20091209

来年は自由でいるか?

12月に入って始めた事がもうひとつある。
半端な形で挫折するのが恥ずかしく言い出せなかった。

早く言い出せば良かったと、今では思っている。そうすれば、もっと早く止められたかも知れない。


煙草を止めた。

今迄も何度か試み、全て失敗して来た。

今回は思い余って、幾つもの禁煙サイトを覗き歩き、読み比べてみた。
どうやら今迄の「意思の力」に頼る力づくの禁煙は失敗の確率が高いやり方だったらしい。

煙草を吸うのは何故か?
それを冷静に考えてみれば、答えはひとつしかない。離脱症状を緩和したいからだ。

つまり煙草を吸いたいという気持ちは、煙草だけが作り出し、煙草だけが持続させている幻想に近い虚構。と言うより幻想そのものの気持ちだ。

煙草はストレスの解消になどならない。煙草がストレスを作り出しているのだ。


意思の力や精神力で煙草を止めようとする事は、常に煙草を吸いたいという自分に向かい合っていなければならず、ともすると煙草への渇望感を心に刷り込む作業以外の何者でもないものになりかねない。

無論、そのやり方で禁煙した人も多いだろう。だが、それは意思の力があったからこそ禁煙出来たと言うより、意思の力でやったにもかかわらず禁煙出来たと表現した方が良いやり方だと思う。


何故、煙草を吸う必要があるのか?
そんな必要は、言わなくても分かる通り、実はない。

この先一生涯煙草を吸わない事で、わたしが失うものは何一つない。


書いてみると、余りに当たり前過ぎてがっかりする。そんな当たり前の事にようやく気が付いたのだ。

もう、煙草に束縛されたくない。わたしは自由になりたい。自由になろうとする事が楽しくない筈はない。

20091201

12月は入れ歯と共に

歯医者に行って来た。

延々とスケーリングを続けて来たが、ようやく上顎の新しい入れ歯が完成した。今迄使って来たのは継ぎ足しで入れていた仮の入れ歯。それよりも左右のバランスが良く、顎にフィットしている。

だが、仮の入れ歯より大きく、やはり口の中が窮屈だ。

夕飯を食べたが、今のところ違和感はない。このまま大きな調整なしで行けるのではないか?

入れ歯を入れた事で食事は以前より楽しみの少ないものになってしまった。仕方がない。全て自らの不摂生が成した事だ。

自分の歯と同じ様な感覚を入れ歯に要求するのは無理というものだろう。

むしろ、入れ歯という挟在物をいかに上手く使いこなしてゆくかという観点から付き合って行った方が良い結果をもたらす様な気がする。

 その観点から見ると、今日入れた入れ歯はしっかりと食べ物に馴染み、調子が良い。顎に入れた力が無駄なく入れ歯に伝わり、噛みこなす作業をきちんと行ってくれる。

この事は、「動き」への結構大事な教えを含んでいる様な気がしてならない。

思いもかけなかった事だが、12月、最初に行った事は入れ歯を入れる事だった。

20091130

支払い

科学雑誌Natureの年間購読料と「しのばず自然観察会」の年会費を納めに郵便局迄行く。

両方とも生かそうと思えば生かす事が出来るのだが、なかなか生かせずにいる。
とりわけ、Natureの代金は高価い。貧乏人には大変な負担だが、どうにかこうにか今年迄はきちんと支払いを続けて来た。

英文。しかもかなりハイレベルな専門知識を必要とする論文が掲載されている。

何故、この高価な科学雑誌を読み続けているのだろう?と時々不思議に思う事もある。

この雑誌を個人で購入し始めたのは、科学的な情報が地方に来てから明らかに入手しにくくなった事が動機だ。
知識への飢餓感があった。

『図書』12月号の編集後記「こぼればなし」に、飢えが消えかかっている事に対する危機感が綴られていた。

つまり、本が読まれなくなった。

同じ様な危機感はわたしも持っている。飢餓感が全くの悪い事であるかのように排除され、その結果、飢餓感が消えかかっている。
知識に対する飢餓感も消えかかっている。

地方都市に来て、わたしは確かにあまりに少ない情報に危機感を感じた。その危機の感覚も、確かに消えかかっている。

高価いNatureの購読料を支払う。支払った分だけの情報は、確かに毎月送られて来る雑誌の中にある。それを掬い取らないのは、ただひたすらわたしの怠慢からだ。

毎年悩む。このままNatureを購読し続ける価値があるのか?と。

支払いを済ませると、その高価さにびっくりして、真面目に読もうと決意する。

例え、Natureの英文がその決意を跳ね返すほど高度なものであろうとも。

…しかし、悩む。何よりもわたしは相当の貧乏人なのだ。

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購読料を支払ったからという訳では勿論ないが、早速Natureの最新号が来た。やはり面白い。今月特に興味を引いたのは「カリフォルニア湾直下のマントルにみられる対流による上昇流」という記事。

…だが、狭い部屋にNatureは降り積もり続ける。出来れば全て保存しておきたいのだが。

20091105

Blogを更新しなかったことの罪と罰

Macが壊れた。
もう少し正確に言うと壊れていた。もう修理から戻って来ている。

今回はシステムの問題だった。
半年前壊れたときはハードの問題だった。
いい加減疲れて来た。
そんなにわたしの使い方は荒いのか?

今回のトラブルで、半年間のわたしに関するデータが消えた。
とりわけ痛かったのは、Macに付け続けていた日記のデータが消えた事だ。

取り立てて公開するだけの記録はなかった。
だが、毎日付け続けていた記録が失われた事のダメージは思いの外大きかった。
こんな事ならBlogになんでもかんでも書けば良かったと思っている。そうすれば失われる事もなかっただろう。

事実、SNSなどに書いたものは残っている。そこにはあまり大切な事を書いていない。

記録が失われた事のダメージは、Blogという形で記録を外部に保存しておかなかった事の罪に対する罰なのか?

Blogは既に古い媒体のひとつになろうとしている。

それはわかっているが、ある程度まとまった形で記録を残してゆくには、やはり今のところBlogがいちばん手っ取り早い。

Macでまた日記を付け始めた。
それはそれとして、もう少し「きちんと」Blogを書いてゆかねば…と感じさせられた。


いきなり冬になった。今年はもう平地で初雪が降り、北側の低い山にも冠雪があった。
大抵、高い山々に雪が付き、それが2、3回繰り返されて平地に雪が降る。
今年はやや高い気温が続いたかと思ったら、あっけなく零下を記録した。こんなパターンで冬が来るとは思わなかった。

その記録も、Macがなかったので、残す事は出来なかった。

雪や低温より、Macの故障と作業環境の復元の方に大童だったのだ。

残念な冬の迎え方をしてしまったように思う。
しかし、それも仕方あるまい。

20090910

寒くなり、オリオン座が見え

夕べはなかなか寝付けなかった。

頭を冷やそうと、ベランダに出てびっくりした。
中空にオリオン座が掛かっていた。

冬は意外と近く迄来ている。


7日に白露を迎えた。その日は30℃を超えた。それが夢のようだ。


涼しいと言うより肌寒い。
今日の最高気温は14:12に記録された25.2℃。実感としてはそれ程暖かくはなかった。
今朝は10.2℃迄下がった。そちらの気温の方がリアリティーがある。


善光寺平に戻って来て、ベランダのある場所に暮らすようになって、感じるのだが、秋と言う季節は、薄い膜のような空気に包まれた季節なのだと思う。

夏と言う大きな季節と冬と言う大きな季節、その間にフィルム状に挟まれて、春と秋がある。


だから秋と言う季節は捕まえにくい。


北からの冷気の流入は颱風の影響もあると思っていたが、颱風が遠ざかっても止まない。

今日は上空の層雲の底が波打つような雲が出ていた。
恐らく、強い風が上空では吹いているのだろう。


あの秋らしい空のその上には、もう冬があるのではないか?


その冬が地上に降りて来る頃、どこまで読み進める事が出来ているのだろう?
そんな事を考えながら、Michael Endeの『MOMO』を読み始めた。

遅々として進まない。
けれどBeppoの教えを守ろう。

Schritt für Schritt.

わたしはわたしでしかないのだ。

20090823

処暑に処暑を感じる年

Blogを2ヶ月以上放置してしまった。読者ゼロという事態がリアリティーを持って感じられる。


この2ヶ月の間、日蝕があり、近所の方々とほんのりと触れ合う事が出来た。幾つかの災害や地変もあった。今年もまた、颱風が日本列島のすぐそばで発生した。
それらをここに記録出来なかったのは残念な事だが、仕方あるまい。


奇妙な夏だったと思う。
今日は処暑。冷気が感じられるがまだ暑さの痕跡は残している。そんな季節として二十四節気に記されている。
今日の善光寺平の最高気温は昨日に引き続き30℃を割り、29.0℃。14時38分に記録されている。全体的に涼しく、昼頃ようやく暑く感じたのはその為だろう。
特徴的だったのは朝だ。明瞭な寒さを感じた。
5時20分、恐らく今日の最低気温になるだろう18.2℃が記録されている。

確かに冷気が感じられ、暑さも残っている、そんな日だった。

多くの場合、二十四節気は若干のずれと共に訪れる。然し今年は立秋は立秋として、どことなく秋を感じさせて訪れ、処暑は「定義」どおりに訪れた。

いつ始まったのか?いつ終わったのか?そして何より、果たしてあの暑い日々は夏だったのだろうか?と疑問を感じる程、雨が多く、夏らしさの少ない夏だった。


ゲーテをまた、読み始めた。詩編。

20090603

ウマノアシガタ

数週間前から、ベランダから黄色い花の群落が見えていた。
それが何であるか確かめようと思いつつ、さほど忙しくもないのに今日を迎えてしまった。

次第に花の数は少なくなって行く。これ以上遅くなると、花の形態など細かい事が観察出来そうにない。

昼ご飯を造って食べ、階段を下りた。


その花はウマノアシガタだった。
これをキンポウゲ(金鳳花)と呼ぶ人もいるが(実はわたしもそうだった)、正確には間違いらしい。キンポウゲとはキンポウゲ科の植物の総称、或いは、八重咲きのウマノアシガタを呼ぶ名前らしい。どちらかははっきりしていない。

ここ迄はWebで検索すると簡単に確認出来た。

だが、意外な事が知られていない事も知り、驚いた。


ウマノアシガタという名前の由来は、その葉、特に根生葉の形にあるのだが、ざっと調べてみた結果、由来が正確に伝わっていないようだ。


wikipediaのウマノアシガタ項目には
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和名の由来は根生葉を馬の蹄に見立てたものと言われるが、葉の形は実際には似ていないというのが、衆目の一致するところである。個々の葉ではなくロゼットの形状を指すという見解や、「鳥の足形」が誤って「馬の足形」と伝わってしまった、という説がある。
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とある。

わたしは衆目には一致しない。

他にもいろいろなサイトを当たってみたが
「正直なところ、そのようには見えません」
「いろいろ見てもあまり想像できません」
などの記載ばかりだった。


何故、ウマノアシガタの名前の由来が知られなくなったのだろう?

馬の脚をあまり良く見た事が無いのか、あっても気が付かなかったのか?


ウマノアシガタと聞いて、やはり簡単に連想出来るのは馬蹄形の馬の足跡だろう。
だが、これにこだわっているとウマノアシガタは見えて来ない。

あれは単なる蹄鉄の跡であって「馬の足形」ではない。


最近馬そのものを見なくなった。
従って馬の足跡も見ない。
例え見たとしても、それは馬の足跡ではなく、蹄鉄の跡。

これでは幾ら想像しても名前の由来に気の付きようが無い。

更に、馬の脚の裏を見た事がある人でも、蹄に囲まれた境界に注目する人は殆どいないだろう。

ウマノアシガタの名の由来は殆ど謎のゾーンに突入してしまっている


蹄鉄を打ち込む馬の蹄に囲まれた部分に注目すると簡単に納得出来るのだ。

確かに蹄の外側は馬蹄形をしているが、それに囲まれた肉質部との境界は複雑に入り組んでいて、切れ込みのある植物の葉に似ている。


心理学で使われる図で、黒い部分に注目すると人がふたり向き合った様に見えるが、その時白い部分は単なる地だ。しかし、一旦白い部分に注目してみると、それがグラスの形に見えて来る。そんな図があるが、それと同じ事かも知れない。

言わば図と地の部分を逆転して見ると言う事なのだろうが、その名前の付け方の妙に感動した記憶がある。


子供の頃、知り合いの家に行き、馬の蹄鉄を付ける手伝いをした事があった。その時、いやと言う程馬の足の裏を見た。

子供と言うものは妙なものに興味を持つもので、わたしは今よりずっと動植物の名前を知っていた。勿論ウマノアシガタも知っていて、それが蹄ではなく、蹄に囲まれた部分の形に似ている事にも気が付く事が出来た。殆どそっくりなのだ。

これだけ似ているものに対して、
「葉の形は実際には似ていないというのが、衆目の一致するところである」はなかろう。


花の名の、由来の洒落っ気が既に伝わっていない事を知って、わたしは少なからず淋しい気持ちがした。