読んでいて、身体がガタガタと震え出すのを堪えるのに必死だった。夢中で、怒りと自責の念に駆られながら、一気に読み切ってしまった。サラ・ロイ『なぜガザなのかーパレスチナの分断、孤立化、反開発』だ。
最初、しくじったかと思った。冒頭の序論「本書の位置付けと概要」で、本書は同じくサラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』の続編にあたると書いてあったからだ。
『ホロコーストからガザへ』は、2009年に出版されている。その時から気になってはいたのだが、未読である。
だが、繰り返しこそ避けられているが、前著の概要は、本書でも触れられており、未読をそれ程気にする事なく、読む事が出来た。むしろ今現在、ガザに対するイスラエルの攻撃がヒートアップしている事などを考えると、『なぜガザなのか』を先に読んでしまった事は、タイムリーだったという気もしている。だが、勿論これは『ホロコーストからガザへ』を読まない事を意味しない。出来るだけ早く読もうと思っている。
サラ・ロイは長年、ガザに注目し、ガザをフィールドに研究を続けている。その眼力は鋭く、的確である。本書はそのサラ・ロイの論文3本と、その翻訳を行なった日本の研究者3人の考察を収めたものだ。
パレスチナに関しては、日頃から意識的に、関心を抱いて来た。
世界史の矛盾が、集中的に現れている地域だと思う。現在ニュースで報じられている、イスラエルによる軍事侵攻だけではなく、日常的に展開されている占領状態、入植という名の侵略、ガザに対する包囲は、現代を生きる我々に突きつけられた、課題だ。
しかも、これは本書でも再三触れられている通り、日本は決して他人事ではなく、明らかに加害者の側に身を置いている。遠い中東の出来事ではあるが、とても無関心である事は許されない国際問題だと考えるからだ。
本書は、国際社会のパレスチナに対する態度の矛盾を、クリアに論じている。
私も、本書を読む事で、今回の軍事侵攻に対して、ヨルダン川西岸地区がなぜ沈黙を守っているのかを、ようやく理解する事が出来た。
だが、パレスチナに対して行われているイスラエルの支配は、とてもではないが、同じ人間として、これ程酷い仕打ちがなぜ許されているのかと、強い怒りを覚えずにはいられない。
サラ・ロイの分析で、西欧諸国ではなぜか高く評価されている所謂オスロ合意が、いかに欺瞞に満ちた政治であったか。西欧諸国はなぜパレスチナではなく、イスラエルの側に立とうとするのかなどが、鮮明に浮かび上がらされている。
間に挟み込まれる岡真理・小田切拓・早尾貴紀の考察は、では日本はどうなのかという問題を、容赦なく我々に突き付けて来る。
我々が現代に生きるとするならば、我々は何をどう考え、どう行動して行けば良いのか?
本書を読んで、その事を考えざるを得なかった。
ガザの犠牲者は4万人を超えた。その今本書はmustの論文だと、私は強く訴えたい。
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