実入りが少なく赤貧洗うが如き生活に初なんとかはあまり縁が無い。
縁が無いのだが、あまり芳しくない事には縁があるようだ。軽い事故を起こしてしまった。
考えてみると昨夜(12日早朝だな、正確には)右足股関節に激痛が走る。で、苛々していたことは確かな事だ。その後少し落ち着いたが、早起きしていながらうかうかと過していたら歯医者に行く時間を逃していた事を考えると、相当注意力散漫になっていたことも確かな事だと思う。
階段を降りるところまでは何も感じなかったのだが5m程進んだだけで足の痛みが復活した。
不断、5分位で行ける距離を40分掛かっては医者に到着。当然診療はなし。予約だけしてしょんぼり帰る。
急に(この辺りの発想の飛躍は集中力の無さを物語っている)散髪を思い立ち、近くの美容院に入る。うむ!なかなかのリフレッシュ。だがもう一押し足りない。で、車を走らせて本屋に行く。
兎に角金が無いので購入の当てなし。
普段使わない入り口から入って(やはり行動パターンがおかしい)駐車スペースを探す。
丁度、黒い車が出るところだった。
この駐車場の車用の通路はやや狭い。気を使ってすれ違い、あと少しという所で前方左側からオレンジ色の車が突然発車。
ブレーキを踏みつつやや右にハンドルを切ると、何故か黒い車は停車中 orz。…で、こすった。 こすった車に気を取られハンドルを少し戻している間にオレンジ色の車、去る。
他にやりようがあったのだろうか?今でも考える。オレンジ色の車もハンドルを切っていたので、単に止まっただけでは衝突は免れなかっただろう。
別に死にはしなかっただろうがより大きな事故は避けることが出来たんだ!そういった自負もある。あるがそれはそれ、止まっていた車にぶつかったと言う状況なのでこちらの責任になるのだろうなー…。そう思いつつ、やはり何故止まったのか分からず、その場では責任を認めず頑張る。
どうも危機に瀕すると妙に冷静になってゆく癖がある。あるが、この場合、最善の処置をしたという自負が、やはり責任を認めないという行為の柱になっている。あまり薦められたもんじゃないなぁ。
帰り道、ここまでトラブルなしでやってきたのに…という事故への後悔が再三頭をよぎる。
うむ。集中していないな。自覚した。
部屋にいるときから興味の対象がころころ変わった。平常心ではなかったようだ。
20070113
20070106
上々
明日から天候が崩れそうだ。
意を決して、通院を断行し、歯医者の予約も入れる。
鬱病、或いは躁鬱病以外の人には理解してもらえないかも知れないがなかなかの滑り出しだ。
年末年始は休日が多く、仕事の実入りが少ない。この事も手伝って、身体は勝手に動きを止める。止まってしまった身体に嫌悪感が募る。
掃除でも洗濯でもよい。体を動かして何事かをやり、ひとつひとつに達成感を持とう。そんな事を考える。
身体は動いてもらわないと困るのだ。上京の予定がある。既にダウンロード上映で何度も観た映画『もんしぇん』を、今度は映画館、ポレポレ東中野に観に行く。
【上映期間】 2007年1月13日(土)~1月26日(金)
【上映時間】 13:00~/15:00~/17:00~/19:00~
※1月22日(月)13:00の回及び15:00の回は、貸切のため休映
何故か散々悩み、19日17:00~の上映を選ぶ。
何人かの人に伝えてもしまった。行かなかったら面目丸潰れではないか!…いやもう潰れに潰れているのだがこれ以上はちょっとなぁ…という思いもある。
実際、楽しみなのだ。久し振りに故郷に帰るような、そんな奇妙なワクワク感もある。
長い間、『もんしぇん』について書くことを封印してきた。映画館での上映を真っ白な気持ちで観たい。だが、もうダメだ。気持ちが動いてしまった。
7回目くらいになるのだろうか?
わたしは何を観てきたのか?何を観るのか?それを確かめる為にかつての感想をBlog『夏の行方』に書き留めておこうと思っている。出来るだけ手を加えないようにして…
意を決して、通院を断行し、歯医者の予約も入れる。
鬱病、或いは躁鬱病以外の人には理解してもらえないかも知れないがなかなかの滑り出しだ。
年末年始は休日が多く、仕事の実入りが少ない。この事も手伝って、身体は勝手に動きを止める。止まってしまった身体に嫌悪感が募る。
掃除でも洗濯でもよい。体を動かして何事かをやり、ひとつひとつに達成感を持とう。そんな事を考える。
身体は動いてもらわないと困るのだ。上京の予定がある。既にダウンロード上映で何度も観た映画『もんしぇん』を、今度は映画館、ポレポレ東中野に観に行く。
【上映期間】 2007年1月13日(土)~1月26日(金)
【上映時間】 13:00~/15:00~/17:00~/19:00~
※1月22日(月)13:00の回及び15:00の回は、貸切のため休映
何故か散々悩み、19日17:00~の上映を選ぶ。
何人かの人に伝えてもしまった。行かなかったら面目丸潰れではないか!…いやもう潰れに潰れているのだがこれ以上はちょっとなぁ…という思いもある。
実際、楽しみなのだ。久し振りに故郷に帰るような、そんな奇妙なワクワク感もある。
長い間、『もんしぇん』について書くことを封印してきた。映画館での上映を真っ白な気持ちで観たい。だが、もうダメだ。気持ちが動いてしまった。
7回目くらいになるのだろうか?
わたしは何を観てきたのか?何を観るのか?それを確かめる為にかつての感想をBlog『夏の行方』に書き留めておこうと思っている。出来るだけ手を加えないようにして…
20061207
全体的に意欲減退の日
やりたい事の非常に近い場所に、思わぬ真空地帯がある。そんな気がする。
やりたい事とやらねばならない事。そのように分けてもあまりピンと来ない。やはりやりたい事なのだが、ちょっとだけ今の自分とずれがある。そうなると全く手の付けようが無くなって、PCをつけている時間も少なくなってゆく。
やりたい事、読みたい本、会いたい人。その微妙な齟齬に、わたしのこころは粉々に崩れて行く。
アントニオ・タブッキ『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』『黒い天使』(共に青土社,古賀弘人・訳1996,堤康徳・訳1998)を立て続けに読む。描写を頭の中に再現する事が非常に困難だ。絵画を、小説で表現しようとしたらこうなるかも知れない。
「天使とはやっかいな存在である」『黒い天使』
「すべての天使はおそろしい─…. Ein jeder Engel ist schrecklichi.」『ドゥイノ悲歌』(リルケ.手塚富雄・訳,アトリエHB)
アフォリズムとして書き出すことによって、そこに描かれている天使の像を明確に想像出来なければ理解出来ないことばたちは、それとは切り離され、読み手の天使像に導かれて異なった意味を持ち始める。
わたし達の描き出す天使の像は、どこでこう間違えたのか、天使ではなくクピドの像が殆どだろう。それのどこが厄介で、おそろしいと言うのか?
だが、それでもやはり天使はやっかいで、おそろしい。そうわたしは思う。
様々な局面で顔を出す「ぬくぬくとした日本の現実」。それは恵まれているのだろうか?またアフォリズム。
「安寧な状態は人を孤立させる」スーザン・ソンタグ『良心の領界』(木幡和枝・訳,NTT出版,2004)
ここでは、孤立と共に、自明性の崩壊が常に進行中なのだ。安易に「ぬくぬく」を「恵まれた状態」と表現する事は、状況の性質を余りに見詰めず、見誤った見解だ。だから
天使はやっかいで、おそろしい。
やりたい事とやらねばならない事。そのように分けてもあまりピンと来ない。やはりやりたい事なのだが、ちょっとだけ今の自分とずれがある。そうなると全く手の付けようが無くなって、PCをつけている時間も少なくなってゆく。
やりたい事、読みたい本、会いたい人。その微妙な齟齬に、わたしのこころは粉々に崩れて行く。
アントニオ・タブッキ『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』『黒い天使』(共に青土社,古賀弘人・訳1996,堤康徳・訳1998)を立て続けに読む。描写を頭の中に再現する事が非常に困難だ。絵画を、小説で表現しようとしたらこうなるかも知れない。
「天使とはやっかいな存在である」『黒い天使』
「すべての天使はおそろしい─…. Ein jeder Engel ist schrecklichi.」『ドゥイノ悲歌』(リルケ.手塚富雄・訳,アトリエHB)
アフォリズムとして書き出すことによって、そこに描かれている天使の像を明確に想像出来なければ理解出来ないことばたちは、それとは切り離され、読み手の天使像に導かれて異なった意味を持ち始める。
わたし達の描き出す天使の像は、どこでこう間違えたのか、天使ではなくクピドの像が殆どだろう。それのどこが厄介で、おそろしいと言うのか?
だが、それでもやはり天使はやっかいで、おそろしい。そうわたしは思う。
様々な局面で顔を出す「ぬくぬくとした日本の現実」。それは恵まれているのだろうか?またアフォリズム。
「安寧な状態は人を孤立させる」スーザン・ソンタグ『良心の領界』(木幡和枝・訳,NTT出版,2004)
ここでは、孤立と共に、自明性の崩壊が常に進行中なのだ。安易に「ぬくぬく」を「恵まれた状態」と表現する事は、状況の性質を余りに見詰めず、見誤った見解だ。だから
天使はやっかいで、おそろしい。
20060930
泡は全世界ではない
息をする為に、深い水底からあがいて水面を目指している。それがわたしがここでしている事の総て。
自分の生が無駄である事は、嫌という程自覚させられて来た。
つまりは無駄な人生をいかに有意義に過すか?それしかない訳だけれど、息苦しさの余り自分で自分の誇りを時折かなぐり捨てる。
少し前の、地中深く埋め込まれてしまった様な感覚からは抜け出す事が出来た。これは大きな前進だったと思っている。だが、当然の様に、抜け出した所は深い水底だった。
獲得した前進とは手足をばたつかせてあがく事が出来るという事。
時は急速に止まりつつあるが、この無駄な人生はそろそろ終わりの時を迎えるだろう。それをどの様に演出するか?それを考えなければならない時に、ようやくあがく事が出来る様になった。
時を動かす者の不在。その事実が重くのしかかる。その存在から自由になれている。そう思いなおすこともあるのだが、誇りの所在を見出せない。
科学は狭い。その事を感じる。それでよいのだとも思う。もはや「科学的」である事を理由に、ある言動を高く評価することは出来ない。
音楽や文学は広く、その事だけにすら、時に、感動を覚えてしまう程だ。だがわたしは何かを棄てられる程自由ではない。
ここでやろうとしている事は何?それを書き付ける事は無駄話だが、良い機会だ。その事を考えよう。
漱石は水面に辿り着く寸前に息絶えた。残念だが、偉大な事だと思う。
泡を、全世界だと、思わないようにしないとね。>じぶん
自分の生が無駄である事は、嫌という程自覚させられて来た。
つまりは無駄な人生をいかに有意義に過すか?それしかない訳だけれど、息苦しさの余り自分で自分の誇りを時折かなぐり捨てる。
少し前の、地中深く埋め込まれてしまった様な感覚からは抜け出す事が出来た。これは大きな前進だったと思っている。だが、当然の様に、抜け出した所は深い水底だった。
獲得した前進とは手足をばたつかせてあがく事が出来るという事。
時は急速に止まりつつあるが、この無駄な人生はそろそろ終わりの時を迎えるだろう。それをどの様に演出するか?それを考えなければならない時に、ようやくあがく事が出来る様になった。
時を動かす者の不在。その事実が重くのしかかる。その存在から自由になれている。そう思いなおすこともあるのだが、誇りの所在を見出せない。
科学は狭い。その事を感じる。それでよいのだとも思う。もはや「科学的」である事を理由に、ある言動を高く評価することは出来ない。
音楽や文学は広く、その事だけにすら、時に、感動を覚えてしまう程だ。だがわたしは何かを棄てられる程自由ではない。
ここでやろうとしている事は何?それを書き付ける事は無駄話だが、良い機会だ。その事を考えよう。
漱石は水面に辿り着く寸前に息絶えた。残念だが、偉大な事だと思う。
泡を、全世界だと、思わないようにしないとね。>じぶん
失敗か?
薬を飲んでは眠る。その非生産性に焦ったのかも知れない。
先月医者と相談してフルボキサミンを増量して貰う。
結果。
自分がサイコロになってしまったようだ。どの様な自分になるか予想できず、自分を見詰める自分がただ困っている。時折制御不能状態に陥る。
状態や症状に名前を付けても仕方あるまい。自分が壊れてゆく。或いは分裂してゆく。その自覚ははっきりとある。自分を破壊しようとしているのは自分だ。それを恐れ、破壊的になり、更にそれを恐れ暴走する。
秋晴れに誘われるようにして、朝、散歩に出る。 爽やかな冷気と陽射しを浴び、今日はこれで行けるのではないか?と感じたが、やはり瞬間、瞬間に冷静さを失った自分が居る。最悪に近いいちにちとなる。
焦らない
慌てない
諦めない
それを呪文のように繰り返す。最も恐れているものが何であるか、それはかなりはっきり見えている。7月の再来。それを恐れているのだが、それ程頻繁に現われるものでもあるまい。
2日ほど前、記憶に無い本が届く。受注確認メールは保存する事にしている。確かめて見ると本当に注文している。結果としては有益な本だった。だが、自分の行為の記憶が無い不安に襲われ、バランスを欠いた。
睡眠導入剤を飲んでも効かないので、仕事や読書をする。これも暴走なのだと気が付いているが止められない。
まだ、自分に期待しているな?
実はその必要は無い。ただ、自分をそのまま信じてやれば良い。7月。自分が信用できなくなった。
あーぁ。まだ自分を過信しているなー。やれやれ…。それで良かったのだが、自分に裏切られたように思った。自分に対する信用を、自分が失った。わたしは詩文への信用をなくした自分の見方を、他人にもして貰い、それでバランスを取ろうとしているのかも知れない。
自分が自分を信用しなければ良い。かかりつけの医者に電話し、薬を減らす計画を作って貰う。
PCのWebへの接続が変だ。1か月程前から気になり続け、何とかブロード・バンドとして機能するように悪戦苦闘していたが、やめた。これも電話して専門家に任せようと決めた。
かなり時間が掛かるようだが、その時間を折角インターネット・ゲートウェイ経由でしか接続できていない状態で確認できる事を確認してしまおうと思っている。
余 りにも、コンピュータ関係の知識に欠ける。と、めぼしを付けていた専門書を購入しようと出かけた本屋さんで、今までなら手にも取らなかっただろう本を購入 する。『今さら聞けない パソコン常識』。読んでみると、笑ってしまう程知らない事だらけだ。本当に自分に期待していたらしい。
わたしはどうあがいても、この世に何ひとつ残しては行けないようだ。それは残念な事。無駄な人生だったなー。心からそう思う。トホホホ…
しょぼくれながら、下り坂をゆっくりと降りて行こう。ま、生きていればなにかある。…かも知れない。
落葉しない枝を持つケヤキを少し見て廻る。数日前見たときより、紅葉は遥かに進んでいる。遠目で見ると夏のケヤキ。その様にしか見えない。けれど着実に変化している。
台風は自転車より遅い速度で太平洋を横断し、アリューシャンに消えた。その後を追いかけるように台風が、今度はサイクリング程度の朗らかさで、オホーツクからの寒気と太平洋高気圧をかき混ぜている。
今なら、いちにちに5~6冊は本を読む事が出来る。実際にそうしてしまったこともある。単なる暴挙だ。
全ての速度を落とす事。ゆっくり、もっとゆっくり…
昨日を許せるように、明日を愛せるように……
先月医者と相談してフルボキサミンを増量して貰う。
結果。
自分がサイコロになってしまったようだ。どの様な自分になるか予想できず、自分を見詰める自分がただ困っている。時折制御不能状態に陥る。
状態や症状に名前を付けても仕方あるまい。自分が壊れてゆく。或いは分裂してゆく。その自覚ははっきりとある。自分を破壊しようとしているのは自分だ。それを恐れ、破壊的になり、更にそれを恐れ暴走する。
秋晴れに誘われるようにして、朝、散歩に出る。 爽やかな冷気と陽射しを浴び、今日はこれで行けるのではないか?と感じたが、やはり瞬間、瞬間に冷静さを失った自分が居る。最悪に近いいちにちとなる。
焦らない
慌てない
諦めない
それを呪文のように繰り返す。最も恐れているものが何であるか、それはかなりはっきり見えている。7月の再来。それを恐れているのだが、それ程頻繁に現われるものでもあるまい。
2日ほど前、記憶に無い本が届く。受注確認メールは保存する事にしている。確かめて見ると本当に注文している。結果としては有益な本だった。だが、自分の行為の記憶が無い不安に襲われ、バランスを欠いた。
睡眠導入剤を飲んでも効かないので、仕事や読書をする。これも暴走なのだと気が付いているが止められない。
まだ、自分に期待しているな?
実はその必要は無い。ただ、自分をそのまま信じてやれば良い。7月。自分が信用できなくなった。
あーぁ。まだ自分を過信しているなー。やれやれ…。それで良かったのだが、自分に裏切られたように思った。自分に対する信用を、自分が失った。わたしは詩文への信用をなくした自分の見方を、他人にもして貰い、それでバランスを取ろうとしているのかも知れない。
自分が自分を信用しなければ良い。かかりつけの医者に電話し、薬を減らす計画を作って貰う。
PCのWebへの接続が変だ。1か月程前から気になり続け、何とかブロード・バンドとして機能するように悪戦苦闘していたが、やめた。これも電話して専門家に任せようと決めた。
かなり時間が掛かるようだが、その時間を折角インターネット・ゲートウェイ経由でしか接続できていない状態で確認できる事を確認してしまおうと思っている。
余 りにも、コンピュータ関係の知識に欠ける。と、めぼしを付けていた専門書を購入しようと出かけた本屋さんで、今までなら手にも取らなかっただろう本を購入 する。『今さら聞けない パソコン常識』。読んでみると、笑ってしまう程知らない事だらけだ。本当に自分に期待していたらしい。
わたしはどうあがいても、この世に何ひとつ残しては行けないようだ。それは残念な事。無駄な人生だったなー。心からそう思う。トホホホ…
しょぼくれながら、下り坂をゆっくりと降りて行こう。ま、生きていればなにかある。…かも知れない。
落葉しない枝を持つケヤキを少し見て廻る。数日前見たときより、紅葉は遥かに進んでいる。遠目で見ると夏のケヤキ。その様にしか見えない。けれど着実に変化している。
台風は自転車より遅い速度で太平洋を横断し、アリューシャンに消えた。その後を追いかけるように台風が、今度はサイクリング程度の朗らかさで、オホーツクからの寒気と太平洋高気圧をかき混ぜている。
今なら、いちにちに5~6冊は本を読む事が出来る。実際にそうしてしまったこともある。単なる暴挙だ。
全ての速度を落とす事。ゆっくり、もっとゆっくり…
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