に飛ばされて吹雪となった。
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