夏の扉へ

Wir sollen heiter Raum um Raum durchschreiten, -H.Hesse-

20150529

『香港バリケード』

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2014年9月26日。香港の若者たちは中華人民共和国に対して立ち上がった。 只、普通の選挙を求める運動だった。中心となっていた学生たちは皆、非暴力を示すために両手を挙げて運動していた。 それに対し、警察は28日から何度も催涙スプレーや胡椒スプレーを使用し、武器を持たない一般市...
20150508

『貧困襲来』

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今迄の人生の中で金に縁があった例しがない。 学生時代は明確に私は住む部屋のあるホームレスだと実感していた。貧困はいつもすぐ脇にあった。けれど運が良いのだろうか、抜け出そうにも抜け出せないとされる貧困状態には辛うじて陥ることなく生きてきた。 けれどこのままでは近い将来確実...
20150418

『さらば、愛の言葉よ』

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無意味なことをして来たのかも知れない。 しかし、私はそう思ってはいない。 日本最古の映画館と言われる長野相生座・ロキシーのプレミアム会員になっている。 会員券の更新があった。 どうせ行くのなら1本くらい映画を観てきたい。 で、選んだのがジャン=リュック・ゴダール監...
20150415

『サイコパス・インサイド』

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この本も都合3回読み直す事になった。 私は心理の専門家でもなく、脳科学に従事している訳でも無い。門外漢だ。なので友人の臨床心理士にこの本を紹介し、専門家から見たらこの本はどう映るかを確認してから感想を述べようと狡いことを考えていたのだ。 そのうちに時間が経って本の記憶も...
20150412

『複雑さを生きる』

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安冨歩の本『複雑さを生きる─やわらかな制御』を読んだ。 この本で旅をする世界は非常に広い。だが、主張している事は一貫している。  世界は複雑系で出来ている。その複雑さを生きる為に必要な事は、頭で考える前に感じなければならないと言うことだ。その感覚を信じ抜いた上で考える事...
20150405

『最後の親鸞』

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2度ほど、読むことを放棄している。 3月25日の日記には 心に響いてこないので中断 とすら書かれている。 その後何とか読了したものの、殆ど内容を把握することが出来ず、辛うじて末尾のテープ起こし「『最後の親鸞』ノート」でようやく意味を拾い上げることが出来た有様だっ...
2 件のコメント:
20150319

『1995年』

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あれから20年経った。 阪神・淡路大震災が起き、引き続いてオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。 この2つの出来事だけでも、1995年は記憶に深く刻み込まれた特別な年だった。 20年目の節目という動機から、1995年を振り返ってみようと思った。 漠然とあの年に...
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