20200623

娘は戦場で生まれた


言葉が無い。圧倒的な破壊と殺戮。その映像。その前で、私はどんな言葉を編んでいったら良いと言うのだろう。
しかし、何一つ言葉を出さずにおれば、この映画を紹介する事すら出来ない。空虚な作業である事を承知の上で、何とか言葉を絞り出してみることにしよう。

冒頭18歳のワアドの初々しく美しい表情をたたえたポートレートに「両親は私が頑固で無鉄砲だといつも言っていた。その意味が分かったのは娘ができてからだった」というナレーションが被さる。

未だ、解決の糸口すら掴めない、未曾有の激戦の地シリア、アレッポ。ジャーナリストに憧れる学生ワアドは、デモへの参加を切っ掛けにスマホでの撮影を始める。
しかし、平和を願う彼女の想いとは裏腹に、紛争は激化の一途を辿り、独裁政権によって美しかった都市は無残に破壊されてゆく。

そんな中ワアドは医師を目指す若者ハムザと出逢う。
彼は仲間たちと廃墟の中に病院を設け、日々繰り返される空爆の犠牲者の治療に当たっていたが、多くは血まみれの床の上で命を落としてゆく。

非情な世界の中でふたりは夫婦となり、彼らの間に新しい命が誕生する。彼女は自由と平和への願いを込めて、アラビア語で「空」を意味するサマと名付けられた。

戦況は日に日に悪化していった。その凄惨な事態にも関わらず、ワアドとハムザはアレッポを脱出せず、自由のために戦い続ける。この場にとどまり、現状を映像で世界に届けようとするワアド。そして、医療行為によって命を救おうとするハムザ。

ワアドはふと、こんな世界にサマを産み落としてしまったことへの罪悪感を覚える。
しかし、未来の存在そのものであるサマという奇跡に、真実を伝え、世界の希望を託すことこそが、自分の使命なのだと気付く。
ワアドはカメラを構えて戦争と対峙する。自分たちがいかに娘を愛したか。そしてこの街を愛したかを記録する。
全てはサマのために。
映画の原題は"For Sama"

しかしサマが生を受けた2016年から、シリアはより凄惨な地となってゆく。
その年の初めには、この年がアレッポ陥落の年となる事を、この時まだふたりは知らなかった。

2016年12月、アレッポは陥落。ふたりはついにアレッポを脱出する事を決意した。母と娘は生き延びる事が出来るのか?ニュースに出て、顔を知られているハムザは、無事検問を突破出来るのか?

かつて美しかった街は破壊の限りが尽くされ、全てが灰色で色彩を失っていた。しかし空(Sama)は青く美しく、それを破壊出来る者は誰もいなかった。

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