今迄何度も断煙に失敗してきた。だが、不思議なもので、今回は「最後の煙草」が実際に「最後」になることを確信していた。根拠は殆どなかった。だが、それが「分かった」のだ。この辺りの心理は説明が難しい。
それらを克明に描いたエッセイがあった。
この本『禁煙の愉しみ』に出会った時、既に断煙してしまっていたことを、私は少し後悔した。煙草を止める前だったら、著者と体験を共有出来ただろう。しかし、まだ遅くない。断煙は恐らく一生続くのだ。
著者は禁煙という言葉を使う。
禁煙とはそれ自体がワクワクする愉快な出来事であると述べている。
煙草を止めると言う行為が、自由の一形態だという境地には至っていたが、禁煙そのものを愉しむという、境地には辿り着けていなかった。かなり悔しい。
煙草を止めようと苦心惨憺して、失敗を繰り返していると(この態度がいかんのだ、失敗ではない、禁煙の稽古をしているのだ)、すぐに消えてしまいそうな、そして実際にすぐに消えてしまう。淡い、独特の「境地」に何度か辿り着く。その様子がこのエッセイには分かり易く描かれている。良く形にしたものだ。多分筆者もその「境地」の描写にはかなり苦労したことだろう。
そして、何度かの「稽古」を経て「本番」に至る時、禁煙者はそれをはっきりと自覚しているのだ。何故かは分からない。
これ程までに前向きに断煙に立ち向かった例は余りないだろう。多分、筆者は禁煙という個人的な行為に個人を超えた人類普遍の意味を見いだしたのだ。それ故に禁煙の本番に至る経過を逐一報告したくなったのだろう。その心理は手に取るようによく分かる。その意味で貴重な記録になっていると思う。このエッセイを読んで禁煙をしてみたくなる人が出て来ても何の不思議もない。勝れたエッセイだと思う。
断煙に踏み切ってから2ヶ月が過ぎた。煙草という厄介であり、不思議でもある存在に、もう一度向き合ってみようと思うに至った。
そもそも、煙草の歴史はコロンブスのアメリカ大陸との出会いから始まっている。それ程古い歴史がある訳ではない。
『タバコが語る世界史』は煙草を通して見えてくる世界史が語られている。
リブレットなのでさほどボリュームはない。けれど内容の濃い本だ。
煙草、それも極めて合理的にニコチンを摂取出来る紙巻き煙草がいかに浅い歴史しか持っていないかを、この本で知る事ができた。それが世界中に蔓延していることを思えば、現代という時代が、如何に特殊な時代であるかを知ることが出来る。
所謂嫌煙権運動が盛んになって以来、煙草に対する風当たりは確かに異常な程激しくなったが、それ以前に煙草の普及自体が異常な出来事だったのだ。
現代という時代を観る時、Nicotiana Tabacumという草に翻弄されている時代であるという認識と切り口は必要な視点とも言える。
『喫煙と禁煙の健康経済学』は医者以外が書いた最も良質な煙草本のひとつだろう(医者が書いた煙草本が良質であると言っているのではない)。
兎に角採り上げられているデータが豊富だ。主テーマである煙草の生み出す嗜癖という特異な性質の経済学的な分析以外に、如何に断煙の失敗率が多いかや増税の健康促進効果は弱いことをこの本から知る事が出来る。
断煙を挫折しても、自分を責めるには早すぎる。
今日採り上げた本で、暫くは煙草や禁煙という行為に向き合ってみようと思っている。その結果は、またひとつひとつ採り上げて紹介するかも知れない。
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