20230701

ハンナ・アーレント、三つの逃亡

ハンナ・アーレントの伝記をアメコミで読める稀有な本。

内容はほぼ事実に則している。だが、著者の想像力が欲するのか、所々にフィクションが混じる。例えばアインシュタインやビリー・ワイルダーとの対話や、アーレントとブリュッヒャーがニューヨークへむかう船上でマルク・シャガールと遭遇する場面などがあるが、そうした史実はない。その意味では、本書は史実を基にした著者ケン・クリムスティーンの純然たるコミックとして読まれるべきものなのだろう。


また本書には、細かい字で各時代の哲学者、文化人、社会状況などが描写されている。これはハンナ・アーレントが生きた時代を知る上で、恰好の仕掛けと言えるだろう。

ハンナ・アーレントの人生が、ドラマチックであった事はよく知られている。本書はその波乱に満ちた人生を、「逃亡」をキーワードに整理し、分かり易く描き出している。彼女はその人生を、まさに綱渡りの様に渡り歩いたのだ。

第一の逃亡がベルリンからパリへの逃亡(亡命)。第二の逃亡がパリからニューヨークへの逃亡(亡命)であることは、本書にも明示されているが、第三の逃亡が何を指しているのかは、本書の中でははっきりとは明示されていない。だが、おそらくそれは「ハイデガーとの決別」および「哲学との決別」を指しているのではないかと解釈した。

だが、彼女は死の直前まで『精神の生活』という大著を、タイプライターに差し込んだままにしてあった。そのハンナ・アーレントが哲学と決別したとは、私にはどうしても納得出来ない描写だった。

本書は、ハンナ・アーレントという人物を知る、入門書としても読めるが、彼女を詳しく知る者にとっては、それ故に気付く事が出来る、「隠された仕掛け」に満ちている。ある程度ハンナ・アーレントの著作や伝記を読み込んでから、本書を読むという読み方にも、十分耐えられるコミックになっていると思う。

本書の中でハンナ・アーレントは常に、緑色の服を着て登場する。その為に、部分的にしか描写されていなくても、読者にはそれがアーレントであると、簡単に認識出来るのだが、この緑色は何を象徴しているのだろうか?

私にはそれが『過去と未来の間』の表紙を意識したものに思えるのだが、まだ理解が浅いだろうか。

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